<東京怪談ノベル(シングル)>
『もう一人の自分』
聖都エルザードからそう離れていない場所に、ミラヌ山という自然溢れる山がある。
その山の中には、とても美しい池がある。
以前、とある人物と別の目的で訪れた際に、目にした場所だった。
湧き水が流れ込むその池の水は、清らかで澄んでいて、眩しいほどに綺麗だ。
自然に包まれ、動物達の姿も溢れている。
リルド・ラーケンは静かに水辺に近付いて、生い茂る草の上に寝転んだ。
身体の中に力が満ちている。
この力は、リルドが生来持っていたものではない。
そう、このエネルギーは『リルド・ラーケン』という人間のエネルギーではない。
手を上げる。
目に映るのは、人間の手だ。
ため息をついて、身体を横に向けた。
テメェの事だってのにどうすりゃ良いのかわかんねぇ……ダセェな。
自分の中には、もう一つ意思があるはずだ。
この溢れ出るエネルギーの持ち主の意思が。
しかし、その意思はどこにある?
呼びかけて、話しをしなければと思う。
だが、何を話せばいい?
今、その意思を知ろうと思うことさえ、身勝手なことなのではないか?
何故、自分は今、この状態にある――?
目を閉じて、深く考え込む。
始まりが、あったはずだ。
自分と、自分の中のもう1つの存在との始まりが。
――あの時。
気付いたら、血溜まりの中にいた。
自分は死にかけていた。死ぬはずだった。
そして、アイツも死にかけていた。半身を食いちぎられて。
目が覚めたときには、もうはっきりと感じていた。
自分の中の異質なモノに。
自分が今までの自分では無くなっていることを。
混乱は無かった。
回りは全て敵であったから。
孤立無援だった。
あの場を切り抜けて、人間として暮しながら……時に、アイツの力を利用していた。
いつだったか? 共有していることに、恐れを感じたのは。
何故、自分が表にいるのか。
ずっと、自分が表でいられるのか。
アイツはこの人間の身体の中で、何を感じ、何を思っている?
そもそも、何故二つの……。
リルドは深く深く入り込む。
自分の身体の中に、精神を潜らせて。
自分以外の力と、自分以外の感情を探していく。
姿形は人間であっても。
この身体は人間ではない。
身体はもう一つの存在と同化しており、身体を支配しているリルドが望んでいるから故、今は人間の姿をしている。
しかし、感情は同化をしていない。
リルドの心は以前のままだ。
人としての心を保っている。
生きるために肉体は同化させたが、精神までの同化は互いに望まなかったのか。
それとも、リルドが拒絶し、自分の中にもう一つの心を封印したのか。
人として生きるために。
同化をした存在の心を無理矢理封印し。
そして、その力だけを利用して。
リルドは生きているのか――戦っているのか。
もっと深く、リルドは自分の中に入り込む。
外部の音はもう何も聞こえない。
光も射し込まない闇の中。
外部とは遮断されたその場所に、自分以外の心があった。
だけれど、その心は何の反応も示さない。
『なぁ、アンタがそんな所で寝ているのは俺がそう望んだから……だろ?』
リルドはそう語りかけた。
『だったら……起きろよ、話がしたいんだ』
長く1つの身体の中にいるのに。
相手の感情は全く理解していない。
向き合って、話しをしたこともなければ、知ろうともしなかった。
リルドの声に、相手は何も反応を示さない。
ただ、自分のことを憎んではいないだろう。
自分達は、生きたいと願い、一緒になった存在だから。
生きるために、共に生きると決めた――“パートナー”だ。
『それを、無理矢理抑えつけてたのか、俺は……』
ふと、リルドの呟きに、別の感情が流れ込んでくる。
言葉ではない、感情が。
眠っているもう一つの存在から、流れてくるのは安心感。
綺麗な水の側で、自然に抱かれている今に安堵している。
『起きろよ、話がしたい……』
リルドはもう一度問いかける。
しばらく、そうしてリルドは自分の中のもう一つの心に問いかけていた。
解ったことは、リルドが表にいることを、もう一つの存在は受け入れているということ。
こう穏やかに問いかけている時は、リルドの穏やかな精神の下、もう一つの心は眠っているということ。
戦いの中で、この存在は目を覚ますのだろう。
そういえば、流れてくる。
熱くなれば、熱くなるほどに。
熱い感情が、エネルギーと共に。
「あれが、アンタの竜としての性か? アンタの感情なんだな。俺と似てるじゃねーか」
目を開いて、リルドは池を見る。
竜の目と、自分の目、片方ずつで。
「水の側は、気持ちがいいな……」
そう言って、自分の中の水属性の竜と共に、リルドは眠りに落ちていく。
まどろみのなか、リルドは竜の感情を感じ取っていた。
同じように、この場所を心地よいと感じる感情を――。
このもう一つの存在と、感情を共にし、同じ目的を持てば、より竜の力をコントロールできるだろう。
それは、リルドがコントロールするのではなく、竜自身のコントロールなのだから。
●ライターより
ライターの川岸満里亜です。
別の存在として分かり合っていくには少し時間がかかると思いますが、互いの感情を感じあうことは出来るのだと思います。リルドさんがどのように変わっていかれるのか、楽しみにしております。
何か違和感等ございましたら、リテイクの申請をお願いいたします。
発注ありがとうございました。
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