<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
Der Haarhalt einer Blume
今日もまた、扉を開くものが一人。清らかな川の様に流れる長髪、誰もを癒すふわりとした微笑。
「ごきげんよう、ガルド様。うふふ、いらっしゃってようございました」
ウィンディーネのシルフェ。店内に入ると共にガルドを見つけ、両手を合わせて目を細める。声に気付いたガルドが「いらっしゃい」と手を振り、テーブル席へと案内した。
「久しぶりだね。この店に来てもらうのも、二回目か。……さて、ご注文は?」
「バニラフルーツの枝はどうなったかしら、と気になりまして」
そう。シルフェは、以前ガルドからの依頼を受けて、バニラフルーツと言う果物を採りに湿地の森へと赴いたことがある。そこで、ガルドにバニラフルーツの枝も採って来るようにと頼まれたのだ。
「あれからどのようになったのか、教えてくださりませんか?」
首を傾げ、にっこりと笑うシルフェ。ガルドは頷き、「じゃあ、ちょっと待ってて」と羽を広げた。
「枝は出窓の方に飾ってあるよ。前にキミに教えた、陽だまりの席の所。髪飾りの方は、今は付けてないから……持ってくるよ」
視線で窓の方へ行くように促し、ガルドは二階へと上がっていった。シルフェがわかりましたと微笑みテーブルへと向かった。店の奥、優しい日の光が差し込む、暖かいテーブル席。ゆっくりと床を踏みしめそこへ近づけば、バニラフルーツの白い枝は、水晶の一輪挿しと共にそこに立っていた。普段栄養としている屍骸が無い為か果実は付かないし、葉が生えている様子も無いが、ひとつ大きな違いがあった。一目見て解る差異。
「バニラフルーツはね、水と日光だけを栄養として育つと、花を咲かせるのよ」
背後から不意に声がして、枝を眺めていたシルフェは振り返った。そこには依頼で顔を合わせたことのある鳥人、ピンキィ・スノウが居た。こんにちは、とお互いに会釈して、再び枝の方へ顔を向ける。――白い枝に咲く、淡い桃色をした花。大きさは、両手で包み込めるくらい。形は、ユリの花を思い出してくれれば解りやすいだろうか。そっと手で空気を仰いで香りを嗅いでみれば、ほんのりと甘い香りが漂う。
「それも、一輪だけ。季節は丁度今ごろ、夏と秋の中間よ」
「不思議な木。芽も出ず葉も出ず、お花だけ咲くのですね」
「そう。本当に変な木よね。地面に植えなくても、こうして水だけで育っちゃうの」
一輪挿しの中の水は、毎日誰かが代えているのだろう、透き通っている。水晶と水が日の光を屈折させ、美しい影を落としていた。
「花が落ちてしまうのが勿体無いですわね。でも、一輪しか咲かないのなら、手は出せませんし」
水晶を通して差し込む光に目を細め、シルフェは姿勢を屈めて枝を見つめた。
「でも、そこはピンキィが面白いアイデアを出してくれたよ。――店長、休憩を貰っていいかな?」
階段を下りてきたガルドが、カウンターの奥の男性へと声をかける。灰色の髪をした男性は、「ああ」と小さく呟き、頷いた。ピンキィは「ちょっと待っててね」と微笑み、キッチンへと入っていった。ガルドが席に座ると、シルフェも枝から視線を戻し席へと着く。暖かい日差し。
「髪留めのほうは、こっちに仕舞ってあるんだ」
両手で差し出したのは、黒い木箱。漆が塗られているわけでもなく、特別な装飾があるわけでもない、質素な箱だ。ガルドはその細い指で箱を開け、中に入っていた髪留め、白いバニラフルーツの枝を取り出した。こちらは何らかの加工がしてあるようで、瑞々しい美しさを保っていた。これだよ、とでも言うように枝を振った後、木箱を閉じる。いつもつけている羽の髪留めを外せば、星の河のような金髪がさらりと広がる。シルフェは頬杖をついて、その様子を顔を綻ばせながら眺めていた。ガルドは枝の髪留めを口に咥え、髪を結わい始めた。指の間から零れてしまうほどの滑らかな髪を何度も掬い、黒い革紐で括り、髪留めを付ける。日光に照らされた金髪は、月よりも美しくきらきらと輝いた。
「どう? 似合うだろ。美しいボクには、美しい装飾品もぴったり馴染むんだよ」
「ええ、本当に素敵」
いつもの羽飾りではなく、シンプルな白い髪飾りを付けたガルドは、ほんの少しだけ雰囲気が大人しくなった印象を受ける。天然ナルシストと天然おっとりさんのいつもの会話に、キッチンからやってきたピンキィが苦笑したのはヒミツだ。
「さ、今日のおすすめメニューよ。バニラフルーツを使ったチョコレートケーキ。どうぞ、召し上がれ」
ピンキィが運んできたのは、チョコレートケーキ。その上には、バニラフルーツの枝と花を模したホワイトチョコが添えてある。
「まあ、可愛らしいケーキ」
「これ、バニラフルーツが無くなるまでの限定メニューよ。自信作なの」
「本当に美味しそう」
尾羽を広げ、ウインクするピンキィ。シルフェが両手を合わせて目を丸くしたのを見て、嬉しそうに羽を震わせた。
「あ、お忙しくなければ、ガルド様にもお茶を」
シルフェが顔を上げ、ピンキィへ声をかける。
「光栄だね! いい休憩時間になりそうだ、ありがとう」
話し好きのガルドは、楽しい時間になりそうだと笑い、小さな翼を広げた。目に見えて嬉しそうな表情。子供っぽいところは、いつになっても変わり無さそうだ。
ピンキィがアイスティーを取りに行くのを見守ってから、シルフェはフォークを取った。ふんわりとしたスポンジ、決して多すぎないチョコレート。口に入れれば、くどくない甘さが柔らかに広がる。ホワイトチョコの枝と花も、スポンジに丁度いい甘さを加えてくれた。ピンキィが運んできたアイスティーを飲みながら、ガルドは嬉しそうにシルフェを見つめていた。自分の店のケーキを美味しそうに食べてくれる客は、どんな店員であれ嫌うことは無いだろう。一口一口じっくりと味わって、時にはその美味しさに目を細めるシルフェ。
「そのケーキが美味しいのは、キミのお陰もあるんだから」
と、ガルド。「キミが依頼を受けてくれなければ、バニラフルーツは手に入らなかったからね。味も勿論、その花も枝も、この時期に出すケーキのアイデアも一つ思いつかないことになってしまっていたんだよ」
ストローを回せば、からんからんと氷が音を立てる。ミントの葉の添えられたアイスティー。いつの日かシルフェも飲んだことのある紅茶だ。
「さて、ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いいかな?」
ケーキも食べ終わり、さてどうしよう、としたところで、ガルドが弄んでいたストローをグラスに戻しながら言った。シルフェは何が起こるのか解らず、それでも悪いことをするような人では無いと言うことは知っていたので、はい、と頷いた。
「そのまま、その席にいて」
そう言って、ガルドは席を立った。クリスタルの一輪挿しからひょいと枝を取ると、二階に行った時に取ってきた黒い木箱を再び開いた。枝の入っていた所とは別の場所に、布が一枚入っている。席につき、ガルドはそれを取り出すと、非常にこなれた手つきで枝と一輪の花を優しく撫でるように拭いた。布で磨かれた枝は見る見るうちに漆でも塗られたかのような艶やかさを手に入れ、風が吹けば落ちてしまいそうなほど危うさを持って付いていた花もどこか活き活きとした水っぽさを取り戻した。
布を箱に戻し次に取り出したのは、白い布の紐。それは花を枝にしっかり固定する為だろう、花の付け根へと結わえ付けられた。ここまで作業を終えたガルドはさてと息をつき、椅子から離れた。
ガルドはシルフェの背中側に周り、ほんの少し驚いた表情を見せるシルフェに、「そのままで」と呟いた。花の付いた枝をテーブルの上に置いた後、自分の髪をそうしたように、シルフェの髪をすいと掬う。ポケットの中から白い革紐を取り出し、今にも指から零れそうな髪をしっかりと、しかし優しく結わえた。そして、枝を髪へ挿す。――花の付いた枝は、シルフェの髪留めへと生まれ変わったのだ。
「どうだい?」
自慢げに尋ねるガルド。自分の座っていた席の方、シルフェの正面に戻り、近くの棚から鏡を取り出してみせる。シルフェは最初こそ頬に手のひらを添えて驚いていたが、自分の髪を美しく飾った髪飾りを見、自分の姿を見、花が簡単には落ちないことを確認し、「素敵」と呟くように言った。
「ですが、お花は? それに、窓に飾っておく枝もなくなってしまいます」
枝を返そうかと、髪留めへ手を伸ばすシルフェ。しかしガルドは首を横に振り、大丈夫、と笑った。
「ボクは旅が趣味でね、色々な場所を廻って、色々な技術を身に付けたんだ。見てご覧」
そう言って、自分の髪留めを外す。黒い革紐も一緒に解け、黄金の髪はまるで孔雀の尾羽の様に広がった。しかしそれも一瞬のこと、空気を孕むのをやめた髪は、すぐにガルドの背へと戻る。翼と翼の間へ入るように髪を払い、ガルドは自分が髪飾りにしていた枝をテーブルへ置いた。そして、一つの木箱を取り出す。それを開ければ、そこにはバニラフルーツの花がそのまま透明な氷に包まれ凍りついたような、美しい水晶細工があった。髪留めの枝とその花を持ち、お互いを擦り合わせるようにすれば、かちりと音がして花が枝へ付く。
「作り物の美しさだけれど、こんなものも作れる。だから、その髪飾りはキミに」
作ったばかりの枝を一輪挿しへ挿すと、鏡を仕舞うガルド。
「キミが歩き、様々な場所へ連れて行って、その枝と花に、沢山の世界を、景色を、見せてあげてくれ」
「ですが」
「だーいょうぶ! また採りに行こうと思えば採りにいけるし!」
「そうですか。うふふ、それでは、お言葉に甘えて」
シルフェが目を細めお辞儀をする。
「花が咲いた枝は絶対にキミへと渡そうと、決めていたんだ」
顔を上げたシルフェに、ガルドが微笑みながら羽を広げた。翼に引っかかっていた髪がすこしだけ広がり、すぐに背の方へ戻っていく。
「いつかは、ありがとう」
その言葉に、シルフェはほんの一瞬だけ何か考え込む様に沈黙したが、すぐに口元を綻ばせ、いつもの笑顔を見せた。ガルドも、つられるように笑う。
「お邪魔致しました。またお会いできる日がありましたら。……ごきげんよう」
日も傾き、窓からも扉からもオレンジ色の夕日の光が差し込むようになった頃。シルフェは髪留めをそのままに、店内を横切って入り口へと向かい、振り向いてお辞儀をした。店員がありがとうございましたと手を振れば、微笑んで手を振り返す。歩くたびにさらさらと揺れる髪。ガルドとピンキィは、入り口の近くから外を眺めながら、彼女を見送っていた。
「中々綺麗に出来てるじゃない、髪留めもあの枝も」
ピンキィがそう言って、足爪で床をこつこつ叩く。
「ボクの技術をなめないで欲しいね。キミなんか、料理以外に能が無いくせに」
「そんなこと無いわよ。料理人は手先が器用なものなの」
「そう? ボクだったら、あのホワイトチョコの枝と花も、数倍は美しく作るけど?」
「料理は全然出来ないくせに! とんでもない味がするに決まってるわ」
そこからまた何時もの睨み合いと悪口の言い合いが始まり、他の店員が気付いた頃には食器の投げあいが始まりかけている『BardCage』。その窓辺では夕日を受けて輝く水晶の花が静かに咲き誇っていた。
勿論、帰り道を辿る、シルフェの髪飾りにも。
おしまい
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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PC/シルフェ(しるふぇ)/女性/17歳/水操師
NPC/ガルド・ゴールド(がるど・ごーるど)/男性/21歳/ウェイター
NPC/ピンキィ・スノウ(ぴんきぃ・すのう)/無性/24歳/料理人
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ライター通信
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シルフェさんこんにちは、お久しぶりです! 北嶋哲也です。
この度は『BardCage』にご来店いただき、誠にありがとうございました。
ガルドと他のNPCと言うことで、ピンキィを登場させて頂きました。
いつかはお世話になりましたー。
ガルドは寂しがりやさんですので、度々お会い出来ているシルフェさんのことは
もう友達以上と認識していることと思います。
今回は髪飾りをプレゼントさせて頂きました!
ソーンにアイテムを配るシステムが無いことを嘆いております……。
では、北嶋でした。またどこかでお会いしましたら、宜しくお願いいたします。
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