<東京怪談ノベル(シングル)>
バジリスクの視線
王女エルファリアがどんな人物かと言えば――
その微笑はどんな人物の心をも溶かす、優しい微笑。柔らかい何かを心に与えてくれる。
そんな彼女は現国王・聖獣王の一人娘であり、公務も忙しい。ゆえに政に関してはそれなりに知識はあるのだが。
やはり王族というのは世間ずれするもので……
彼女がどこかおっとりと、のんびりとしているのもまた、事実なのであった。
■■■ ■■■
エルファリアは自室で、首飾りに通してあった指環を掌にのせ、ぼんやりと眺めていた。
これは以前、大切な大切な友、レピア・浮桜からもらったものだ。
レピアが危険な冒険の末、手に入れてきた宝物。
……実際には呪いのアイテムで、指にはめたら大変なことになることが分かって以来、レピアの反対もあってエルファリアはこの指環をはめていない。
レピア自身は、捨てろと言った。けれど……
(……レピアは、この指環を手に入れるためにとても危険な冒険をした)
それに。
この指環の呪いによって、エルファリアはレピアがその身に負った神罰<ギアス>の恐ろしさの一端を知ることができた。
(この指環がなかったら、知ることはできなかったかもしれない)
レピアの苦悩を。恐怖を。悲しみを。辛さを。
そう思うと、エルファリアはどうしてもこの指環を手放すことができなかったのだ。
だから――、今はこうして、金の鎖のネックレスに通して首にかけていたのだった。レピアには内緒で。
肌身離さず身につけていた。
金属は劣化するものだということを考えずに。
ある日のこと。
「今日は、お仕事がないのだったわ」
メイドに起こされたエルファリアは、侍女にそのことをたしかめてうんと伸びをした。
「じゃあ今日もレピアの呪いを解くための読書をしようかしら……」
そんなことを考えながら、朝の洗顔をしに洗面所へ向かう。
水道。ソーンという場所も、異界人が入るようになってから大分進化した。
レピアも異界人だ――そんなことを思いながら、エルファリアは冷たい水で顔を洗う。
と、
音も立てずに、首にかけた金の鎖が弾けた。
「あ――」
カラカラカラ、と指環が洗面台の中に転がり落ちていく。そしてすぽっと穴へ落下した。
「いけない」
鎖が古くなっていたのか。切れてしまったようだ。
すぐに侍女か誰かを呼んで、下水道から探し当ててきてもらおうとしたエルファリアは、思いとどまった。
そんなことをしては、指環をまだ持っていたことをレピアに知られてしまう。
第一、あの人を魅了するような美しい指環――探しにいった人間が、うっかり指にはめてしまったら大問題だ。
エルファリアは即断した。これは、自分で探しにいくしかない。
今日は公務がないのだから問題ない。1人で下水道に行こう。
ここしばらく冒険の多かったエルファリアは、1人で冒険することに恐怖を感じなくなっていた。そんなことよりも指環の方がはるかに大事だ。
エルファリアは自分の部屋に安置されている石像を見た。
そこに、大切な友の姿――
今は朝。レピアは呪いで石像化している。そのレピアをそっと撫でてから、
「ごめんなさいレピア。……あなたの装備を借りるわね」
それは前夜のこと。
レピアが古代遺跡に行った際に手に入れた『戦乙女のビキニアーマー』と、エルファリアのドレスを着せ替えっこして2人は遊んでいた。
そのビキニアーマー一式が部屋の隅の洋服かけにかかっている。それを身につけて。
青いビキニアーマー。青はレピアの色。
まるでレピアが傍にいてくれるようで、とても心強い。
エルファリアは力が倍増したような心地になって、壁に立てかけてあった剣を持つと、
「たしかこっちには……」
とレピアの荷物からヒーリングポーションをいくつか拝借し、本格的な冒険さながら、自室を後にした。
■■■ ■■■
上下水道は石造りで堅牢である。下水道はさすがに異臭がし、ねずみが棲みつくあまり清潔なところではないのだが。
エルファリアが下水道に入るのは、実は初めてではない。
上下水道の整備はしっかり目にやきつけておくのがいいと、父たる王に言われ、見学に来たことがあるのだ。
おかげで彼女は、ややこしい造りになっている下水道で道に迷うことはなかった。
「私の部屋からつながっているのは……」
自分の部屋からの下水道のつながりを脳裏に描き出した下水道地図で確認し、まっすぐとそちらへ向かう。
しかし――
やがて彼女の視界に、大きな異様な影が映りこんだ。
「………?」
のっそりと姿を現したのは、8本の足を持つ、トカゲのような生物だった。
大きい。全長ゆうにエルファリアの体の4倍はある。
エルファリアが思わず足を止めたその瞬間、彼女はそのトカゲの陰にきらりと光るものを見つけた。
あった。指環だ――
たくさんの汚物が集められた場所に、ひとつだけきらきらと光って。
エルファリアは困ったように眉を寄せ、
「どうしましょう、あれはこの子の餌なのかしら? それとも巣なのかしら」
混ざっているというか、引っかかっているというか、とにかくそんな状態で指環はある。
遠回りして汚物の広がった場所へ行き、手を伸ばして指環を取ろうとする。王女たるもの、汚いなどと言ってはいられない。そもそも汚いものを気にしていたら下水道になど入れない。
その時、8本足のトカゲが大きく口を開けた。
エルファリアに向かって光る牙。エルファリアは「あっ」と思わず手を引っ込める。瞬間、ばくっとトカゲが口を閉じた。一瞬前までエルファリアの手があった場所が、今はトカゲの口の中。
「お、恐ろしい……わね」
いったい何でこんなものがこんなところにいるのだろう?
エルファリアはそのトカゲの正体を知らず、ただ疑問に思う。きっとトカゲが突然変異で大きくなってしまったのだろう。その程度にしか思わずに。
トカゲがいったんのっそりと後退したので、その隙にまた手を伸ばす。
すると、すかさずトカゲは口を開け、シャアッと不思議な音を出して威嚇してくる。
ぎらぎらと光る牙に、ねとねととねばついた粘液が垂れだしている。
エルファリアは肌がぞくぞくと総毛立つのを感じた。
餌を取るのなら、問答無用で襲う。トカゲはそんな雰囲気にあふれていた。
逃げるべきだ――
本能がそう訴えている。
エルファリアは自分の体を抱きしめながら、「でも」と自分に言い聞かせた。
「あの指環は大切だわ。そうよね」
大切。肌身離さず持っていた大切な指環。
あれをなくしたら、レピアとの大事な思い出をひとつ失ってしまうような気がして。
トカゲが再び口をばっくりと開ける。舌がびろびろと伸びて、エルファリアに向かって走っては、またのどの奥に引っ込む。そのたびに震えが走ったけれど。
「……指環のため。レピアとの思い出のため」
エルファリアは剣を取った。
「ごめんなさいね、あなたに罪はないのに」
詫びてから、はっと気合を入れて踏み込んだ。
勇者の真似事をしたことだってある。エルファリアもそこそこに剣が扱える。長剣。リーチの長いそれが、エルファリアの味方となる。
跳ねるように飛んできたトカゲの舌がエルファリアを横殴りに殴った。しかし体勢を立て直した王女は舌を斬り払い、トカゲの鼻面を斬り下ろす。
前脚が襲いかかってくる。エルファリアの露出の多いアーマーはあまり防御力がない。肌をトカゲの爪が滑っていく。
「あう……っ」
鋭い痛みに、エルファリアは脇腹を押さえる。血がにじみでてきた。痛い。痛い。痛い――
――こんな痛みを、レピアはいつも克服してきているのだ。
友を思って、エルファリアの体に生気がみなぎる。またもや襲いかかってきた前脚を今度は剣で払い、
「はっ!」
思い切り斬り下ろす。
トカゲの眉間から血が噴き出した。
今度は横薙ぎに剣を振るった。8本あった足のうち、1本を傷つける。1本だけでは駄目だ。他の足がエルファリアを狙ってうごめいた。今度は腕を爪で引っかけられ、
「あああっ!」
悲鳴を上げながらも、エルファリアは必死で耐えた。
――1本、足を傷つけただけでは駄目なの。もっと、もっと……
「……戦わなくては、ね、レピア……」
青いアーマーを撫で、王女は気合を入れて踏み込んだ。
狙い違わず2本目の足を斬る。
さすがに2本も足を傷つけられるとバランスを失い、トカゲはがくんと体を揺るがした。
エルファリアは回り込み、反対側の足を次々攻撃していく。うごめく足は何度も剣を跳ね返し、逆に彼女の肌を傷つけたが、エルファリアはめげなかった。
斬り取るまではできなくとも、傷つけるだけでトカゲは動きを止めた。
眉間からはどくどくと血をあふれさせている。
もう、いいだろう――……
「は……あ」
エルファリアは激しく呼吸しながら、指環を取り上げた。
「よかった……よかった、わ……」
光る指環を胸に抱きしめ、じわっとにじんできた涙をこすり、エルファリアはその場にへたりこむ。
しかし次の瞬間には、体中につけられた傷の痛みが舞い戻ってきた。
――ヒーリングポーションを飲みましょう。
「レピア……」
意味もなく友の名を呼びながら、腰につけていた道具袋の中からポーションを取り出すと、こくこくと飲み干す。
その時彼女は、トカゲに背を向けていて――
重大なことに気づかなかった。
トカゲはぎょろりと大きく丸い目玉をエルファリアの背中に向ける。
そして次の瞬間、その目玉からまるで光線のような不可視の『視線』がエルファリアの体に向かって放たれた。
エルファリアはそのまま、石化した。
石化の視線を持つ8本足のトカゲのような怪物。
その名を、バジリスクと言う――
■■■ ■■■
その夜――
「……ふう、やっと戻れたわね」
神罰<ギアス>の呪いによる石化が解け、自由の身となったレピアは、石化が解けてすぐにたまに起きるめまいに悩まされつつ部屋を見回した。
そこはエルファリアの部屋だった。いつも通り自分は、石像となってからエルファリアに保護されていたらしい。
いつもはレピアが石化から解けるのを今か今かと待ち、その瞬間には飛びついてくるエルファリアの姿はなかったが、公務なのだろうとレピアは思った。
「毎回毎回こんなでは申し訳ないわよね……」
レピアは苦笑してから、ふと――壁の洋服かけにかけてあった自分のビキニアーマーがなくなっていることに気づいた。
「あら……?」
首をかしげる。この部屋には基本的にエルファリアと、定時にメイドが朝起こしにきたり、掃除に来る以外人は入ってこない。
「まさか、泥棒?」
表情を険しくしたレピアは、すぐにエルファリアに報せなくてはと部屋を出た。
1階に下りたところで、いつも別荘の掃除を担当しているメイドを見かけた。レピアは声をかけた。
「エルファリアはどこ! 泥棒が入ったみたいなのよ、急いで報せて!」
「ええっ!?」
少しドジなところがあることで定評のあるそのメイドは目をしろくろさせて、
「ひ、姫様ですかあ!? 泥棒ですかあ!? 姫様が泥棒で、泥棒が姫様で、あうあうあう」
「何訳の分からないこと口走ってるのよ……」
レピアはぐったりと疲れて、「もう一度言うわよ。エルファリアの部屋にあったあたしのアーマーがなくなってるの。まさかあなたたちメイドが持って行ったわけでもないでしょ。泥棒よ、エルファリアに報せて」
「姫様はー」
三つ編みメイドは困ったように頬を引っかいた。
「……朝一で出かけてから、戻っていらっしゃってないんです」
「公務でしょ? 城から戻ってきていないってこと?」
「いえ、今日はご公務はお休みの日です。下水道に行かれるって話でしたけど……」
下水道?
思いがけない言葉に、レピアは眉をひそめた。
「何のためにそんなところに?」
「分かりませんけど。お戻りになってないんですよー」
それに、とメイドは小首をかしげて、
「そう言えば姫様、レピアさんのビキニアーマー着ていらしたっけ」
「……な……っ」
レピアは絶句した。さっきの訳の分からないメイドの言葉が、くしくも当たってしまった。いや、エルファリアを泥棒と呼ぶわけではないが。
「もう、エルファリアったら!」
レピアは急いで自分も下水道に向かうことにした。
あいにくと自分のアーマーは持っていかれている。今彼女は、前夜にエルファリアと着せ替えっこした状態――つまりエルファリアのドレスを着ている。
しかし着替えているのももどかしく、レピアは別荘を飛び出し下水道まで駆け出した。
ぴちゃん……ぴちゃん……
天井から落ちる水が、下で跳ねて足下を汚す。
下水道には湿気がこもるものである。
「……こんな格好で来るんじゃなかったわ」
レピアは早くも、布をふんだんに使ったドレスで来たことを後悔していた。
でもエルファリアの身が心配だったのだ。まさか下水道にそんな危険があるとは思わないが、万が一人攫いにでも遭っていたら――
「……エルファリア! エルファリアー!」
呼ぶ声が反響する。湿った音が返ってくる。
返事はない。
レピアはいよいよ緊張を身にたぎらせた。
「……エルファリア?」
エルファリアの行動の予測をしてみる。そもそも、なぜエルファリアは下水道などに入ったのか。
公務の関係から、というのは、単独で入ったことからして考えにくい。
おそらく彼女自身の用事で入ったのだ。
王女は朝一で下水道に向かったという。どこか外へ行った後、戻ってきてレピアのアーマーを借り、再度下水道に行くために外へ出た――わけではない。
ということは、別荘内で何かがあったのだ。
「……別荘からつながる下水……」
レピアはエルザード城下の地図を思い浮かべ、冒険者としての方向感覚を頼りに、入り組んだ下水道を進んだ。
別荘の下になる場所へ。
そこへたどりついた時――
レピアはぎょっとした。慌てて下水道の壁に体を貼り付かせる。気持ち悪いが仕方がない。見えたのは――
8本足に、ぎょろりとした目玉を持つトカゲのような怪物。
今はなぜか、足が傷だらけで血だまりの中にいる……
(あれは……バジリスクじゃないの!?)
さすがに冒険者のレピアはその怪物を知っていた。
バジリスクなんかが何でこんなところに、と思った彼女はふと思いだす。
(たしか……黒山羊亭で噂になってなかったっけ)
どこかの貴族が番犬代わりに飼っていたバジリスク。
しかしその怪物が育つにつれ、手に負えなくなって貴族はやがてバジリスクを捨ててしまった。
(よりによって下水道に!?)
他に捨てようはなかったのか。レピアは歯噛みした。
そもそもバジリスクを育てようという根性が解せない。あんな、恐ろしい怪物――
……パリン、と音がして、はっとレピアは顔をバジリスクの方へ向けた。
バジリスクが血まみれの鼻面で何かを割り、中からあふれ出た液体を舌でぺろぺろ舐め取っている。
すると、みるみるうちにバジリスクの傷が回復していった。レピアは目を見張った。
(あれはヒーリングポーション!? なぜあんなものがここに……!)
もっとよく見ようと目を凝らしたその瞬間、レピアは悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえた。
石像がある。バジリスクの巣に組み込まれるようにして。
見慣れた後姿。
自分のアーマー。
――バジリスクの得意技は、視線による石化攻撃――
(エルファリア――!)
すべてを察して、レピアは駆けた。バジリスクの傍を迂回し、石像へと。
へたりこむように座って、ポーションを飲む姿のまま石化している――まぎれもない、あれはエルファリアだ!
しかしすぐにエルファリアの姿は隠されてしまった。
バジリスクが、のっそりとレピアの前に立ちふさがった。
レピアは素早く落ちていた長剣を手に取った。
おそらくエルファリアが持ってきていたのだろう、それはレピアの剣。
レピアは迷わずバジリスクに向かって剣を振りかざした。
「はっ!」
どしゅっ! と剣が突き刺さり、バジリスクの片目をつぶす。
目さえつぶしてしまえば、こちらのものなのだ。レピアは再度剣を振りかざした。
バジリスクが両前脚を持ち上げた。
びりっとドレスの端が破れた。こうなったら仕方がないと、レピアはあえてドレスの両脇を裂いた。スリットのごとく。
この方が足が自由になる――
元々足技が得意なレピアだ。途端に身軽になり、とんと軽く跳躍してバジリスクの顔にのると、もう片方の目玉を狙い上から剣を突き下ろした。
どすっと剣が食い込む。これで両目はつぶれた。
どろっとした血がからみつき、重くなった剣を何とか持ち上げて、刃を振って血を払う。
今、自分は完全にバジリスクの死角を取っている。頭の上に乗っているから、8本の足も届かない。
レピアは、続いて眉間に剣を突き立てた。
どんな生き物も眉間は急所。深く深く突き立て、渾身の力をこめてぐりぃっと刃をねじる。
全身から汗があふれ出た。途方もなく疲れる作業だった。
しかし、眉間からどくどくと血をあふれさせたバジリスクは――
足からどんどん力が抜けていき、どさっと胴体から地に落ちると、そのままぐったりと息絶えた。
レピアはずるるっと剣を抜き取り、血を払うと、額から首から流れる汗を手の甲で拭った。
――こうしちゃいられない。
「エルファリア……!」
急いでバジリスクの死体から飛び降りると、エルファリア像をバジリスクの巣から取り外す。
美しいエルファリアの体に、汚らしい苔がこびりつき、こぼれたヒーリングポーションの白い液体がぽつりぽつりと涙のように王女の体を飾っている。
「エルファリア……っ」
なぜこんなことになったのか。
分からない。分からない。冷たく動かないエルファリアの姿があまりに悲しくて、エルファリアの体を撫でた指先から伝わる冷たさが胸を刺して、レピアの頬を涙が伝う。
「エルファリア……!」
応える声はない。
急がないと、とレピアは疲れきった体をおして、エルファリア像を抱いたまま立ち上がった。
急いで、別荘に戻らないと。
別荘には状態変化を直す温泉がある。そこに浸かれば、エルファリアも元に戻る――……
■■■ ■■■
別荘の屋上にある特殊なお湯による温泉……
レピアはエルファリアの像を浸し、穢れを懸命に洗い流した。
ぽたり、ぽたりと冷たい雫がレピアの頬を伝って温泉に落ち続ける。
やがてエルファリアの肌にぬくもりが戻る頃。
王女の瞳に光が戻り、レピアを映す頃――
エルファリアはぼんやりと、レピアを見上げて言った。
「……どうして、泣いているの……?」
「バカ、エルファリア!」
レピアは友を抱きしめた。
ああ、体温がある。優しい肌の感触がある。胸を突き刺すような冷たさは消え去った。もう涙の源はない――
エルファリアが石像や氷像になったのは初めてではないけれど。
それでも。それでもレピアはいつだって、このどこか世間ずれした王女が心配でたまらないから。
――なぜ、下水道に行ったのかは聞かなかった。エルファリアが自分から話そうとしないから、聞かなかった。
きっと大切な用事があったのだろうと。
それでも自ら危険に飛び込むようなことをするエルファリアを、レピアは戒める。
「いつだってあたしが助けにいけるとは限らないのよ。気をつけて」
少し怒ったように見せて。心配を裏側に隠して。
――だから、レピアは知らない。
エルファリアがやっぱり抱きしめて手放せずにいる、指環の存在。
(……石化する体験をするたびに、ますます大切になるのよ。レピア)
指環を通して、エルファリアはレピアを感じる。
指環を見下ろせば、レピアを思い出す。エルファリアは友を思って今日も指環を見下ろすのだ。
それは決して切れない、愛情の視線。
<了>
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