<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
筋肉ビーチから逃げ出せ!
熱い陽射し……
これほど蝙蝠の体に悪い物はない。
まして、レイジュ・ウィナードはびしっとした黒のタキシード姿だった。
ああ、太陽がまぶしい。太陽が意地悪だ。太陽が憎くなってくる。
蝙蝠ウインダーのレイジュはひたすら熱さを呪っていた。
ここは人気のないビーチ。
姉のライアが「どうしても海に行きたいのよ」と気乗りでない弟を城から引きずりだしてここまでつれてきたわけだったのだが。
陽射しが……陽射しが憎い。
「ああ、夏の太陽っていうものは蝙蝠に何か恨みでもあるのか。それとも蝙蝠の先祖が何か太陽に悪さでもしたのか。僕は何もしていない。僕は何もしていないんだ、こんなにいじめなくてもいいじゃないか」
暑さのあまりレイジュは訳の分からないことを言って、とうとう早々にダウンしてしまった。
「情けないわねえ」
姉のライアは――彼女は白鳥のウインダーのため、陽射しに弱いということはない――呆れて、ビーチにぶっ倒れた弟を見下ろした、
第一、とライアは腕を組み、
「その格好が暑苦しいのよ、レイジュ」
レイジュが好んでタキシードを着ることに、特に反対はしていないライアだったが、さすがにこの陽射しの下、黒のタキシードは見ている方も暑苦しい。
「この機会に別の服も着なさい」
「僕はこの服が落ち着くんだ……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」
ライアは荷物の元へ行った。
そして、何やら服一式を持って戻ってきた。
「ほら、これに着替えなさい」
「は? ライア――」
「いいから着替えなさいったら!」
ライアは怒っているというより、嬉々としている。
押し付けられた服は、明るいパステルカラーのシャツとズボン、加えてサンダル。
「こんな軽い格好は僕にはできない」
レイジュは拒んだ。しかし、
「レイジュ?」
ライアはにっこりと微笑んだ。「おねーさんの言うことが、聞けないの?」
「………」
「うふふ。今日はメイド長に頼んでレイジュの食事に唐辛子を一杯入れてもらおうかしら」
「ラ、ライア?」
「レーイージュー? おねーさんの言うこと、聞けないのかなー」
……怖い。
我が姉ながら怖い。
というかそもそも、何でこんな服が用意されているんだ。
最初からこうする気でいたのか? まさかこのために、自分をビーチに連れてきたのか?
こんな軽い格好はしたくない。
……ああでも、どうしようもなく、暑い。
陽射しはまるでレイジュだけを攻めているかのようにカンカン照りだ……レイジュの気のせいだが。しかし今のレイジュには切実に、太陽が自分だけをじっと見つめているような気がした。
地上では姉が、姉の威圧感で彼を攻めている。
……勝てない。
レイジュは敗北した。渋々、ビーチパラソルの下へ行き、服を着替え始める。
タキシードを脱ぐと、彼は一気に雰囲気が変わった。カジュアルな服を着ると、完全に別人だ。
「やっぱり似合うじゃない!」
ライアはきゃあきゃあと喜んで、精神的なダメージのせいでげっそりとやつれたレイジュの頭に、海岸に咲いていた大きな白い花を差した。
レイジュは鬱々としてそのことに気づかなかった。
カジュアルな服は、悔しいことに暑さを少し和らげた。レイジュは疲れて、近くの木陰に寝転がり、瞼を下ろす。
「私は泳いでくるわ」
とライアは上機嫌で海へと飛び込んでいく。
平和な時間だ。暑ささえなければ。
木陰にいるというのに、ちりちりと肌を太陽の光が攻めてくる。
ああもう、どうにかならないものか。レイジュは目を閉じたまま、うめいていた。
と――
どどどどどどどどどどどどどどど
「―――っ!?」
地響きのような音がして、レイジュは跳ね起きた。地震か!? かすかに地面が揺れている。
地震が起きると津波が起きる。レイジュはとっさに海を見て、姉の姿を捜した。姉は無事だろうか――
しかし。
姉の姿を見つける前に、視界がふさがれた。
地響きが止まると共に、レイジュはいつの間にか囲まれていた。
てらてらてら……
太陽光の強い今日は絶好調。塗ったワックスが輝いている。
むきっとポージングしたマッチョマン……
「うっふん」
バチッと片目をつぶったマッチョマンの1人は、しかしレイジュの様子を見て顔を曇らせた。
「おかしいわねえ……前の時と様子が違うわあ」
その声を聞いた瞬間、レイジュの脳裏で閃くものがあった。というか、閃きたくなかった。できれば目の前の存在を忘れてしまっていたかった。生涯会いたくないもののひとつだ。レイジュはなぜ熱中症でぶっ倒れておかなかったのだろうと後悔した。いやしかし、倒れていたらこいつらのいい餌食――
しかし目の前の――元カマ人魚、現在海のカマ魔女によって足を手に入れ、陸で過ごすカマッチョたちは、当惑顔でレイジュを見、顔を見合わせる。
「ねえ、この子よね?」
「間違いないと思うけれど……」
「ううん、おかしいわねえ、この子もうちょっと……ううん、おかたくなかった?」
「こんな格好してたかしら……」
「何だか、やつれているし……」
そんな会話をしている間も、むきっ、むきっとポージングは忘れない。ああ、陽射しを反射して彼らの筋肉がまぶしい。暑苦しさがまして、レイジュは息が出来なくなるのではないかと思った。
冗談ではない。カマッチョたちの息苦しさで昇天なんかした日には、死んでも死にきれない。
何とか彼らの囲いを突破しなくては。そう思っていたレイジュの耳に、
「きゃー!」
ライアの悲鳴が聞こえた。
「ライア!?」
レイジュはふらふらしながらも立ち上がった。
海が大波を立てている。ライアが慌てて海から上がって逃げてくる。
「いや、もう! また奴らだわ!」
「え?」
「ほら、あのカマ人魚――ってなんでこっちにもこいつらがいるのよ!?」
レイジュを囲むカマッチョたちを見て、ライアはさらに悲鳴を上げた。
レイジュはレイジュで、
「カマ人魚たちまで来たのか!?」
と悲壮な声を上げる。
すると、カマッチョたちがきらーんと目を光らせた。
「何ですって……人魚一派が!?」
「奴らはあたしたちの敵!」
「こうしちゃいられないわ!」
どどどどど、と地響きを立ててカマッチョたちは海岸へ行く。
海岸ではライアの言う通り、カマ人魚たちの群れがたまっていた。
「まあ! あんたたちは裏切り者の!」
「大切な海を捨てたバカたちね!」
「何を言うの! 海の中より陸の方が」
陸のカマッチョはむきっとポージングをして、
「肉体美を鍛えられるのよ!」
たしかに……陸の方が陽射しはあるし、太陽の照り返しを存分に受けられるに違いない。
「バカを言うんじゃないわ!」
カマ人魚は水の中でむきむきっと筋肉を盛り上げ、
「この、水によって乱反射する輝きを受ける美……! これを忘れるなんて、愚かね!」
「愚かなのはそっちよ! 太陽の光を全身で受けるこの輝き! 筋肉が喜んでいるのを感じるわ……!」
そんなもの感じないでほしい。
というかそんな美はいらない。
レイジュとライアが呆然とその言い争いを見ていたとき、上空からばさばさっと羽音がして、
「レイジュ殿ー! またお迎えに参りましたぞ!」
レイジュがぎょっと上を向くと、そこにはいつぞやの、股間に葉を1枚つけただけのウインダーマッチョが集団で飛んでいた。
はっと陸のカマッチョと海のカマ人魚が上空を見る。
「まあああああ! ウインダーの連中まで来たの!」
「信じられないわ! よくもあたしたちの前に顔を出せたわね!」
「むっ! お主らは地のマッチョたち! いやマッチョと呼ぶに値せぬ! お主らごときがマッチョを名乗るでないわー!」
「何ですって! あたしたちの筋肉美を馬鹿にする気なの!? この葉っぱ1枚の変態集団!」
「我々は! この筋肉美をより美しく見せるため! このような姿をしているのである!」
「ただの変態よ! そっちこそマッチョを名乗って欲しくないわ、そんな筋肉見たくもない!」
「海の中でポージングしているあんたたちも充分変態よ!」
「まあ横からなんてこと言うの! 陸に上がったあんたたちは中途半端な蝙蝠よ!」
う、とレイジュは胸をわしづかむ。ひそかにぐっさりナイフを突き刺されてしまった。
自分はこいつらと同じか? 同じなのか? と彼は真剣に陸のカマッチョの背中を見て悩んでしまった。ライアがよしよしと弟の背を撫でる。
陸で。海で。空で。
むきっむきっむきっ。
てらてらてらっ。
ポージングの嵐。
我こそが一番の肉体美。我こそが一番のマッチョ。彼らはそれを主張して戦っている。彼らにしてみれば、由緒正しき戦い。
種族同士の戦い。
ああ、これほど尊い戦いがあろうか? 自分の種族の誇りにかけて、彼らは戦っているのだ。
むきっ。
筋肉をむきだしにして。
てらてらてらっ。
太陽に照らされて。
彼らは自分の信じるもののため、戦っている。これは聖なる戦いだ。これは、聖戦なのだ。
………
「何考えているんだ僕は」
レイジュはつぶやいた。いよいよ自分は暑さにやられておかしくなってしまったらしい。
マッチョたちはおそらくレイジュを捜しにきたのだろうが(困ったことに陸海空全員)、いまや奴らの脳裏からレイジュの存在は綺麗さっぱり忘れ去られている。
ポージングバトルを繰り広げるマッチョたちの暑苦しさに耐えかねて、
「逃げましょう」
ライアが弟の腕をつかんだ。
「ああ。聖戦に巻き込まれるのはごめんだ」
「何を言っているの?」
「え? いや、僕は蝙蝠だから陸のカマッチョの味方になるのかな」
「レイジュ! しっかりしなさい!」
「すまないライア」
冷静なつもりが、頭が言うことを聞かない。
「とにかく逃げるのよ!」
ライアに引っ張られ、レイジュも頭を大きく振って、走り出した。
海岸では陸海空のマッチョたちがポージング聖戦を繰り広げている……
■■■ ■■■
蝙蝠の城に戻ってきたレイジュは、涼しさにやっと人心地ついて、居間のテーブルにがっくりと突っ伏した。
「レイジュ様、お茶をお持ちしましょう――」
動器精霊であるメイド長が、若き城主に声をかけようとして、とまった。
「………?」
レイジュは怪訝に思って顔を上げる。
メイド長が口に手を当てて何かをこらえている。
やがて居間に、水着から服に着替えたライアが入ってくるなり、
「まあ、レイジュ!」
噴き出した。
「もう着替えてると思ったのに……!」
「え?」
レイジュは自分の体を見下ろした。そう言えばいつもと感覚が違う――
着ているのはカジュアルなシャツにズボンにサンダル。
そして下を向いた拍子に落ちてきたのは、いたずらに姉が彼の髪に挿していた大きな白い花――
たまらずメイド長が大笑いし始めた。次いで、姉も腹を抱えて笑い出す。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、これは不可抗力で、僕のせいじゃ――!」
「もうレイジュったら! 似合うわよーこれからはその格好でいきなさいよ!」
「冗談じゃない!」
レイジュは真っ赤になって怒鳴り、すぐさま自分の部屋へ向かうとバンと扉を閉めて閉じこもった。
その後、3日ほど、色んな意味で傷心の蝙蝠の城主は部屋から出てこなかったという。
――色んな存在にいじられ人生、ならぬウインダー生、彼は運命の星の下から逃れられないのだった。
<了>
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