<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


純真な少女の心

「あの……この薬草、買ってください」
 朝から白山羊亭にやってきた少女は、ルディアに向かってそう言った。
「はいはい、物売りさんね」
 ルディアは愛想よく少女に向き合って――それからぎょっとした。
 目の前にいたのは、14歳ほどの少女。
 彼女はぼろぼろの服を着ていた。貧相な体つきからしても、栄養失調なのは間違いない。長い髪もろくに手入れしていないのか、ぼさぼさだ。
 しかしそれ自体はいい。エルザードにも貧困に苦しむ人間はいる。ルディアだって、幾度も目にしてきた。
 問題は――
「薬草……いっぱい、摘んできたので……」
 と、つぎはぎの布に山盛り積んである草。
 その草を、ルディアは知っていた。つい最近話題になったのだ。――とある薬師が「大発見だ!」と大騒ぎしたほどの万能薬。
 しかし、実はそれは薬師の嘘で、実際にはただの雑草の1種だったといういわくつきの。
 詰まったルディアを見て、少女は悲しそうな顔をして、
「買って……いただけませんか……」
「え、ええと……」
「私……これから天使の広場に売りに行きます……よかったら、買いに、きてください」
 とても素直そうな声でそう言うと、少女はぺこりと頭を下げて、白山羊亭を出て行く。
 ルディアは心底困った。
「あの子、分かっててやってるのかな……?」
 教えてやるべき……だろう。
 いや、天使の広場で売っている内に誰かが教えるかもしれない。
 いやいや、教えても彼女が信じるとは限らない。あの雑草は採取が簡単ではないのに、あれほどの量を摘んできたのだ、必死だったに違いないから。
 それとも、すべてを知っていての演技……か?

 どうすべきだ――?

「ねえ、あなたはどう思います――?」
 ルディアは途方に暮れて、冒険者に話しかける……

 ■■■ ■■■

「どうしたら良いって」
 話を聞いたユーアは、足を組んだままあっさりと言った。
「んなもんどうやったっていずれ知られるんだからしっかりキッパリ間違えようの無いくらい綺麗に雑草だと言い切ってやればいいじゃん」
「んー……」
 ルディアはうなる。それはそうなのだが。
「なんなら俺がとどめをさして来てやろうか?」
「待っ、て……」
 横から口を挟んできた少女がいた。長い黒髪、赤い瞳――千獣[せんじゅ]だ。
「私……その前、に、あの子、に、話を、聞きたい……」
「何だ、物好きだな」
 ユーアは頭の後ろで手を組んで、「好きにすりゃいいんじゃね?」
 と無責任を決め込む。
 千獣は白山羊亭を出ていった。
 入れ違うように、もう1人の少女が入ってくる。銀灰色の長い髪に、青い瞳。アレスディア・ヴォルフリート。
 たった今出ていった顔なじみの千獣の姿に、不思議そうな顔をし、
「失礼。千獣殿はどうなさったんだ? とても急いでいるように見えたが」
「あ、アレスディアさんアレスディアさん。聞いてくださいよー」
 ルディアはさっそく、アレスディアにも相談を持ちかけた。
 ――話を聞いたアレスディアは、席に座りながら難しいような、切ないような顔をした。
「それは……何の事情もなくやっているわけではないとは思う」
「そう思います?」
「が、その草が本当に効果のないものであれば、止めねばならぬ」
 アレスディアはどこか悲しそうに、しかしきっぱりと言った。
「だよなあ」
 とユーアが同意する。
 アレスディアは目を伏せて、
「例えばだが、その草を万能と信じ、重い病を患ったものがそれを買ったとする。その後、効果がないとわかったとき責められるのは誰かな」
「………」
「純真、とは何かを盲信することではないし、邪な理由からでなかったとしても世間に与える影響への免罪符にはならぬ」
「アレスディアさん……」
「千獣殿は、その少女の元へ行かれたのか?」
「はい。聞きたいことがあるそうです」
「そうか。私もその少女の元に出向こう」
「あー。物好きその2」
 ユーアが足を組み替えた。行くなら勝手にしろよ。言うことはさっきと同じだ。
 アレスディアは一杯の飲み物を飲み干した後、
「では行ってくる……できれば千獣殿と合流してこよう」
 と立ち上がった。

 ■■■ ■■■

 天使の広場で、千獣は問題の少女の姿を見つけた。
「薬草……薬草買ってくれませんか……」
 ぼろぼろの身なりでか細い声を出す、貧相な子供。
 千獣はゆっくりと歩み寄る。そして、声をかけた。
「ねえ……」
 少女がびくっと身を跳ねさせた。ひょっとしたら、声をかけられたのは初めてだったのかもしれない。おそるおそる千獣を見上げて、
「薬草……」
 と布にこんもりたまった草を持ち上げる。
「ねえ、聞いて、いい?」
 千獣はかがんで、視線を少女と同じ高さにした。
 少女は怪訝そうな顔をする。
 千獣は少女が草を売るのは、役得から出る金儲けのためではなく、なんらかの理由があると思っていた。
「なん、で……」
 そっと少女の目をのぞきこむ。うるむような黒い瞳。
「その、草、売って……お金、ほしい、の?」
 少女はぷるぷると首を振った。
「私の……唯一のお友達が……病気にかかっちゃったから……」
「唯一、の、お友達……?」
「猫の……キララ……この薬草、人間にしか効かないって聞いたから……」
「………」
「キララが死んじゃう……」
 黒い瞳がうるんだ。少女は必死で、涙がこぼれ落ちるのを留めているようだった。
 ――もしも、切羽詰った状態で否定の言葉をかけても。
 反発を招くだけだ――
 千獣はそう思う。理由があって、一時的にお金が必要となったなら、その原因解消に協力したかった。
 一時的ではなく永続的な貧困であれば、まともな働き口を探してやるつもりだった。
 今回は――前者、だ。
「あのね……」
 千獣は言い聞かせるように、ゆっくりと話す。
「手伝う、から、他、の、方法、で、お金、稼ごう……?」
 少女は切なそうな目で千獣を見た。
「薬草は……?」
「……誰も、買って、くれ、ない、でしょ……? 他の、方法、さがそ……」
「………」
「キララ、どこに、いる? お医者、さんの、ところ、つれて、いこう、か」
 ぱっと少女が顔を輝かせた。
「お医者さんのところ行ったら……治るよね……?」
「………」
 それも千獣が請け負えることではなかったが――
「千獣殿」
 ふと横から声をかけられて、千獣は振り向いた。
「様子はどうかな。私も話を聞いたのだが」
「アレス、ディア……」
「この子かな? 初めまして、私はアレスディア。あなたの名前は?」
 アレスディアも片膝をつく。
「名前、ないの……」
 少女は目を伏せた。アレスディアは、「そうか」と優しく少女の頭を撫でる。
「あのね、アレス、ディア」
 千獣はなじみの冒険者友達を見て、
「この子、の……大切な、友達……猫、の、キララ、が、病気……なんだって……」
「……なるほど」
 だからお金が、とアレスディアはつぶやく。
「だから、キララ……お医者、さん、の、ところ……つれて、いこうかな、って」
「そうだな、そうしようか」
 アレスディアはもう一度名もない少女の頭を撫でて、
「キララのところに案内してくれるかな?」
 と言った。
 少女はうるんだ目をこすって、
「こっち……!」
 と薬草を抱えたまま走り出した。

 ■■■ ■■■

 白山羊亭で、まだうめいているルディアに向かって、ユーアは言っていた。
「それともその雑草使って俺様が適当な薬を作ってやろうか?」
「え」
 ルディアがかたまる。
「そうすればその雑草は役に立つ薬になるって証明されて売れるかも知れないぞ」
「ユユユ、ユーアさん、それはやめ、やめ、やめましょう……!」
「あ? 何でだよ」
 ユーアは心底不思議そうに、首をかしげた。
「いい案だと思うんだけど」
「――っ――っ――っ!」
 ルディアは声にならない悲鳴をあげていた。
 冗談ではない。ユーアの作る薬はいつも……爆裂炸裂摩訶不思議トリップポーションに早変わりだというのに!
「いい案だよなやっぱり」
 ユーアは1人うんうんうなずいていた。
「よっしゃ、これから天使の広場行って、草をもらってきてやっか!?」
「やーめーてーくーだーさーいー!」
 ルディアは必死で暴走ユーアを引き止める……

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 三毛猫のキララはがりがりに痩せて、息も絶え絶えだった。
 病気というよりは、これも食料不足ではなかろうか。
「急いで病院につれていこう……!」
 アレスディアの切羽詰った声に、千獣がうなずいてそっとキララを抱く。
「仕方あるまい、当面のキララの治療代は私たちが出す」
「お姉ちゃんたち……」
 名もなき少女は嬉しそうに笑顔を作った。初めての笑顔だ。
 そしてアレスディアと千獣は動物も扱う病院へと走る。
 ――キララは衰弱死一歩手前だった。
「数日間入院すれば、何とかもつでしょう」
 と医者に言われ、我慢の糸が切れたのか、わっと少女が泣き出す。
 千獣が優しくその肩を抱いた。
 ――泣かせておけばいい。好きなだけ。
 しばらくして、すん、と鼻をすすりながら目をこすった少女は、
「薬草……売れたら……お金、返せるから……お姉ちゃんたち、ありがとう」
 華やかな笑顔を見せた。
 それを見た2人の“おねえちゃんたち”は胸に痛みを感じる。
 この子の純粋さは……たしかなもの、なのかもしれない。けれど。
「……よく聞くんだ」
 アレスディアがそっと少女の肩に手を置く。
 千獣が少女の前にまたかがんで、視線を合わせた。
「あの、ね。よく、聞いて……? あの、草は、ね。薬草じゃ、ないん、だ、よ」
 ただの草、なんだよ。
 瞬間。
 少女の顔が凍りつく――
「私……私……」
 呆然となって、両手をだらんと体の横にたらす少女。
 そのとき千獣とアレスディアはようやく気づく。――少女の手が泥だらけであることに。
 きっと必死になって薬草を摘んできたのだ。唯一の友達のために。猫のために。
「仕事を探そう」
 アレスディアは言った。
「――ああいや、その前に」
 名前を。
 彼女に名前をつけよう。
 千獣が少し考えて、
「……スタ」
「スタ?」
「星……」
 猫が、キララ、だから……
 アレスディアは少女の顔を覗き込み、
「今日からあなたをスタ殿と呼んでもいいかな?」
「スタ……私、スタ?」
「うん。スタ」
「スタ……」
 その名を口の中で繰り返した少女は、しかし目を伏せる。
「でも、誰も私の名前……呼んでくれない……」
「私たちが呼ぶ」
 アレスディアが即答した。
「それにこれから、社会に出ることになる。色んな人に呼ばれるようになる」
「社会……に、出る……の……?」
「スタ殿、得意なことはなにかな」
 仕事を見つけるには特技から。スタは視線を泳がせ、
「わ、分からない……でも、草が好き。花が好き」
 あ、と千獣が声を上げた。
「それ、なら……薬屋、さん……ギシス、の、おんじ……」
「ああ、それはたしかクルス殿の師匠殿……」
 アレスディアはぽんと手を打って、
「スタ殿。薬を作れるようになってみないかな? キララにもきっといいぞ」
 スタは2人の“おねえちゃん”を見比べて、
 そしてようやく――
 瞳に生気を灯した。

「やる……!」

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「なんでえ、それで解決かよ」
 白山羊亭に帰ってきた千獣とアレスディアから事情を聞き、ユーアがつまらなそうに言った。
「せっかく俺様が、びっくりどっきり最高の薬を作ってやろうと……ああ、薬作りならどうせなら俺様が教えてだな――」
「わーわーわー!」
 ルディアが騒いで遮った。
 千獣とアレスディアは顔を見合わせて、笑った。
 ギシスと言う名の薬師のところに預けてきたスタの、真剣な顔。きっと少女はうまくいく。
「……純真な心。たしかに持っていた」
 それは時に罪だけれど。
「やはりいいものだ」
 ――自分たちはとうに忘れてしまったかもしれない感覚。

 彼女たちは思う。どうかスタがこのまま、その心を失わずに育ってくれればいいと。
 夜空に輝く星のように、永遠に変わらぬ……その輝く心で……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2542/ユーア/女/外見年齢18歳/旅人】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/外見年齢17歳/獣使い】

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■         ライター通信          ■
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千獣様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加嬉しいです。
とても単純な依頼でしたがいかがでしたでしょうか。
よろしければまたお会いできますよう……