<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『名も無き迷宮―第1回―』

 ぐずついた天気が続いていたが、今日は晴天である。
 数日間、この天気は持つそうだ。
 暑くもなく、寒くもなく、気分も最高であった。
 自宅に友人達を招いて、自称大魔術師になる男ダラン・ローデスは、得意気な顔で地図を張り出して説明を始める。
「今回探索に行く場所は、エルザードから馬車や徒歩で丸1日くらいかかる場所だ。早朝出発して、近くにある俺ん家の別荘で1泊してそれから目的の地下道の探索に行くんだ!」
 皆に声をかけて回っている時には、若干不安気な表情をしていたダランだが、沢山友人が集ってくれたこともあり、いつもの元気を取り戻していた。
「質問です」
 軽快に手を上げたのは、時々広場の診療所で顔を合わせるチユ・オルセンだ。
「よしチユ、発言を許そう」
 なんだか偉そうにダランは踏ん反り返っている。
 チユは軽く笑みを浮かべる。
「キーワードの「華麗滅」だけれど、入る人全員がイメージする必要あるの?」
「ふふふ……知らん! 寧ろ俺は何にも知ら〜ん! えっと誘った時に説明したこと以外、殆どなんもわかってないわけで……へへへ」
「なるほど、依頼主さんは、いつもどおり、頼りにも当てにもならなくて、役に立つかどうかも怪しいってことね」
 にっこりチユが笑う。
「チユねーちゃん、そりゃねーぜ……」
「……目的地は何処だ? そして、どういった場所なんだ?」
 軽く眉を顰めて言ったのは、バトルコックのヴァイエストだ。
 ヴァイエストはダランから直接依頼されたわけではない。
 知り合いにダランの力になってやってほしいと頼まれて、同行を申し出たわけだが。やはり今回も手を焼くことになりそうだ。
「ええっと、目的地はこっちの地図に載ってる場所。荒れてる土地で、岩がごろごろあるだけで一見何にもないんだ。だけど、その岩の1つに変な文字が刻んであって、そこから地下に入れるみたいんだんだ。地下には魔道化学者が仕掛けた罠があるみたいでさ、その奥には、魔道……なんだっけ?」
 ダランがチユを見る。
「魔道鍛冶、魔道化学、魔道術ね。ちゃんとメモしておかないとね」
 チユは微笑みながら答える。
「そう、魔道鍛冶、化学、術師の3賢者が作った作品か何かが置かれてるらしいんだ」
「ったく、アイツが聞いたら泣いて喜びそうな場所だな」
 ヴァイエストは軽く吐息をついた。自分にダランの御守を依頼してきた腐れ縁の知り合いが好きそうな場所である。土産話の時には、さぞ悔しげな顔をすることだろう。
「で、その入り口を開けるためのキーワードがさっきチユが言った『華(やか)・麗(しい)・滅(する)』なんだってさ〜。この言葉をイメージすると、開くらしいぜ」
「華やかに麗しいなんてあたしにぴったりね」
 得意気に言うのは、魔女のレナ・スウォンプだ。
 確かに彼女は綺麗だが、だが、だが、だが……。
「まあ滅するなんてそんな怖いこと考えたことないけどあははー」
 笑いが乾いているのは、自覚があるということだろうか?
「頼むから、滅しないでくれよレナ。ええっと、ムカツクことがあったからって地下で大魔法ぶっぱなしたら、生き埋めになっちまうかもしれないし」
「温厚なこのあたしが、そんなことするわけないじゃなーい。地上だってしないわよー」
 レナの言葉にダランは疑いの眼を向けている。
「言葉をイメージってことは、特に具体的な事例は考えなくていいのかしらん」
「どーなんだろうな〜。行ってみないとわかんねーけど、レナなら普通にやってくれれば大丈夫だと思う。いや“あくまで一般的な普通で”」
「ふふ、ちょっと言葉に引っかかりを覚えるけどぉ? ま、良心的に理解しておくわ。楽しみね〜」
「その魔法具ってのは、どんなものなんだろうな?」
 虎の霊獣人の虎王丸が訊ねる。
「1つはなんか、魔道に関する力を減らすとかそういうモノらしいぞ?」
「体に印を刻まれた人を中心に、発動してから1時間ほど、半径1KMくらいの魔道に関する全ての力が1割未満に減るそうよ。この中には印を刻まれた人はいないし、近くにもいないと思うから気にしないで使っちゃって大丈夫ね」
 ダランの言葉をチユが笑顔で補う。
「い、いや、気にはした方がいいかもしんないけど。ま、皆にはあんまり関係ないと思う。あとの2つはなんだか全然わかんない〜。その賢者達の村には、瞬間移動をするアイテムなんかもあったから、期待できると思うんだ」
 にこにこ笑うダランに、虎王丸は真剣な顔を向ける。
「お前のことだから、瞬間移動でこっそり夜這いでもしようと考えてるんだろ」
「い、いやそんなこと、考えたこともねーよ」
 言いながら、ダランは目を逸らす。
 図星かと、虎王丸はため息を1つついて、先輩ナンパ師として小声で教示を始める。
「そういうのじゃなくてだな、自分の努力で来たからこそ、体を預けても良いとだなあ、情熱的なもんが……」
「か、体を預けてなんて、虎王丸って大胆な……っ」
 ダランはなんだか赤くなっている。
「でも相手の服だけ瞬間移動させるって方法も……」
「そ、それは刺激的な……」
 2人は小声で何か企み始めた。
 そんなダランと虎王丸は放置しておき、一同は必要な持ち物について話を始める。
「でさー、この辺りって結構乾燥してんのよねー、肌に悪いっていうか」
「そうね、地下がどんな状況かも分からないし、身体を守る薬も持っていった方がよさそうよね」
「それなりに大掛かりな探索になりそうだしな。そうだな、準備としてはマッピング用の筆記用具、コンパス、命綱、ランタンなどの照明、非常食、簡単な寝袋ってところか」
 獣人のディーゴ・アンドゥルフは必要な者を手帳に書き記していく。雇い主のダランには少々不安を覚えるが、お宝という言葉に誘惑されての参加だ。今までの会話や集ったメンバーを見るに、真実味がありそうである。
「あれやこれや持って行きたいところだが、大荷物になると行動の妨げになるから、こんなところだろうな」
「そうね、私もランタンと一般的な探索用具は持っていくわ」
 チユはスペルカードに道具を込めることが出来るため、多少荷物が多くても平気だ。
「あたしは、お手製の魔法薬をいくつか持っていくわね」
 薬草に詳しいレナは薬草と魔法薬を持っていくことにする。
「探索時の役割だけど……」
 蒼柳・凪は、いまだ悪巧みを続けている友人の虎王丸とダランを小突きながら、自分の能力について説明を始める。
「絶対的な力ってわけじゃないけれど、周囲30Mほどの範囲を把握することができる。物理的罠は多分見破ることが出来ると思う。あとは、舞術による防御に努めようと思う。防御に関しては俺は物理的な防衛より、精神攻撃や毒系に重点をおきたいと思ってる」
「あたしは、魔法で魔法的な罠を見つけることが出来ると思う。仕組みなんかにも興味あるな〜。基本的に皆一緒に行動しましょ」
 レナの言葉に一同頷く。
「俺は前衛だな。物理的な罠を発見した時は、可能なら遠くから発動させちまった方がいいよな。宝、手に入れようぜ!」
 虎王丸は首にかかった鎖に触れ、この鎖を外せるようなアイテムが眠っていればいいのに……などと思うのだった。
「マッピングは俺が担当か」
 メンバーを見回して、ディーゴは軽く吐息をついた。皆そういう作業には向いていなそうだ。自分がやるしかないだろう。
「俺は……」
 ヴァイエストはダランを冷ややかに見た。
 自分の担当はこのトラブル作りの天才魔術師、ダラン・ローデスのお守だろうか。
「そんじゃ、必要な物は今日中に準備しておいてくれよ。明日の早朝天使の広場に集合だ〜♪」
 不安は全て吹き飛んだようで、ダランはとても楽しそうに笑っていた。

    *    *    *    *

 翌日早朝、集合場所に一番遅く到着をしたのは、やはりダランであった。
 遠足前の子供のように気持ちが昂って、朝まで眠れなかったようだ。
 大きなリュックサックに、なにやら荷物を大量に詰め込んで、もはや背負えず、引き摺っての登場だった。
 虎王丸と凪は、顔を合わせて苦笑した後、リュックの中身を確認して、不要なものは置いてくるように指示を出す。
 そうして、人々が朝市の準備を始めだした頃、一行は出発を果たした。

 馬車に揺られて数時間。
 皆陽気に会話を楽しんで、景色や持って来たおやつを食べ合ったり、本当に遠足のようであった。
 ダランの荷物は仕方がなくヴァイエストが半分持ってあげていた。中身を見たところ、食料や医薬品など、皆が与れる物が多かったためだ。
 別荘には、ジェネト・ディアの気配はなかった。
 多分この付近にはいるのだろうが、今回は特に聞くこともないため、探すことはしなかった。
 途中の村で購入した弁当を取り出して、皆で食事をとり体を洗った後、寝室で休むことにする。一応男女別だ。
 虎王丸は夜這いのかけ方など、からかい半分でダランを構っていたのだが、前日あまり眠れなかったこともあり、ダランはすぐに眠ってしまった。
 女性陣――レナとチユは電気を消した後も、聖都で流行りのファッションや、香水について楽しく会話を続け、いつの間にか互いに眠りに落ちていた。

 翌朝、1日で地下道を抜けられるかどうか分からないため、皆寝袋や食料を大量に持って、探索に出かけることになった。
 虎王丸は、ダランの為に一応魔力を回復させる薬を用意してあった。
 チユはカードを出来るだけ沢山持って来た。
「魔道化学っていったら、ファムルさんの分野よね。ダラン君って元弟子なのよね? 頼りにしてるからね〜」
 チユが笑顔でダランにそう言うとダランは軽く眼を泳がせた。
「元弟子……そういえば、俺ってばファムルの弟子だったことあるんだよな。けど、アイツ何にも教えてくれなかったぜ!」
 ダランの方に覚える気が全くなかったのが原因なのだが、ダランはファムルから錬金術や薬の知識を一切教わってはいない。長い付き合いだというのに。
「それはどうかしら? でもほら、罠とか仕掛けを見たら、解除方法とか何か思い出すかもしれないしね〜?」
 にこにこと言うチユだが、ダランの方は既に逃げ腰で、虎王丸の後ろへと移動をしていた。
「ふっ、皆がどうしても解除できないっていう時には、俺が見てやってもいいんだぜーっ」
「ほほう、頼りにしてるぞ」
 初めてダランの依頼を受けたディーゴは、チユやダランの言葉を半分くらい信じ、にやりと笑みを浮かべてダランを見るのだった。
 途端、ダランはビクリと震える。
 狼のビースターであるディーゴの笑みは、ダランには怖いらしい。
「ま、任せておけ〜」
 ダランは眼を逸らしながら、控え目な声を発した。

 数十分歩いて、地図に描かれた目的地――岩のゲートの前に到着を果たす。
 以前訪れた時と変わらず、その地は荒れた荒野でしかなかった。
 岩は静かにそこに在るだけで、何も語ってはこない。
 動物の姿もなく、静かで、ただ風だけが駆け抜ける荒野だ。
「とりあえずは、だ。扉の開閉、これが全ての合図になるだろうが。まぁ、開けるしかない訳だが……問題はこの後の罠か」
 ヴァイエストは額に巻いてあるバンダナを外した。ヴァイエストはこのバンダナで常時魔力を抑えている。
 額の宝石が露になり、抑えられていた魔力が解放された。
 その状態で、岩に触れてみれば……確かに、魔力を感じる。
 この岩のずっと奥にも。深い深い空間に、複雑な魔力を感じる。
「一人でいいんだったな?」
 ヴァイエストの言葉に、ダランが頷く。
「それじゃ、開けるのは――」
 ヴァイエストがレナに眼を向けた。
 自然と全員がレナを見ている。
 普段魔法を使い慣れていて、特に意味はないが、キーワードにも一番合う人物ということで、全員がこれはレナの役目だと感じていた。
「んじゃ、開けるわよ〜。でも、盾が欲しいわね」
 といいつつ、ダランを自分の前に引っ張る。
「じ、自分より小さい純情無垢な少年を盾に使うなよっ」
 ダランは虎王丸の服を引っ張って、助けを求める。
 仕方なさ気に、虎王丸は岩の前に立った。
 その後ろから、レナが文字が書かれている部分に手を翳した。
「華(やか)・麗(しい)・滅(する)」
 華やかさ……これはこの間買った服。
 麗しい……これは、悔しいけれど、綺麗と認めている女性を。
 そして、滅するイメージ。冒険で魔物を殲滅させた時を思い浮かべる。
 1つ1つ、思い描いていく。
 岩が反応を示していく。
 小刻みに、そして岩だけではなく、大地も揺れ出した。
 ダランは凪の腕を掴んで、足を後ろに引いている。
 チユは膝を地について、体を支えた。
 ヴァイエストは注意深く見守る。
 ディーゴは事態に備えて身構えておく。
 一際大きく揺れたかと思うと、一瞬にして岩が消えてなくなった。
 そして響き渡る大きな音。
 消えたのではない、落ちたのだ。
 深い闇の中へ。
 岩のあった場所に、大きな闇の空間が出来ていた。
 虎王丸が足を一歩後ろに引いた。岩に触れていたのなら、一緒に落ちてしまった可能性もあっただろう。
「……どうやって下りるんだよ」
「縄梯子がある」
 虎王丸の疑問に、凪が答えた。 
 見れば土と同色の縄梯子が、確かに薄っすらと見える。
「こ、これ大丈夫かよ? いつのだよ? 切れたりしないかー?」
 ダランは既に弱腰だ。
「んー、随分深そうではあるけど、岩が落ちた音から大体の深さは分かるし、ま、予定通り俺が先に行くさ」
 言いながら、虎王丸は縄梯子に手を掛け、2,3度引っ張って強度を確かめた後、足をかけた。
「それじゃ、次はあたしね」
 パンツスタイルのレナが虎王丸の後に続く。お洒落好きのレナだが、今回は相応の格好をしている。荷物も背に背負い、余計な物は別荘においてきた。
「それじゃ、下で待ってるね」
 表情を強張らせたままのダランにそう言って、チユはレナの後に続く。
「う、うん」
 少し遅れて返事をした後、ダランは周囲を見回して、メンバーの顔を見回した。
「ええっと、次は、俺、かな?」
「俺が先に行くから、すぐ後に続いて」
 凪がダランの手をそっと外して頷いてみせて、縄梯子に手を伸ばし穴の中に身を躍らせた。
 ダランは身をかがめて、慎重に縄梯子を手にとると、これまた慎重に足をおろして凪の後に続く。
 ディーゴとヴァイエストは顔をあわせて苦笑した後、皆の後に続くのだった。

 最初に下りた虎王丸が、白焔で周囲を照らす。
 続いて、チユとディーゴがランタンをつけて足下を確認した後、周囲に明りを向けていく。
「道はまっすぐ一本か。ずっと1本だと楽なんだけど、そんなわけないわよね」
 レナの言うとおり、目視できる道は真直ぐ1本だけだった。
 ディーゴはコンパスで方角を確認し、マッピングを始める。
「ダラン、お前『魔力吸収』が出来るんだってな?」
 凪の側で、ほっと一息ついているダランに、ヴァイエストが問いかけた。
「ん? まあ得意ってほどじゃないけど」
「そういえば、それどれくらい上達したの?」
 凪はいつものように、銃型神機を片方ダランに預けながら訊ねる。
 ダランが特訓をしていたのは知っているが、実際にどれくらい出来るようになっているのかは知らない。
「あ、ありがと。んと、吸収しながらゆっくり歩くことくらいは出来るかな」
「なら、周囲の魔力を吸収しながら歩け。罠の起動に魔力が使われている可能性があるからな」
「ええっ」
 ヴァイエストの言葉に、ダランは驚きの声をあげた。
「集中しながら歩くことになるから、周りとか見てらんねーし、限界もあるから時々放出しなきゃなんないんだぞ?」
「魔術の発動が必要なときに、使えばいい。溜めておく分に損はないだろ」
「そうか……じゃあ、時々でいいか。ずっとだと皆についていけなくなるからさ。ヴァイエストが俺を背負ってくれるっていうんならそれでもいいけど」
「……馬鹿を言うな。いくぞ」
 ヴァイエストが歩き出す。
「んじゃ、魔物はあんま出てこねえだろうし、ダランお前も前衛来るか。罠の魔力吸収するためにもなー」
 虎王丸が悪戯気な笑みを浮かべながら、ダランの腕を引っ張る。
「無理無理無理無理」
 ダランが慌てて凪の腕を掴んで抵抗する。
「虎王丸」
 凪が咎めるような目で見ると、虎王丸は笑いながら手を放して、先へと進み出す。
「しっかし、こんなたいそうなダンジョン作ってお宝が3つしかねえってのも貧相な話だな……」
 虎王丸の呟きに、レナが反応を示す。
「それだけスゴイ物だってことなんじゃない」
 周りを見回しながら、眼を輝かせていた。
「賢者達の最高の作品よ! ちょっとアバウトだけど、そそられるわよねぇ。ふふふ。1つはもう渡す人が決まってるんでしょ? なら残り2つかあ、あたしもらわなくてもいいからさ、どういう構造かどうか調べさせてほしいな」
 宝そのものにも興味はあるが、この迷宮の罠や作品がどんな仕組みであり、どのように作られたのかが魔女のレナにはとても気になっていた。レナがそそられているのは、知識だ。
「とにかく、転移アイテムを超えるアイテムなんだろうな」
「……だろう、けど」
 ダランの言葉を聞いた凪はちょっと複雑な気持ちになる。
 あまり大きな力には興味はないのだが、悪しき考えを持つ輩に使われるぐらいなら自分達が入手すべき、と考えてはいる。
 しかし、出発前のあの虎王丸とダランの会話を考えると、この2人に渡すのもどうかと思ってしまう。極悪ではないとはいえ、2人の策略も軽犯罪行為だ。
「それにしても、何もない道だよな〜。このまま一方通行でお宝部屋まで着いたりして」
 ダランが凪と並んで歩きながら、壁に手を伸ばした。
「無闇に触るな。何か気になってもだ。どうしても気になるのなら離れたところから小石を投げたり、柄の長い武器なんかで探ってみるなど、直接手では触らないように」
 ディーゴがダランの手を掴んで、そう注意を促す。
「了解〜」
 ダランは少し詰まらなそうに言う。
 ディーゴはそんなダランの様子に眉を顰めながらも、仕方なさ気な笑みを浮かべる。
「自分の身は自分で守れ、と言いたいところだが、雇い主を死なすわけにはいかないしな。仕方ない、守ってやるよ」
 そう言って、凪とは反対側に立ち、ダランを真ん中に歩を進めることにした。
「へへへっ、わくわくするなっ♪」
 ダランは明るい笑みを浮かべている。……果たしてこの笑顔はいつまで続くのか。
 そんなことを考えながら、ディーゴは位置を確認する。コンパスは正常に方角を指し示しているようだ。自分達は真北に進んでいる。
「何もないっていうのも怪しいのよね」
 そう言って、チユはカードを一枚発動させてみる。
 感知の魔法だ。
 物理的な罠は凪の能力で探ることが出来る。しかし、魔法的な罠についてはこうして定期的にチユとレナで探っていく必要がありそうだ。
「あれ……?」
 魔力に反応する魔法であったのだが、発動されたと同時に周囲が淡く光り出した。
「ん、なんか違和感を感じてはいたけど、この道全体魔力を帯びてるってことなんでしょうね」
 ダランの前を歩くレナが周囲の状況と魔力の流れを探りながら、そう言葉を口にした。
 仕掛けというより、壁に魔力が注ぎ込まれているような。
「まさかこの通路全体が魔法具のようなものだったりして? うわっ、そんなすごい物ってありうる?」
 レナの場合、その中にいる危機感より、好奇心の方が勝っているようだ。
「凄いね……。流石にダンジョンはカードには納められないわよね」
 チユもそんな感想を漏らす。
 凪は僅かに眉を寄せた。
 ダランは光る壁をきょろきょろ見回している。
 虎王丸とヴァイエストは立ち止まって振り返る。
「やはりダラン、なるべく魔力を吸収して歩け。魔法の効果を弱められるかもしれんからな。起動した罠のことは気にするな。こちらで対処する」
 ヴァイエストの言葉に、ダランは頷いて集中を始める。
 虎王丸はいくつか拾ってあった小石に白焔を籠めて、前方へと投げた。
 淡い光に照らされた前方も、変わらぬ通路が続いているだけだった。
「物理的な罠はないようだ」
 凪の言葉を聞き、再び虎王丸は前へと進む。
「集中切らすなよ」
 言って、ディーゴはダランの腕を掴んだ。
 無言で頷いてダランもゆっくりと歩き出す。
「……あ、まって」
 数秒歩いた所で、レナが皆を制止する。
「罠といったら罠?」
 レナが匂いをかぎながら言葉を口にする。
「そういえば……そうよね」
 チユもレナと同じように匂いを嗅ぎだした。
 獣人である虎王丸やディーゴも地上とは違う匂いを感じてはいた。
 この場所独得の匂いだろうと特に気にしてはいなかったのだが……。
「これ、魔法薬の匂いね」
 レナは普段から魔法薬を扱っているため、それに気がついたのだ。
 チユも、魔法草の知識などに詳しいため、その類の匂いかな?程度には、判る。
「魔道化学の罠かあ……結構面倒かもね」
「どんな薬かはわかる?」
 凪の問いに、レナとチユは顔を合わせる。
 チユにはそこまでのことは分からない。
 レナは、もう少し匂いが強ければ、知っている薬であるなら判りそうといったところだ。
「舞術で毒や精神攻撃に対しての耐性を上げて、一気に駆け抜けようか」
 凪がそう発案する。
「これがどのくらいの範囲続いているか判らないとね……全員混乱したりしたらマズイし」
 チユは周囲を見回して見るのだが、やはり何の変哲もない壁が続いているだけだ。
「俺が先に行ってみるから、何かあったら引っ張って魔法で回復してくれるっていうのはどうだ?」
「そうだな……」
 虎王丸の言葉に頷いて、凪は一応虎王丸の体に縄を縛りつけた。
「しかし、なるべく一緒に行動をした方がいいだろう。ダラン、魔力吸収してるんだよな? どんな類いの力か判断できないのか?」
 ディーゴがダランに聞くがダランは首を左右に振るだけであった。
「なら、お前の元師匠なら、こういった場所でどんな罠を仕掛けると思う?」
 そう訊ねたのはヴァイエストであった。
 ダランは集中を解いて、魔道化学に携っていたという元師匠……ファムル・ディートの研究を思い出す。
 いや研究については何の関心も持っていなかったが、ファムルの診療所に並んでいた薬には、面白い効果のあるものもあり、たまに拝借しては遊びに使っていた。
「……ファムルといったら、惚れ薬。魅了系の罠が思い浮かぶんだけど……どうかな?」
 ダランはディーゴにそう言った後、ディーゴの顔を見て思わず後退る。
「ちゅーか、お前が幻術にかかったら、俺ってば襲われて食われちまう……」
 情けない声に、ディーゴは思い切り苦笑する。
「一応依頼主だからな、傷つけたりしないさ」
「魅了系か……変に幻惑されて、変な行動をとらされるのはゴメンだわ。とりあえず、体に干渉があるまでは進んでみる?」
 レナの言葉に頷いて一同はまた慎重に歩き出す。
 鼻は麻痺していくものだけれど、感覚だけは研ぎ澄ませ、魔力の干渉を感じ取っていく。
 微量。
 本当に微量の匂いでしかない。
 微量の魔力でしかない――。
 しかし、歩き続ける皆は、眠気に襲われていることに気付く。
 少しずつ体に入り込み、少しずつ体に蓄積をして、やがて襲い来る魔法効果。
 何もない道。
 凪の脳裏にも道しか映らない。ずっと先も延々と続く一本道。
 だけれど、この地下道に安全な場所などない。
 避難できるスペースも、ないのだろうか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【3139 / ヴァイエスト / 男性 / 24歳 / 料理人(バトルコック)】
【3317 / チユ・オルセン / 女性 / 23歳 / 超常魔導師】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3678 / ディーゴ・アンドゥルフ / 男性 / 24歳 / 冒険者】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
※年齢は外見年齢です。

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『名も無き迷宮―第1回―』にご参加いただきありがとうございました。
とってものんびりペースで申し訳ありません。
引き続き、のんびり全3回お付き合いいただければ幸いです。
次回は、現状を打破した後、幾つか罠を掻い潜ってお宝の近くまで到着できればと思っています。