<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


■あちこちそちどち−ヤーカラの隠れ里−■





 ころりと出入り口近くのテーブルで何かを転がす小さな少女。それから黒猫。
 お盆片手に近づいた白山羊亭のウエイトレス、ルディア・カナーズは差し出された小粒の――猫の頭に座れるサイズの少女には十分な大きさでもルディアには指先に乗る程度のサイズの赤い何かに首をひねった。
「なんですか、これ」
「お薬ですよ」
 ふうん。少し砕けた様子で相槌を打ってルディアは親指と人差指とでその薬とやらをころがしてみる。軟らかく僅かに歪む感触はなんとなし、糊をちょっとねりねりと捏ねた結果を思わせるもの。
「なんの病気の?」
「さあ?」
「…………」
 薬という言葉が指し示す物というか、それの意味するところというか、とにかくこの小人にはちょっと単語の選択を考えて貰うべきではなかろうか。
 つと問うて返された答えに半眼になってルディアは小人を見る。
「って、それ、依頼書」
「はい。その薬を作る人が大変なので」
 小さな娘さんはいつの間にやら、黒猫の前足を重石代わりに一般的に使っている依頼書を広げて何やら書きつけていた。どこからその依頼書出したのと思いながら内容チェック。
「ええと、救出、を、ヤーカラの里、から」
「薬に入れてみたくて血を下さいってヒィヒィ辿り着いたら捕まりました」
「もしかして、この薬を作る人?」
「はい。龍人の血を混ぜて作ることになる薬なんですが『血を寄越せー』ってたまに来る悪者と誤解されて今牢屋です。里の奥で処分待ち」
「大変じゃないの!」
「大変ですから依頼を」
 接客業の時間ながら素の態度に戻って叫んだルディア・カナーズ。
 おさげを揺らして慌てる彼女を前に小人はカリコリと依頼を書き進めていく。
 黒猫は、ひたすらに依頼書を押さえているばかり。



「……あれ、でもこの薬って龍人の血入りで、でも現在進行形で作る人は誤解されて捕まっていて、だけどこの薬は血を貰っていて……」
「それ『これから出来る』薬ですから」
「…………これから、出来る、って」

 えええ?と頭を抱えるルディアなぞ知らぬげに小人が書き終わった依頼書をずずいと押し出したのは、さほども時間の経たない頃。





■あちこちそちどち−ヤーカラの隠れ里−■





 ぶるぶるぶるぶると震える骨ばった指先が、涎で濡れ光る魔物の牙を目指して進むこと幾度目か。
 そこらの獣であれば疲れ果て頭を垂れてもおかしくないだけの時間を散々に暴れてもなお、猛々しく息を吐いて威嚇の音を咽喉奥から搾り出す様は、魔物と称されるに足りる体力だろう。本来ならばその鋭い牙の並ぶ口中に手を差し出すなぞ出来るわけもない――噛み千切られた挙句に体幹までもを齧られるのが目に見える――はずの相手。だが、その薬剤師の男は貧相な顔に決意の色をかぶせて自らの腕を動かしていった。

 ぶるぶるぶるぶるぶる、つるり。

「ひぃっ!」
 勿論、薬剤師は魔物に自分を食べて貰おうだとかいう物好きを通り越しがちな発想から指を伸ばすわけでもない。恐る恐ると目指したその牙を抜き取るのが彼の望むところである。つまり引っこ抜きたい。
「手……大丈夫……?」
「急がなくてもいいのだぞ」
 だがしかし、薬剤師は生憎と野放しの魔物の口から安全に牙を頂戴する、などという芸当が出来る程の腕自慢ではありえなかった。当然だ。彼は遠出の護衛と荷物持ちとを毎度誰かに頼まねばならないような、どちらかといえば屋内で日々を過ごしてうっかり陽光なるものの存在を見失う類の生活習慣の人である。
「彼女の言う通りだ。少しずつ、慎重に」
「は、ははは、はい。ええ勿論」
 そんな彼がならば何故に魔物に齧られることもなく、口の中へと手を突っ込んでしまえるのか。
「抵抗も多少弱まってきているみたいだな」
「……根、競、べ」
「確かにこれは根競べか」
「もう少し、したら……暴れ、なく、なるから……」
 それからでいいよ、と言葉を落とされたのにかぶりを振って薬剤師はじりじりと魔物の牙にまた触れた。
 さて、彼が魔物の腹に収まる危険を案じることなく手を伸ばせる理由。それは、延々と繰り返される牙の抜き損ねと珍妙な悲鳴に飽きもせず、辛抱強く付き合ってくれる彼女達――三人の冒険者のおかげだった。
「い、いえいえいえ、ぬ、抜きます抜きます、ええ抜きますとも」
 そもそもの護衛として雇った千獣という人物。
 道中の護衛として雇ったというのに、この探索というのか試練というのかともあれ、己の行動にわざわざ付き合ってくれている彼女は、薬剤師の目の前で牛馬程度には大きさのある猛々しい魔物を網の端ごと押さえ込んでいる。膂力が外見から想像出来ない程にあるというのは承知していたが、別の生物の形に身体を変えられるとは承知していたが、いざ目の前で悠々としながら相手の自由を許さない姿には少し驚くくらいでは足りはしなかった。だって口の中から牙抜く為に頭こそ動かしている魔物だけれど、千獣が抑えている胴体部分や手足はまったくもってピクピクと震えるのが精一杯なのだから。
「抜きます……抜きます……」
 それからキング=オセロットという片眼鏡をかけた人物。
 誰かが自分の戻りを案じてくれでもしたのか――けったいな依頼人なぞ知らぬ薬剤師としては他に考えようもなかった――わざわざヤーカラの里まで迎えに来てくれた彼女は、こちらも千獣が魔物を完全に抑え込むまで一緒になって動きを封じていた辺りを思うに、外見以上の膂力であるのは違いあるまい。魔物を追い込む先に用意する網を、あの外の人間を嫌がるヤーカラの民から手配して貰ったことからすれば交渉も慣れているのかもしれないけれど、ただ生憎と職業は判り難かった。冒険者の類で間違いはなかろうが、いかんせんあまりにも軽装であったので。
 これはオセロットが以前にまとっていた軍装を傷めて脱いだきり、そのコートなしでいるのも理由だ。
「……ぬ、ぬき、まして……っ」
「よし!いい調子だ薬剤師殿」
 さらにオセロットと共に黒山羊亭から話を請けて来てくれたアレスディア・ヴォルフリート。生真面目な面差しを薬剤師の引き攣った気合いと同調させつつ魔物の口元を抑えてくれている。繰り返しの挑戦と失敗に変わらぬ励ましをくれるのは有難かった。なによりも魔物を引き寄せるべく囮を買って出て、網を張った場所まで誘導してくれたのは感謝に堪えない――のだが、悲しいかな薬剤師は他の二人の協力に対してと同じく、礼を述べるどころの状況にはない。ひいひいとまたしても涎で滑り始めた手に力を篭めて魔物の牙を引っこ抜くのに精一杯だったのである。
「一度手を抜いて休ませた方がいい」
「抜ける、牙、って……ひぃ……」
「薬剤師殿。抜けそうになっている。大丈夫だ」
「……そ、そう、ですか」
「牙、抜けるまで、抑える、から……慌てない、で」
 ヤーカラの里近くにて群れぬまま生きる魔物。
 その生え替わり時期の牙は里の男ならば簡単に引っこ抜けるものだが、龍人でもなく肉体派でもない薬剤師には随分と厳しい様子。ぜいぜいと貧弱な身体を大きく動かして息を整える程に力を入れてもまだ抜き取れてはいない。声をかける三人の表情に呆れも何も浮かんでいないが不思議なくらいに手間取っている。
 だがそれでも、網に誘い込まれて抑え込まれ口をこじ開けられ、そこまでされた魔物から牙を引っこ抜くのだ。延々と積み重ねた非力なりの奮闘は、ようやく成果を上げつつあった。
「もう少し!そうだ!ゆっくり、そう」
「下の牙、だけ、注意して」
「焦って貴方が怪我をする方が問題だぞ。慎重に」
 ともすれば疲労と緊張で震える腕がつるりと下方向に強制移動しそうな薬剤師に、代わる代わるに声をかけていく。彼女達の自然に為されるそれが、熱意でもって、というか熱意だけで動いている薬剤師に必要な冷静さと力を与えて幾許か。

 すぽん。

 それはもう大層気の抜ける音さえ伴って牙は抜けた。
 ふんぬぬぬ、と奮闘する薬剤師を嘲笑うかの如くであった牙は突然に軽々と抜けた。
 結果として薬剤師は「やった!」とアレスディアが声を上げ、千獣がぱちりと目を瞬き、オセロットが僅かばかり息を吐き、そんな中で魔物の口から両手で掴んだ牙を一本。
「抜けたぁ!」
 手に入れた歓喜の表情でお世辞にも第一印象が良いとは言えない顔を歪め、疲れの色も吹き飛ばして三人を順に見てから振り返る。
「抜けました!牙が取れました!」
 薬剤師が見る先には無言で一同の努力を見ていた一人の龍人。
 彼はなんの感銘を受けた様子もなく冷えた眼差しで薬剤師の顔を見返すと、次いで自分達の里に訪れた迷惑な他所者達の残りも見る。ああ、と静かにそれだけ洩らして龍人は抑え込まれた魔物へ視線を投げるとごくそっけなく、言い捨てた。

「次は花だ」



 と、いうわけで緊張と疲労ですでにへろへろな薬剤師を連れて一同はヤーカラの民が案内するまま足を進めたのであるけれども、到着したそこで仲良く言葉を飲み込むこととなった。



 いやまあ、そりゃあ勿論そこらの野原でふんふんと鼻歌混じりに籠一杯、なんて優しいどころか薄ら寒い展開は有り得ないけれど、しかしだからといって風の唸りが下方向からがつんと響いてくるような切り立った場所へご案内というのも如何なものか。
「…………」
「これは」
「崖、だな」
 覗き込む千獣、アレスディア、オセロットの三名が試練として受けるならばまだ納得も出来るだろう。地面に巨大なナイフを突き刺して引っこ抜きでもしたのかと思わせる見事な断崖絶壁っぷりを披露している場所に、龍人の案内で薬剤師と護衛の彼女達は居た。そう、魔物の牙を抜く為のいっとき(どころでなく時間を費やしたが)から間を置かずに訪れた一同は並んで崖を見下ろして。
「……大丈夫……?」
「息を吸って、吐いて、そう、深く」
「まず視線を外してみるといい」
 次いで巡らせた視線の先。
 不健康を通り越した真っ白な顔色の薬剤師の、目ん玉ひん剥く勢いで暗い崖の下を凝視している様に各々が声をかけた。かちんと固まった身体が動いていない。そして案内してきた里の龍人は無言のまま薬剤師の背中を眺めている。
「一度離れた方がいい薬剤師殿」
 そしてあまりに動かず色の抜け落ちた風情の彼に、アレスディアが言葉を重ねて促した。背を支える隣で千獣もこくりと頷いて手を添える。二人がゆるゆると力をかけるのに押される形で薬剤師は身体をずらし、崖端から距離を置いた。
「休憩としよう。いいだろうか」
 と、それを見計らってオセロットが提案し、言葉の後半を向けられた龍人が無愛想ながらも頷けば薬剤師はアレスディアが手を添えていた背中を大きく上下させて息を吐く。流石に底の見えぬ深さは恐ろしかったのだろう。
 しかし花を取らねばヤーカラの民に協力を求める事は不可能であるからして、最終的には崖を下りる度胸試しな展開が薬剤師の近未来から消えることはなく――


 さて、アレスディアはといえば、ようよう腰を下ろした薬剤師の顔を覗き込んでいた。気遣うように千獣が共に膝を着いている。護衛として充分な能力を持つ彼女と更には軟禁前に抵抗して負傷した数人と、それらに守られて里を訪れたという薬剤師は、成程、確かに護衛がなくばエルザード近辺でさえも物騒だろうと思わせる体躯であった。
「落ち着かれたか」
「ああ、はあ、まあ」
 そんな彼がヤーカラの里まで足を伸ばした熱意は、オセロットと行き合っての迎えを拒んだ折の様子からも充分に知れる。あろうことか軟禁場所に自ら駆け込み扉を閉めようとしたのだ。出るものか協力して貰うまで帰るものかと引き攣った声を震わせて叫んだ様は、みっともないながらも彼が本気であるのだと真実知らしめた。あのなりふり構わない頓狂な程の退去拒否がヤーカラの民に、協力を考えさせたのではないかともアレスディアは考えもする。
 彼女自身、薬剤師の熱意を思うからこそ囮をかって出たりもしたのだ。
「……さ、流石にあれはちょっと……驚きましたね」
 が、しかし、えっちらおっちらと護衛を連れて貧相な体躯で隠れ里まで来たり、そこで軟禁されてでも立ち去りを拒んだり、どころか迎えが来たら自ら軟禁場所に戻ったり、それほどの覚悟でヤーカラの民に協力を求めている薬剤師の熱意はここにきて少しばかり力を失ってしまった様子だった。
「牙――ではないな。崖に驚かれたのなら私もだ」
 オセロットが場所を変えては崖下を覗き込む姿と、するりと離れて周囲を眺める千獣の姿と、それらを視界に納めながらアレスディアは傍らの薬剤師の言葉に応じる。到着時に並んで見下ろした崖を思い返してみながら。
「確かに命懸けになるような場所だった」
「あそこを降りて花を取るなんて」
 手を滑らせたらどうなるか、考える必要もないくらいに危険の程も明らかな絶壁状態。
 そこを下りて途中から点々と咲いている花を摘む。場合によっては崖下まで一度下りるやも知れぬ。なんとも物騒な話であり、薬剤師が里での軟禁時にさえ熱意に押さえ込まれていただろう命の危険を実感しても不思議はない。
「だが、薬剤師殿」
 けれどアレスディアは思うのだ。
「貴方はヤーカラの里の人々から血を貰いたいのだろう?」
 それは生き血を分けてくれと小さくとも傷を負って貰わねばならない話ではないのか。命を分けてくれというのに等しい事ではないのか。それはつまり、自らの命を知らぬ相手に分けて見せろと、極端な言い様ではあるがそういった形になるのではないのか。
「それほどの行為をお願いするのならば、こちらも相応の行動で命を分けるに値するか見せねばならぬ。そうは思えないだろうか」
 薬剤師は静かにアレスディアの言葉を聞いた。語る間に彼女の手はその薬剤師がどこかに放り出してしまった分の熱意を捕らえるように握られていき、声に力が増していく。
「貴方の熱意を行動で示して理解を求めなくては、薬剤師殿。何故それほどにヤーカラの民の血を分けて貰いたいのかを」
「熱意を行動で」
「そう。行動で」
 薬剤師の熱の戻った呟き――それが覚悟のものか勢い任せのものかアレスディアの熱意に引き摺られてのものか自棄っぱちのものなのか、その辺りはともかくとして――にこくりと力強く頷くアレスディアであった。


 ――しばらくの休憩を挟んでから一同は再び崖の前というか、崖っぷちというか、一歩先は地面無しな位置に揃って立つ。覚悟を決めた薬剤師。彼に力強く頷くアレスディア。魔物を取り押さえて牙を抜く際に用いた網をもそもそと解いている千獣。風の強さに瞳を眇めるオセロット。そんなところだ。
「では始めようか」
「大丈夫だ薬剤師殿。私が共に下りる」
「お、お、お願いします!」
 そうして里に一度戻るという案を却下した見届け役の龍人の前、オセロットの声に気合を入れて互いを見るアレスディアと薬剤師。千獣は網を解く端から充分な長さのものを取り分けていく。
「山岳救助の要領だが、貴方は充分に体力がある。私にしっかりと捕まって無理をせず」
「手の届く位置まで行ったら花を摘むんですね!節のちょっと下あたりを引っ張って!」
 薬剤師の言葉の後半に、千獣は顔を上げて彼に頷いた。こっくり。
 それは子供達の質問攻めの合間を縫って得た情報だった。
 お喋りな誰かの母親がコツがこうこうポイントがこうこうと話していたと聞いたのだ。僕達行けない場所だから関係ないのにうるさいの、と言っていたのを思い出した次第。
「気を、つけて」
「……飛んで、傍にいるけど……無理は駄目」
 崖上から下ろすには足りないけれど、アレスディアと、彼女に背負われる薬剤師が安定するようにと結ぶには足りる長さを確保して網を取り分けていく。命綱を取りに戻るのも不可、背負って千獣が飛ぶ中で摘んで貰うのも不可、無理に通して心証を悪くするのも避けたいからと提案を蹴られたところでオセロットが代わりに頼んだことであった。
「ただしがみつくよりは安定するし、手も自由だが――バランスを崩せば諸共だ。彼女が充分な距離に至るまで花に手を伸ばしたりはしないように」
 誠意を見る為とも言うべき試練であるのをむざと死亡率を上げるのはどうなのか、と。
 別にそのまま話したわけでもないが、死なせるのが目的でないならば、と話してせめて手元の網を使う許可を取ったのだ。それからアレスディアが装備を外して軽くする間に千獣が黙々と、適度な長さを保って網を解いていたわけである。
 それをぎゅうと加減を見つつ要所要所に回していく。一言もなく同行する龍人が見る前でアレスディアと薬剤師はまさしく一蓮托生な様となり、よし、とオセロットの割り出したルートを辿って崖へと消えた。千獣は先んじて崖の下に回って万一のときの救助役。
「そのまま下りて足をかけてくれ、そうだ」
「……よし。ここで」
「あ、花がそこに」
「っま、待て!」
「ひぃいぃぃっ!」
 いや、万一も何も早々に救助役には出番があったわけだけれども。
「…………」
「…………」
「…………」
 そして揃ってなんとも言い難い沈黙を溢れさせてから、オセロットの声が頭上に落とされたのだった。

「焦らず充分な位置につくまで手を伸ばさないように、落ちれば諸共だからな」

 すいません、としょんぼりした薬剤師がこの後に自制したかどうかというのは、どうにか花を手に入れて戻ったあとに龍人が(薬剤師以外に)向けた労るような眼差しで判断するべきであったろう。



 ** *** *



 里に戻るなり千獣の元へと子供達が突進してくる。体躯からは想像も出来ない膂力を持つからこその踏ん張りで踏み止まって受け止める千獣の黒髪が揺れた。
 ああ出発前に話していたから懐かれたのだな、と情報収集を試みて逆に質問攻めにあっていた姿を思い返してオセロットとアレスディアは表情を緩ませる。薬剤師は牙と花を抱えて彼女達の間にひょろりと立っているおかげで子供達の突撃による転倒は回避。
 遠巻きに見る大人は子供達に余計な事をされないかと見守っている風情でもあったものの、気のせいだろうか、処分待ちの軟禁だからといういささか妙な出所らしい依頼を請けて二人が迎えに来たときよりも空気は穏やかだ。ちなみに、薬剤師と千獣が訪問して軟禁に至るまでの間の空気は更にぎすぎすと張り詰めていたのだが、それは自分の目的で色々とすっ飛ばしていた薬剤師とおっとりのんびりな千獣にしかわからないので比較も出来ず。
「さあ、薬剤師殿」
「成果を見せて改めて話すといい」
「ちゃんと……わかって、くれる」
 ともあれ里の主立った者達の元へと見届け役の龍人に連れられていく薬剤師の表情は期待に溢れ、見送る三人に何度も何度も頭を下げて歩いていった。まだ帰路も共にするというのにと笑ったのは誰だったのか。
 頼りなく、全てが自力ではなく、手を貸してようやく果たされた事ではあるけれども彼が抱えていた牙と花は確かに彼の成果である。けして安全ではなかったのに挑んだ彼の熱意の象徴である。出された条件を荒事に縁の無い立場で片付けた以上は彼が歓喜の奇声を放ちながら戻ってくるのも遠くはなかった。

「これで血を抜けますよぉっ!」

 ……そう。奇声、なのだ。
 予想通りに許可を得て、喜びに足取りも軽く戻って来た薬剤師の声が響いた瞬間の、里の大人達の引き攣った顔は事の発端を物語って余りある様で。
「千獣殿。少し伺いたいのだが……」
「里に来て彼は、どう切り出したのだ?」
 アレスディアとオセロットはすいと互いに視線を投げてから、薬剤師の護衛として同行し軟禁の憂き目にもあった千獣に静かに問うた。紅瞳をぱちりと瞬かせる千獣は二人の言いたい事を理解していたので、子供達の頭を撫でる手はそのままに簡潔に、繰り返してやった。
「”血を下さい”」
 薬剤師の里訪問直後の発言を。
 聞いてゆるゆるとかぶりを振ったり目を閉じたり、最後に諦めた風に苦笑したり、そんな二人の仕草。わからないでもなかった千獣は遠巻きに自分達を見る大人の姿に視線を向けた。
「先走り過ぎだ薬剤師殿……!」
「……それは誤解もされるだろう、な」
 里を出るときには謝罪をしておかねばなるまい。
 呟く声に、同意を篭めて千獣も小さく頷いて。
「ありがとう……とも、言わなきゃ」
 協力への礼の言葉も追加を提案しておいた。

 ともあれ不幸な誤解が為されずに済んで良かったと、そういうことにしておこう。



 近い将来に見ることの出来る薬はころりと赤くて小さいもの。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女性/17歳/異界職】

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■         ライター通信          ■
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ご参加有難う御座います。ライター珠洲です。
崖を覗いた後に個別が少々、という形での集合になりました。
薬剤師は崖にも落ちずに済んだ次第です。

>アレスディア・ヴォルフリート様
熱血!と勢いで薬剤師と会話して頂いたら暴走しかけました。
真面目な方が真面目ながらどこかとぼけていらっしゃる印象を抱いた次第です。
囮もし、背負って崖を下り、プレイング混ぜの結果として苦労して頂くことになりましたが、その分だけ楽しめる箇所があればいいなと思います。