<ハロウィンカーニバル・PCゲームノベル>
myself of trick
ある人突然大きなダンボールが届いた。
差出人は自分。
首をかしげ、箱を開けてみる。
中にはお菓子が入ったバスケット。
バスケットの上には手紙が一通。
手紙を手に取り、その封を開ける。
とりっく おあ とりーと
しんあいなる自分様。
はろうぃんまでに、このお菓子をくばってね。
もちろん言われないとだめだよ。
とりっくおあとりーとってね。
できなかったら、悪戯に行くからまっててね。
ばい 自分より
ふたを開けたままのダンボールを見下ろし、サクリファイスは首をかしげる。
「お菓子……?」
ハロウィンだ。お菓子であることはいい。
問題はそこではない。
「そもそも、自分よりって何のことだか分からないけど……」
カードに書かれた“ばい 自分”の文字。サクリファイス自身という意味の“自分”ではなく、“じぶん”という名前の人からだったら――見ず知らずの人という事になるが――悩まなくて済むのに。
「でも、配らないでいたら、何か起こるんだろうな……」
むしろこういった出来事で、何も起こらなかったことなんてあっただろうか。
とりあえず、配りに行こうと、サクリファイスはダンボールからバスケットを持ち上げる。
流石に見ず知らずの人たちにいきなり頼むのもなんだし、手近なところであおぞら荘へでも行って、事情を話して貰ってもらおう。
「…………」
バスケットを手にかけたところで、サクリファイスの動きが止まる。
(ソールは……)
ハロウィンを知っているだろうか。
知らないままこんな事を頼まれて、彼は困りはしないだろうか。
「でも、せっかくだし」
ソールにも配ろう。
そう決めると、サクリファイスはバスケットを腕にかけ、あおぞら荘に足を向けた。
カラン。とドアベルを鳴らして、サクリファイスはあおぞら荘入り口のホールを見渡す。
「おはよう、サクリファイスさん」
テーブルを拭いていたルツーセが顔を上げ、サクリファイスを見つけ微笑む。
「おはよう。今日、ソールもう出かけたかな?」
「んー。部屋にいると思うよ」
ほんの少しだけ、心臓が跳ねた気がした。
渡そうと思ってきたけれど、本当は少し会うのが気まずい。出かけていたら仕方が無いと、自己正当化できたのに。
一方的に気まずい気持ちを抱えてしまっている事は理解している。だが、このままでは自分が前に進めない。
「サクリファイスさん?」
名を呼ばれ、サクリファイスははっとして顔を上げる。
「ありがとう、ルツーセ」
ルツーセに笑顔を返すと、下宿の階段を上った。
3階まで上って直ぐに、ソールの部屋がある。
サクリファイスは1回深呼吸をして呼吸を整えると、コンコンと扉を叩いた。
「……誰?」
一拍置いて中から返ってきた声に、
「私だ。サ」
「オレオレ詐欺ならお帰りください」
「誰がオレオレ詐欺だ!」
サクリファイスは力任せに扉を開け放つ。
ぜーぜーと肩で息をして中を見れば、ソールは椅子に座って必死に笑いをこらえようとしているのか、丸まって小刻みに震えていた。
まさかお菓子関係なく悪戯っぽいことをされるとは。
扉の前で緊張していた自分が嘘みたいだ。
ついつられて笑いそうになるが、サクリファイスははたっと気がつくと、眼をぱちくりさせてソールに問う。
「ソールは、ハロウィンを知ってるの?」
「……知識、だけなら」
そういえば、ソールは元々知識の民だ。あの街に集められた情報を引き出し、一族の記憶を継承する―――
「そういえば。言ってない」
ふと、ソールは呟き顔を上げる。
何のことかとサクリファイスは首をかしげたが、自らの目的を思い出すと、
「あ、ソールがハロウィンを知っていて良かった。実は、今朝これが届いて」
と、ソールにバスケットを見せ、同封されていたカードを見せ、事情を説明する。
「……これを言えばいいのか?」
その言葉こそ『とりっくおあとりーと』。
「ソールも子どもではない。嫌なら、言わなくていい」
少しだけ寂しいような切ない気持ちに、声が少し低くなる。
彼は自由なのだ。これからは自分の望むままに生きられる。
「頼まれたことを鵜呑みにすることはない」
ソールと眼を合わせるのが怖い。バスケットを持つ手に少しだけ力がこもった。
「この、言葉は『お菓子か悪戯か』……もう、悪戯した」
「は?」
予想外の切り返しに、眼が点になる。
「本当は悪戯をする前に聞き、お菓子を渡されたら悪戯は止める。そういう決まりだ」
確かにそうなのだが、それはそこまで遵守すべきことではない。仮装を楽しみに、もっと気軽に、子どもがお菓子を自由に食べられる行事ではなかろうか。
「俺は、お菓子を貰えない」
「え?」
悪戯をしてしまった人はお菓子を貰う資格が無い。
「サクリファイスから…お菓子……」
まるで部屋の隅にうずくまっているような錯覚に陥りながら、気落ちしているソールにバスケットを見せる。
「いや、大丈夫だから。お菓子あげるから!」
本当は欲しい。でも、言えないから貰えないと頑固に断るソールに、サクリファイスはふっと軽く息を吐き微笑む。
「1つくらい言われなくても問題ない」
バスケットからチョコチップクッキーの箱を取り出す。
「これ、嫌い?」
差し出された箱に、彼は驚きがちに眼を大きくし、そして、お菓子を手に照れるように微笑んだ。
なんだかもう、言葉で言われなくても今日はいいような気がしてきた。
ホールに戻ってきたサクリファイスを待ち構えるように、ルツーセはニコニコ笑顔で近づくと、両手を差し出した。
「とりっく おあ とりーと♪」
言葉と共に、バスケットの中からバフッと空気が抜けるような音が小さく響く。
サクリファイスは一瞬きょとんとするが、バスケットに何かしらの変化は無く、両手を差し出したルツーセにカラフルフルーツグミの袋を手渡した。
「やったぁ! お菓子2つ目〜」
袋を手に小躍りしているルツーセ。
「他からも誰か?」
「うん。さっきアレスディアさんから、ハロウィンの話し聞いて、この言葉を言えばお菓子が貰えるって!」
間違ってない。間違ってないのだが。どうにも引っかかりを感じる。
そんなに誰も彼も、ハロウィンだからと言ってお菓子を持ち歩いているだけではない。
「そういえば、アレスディアさんもサクリファイスさんと同じバスケット持ってたよ」
何ということか。
このバスケットはそれなりな人に配達されているらしい。
しかも、知り合いもかぶるため、お菓子を配る人も被ってしまいそうだ。
貰ってくれるといいが。
「アクラは、ビミョーだけど、コールさんや、ルミナスなら貰ってくれると思うよ」
確かに、アクラは逆に事情を説明すると、面白がって言わなさそうだ。
とりあえず、コールとルミナスにも渡そうと思うが、彼らは今何処にいるだろうか。
ルツーセと出会えたのだって偶然に近い。
「案内してあげよっか?」
お菓子を貰うことが被ったって、彼らは気にも留めないだろうし。
「お願いする」
そう言ったサクリファイスに、ルツーセは大きく頷き、下宿の奥の方へと歩き出した。
ホールから一番近いのは、ルミナスの書斎だ。
「ルミナス〜、居るんでしょ?」
ノックも何も無く、声をかけながら扉を開ければ、ルミナスは必要以上に窓から入り込んだ光を背負って、書類をめくっていた。
開けられた扉にふと顔を上げたルミナスの視線を受け止め、サクリファイスは軽く手を上げる。
「やあ、ルミナス」
「あ、こんにちは。サクリファイスさん」
微笑んでいるのだろうが、逆光の中で微笑まれても表情は分かりにくい。
「ねぇ…、眩しくない?」
ルツーセの突っ込みも尤もだったが、ルミナスはまるで光合成をしなければいけない植物のように、光を浴びたいのだと答えた。
「あ…そっか。そうよね」
ルツーセもどこか納得したようにそれ以上何も言わないが、二人だけで会話を完結されても困る。しかし、サクリファイスの今日の目的はバスケットの中のお菓子を配ることだ。
はっとルミナスは思い出すように顔をほころばせると、手のひらにまん丸キャンディをいくつか載せる。
「そうだ、先ほどアレスディアさんから、飴を頂いたのです」
二人にも差し上げますね。と、あげるつもりが逆に飴をもらってしまう。
「あ、待ってくれルミナス。私もあなたにお菓子を上げようと思って」
きっと先にアレスディアが来たのなら、ルミナスはもう事情を知っているだろう。
「ああ、もしかしてサクリファイスさんもですか?」
サクリファイスも頷き、苦笑する。
説明の手間が省けたのはいいが、なんとも複雑だ。
「いいですよ。とりっく おあ とりーと」
やはりどこか発音がおかしいのはルツーセと同じ。そして、またもパフッと空気が抜けるような音がしたが、バスケットになんら変化は無かった。
「ありがとうございます。では、このままお茶にしませんか?」
サクリファイスがルミナスにあげたのは、クッキーサンドの箱。ココア風味のクッキーの間にクリームを挟んでいるお菓子だ。
「いや、私はまだ配らなければいけないから」
まだバスケットにはお菓子が入っている。
ルツーセは横からバスケットを覗き込むと、にこっと笑ってサクリファイスの手を引く。
「後1個だね! さっさと上げて、お茶にしよ♪」
「あ、ああ」
どうやらルツーセは相当早くお菓子を食べたいらしい。
コールの部屋へ行くのはいいのだが、コールの部屋の中は本の魔窟と呼んでもおかしくないような場所だ。
視線の先、ちょうど部屋から出てきたらしいアレスディアの姿が見える。
「おや、サクリファイス殿にルツーセ殿ではないか」
先に声をかけたのはアレスディアだった。
「やはり、あたなも」
「ああ、私もだ」
同じバスケットを持ち上げ、何だろうこれはと言葉を交わしてみても、二人ともわけが分からないため道も開けない。
「とりあえず、あげれば良いのであれば、行事としても丁度いい」
「そうだな。アレスディアは後いくつなんだ?」
人によって数は違うのだろうか。それとも同じ?
「1つ、2つ……」
と、アレスディアは箱に入ったお菓子を数える。
「後、6つのようだ」
「結構あるな」
逆にサクリファイスは後幾つなのかと問われ、1個と答えれば、やはりまたうんうんと首をかしげることになってしまった。
「配るもの同士が渡してはいけないと言うことはないだろう。私も貰おうか」
「そうして貰えると助かる」
サクリファイスは後1個のため、コールに上げようと思うが、道程から見てアレスディアはアクラを除いたあおぞら荘の住民には渡して尚後6つ。
「トリック オア トリート」
お菓子を貰うための合言葉を口にすれば、アレスディアのバスケットからまたパフっと気の抜けた音が響く。
これにももう慣れてきた。
サクリファイスはアレスディアからビビットカラーのゼリービーンズの袋を受け取る。
「では」
残りの時間で5つのお菓子を配るため、アレスディアは軽く手を上げるとその場から去っていった。
残されたサクリファイスとルツーセは、コールの扉に向き直る。
「コールさーん。入るからね〜」
またも相手の返事を待たずにルツーセは扉を開ける。
が、
「うそ、きれい……」
来ると思っていた本の雪崩がない。
本はきれいに片付けられ、コールは嬉しそうにルツーセを出迎える。
「あ、サクリファイスちゃん」
そして、一緒についてきたサクリファイスに気がつき、部屋の中へと招き入れた。
「あれ? アレスちゃんと同じバスケットだね」
「ああ…アレスディアさん部屋片付けてくれたんだ〜……」
「どうして分かったの!?」
いや、普通分かるし。
「ならもしかして、話も聞いてる?」
この短時間で、簡単にではあるが本の魔窟を片付けたアレスディアに敬意を評しつつ、サクリファイスは問いかける。
すると、コールは大きく頷き、手を差し出すと、
「言えばいいんだよね。トリック オア トリート」
パフっと気の抜けた音が小さく響いたのは同じ。もう気にしない。
「ありがとう。コール」
サクリファイスはバスケットから最後のお菓子であるワッフル詰め合わせを取り出して、コールに手渡した。
次の日。
「…………」
サクリファイスは絶句した。
クローゼットの中に入っている服が、見たことも無いものに変わっていたからだ。
いつも自分が着ているようなシンプルなロングスカート系の衣装は何処にもない。
ガサゴソと服の間に隠れてやしないかと探ってみても“いつもの”自分の服は何処にもない。
困ったことになった。
これでは出かけられない。
いや、服はある。服はあるのだ。
ただ―――
「……誰の趣味だ?」
ミニスカートがないことだけが救いとでも言うような、膝丈のピンクや花柄プリントのスカートや、アンサンブル。
必要以上にレースやフリルがつき、ご丁寧にパニエつきのものまで……
ため息。ただため息をつくしかない。
もうこの際レースやフリルがついてない服を探すのはあきらめ、出来るだけ目立たないようなデザインのものを探す。
服を探す手がぴたりと止まる。
まさかこれが悪戯……?
ソールにお菓子を言われずにあげてしまったせいだろうか。
喜んでくれたのだ、後悔はしていない。
サクリファイスの手はまたも服を探す。
「これなら…」
色味がシックだという理由だけで選んだ服。
だが、袖の肘から下は幾重に重なったフリルだったし、スカートもパニエが入るほどではないにせよ、すその端からレイヤー調にレースが重なるデザイン。
可愛い。服だけ見るならば。
しかしこれを自分が今から着るのかと思うと、サクリファイスはどこか胃が痛むのを感じた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー
【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト
【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
myself of trickにご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
ほのぼのとした1日を過ごされたのかなぁと勝手に思っております。
悪戯よりも、お菓子を渡した相手との人間関係のような話になった気がします。
ソールが思ったよりも子供になってしまって、どうしようかと苦笑いが。悪戯したかったので、この時点で失敗してみました。
それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……
|
|