<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
Carpediem
賑わいに賑わいを重ねる王都エルハザード。
とある武術大会の会場となっている建物の一室で、栗色の髪の小柄な少女に、長い黒髪の女性が宥めるような調子で話し掛けていた。
栗色の髪の少女の名は、ミリア・ガードナー。
小柄で花と砂糖菓子の似合う令嬢といった雰囲気を持ちながら、彼女はその小回りのきく体躯を武器として闘う武道家である。
「焦ってなんていませんわ、ただ、わたくし負けるのが嫌いなだけですの。いいえ、負けっぱなしが赦せませんの」
「そう…かしら。──…でも、ミリアの場合は決して弱い訳では無いと思う」
つん、と顎をそらしどこか拗ねたような、意地になっているような雰囲気を醸し出している少女に、小さく溜息を吐き出したミリアより少し年上と思しき黒髪の女性は、ジュリス・エアライス。
女性としての自己主張の確りなされた躯を、目立たぬ色彩の衣服に包み込んでいる。
穏やかな空気を纏った彼女は、一度箍が外れると鬼神もかくやといった風情の女性剣士だった。
二人は故あって、ずっと行動を共にしている相棒、だった。
「ジュリスさん。負けるのはわたくしが弱いから。力が及ばないからですわ」
困ったような、宥めるような言葉に対して、きっ、と形のよい眉を吊り上げ黄金色の双眸をきつくしたミリアは、はっきりと言い切った。
「そうじゃなくて、ミリアの場合は…」
「あら、そろそろ時間ですわ。──参りましょう」
「……もう」
何か言いかけたジュリスの言葉を、聞く耳持たないとばかりに遮ったミリアは、かつかつと硬い靴音を立てて大会出場者に宛がわれた控え室を出て行く。
それに溜息を一つ吐き出して、ジュリスも後を追った。
(この間のことを、気にしているのね……)
少女について廊下を進みながら、ジュリスは少し前のことを思い出していた。
城下を買出しも兼ねて二人で歩いていた時の事、アセシナートの刺客に襲われた。
何時もの事と思っていたが、その時はあちらも本気だったのか腕の立つ者が紛れ込んでいて、助っ人が現れなかったら二人共殺されていただろう。
その時のことを、力が及ばなかった事を──人一倍負けず嫌いな少女は、気にしているようだった。
いつの事だったか、『強くならなくてはなりませんの』と、どのような夢を見ていたのか、酷く切実な響きを孕んだ寝言をミリアが口にしていたのを、耳にしたが為に、今回の突然の武術大会への参加表明の裏に彼女がどんな思いを抱いていたか等、想像するのは容易かった。
「初戦のわたくしのお相手は、お爺さまでしたの。──まぁ、怪我をさせないように気をつけますわ」
「そう…」
「まぁ、軽い肩ならしですわね。では、いってまいりますわ」
「ええ。頑張って、ミリア」
何時の間にやら対戦相手をチェックしてきていたらしいミリアは、うふふ、と笑ってみせた。
力試しとそして、この大会に優勝して自信をつけたいのだろう……そう判断したジュリスはそれ以上は何も言わずに、会場へと向かっていくミリアを見送り、自身は応援すべく観客席へと向かった。
「余…、いや、ワシの相手は小娘かの。お手柔らかに頼むぞ」
「あらあら。此処がどういう所かご存知でしょう?」
歓声と怒号に包まれた会場。
ミリアの対戦相手は、白髪、長い白髭を顎に蓄えたどこからどう見てもどこにでも居るような普通の老人だった。
一応、動きやすそうな簡素な功夫服のような黒い上下を着ていたが、構えも隙だらけで、とても強いようには思えなかった。
「これは手厳しい、の」
「歳寄りの冷や水と言われないよう、お気をつけくださいませ?」
どこかぎこちないようにも感じる老人の言葉遣いを不審に思う事もなく、少女は腰を低く落として構えを取った。
(あのご老体ですもの、わたくしのスピードにはついてこれるはず、ございませんの)
年老いた相手を甚振る趣味はない、と。
軽く足払いの一つでもかけて簡単に勝負をつけようと──…、いわば完全に舐めきっていた。
「ミリア…」
一方、観客席に座ったジュリスは眉間に皺を寄せていた。
少女と老人の会話は距離的に聞こえては居ないが、少女が対戦相手を単なる老人と思っているのは明らかだった。
(……一般人に見えない事は無いけれど、あの気配、只者ではないわ)
巧妙に装っているけれど、ジュリスにはわかった。彼が単なる老人では決してないという事が。
「参りますわっ」
戦いの合図と共に、ミリアは先手必勝とばかりに一気に距離をつめて足払いをかける。
「ふむ」
が、その足はあっさりと空をきった。老人は涼しい顔で左手で髭を扱いている。
「え……」
あまりに自然すぎる老人の動き。ミリアは一瞬、何が起こったのかわからず目を瞬かせていた。
「どうかしたかの?」
「い、今のはちょっとした挨拶ですわッ。──本気で参りますのっ」
小首を傾げてみせる老人に、眉尻を吊り上げたミリアは宣言通り全力で攻める方向へと切り替えた。
必殺の力を込めた高さを変えた蹴り技を幾つも繰り出して、相手に攻撃の隙を与えない積りで。
「……ッ!?」
猛獣とて一撃で仕留める必殺の蹴りは、しかし、悉く老人の動きで捌かれてしまった。
風にしなう柳のように相手の力に逆らわず、受け流すような、それ。
最小限の力でもって、ミリアの攻撃はすべて無効化されていた。
「なんで……、何が……」
既に手加減等一切していない。本気も本気。ミリアは持てる力のすべてを出していた。
それでも、そこには埋めようのない大人と赤子程の圧倒的な力の差が存在していた。
「余の相手を務めるには、未だ修行不足のようだ」
唐突に変わる、相手のどこか威厳のある口調に何か疑問を差し挟む間も無く、ミリアの躯を衝撃が襲った。
「──…ッ、あぅ!」
何かが閃いたと思った刹那、腹部に一撃、二撃、三撃、と拳が打ち込まれた。
その拳は老人のものとは思えないほど、重い。
軌道が見えなかった──…と、速さには自信があった少女にしては衝撃的な事実を呟いたのを最後に、ミリアの意識は闇に飲まれた。
=================
「ミリア……大丈夫?」
「……ジュリス、さ…?」
「治癒術はかけたけど、急に起き上がらない方がいいわ」
案ずるような声音にミリアが目を開くと、そこは簡易的な医務室のようだった。
心配そうなジュリスの言葉に、寝心地はお世辞にもよいとはいえない寝台の上に横たわっている事に気付いたミリアは、倒れる前のことをゆっくり思い出していた。
「……わたくし、負けましたのね」
結論にたどり着くと溜息を一つ零し、そうしておもむろにジュリスに手をかりながらもそもそ身を起こした。
「そんなに気を落とさないで。さっきも言ったようにミリアは決して弱いわけではないわ」
がっくりと項垂れる少女の頭部を、ぽんぽんとジュリスが励ますように撫でた。
「だって…」
「見ていたわたしが言うのだから、──素早さを活かしたあの蹴りの攻撃は凄かったと思う」
「確かに。あの蹴りは悪くはなかったぞ」
ただ、相手が悪かったのだと、そう続けようとしたところで、第三者の声が割って入った。
「え……、貴方は」
振り返ると入り口の所に件の老人が立っていた。今は対戦中の時のように腰も曲げていない。しゃんと背筋を伸ばし、どこか威厳すら感じさせる雰囲気を纏っていた。
「娘。その方は決して弱い訳では無い。──最初、油断しておっただろう?後から取り戻そうとしても遅い。落ち着いて最初から全力であたるようにせよ」
淡々と、まるで何かの判決でも言い渡すかのような調子で老人がミリアに話し掛ける。
その姿を見て、ジュリスはふと、試合会場で感じたものが具体的に形を帯びていくように感じていた。
(……まさか)
「ま、まってくださいませッ!!」
言いたい事だけ言って立ち去ろうとする老人。踵を返したその姿に先程までしょげていた少女と同一人物とは思えないほど、勢い良く寝台を飛び出してその背に追いすがった。
「わ、わたくしを、貴方の弟子にしてくださいませッ!!」
「何?」
「み、ミリア……?」
両手を胸の前で組み合わせ、老人に詰め寄るなり言い放つ。
「その方、一体何を……」
「弟子にして下さるまで、わたくし離れませんわッ!決めましたのっ、わたくし貴方の元で強くなりますわっ」
きらきらきらきらきらきらと金色の瞳はこれ以上ないという程に輝いている。
(あーあ……)
こうなったミリアがもう誰にも止められないのは、ジュリスには嫌という程分かっている。溜息混じりに額を抑えた時、たじたじとなった老人と視線が合った。
(長い白髭を蓄えた、金色の瞳。知者たる治者──『聖獣王』)
ミリアは気付いていないようだが、彼女が今、弟子にして欲しいと縋っている相手その人は──聖獣王その人だった。
「ミリア……ええっと」
正体を言うべきか、言わざるべきか。
助けを求めるような老人の視線を受けながら、ジュリスはただ苦笑いしか浮かべる事が出来なかった。
─FIN─
|
|