<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
ド・ラ・ブ・ポーション
■A prologue
話は簡単で、ちょっとドラゴンの巣まで行ってドラゴンの角を取ってくる、その手伝いをして欲しいと言う事。
ステイルが虎王丸を訊ねてきた要件だった。
「はぁ〜。やだね」
しかし、虎王丸はすぐにそっぽを向く。
ステイルの研究にドラゴンの角が必要なのは分かったが、何故自分がそれを手伝わなければならないのか分からない。と、言うか、面倒くさい。
「そう言うな。ちょっと囮になってくれるだけで良いんだが」
「え、さらっと囮とか、今酷いこと言った?」
ますます嫌そうな虎王丸をちらりと横目に見て、ステイルは腕を組んだ。
ふぅと、大げさに息を吐き、至極残念そうに首を横に振る。
「そう、か。それは、残念だ。研究の副産物として、アレを生成できると思っていたんだが……」
それだけを言い、ステイルは虎王丸に背を向けた。
ああ、残念だと、思わせぶりにため息をつく。
「アレ?」
「そう、アレだ」
虎王丸が一体それは何だと気に留めたのを感じ、ステイルがちらりと顔だけで振り向いた。あくまで、どうでも良いようなそぶりで、話す。
「女が引き寄せられると言う、アイテムだが……」
「!!!!!!!!!!!!」
瞬間、虎王丸の瞳に炎が灯った。
「ナニソレ! モテ薬って事か?! ハーレム万歳か? そうなんだな? そうだろう? むしろ、そうであれ!!」
「……そうなるかな。まぁ、お前には関係のない事だったな。時間を取らせてすまなかった」
他を当たるよ、と、扉に手をかけたステイル。
その両肩を、虎王丸が力の限りがっしりと掴んだ。
「何だって? ドラゴンの角を取ってくる? 俺に任せろ!!」
「囮を任せて良いのか?」
こうなれば、決まったも同然。「よぉおし、やってやるぜぇぇえ!!!!!!!!」と言う虎王丸の叫びが響き渡った。
■01
年に一度、ドラゴンの角が生え変わる前の季節には、毎年ドラゴンの生息地を訪れる。そのため、転移拠点を確保してある。そんなステイルに連れられその転移拠点までやってきた虎王丸は、目の前にそびえる山の斜面を呆然と眺めた。
「なぁ、一つ、聞いて良いか?」
「ドラゴンの巣近辺で野宿は流石に危険だ。日帰りしたいから時間はあまりない。手短に頼む」
ステイルは淡々と山に入る装備を確認している。
「日帰りぃ? 拠点が近くにあるから大丈夫ぅ? 何ッだ、この獣道、つーか、崖だろ? 見ろよ、足を踏み外したら、この谷をまっ逆さまだぞ」
確かに。
二人の目の前に広がるのは、山と言うよりも岩の肌がむき出しの巨大な崖、と言った方が良かったかもしれない。転移拠点は一応平面だが、背後には底の見えない谷がある。岩肌を登って行くのだとしたら、一度足を踏み外せば、その谷へと落ちて行くだろう。
ぴーぴーと不満を叫ぶ虎王丸。
しかし、ステイルは慌てずポツリと呟いた。
「無理にとは言えんが……。日帰りで済ませば、それだけ早くモテるお守りが作れる……」
「良いか? すぐに山登りをはじめるぜ! 俺に続け」
と、言う訳で。
何の問題もなく、二人はドラゴンの巣へと近づくため、山登りをはじめた。
■02
かなり高地まで来た。ドラゴンの生息地、と言うだけはある。山を登って来た二人の周りには、わずかな草や苔が慎ましやかに生息しているのみだった。木の茂りもない。
「おい、本当にドラゴンが居るんだろうな? 失敗は許されねーんだぜ?」
山道をピクニックと言うにはあまりにも過酷な行程だったが、虎王丸はまだまだ元気だった。ずんずんとステイルを引っ張るようにつき進む。ペースはまったく落ちない。その瞳には、モテるお守りモテるお守りモテるお守りと一定の文字が絶えず流れているようだった。
話を持ちかけられた当初、面倒くさいと断ろうとしていた事が嘘のよう。
目的達成のためには、どんな手段をも厭わないと言う心構えが感じられた。
「場所に間違いはない。もうすぐ目的地だ」
虎王丸が道を切り開くように進んでくれるおかげで、ステイルの方も体力を殆ど消耗していない。このまま頂上付近でドラゴンを見つければ良いのだ。
そうこうしているうちに、視界がぱっと開けた。
びゅうと、足元から強い風が吹く。
「ここが、ゴールか?」
「そうだ。ここに罠を仕掛けて、ドラゴンを誘い出す」
虎王丸はきょろきょろと辺りを見回した。草木がまったく生えていない。代わりに、大きめの岩がごろごろと転がっている。頂上付近のこの場所は、足場もあるし戦闘には持ってこいの場所かもしれない。
「罠か、まぁ、さっさとはじめようぜ!」
合点が言ったと、虎王丸は頷いた。
その背後で、ステイルはロープを用意し、強度や長さを十分に検討していた。
■03
「ちょぉっとまてぇ」
切り立った山の、崖の上。強い風が吹き荒れる中で、虎王丸の叫び声が響く。彼は、簀巻きにされて崖から吊り下げられようとしていた。くねくねと、何とか全身をくねらせ抗議する。
「俺が作った閃光弾だ。喰われそうになったら使え」
ステイルは、虎王丸の叫びを無視して、閃光弾を簀巻きに無理矢理ねじ込んだ。
「違うっつの! 何で俺、巻かれてる?! これじゃあ、喰われるだろ?」
「だから、囮になってくれと頼んだじゃないか」
そうやって言いあっている間にも、ずるずると虎王丸の簀巻きは引きずられていく。
「ま、大丈夫だ、見殺しにはしない。こんなにもおいしい研究材りょ……」
「あ?」
おいしい、何だって? 虎王丸が顔をしかめる。ステイルは、ゲフンゲフン、と、大きく咳払いをしてそっぽを向いた。
「いや、なんでもない。気にするな、気にしたら負けだぞ?」
「今、研究材料って言わなかった?」
「まぁ帰ったらはーれむデうはうはナ日々ガ待ッテイルゾ?」
まるで棒読みなんですが。
ステイルはさっさと会話を終わらせ手際良くロープを大きめの岩に結びつける。
そして、何の迷いもなく、虎王丸をドラゴンの縄張りへと放り投げた。自身は、誘い出したドラゴンに見つからないように気配を消す。
「覚えてやがれえぇ〜」
悲鳴にも似た虎王丸の叫び声だけが、谷間に響いた。
■04
崖から吊り下げられた虎王丸が右へ左へと揺れる。
高い山に囲まれた谷間には、強い風が絶えず吹いていた。
「目がまわるぅー」
虎王丸は、必死に天地を確認しながら、叫ぶ。下から吹き上げて来る風が来たと思えば、横殴りに打ち付けるような強風が襲ってくる。結果として、虎王丸の身体はくるくると上下左右に回転しながら、風に弄ばれ続けていた。
身体が揺れる。
とにかく、揺れる。
ごうごうと、風の音だけが耳に響く。
「気持ち悪いぃー」
ごうごう。
虎王丸の叫びと風の音が交互に響く。
「だまされたぁー」
ぎゃおぅぎゃおぅ。
けれど、叫んでも、状況は変わらない。
「くそー! うるせーぞ!」
『きしゃぁー』
それだけ叫んでいたのだから、当たり前だけれど。
気がつけば、虎王丸の眼前に、とても大きな生物が大きな口を開けて鎮座していた。
風の音に紛れて、ドラゴンの咆哮が聞こえていたのだと理解する。身体が揺れていたのは、途中からドラゴンが近づいて大地を揺らしていたのだと言うことだ。
「って、そんな事より! くわっ、喰われるっ」
ドラゴンの鋭い牙が見え隠れした。瞬間、生命の危険を感じ、身体を揺さぶる。ドラゴンが虎王丸を食べようと口を閉じる瞬間に、ぎりぎりでかわした。
餌が口に入らなかったと、不思議そうにドラゴンは首をひねる。
その隙に、何とかステイルから渡されていた閃光弾を取り出した。
「ふが、ふがふがふが!」
閃光弾を口にくわえ、虎王丸が何かを叫ぶ。
ドラゴンが、前足で虎王丸をつついた。それだけでも、虎王丸にとっては、上を下への大惨事だ。何とか、態勢を立て直し、身体が揺れる勢いで咥えた閃光弾をドラゴンにぶつけた。
ぱっと、光が谷間を支配する。
突然の餌からの反撃に、ドラゴンは暴れはじめた。強力な閃光で、全く目が見えないのか、ただひたすらに前足をばたつかせる。
「わっ、とと……、あぶねぇー」
ドラゴンにしてみると、ばたばたと暴れているだけなのだが、近くに吊るされた虎王丸はたまったものじゃない。大地は割れんばかりに地響きを立て、崖も形が変わる程にひび割れが走った。
ぱらぱらと、岩の欠片が虎王丸に降り注ぐ。
「まぁ、なかなかだったな」
同時に、そんなステイルの声も、降って来た。
とんとんと、軽やかに岩肌を蹴り、ステイルが飛び出してくる。その手には、水の属性を刻み込んだ短刀が握られていた。
ステイルは、視力を奪われパニックになっているドラゴンへ大胆に近づく。
殆ど足場がない崖だが、それでも小さな凹凸を利用して、ドラゴンとの距離を縮めた。暴れるドラゴンの手刀をかわし、狙いを定める。
「動きを止める。凍結!」
手にした短刀に魔力を込め、擬似魔法を繰り出した。
狙うは、ドラゴンの翼。
『くあぁあああ!』
自由に暴れていたドラゴンの動きが止まる。翼でバランスを取っていたのか、巨体が大きく傾いだ。
どん、と、一つ大きな振動。
ドラゴンの身体が、地面に打ち付けられた。
頭を打ったのか、目を回したのか、ドラゴンはピクリとも動かない。
「とりあえず、角だけ、頂いていく」
危険がない事を確認し、ステイルはドラゴンの角を素早く折った。生え代わりの季節が近いので、そのうち元に戻ることだろう。大きさも問題ない。これだけあれば、十分研究材料になるはずだ。まず大丈夫だとは思うが、一応劣化を防ぐため、持参した皮袋に角をおさめた。
何もかもが上手く行った。
ステイルは、満足げに頷く。
「センセー、下ろしてくださーい」
その時、頭上から虎王丸の枯れ果てた声が届き、ようやく彼の存在を思い出したのだった。
■05
ドラゴンの角の、小指の爪ほどの欠片を砕く。
ステイルが作業している後ろでは、虎王丸が足を交互に上げ鼻歌を歌いながら踊っていた。
「モテるアイテムなんだろうな? 本当だな?」
「お前はさっきからそればっかりだな。心配するな。大量の女の子が寄ってきて困るくらいにしてやろう」
よほど嬉しいのか、虎王丸はくねくねと身体をくねらしている。
ステイルは、ため息を吐きながらも、正確に手を動かした。
何度かの精製を繰り返し、ドラゴンの角を砕いた粉は小さな結晶に変化した。元々、小指の爪ほどだったため、ほんの一欠片、小さな飴玉のようだ。
それを、虎王丸の手のひらに乗せてやる。
「ほら。身に付けるだけで、女が寄って来るはずだ。ただ、そのうち気化するから、急げよ?」
「おおおおお〜! おっしゃぁあ!!」
虎王丸は、待ってましたとばかりに、モテるお守りを握り締めた。
そして、ステイルにお礼を言うのももどかしく、走り出す。
ドアを開け、一歩外に出た。
瞬間、虎王丸の身体が真横に吹っ飛んだ。すわ魔物の襲来かと、虎王丸は態勢を立て直す。が、自分の腰に巻きついた触手が妙に優しい事に気がつき首をひねる。
「ああ。そう言えば」
急に走り出した虎王丸を追って外に出てきたステイルは、静かに虎王丸を見下ろした。
「女だったら何でも寄って来るから気を付けろ」
「……。えっと、俺、お姉さんなら魔物でもバッチリオッケーなんだけどさ。軟体動物は……ちょっと」
顔を引きつらせている虎王丸の下半身に、親しげに絡み付く緑色のゲル状の何か。それどころか、気がつけば、二人の周りを何だか不気味な物体が取り囲もうとしていた。
「……まぁ、頑張れ」
あくまで、他人事なのでステイルは適当に虎王丸を励ます。
「くそっ。こうなったら、こいつらを振り切ってでも、俺は行くぜぇー!!」
虎王丸は、それでも負けなかった。
まとわりつく魔物を振り切り、走り出す。
しばらくの間、街に向かって行く虎王丸の咆哮が聞こえていた。
■An epilogue
それからしばらく経っての事。
魔物の集団を引きつれた男が、街の中で女性を追いかけ袋叩きにあった、と言うような事を噂で聞いた。それもそのはずで、虎王丸に手渡したお守りは、一日待たずに消えてしまった筈である。もし虎王丸が魔物の求愛を振り切り街へたどり着いたとしても、その頃にはモテるお守りの効果は殆どなかった事だろう。
その上、虎王丸の背後には目の色の変わった無数の魔物である。
普通の女性なら、逃げると思う。
また、災いを運んできた男を街の住民が見逃すとも思えない。噂なので、事実をある程度誇張して語られたのだろうが、袋叩きにあったと言うのも頷ける。
しかし、それはステイルにとって全く関係のない所での出来事だったため、綺麗に忘れる事にした。
<End>
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