<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【炎舞ノ抄 -抄ノ壱-】彼方の嵐

 …訪れて早々、違和感を覚えた。
 ここクレモナーラ村は美しい自然条件に恵まれた、伝統ある楽器の名産地であると聞いていたのだが。
 一年中音楽に溢れ、活気に満ちている村だとも。
 だから自分は、ここに訪れてみたのだが。…遠き地で伝説とも呼ばれる材料を用い、絶妙な配分で調合されたバイオリンのワックス。入手した以上は見合った者に使用して欲しいと考え、熟練の腕を持つ楽器職人が数多居るこの村を選び、買い手を求める為に来たのだが。
 なのに。
 どうも様子がおかしい。
 この村に至る道すがら、ワシの耳に届いていたのは一つの音色ではない。恐らくは村内それぞれ別の場所から、様々な音色が統一性無く奏でられていたと感じた。…楽器の種類、音の大きさ、強弱、距離、音響。当然、どれも一定では無かったが、それぞれが邪魔にならないような――むしろ引き立てられているような、決して不快ではない不思議なハーモニーが醸され周囲に響き渡っていた。
 …その数々の音色が、気が付いた時には極端に減っていた。
 どうにも落ち着かない違和感を覚えながらもひとまず村に足を踏み入れる。村の中を進むに連れ、違和感が確信に変わった。道に居る村人たちも不意に減った音色に気付いたか、何か起きたのかと気にしている風がある。けれど、決定的に何かが起きたのだとは言い切れないような様子でもある。漠然とした不安感が人々の心を占めている。そんな風に感じた。
 …何か、きな臭い。
 長年、冒険商人として数多の危機を潜り抜けて来た己の感覚がそう言っている。
 けれど。
 それで人々の不安を煽るような真似は出来ない。
 思い、努めて気を遣いながらさりげなく通りすがりの村人に声を掛ける――声を掛けられた方にしてみればあくまで日常の延長と感じられるよう、当面の目的であるバイオリン職人の住む場所を尋ねてみる。雑談も挟み、ある程度の数常備している名刺代わりに手軽に売れるような小品を見せたりと、相手の不安感を拭う事も考えつつ。
 ひとまずバイオリン職人が多く住む区画を聞き、その村人と別れる。
 …思い返してみれば音色が初めに消え始めたのは、そちらの区画の方だったとも気が付く。
 嫌な予感がした。

 聞いたその区画の方に急ぎ移動する。今の時点で走る事まではしない。ただ、心持ち足を早めてそちらへ向かう。
 何かが起きているのなら、確かめる必要がある。
 思いながら道を進む中、唐突に耳を劈くような人々の絶叫が聞こえた。
 今度こそ、走る事を選ぶ。
 更に急ぐ。
 その絶叫が聞こえた方向。
 家屋の路地を曲がる。
 少し開けた場所に出る。
 そこで、信じられないものを見た。

 …日常が一瞬で覆される。
 目の前で、目を刺すような白い光が大きく横薙ぎに弧を描いていた。その光に続き頼りなく空を舞うのは夥しい量の赤い飛沫。弧を描かれた勢いのまま諸共に吹っ飛ばされている人々の姿。飛沫の赤色は鮮血。光の正体は白刃。細身の刃、日本刀の形。その柄を握るのは黒血に塗れた袴姿の和装。元々の風体からして異界人らしい若者と見て取れた。
 見て取れたが――それどころの話じゃない。
 異界人らしい若者、で済むのかこれは。
 …人、と言えるのか。
 今この者は、無抵抗の村人何人もをその剣を以って一気に薙ぎ倒した。
 倒された者は既に絶命していると見るべきであろう。
 刃で斬られた事も然る事ながら、刀身に込められた膂力と斬撃のその勢いが、強烈過ぎた。
 やや離れたワシの居た位置でさえ、凄まじい剣圧の風が来た。
 斬られた事でだけではなく、吹っ飛ばされたその時その衝撃で死した者も居るだろう。…そのくらいの力を感じた。

 …何をしている。
 何故こんな事をする。
 その者の所業を見るなり、怒りを覚えた。
 激する己を自覚した。

 だが、このまま無策で突っ込んでは何の意味も無いと一歩下がって考える頭はある。ならばどうすべきか。殆ど意識しないまま周囲に目を配る。斬られ倒れている者が数多。辺り一面が夥しい赤で染まっている。その原因は明々白々――それより今は。生存者。誰か、他に。茫然としている者、逃げようとしている者。生きている者は速やかにこの場から逃がさなければ。状況を見、瞬時にそう判断。
 腹の底からの声が出たのが先だった。
「――皆、早く逃げい!」
 途端、場に居る者からの視線が集まる――こちらを見るなり察し、声に背を押されてすぐに逃げ出す者もいた。
 そんな中、殺戮を成していた和装の若者の動きも俄かに緩む。
 他の者たちから一拍遅れて、鮮やかな返り血を浴びた若者のその目が声の源たるこちらを見た。
 表情の無い、黒血の如き色の茫洋とした虚ろの瞳。
 殺意も何も感じられないのに、ただそれだけで圧してくるような――何処か異様な気配。
 そんな状態のままで、若者は白刃の――血刀の切っ先をごくごく自然な所作でこちらに真っ直ぐ向けてくる。
 意識も確り向けられた。
 そう思った、途端。
 考えるより先に身体が動いた。
 動いたが。
 殆ど同時に、自分に躍り掛かって来る影が目に映る。
 脇のホルスターから抜いていた閃雷銃。殆ど時を置かず己に肉迫していた影――若者の真正面、躊躇いも容赦も無く頭部を――眉間を狙って引き金を絞る。狙い過たず――と言うかこれ程近接した距離で外す訳がない――マズルフラッシュと共に銃弾が銃口から吐き出される。
 刹那、甲高い音がした。
 攻撃の形では無く、己の顔の前――受けるよう刀身の峰を手で押さえつつ刃を翳した若者の姿。その刀の刃は閃雷銃が吐き出した小さな銃弾、その中心に直角に確りと当たっていた。当たると同時に金属同士がぶつかる異音。直後、銃弾は真っ二つに斬られそれぞれ明後日の方向に弾き飛ばされていた。銃弾を斬るなり若者はワシのすぐ脇に着地、今度こそ刀をしかと構え振り被ると、全身の膂力をこめた踏み込みで再びワシに斬り掛かってきた。
 …あの間合いで弾を斬り裂くか。驚嘆しながらもワシは背の翼を思い切り扇ぎ、若者の斬撃の間合いから咄嗟に逃れる事をする――僅かでも間を作る。翼の推進力を合わせても躱せたのは殆どぎりぎり。この者の動き、凄まじい速度である事を認識する。認識した上で彼我の実力差を判断。
 ワシではちと骨が折れそうだが、この悪辣無惨な仕業を見逃がす訳にも行かぬ。…そも、今の対峙でワシの事は明確に敵として若者の視界に入っている。
 ここは、これ幸いと見るべきじゃろうて。

 ――――――そう、ワシに意識が向くならば、数多の人々が逃げる間も作れると言うものよ。



 真っ向真正面からは何をしても無駄。今の一度の対峙で即座に判断が付く。逃げ惑う人々の姿。そろそろそちらも今現在の状況の判断が付いている――ワシの声も後押しになったかと思う。思うが、あまりそちらに気を取られている場合でもない。この者相手では然程の余裕は持てない。…今も、ワシが背に両翼を備え持っていたからこそ何とか攻撃を躱せた訳で、それが無ければ恐らくワシの動きでは間に合っていなかった。
 一度間合いを離し着地してから、ワシは今度は人の少ない方向――人々が逃げているのとは逆の流れへと走り出す事をする。そのくらいの周辺状況は今のワシでも見て取れる。…あの若者がワシを見ているならばこれで引き付けられるだろう。そう見たところで誘いの意味もこめ――無論、好機と見たならそのまま撃つ腹積もりだが――閃雷銃の銃口を若者に向ける。途端、コマ落としのような勢いで若者がこちらに突進して来る――若者が突進する為地面を蹴り出したと見たそこで、ワシはやはりそのまま閃雷銃を撃つ事はせず両翼を用い空中へと身を翻した。一気に上昇し、それから改めて閃雷銃で若者を狙う。
 狙ったところで、まだ撃ってもいないのに小爆発にも似た破壊音が響く――何が起きた。浮かんだ疑問の解消の為音の源を探す――飛翔直前に自分が元居た位置、そのすぐ側にある家壁が破壊され瓦礫と化している。若者の位置はまだそこまで至っていない彼の持つ刀で届く位置でもない――何をした。わからないながらも今の破壊がこの若者の仕業とは直感する。閃雷銃でポイントした先、見える若者の姿勢が剣を振るうにしては異様に低く形が不自然。まるで何か、投擲した直後のような深く折られ沈められた前傾姿勢で――…。
 そこまで考えるのと狙った通りに閃雷銃を撃ち放っていたのは殆ど同時。若者の両の肩口――両腕の付け根と刀の柄を握るその右手。その三ヶ所を連続して狙う――今行われた破壊を成した可能性、腕を刀を一気に奪うつもりの三連速射。聞こえた撃発音は一度、三発とも殆ど同時に命中する。着弾の衝撃で若者の身体が数度ぐらつく。ぐらついた直後、狙った通りにがくりと両腕の力が抜ける――けれど刀を離す事はしない。命中はしている。柄を握る右手の甲からは新たに鮮血が迸っている。握力が僅か緩み揺らぎはした。けれどすぐさましかと握り直している――そこは誤算。まだワシの認識が甘かったか。
 力無くぐらついた身体、傾いでよろけた低い体勢のそのまま、腕どころか身体ごと遠心力で放り出すように若者はぐるりと勢い良く上半身を横に捻っている――傾いだそこ、明らかに力が抜けたように見えていたのに――すぐさまそれが嘘だったような力強さを以って下半身を踏ん張り、己の身体ごと引っ繰り返すような勢いで力を引き絞り溜めていた。ワシの撃った銃弾が命中はした筈。けれど疑いたくなるようなその様子。
 それからすぐ、捻られた身体が強力なバネのように一気に戻り、戻るのみならずその先にまでぐっと沈み込む――気付いた時には先程の破壊の原因と同じ『物』がワシの間近に迫っていた。何処にでも転がっているような小石――ただの、飛礫。けれどその加速度が尋常ではない――銃撃にも匹敵するかもしれない。そう認識した時には遅い。動揺。滞空する為扇いでいた翼への意識が僅かに揺らぎ体勢を崩した――途端、飛礫が翼を掠める衝撃。今度は若者ではなくこちらの力ががくりと抜けた。
 そのまま暫し己の身体が落下するのを自覚する――けれど地面に激突する前に何とか体勢が整えられた。再び翼を扇ぎバランスを取り、地表に静かに着地する。それが叶う――致命的な部位に攻撃を加えられた訳ではない。…己のダメージ状態を確認。翼を掠っただけ。どうやら動揺し体勢を崩した事で、却って飛礫の狙いを外せていた事になるらしい。ならばそうでなかったらどうなっていたのか。この若者は今の状態で――両肩に右手が撃ち抜かれた状態で、そこまで確実な攻撃力を以って精密にワシを狙えたと言う事か。
 ワシの翼。飛礫が掠ったのは特に動きに支障が出るような部位でもないが、それでもさすがに衝撃にやられて骨が震える――少し動きが鈍っている。年のせいかと思いもするが今の状況でそれは何の言い訳にもならない。若者が再びワシに向かって突進して来ているのが見える。…他に興味を向けないでくれるのは幸い。まだワシはあの者の敵として足るらしい。
 あの若者の速度に追い付こうと思うのは元々無理な話。だからこそそのまま動かずに待つ――待つと言ってもそんなに長い時間ではない。あって数秒、ごく僅かな間の事になる。ワシの体力と能力であって事前に動ける余裕の持てるぎりぎりまで引き付ける――そのタイミングを見極める。若者が地面を蹴り駆ける音。獣の如く前にのめるような前傾姿勢で突進して来る姿。刀を握ったまま、疾走の勢いに逆らう事なく後方に流されている腕――見るからに力が殆ど入っていない。…ふと、ワシに撃たれて以降、この者は己の腕自体を最早単なる武器として扱っているのではないかと思う。自ら能動的に動かす四肢としてではなく、例えば飛礫を打ち出す為の台としてだけ扱っているような――未だ握ったままでいる刀の方も、腕を鎖と見立てた分銅武器のような扱いにと考えているのでは。使い物にならないと見た途端、そんな風に即座に切り替えている気がした。…それ程までに、戦う事が第一義と。
 考えている間に時が来る。今。狙ったタイミング。若者からぎりぎり逃れられる瞬間を見極めたそこで一気に跳躍。ただ足腰での跳躍力のみならず翼での推進力も合わせて用い、こちらの動きと移動タイミングを悟らせないようにする。跳躍したそのまま上空へ向かい低めに前転、突進してくる若者を殆ど真正面から跳び越す形に背後に回る――逆さになったそこで閃雷銃の銃口を若者の後頭部にポイント、撃発。至近で銃弾を二発撃ち込む――撃ち込んだそこで今度こそ若者の動きが止まる。その身体から力が一気に抜けた。直前に見えていた、ほんの僅かながらうろたえたような気配。立ち竦むそこ、がくりと足許から揺らぎ崩れ落ち掛ける。右手の刀も漸く地に落ちた。
 …これでこの者も漸く止まるじゃろうか。思いながら少し遅れて着地する――若者からは少し離れた位置。不用意に近付きはしない。…ワシが今撃ったのは普通ならば確実に命を獲っただろう部位ではあるが、何故か今の場合はそれで終わる気がしない――まだ若者を殺していない、殺せていない気がしてならない。今の二発で空になった閃雷銃の弾倉に専用ローダーで銃弾を一気にリロード。念の為、その状態で若者の様子を見続け警戒する。
 若者に対して何か言葉を掛けるかどうか、少し迷った。…掛ける間はあった。けれど声を掛けたとして果たして意味があるのか――言葉が通じるのか、そもそもこの者はまだ生きているのか――殺していない気がしてならないと言っても根拠はワシの感覚だけ。このまま立ち上がって来ない可能性もない訳じゃない。そしてその方が余程良い、とも思いはする。
 思いはしたが。
 覆されるのもまた早い。崩れ落ち膝を突いた若者の身体は殆ど間を置かずゆっくりと立ち上がっている――その時にはもう何事も無かったように頭にも腕にも負傷の気配は無い。元々黒血に塗れた姿、流血の名残も目立つものでもない。屈していた体勢から立ち上がりかけたそこ、無造作に何かを拾い上げているような様子が見える――察した時にはワシは閃雷銃の銃口を向けていた。避けるよりその方が速かった――と言うよりそうでないと間に合わないと判断した。同刻、若者の手許からこちらを狙い再び飛礫が来る。屈していた姿から、立ち上がり様に虚を衝いての投擲。一つ、二つ、三つ――挙動は一度でありながら僅かに時差を付けての三連弾。ワシは閃雷銃の銃撃でその飛礫を残さず冷静に撃ち落とす。撃ち落としている間に若者は刀をも拾い、ワシへと再び突進して来る。その動き方。隙を作る為の囮も兼ねての連弾か。…あの状況からここまでするかと驚嘆する。
 けれどそれを表には出さない――出している余裕も無い。次。三連の飛礫を抑えると同時に跳躍、再び翼を扇ぎ飛翔する――若者もワシを追い跳躍する。地を蹴ったタイミング、彼我の時差は殆ど無い――追い付かれると思ったところで若者の握る刀の刀身を狙い閃雷銃を撃つ。命中。その衝撃で若者が本来狙っていた剣筋から刀身が弾かれる。…若者の跳躍が保ったのはそこまで。まだ空中に居るまま銃弾に弾かれたそこから再び刀を振るって来るが、それでも空中では重力に縛られる。翼あるワシのようには自由に動けない。明らかに今跳躍と同時に来た一撃目よりも力が緩み、鈍い動きになっている二撃目が来る――こちらは易く避けられる。
 若者の身体が重力に従い地に落ちて行く――二撃目を振るった刀を次の動きの為切り返す事も出来ていない、銃弾を刀で斬る事も弾く事も叶わないだろう僅かな瞬間。他に動きようのない自由落下の状態。まだ落ち切らぬそこでワシは若者のその姿を閃雷銃でポイント、容赦無く撃つ事をした。…何としてもこの殺戮の嵐を止めなければならない。あるのはその一心のみ。その為には原因の人物を殺す事も辞さない。己だけで済むなら後で非道と罵られようと構わない。閃雷銃の銃撃が若者の左胸を貫く――若者は確りと着地も出来ず、強く叩き付けられるように地面に落ちていた。
 …今度こそ、終いになってくれ。
 滞空し、そう願いながら若者を見下ろす。閃雷銃も仕舞わず狙いを付けたまま。
 弾倉の中、今残っている弾は後一発分。
 待つ。
 殆ど時間は経っていない。
 …若者はまた、立ち上がってきた。
 あれだけやって死なぬとは。…少し、考えを改める必要を感じる。この若者は果たして『何』なのか。今までの対峙。ワシはこれまでも冒険商人として様々な魔物やモンスターと渡り合っては来たが。視界に入るものを破壊し生者を殺戮する事しか考えていないようなこの若者。…『人』である事に対する疑いは初めからある。ならば『魔』かと思うが、それにしては――邪悪と形容できそうな『気』も、それらしい積極的な意志も感じない。邪と言うよりも狂、悪と言うよりも暴。ただ圧倒的な暴虐。善悪の概念などそぐわないような、もっと根源的な。ただ、枠に収まり切らない凄まじい力が荒れ狂っているような。
 ふと気付く。
 …これは、暴走狂乱している精霊や自然に相対しているのと非常に近い感覚ではなかろうか。
 思い返してみれば若者の持つ異様な気配――圧力から受ける感覚は燃え盛る炎に近付いた時とも似ているように感じる。負傷の名残が消え元通りに戻る度、炎の如きその異様な気配はぐんと膨らんでもいるようだった。それと共に段階的に、若者の動きもまた際立って力強く速くなっているようにも感じる。…こちらが僅かながらでも優勢でいられるのはワシが背に翼を持つと言う――空中をも自在に動ける機動力があるからに過ぎない。
 地上。若者の上体がまた思い切り捻られたかと思うと、次の瞬間には凄まじい勢いで弧を描きつつその捻りが戻り、戻る以上に上体が折られ沈み込んでいる――またか。思う間にもその手から飛礫が撃ち放たれる。上空。滞空しているワシを狙っている――躱す。躱すが、今度のその飛礫は炎の気配どころでなく明らかに炎の属性が付いたようになっていた。飛礫を取り巻く形、飛礫以上の範囲に赤ではなく黒に近い――異様な色の炎が見える。風圧にも似た熱波。撃ち出される飛礫そのものの唐突な変わりように咄嗟に反応し切れない――躱し切れず焼かれる気がした。したが、何とか躱し切る――と、躱し切ったところを狙うようにまた風圧が来た。
 連弾か。思うけれど違う。若者は今度は、沈ませたそのままの体勢から一気に上空へ向け斬撃を放ってきた。当然、刀本来の刃渡りではそんな事をしてもワシの位置にまで届く訳も無い――が、刃渡り以上の長さの範囲、それそのものにまで攻撃力が感じられる凄まじい剣圧がその斬撃にはこめられていた。更には直前に撃たれた飛礫を包んでいたのと同じ黒色の――大地の如き色の炎までがその斬撃の軌道を疾り、火柱の如く一気に上昇してくる。
 …今度ばかりは躱し切れんか。覚悟しつつも、翼を強く扇ぎ移動する――炎舞い狂う暴風に巻き込まれる前に逃れる事を考える。…覚悟したと言っても当然諦めた訳では無い。剣圧と火柱から身を躱しつつ――そのつもりで風を切り動きつつ、自由落下にも近い勢いで急降下する。
 急降下しながら閃雷銃に残る最後の一発に持てる限りの念をこめ、若者の利き足に向け撃ち込む。ここは若者の足を動きを止める事を優先。…撃ち込んだのは光速で飛びあらゆる物を打つ稲妻の銃弾――聖獣装具である閃雷銃、サンダーブリットならではの奥の手である攻撃。今、引き金を絞った時点で命中している確信はある。視覚では弾の行先を確認しないまま、ただ撃ち込んだ時点でワシは更に身を翻す――己の飛行の軌道を若者から離れる方向へと急激に変える。さすがにぐっと身体に負荷が掛かるが承知の上。撃つと同時に狙っていたもう一つの策を実行する為には必要な行動。…側に居ては、巻き込まれ兼ねない。
 予め片目も閉じておいた。
 開けているもう片方の目だけで若者の姿を確認する。
 次の刹那。
 轟音と烈光が辺りを包む。
 その正体は、すぐそこに落ちた天からの雷。

 ………………地上にある若者のその上に、一条の稲妻が落ちていた。



 …これで、どうじゃろうかの。
 閉じた目を開き、開いていた目を瞬かせ光に慣らしながら着地する。取り敢えず自分の方は深手を負ってはいない。けれど、ただ疲労しているだけなのか何処かに負傷があるのか区別が付き難い程度の身体の不調は感じる。気を抜けばよろけそうになる軋む身体。意地だけで支えつつ、それでも若者の姿から一瞬足りとも目を離す事はしない。命中したと言えど油断は出来ない。利き足を撃ったのが効いたのか、あの瞬間あの場所から移動してはいなかったとは言え――この者はいつどんな行動を取るか予測が付かない。これでもまだ、今まで成していたような暴虐を止めないとは限らない。
 ワシはただ、雷電の衝撃によって今まで成していた破壊と殺戮と言う行為を放棄してくれれば。そう狙い、天からの稲妻を喚び、この若者に落としはしたのだが。
 …雷に打たれた若者の姿は動かない。
 ただ、立ち竦んだままでいる。
 さすがに、死んだだろうか。
 そうであって欲しいと思う気持ちとこれでもまだ無理だと思う気持ちが同時にある。…頭と胸、人ならば確実に致命傷になる部位を撃たれて死なぬ者が果たして雷に打たれて死ぬだろうか。いや、死なぬとも――せめて、このまま止まってくれ。
 願いながら様子を見続ける。
 閃雷銃に新たな銃弾を補充しつつ、確かめる為その姿に近付く。注意深く、一歩一歩様子を見ながら、ゆっくりと歩み寄る。
 ある程度近付いたところで、立ち竦んでいた姿が不意にこちらを向いた。同時に、何かの錯覚か――若者の身体そのものの輪郭がゆらりと揺らめく炎のように見えもした。その姿がすっと静かに屈められる。その動きに反射的にこちらも構える――構えてしまいそうになる。が、すぐに相手が何をしたのかに気が付いた。
 構える必要は無かった。
 若者はただ、こちらに対して片膝を突き、跪いて深く頭を下げていた。
 少ししてその体勢から見上げられた若者の顔――その瞳には、初めて意志らしい意志が見えていた。
 直後。
 …錯覚かと思った事が、錯覚で無いとはっきりした。
 今度こそ、完全に若者の身体の輪郭が揺らいでいた。
 話し掛ける間すら、無かった。
 輪郭が揺らいだそのまま、若者のその身が土色の炎と化したかと思うと――そのまま風に吹き消されるようにして消えてしまった。
 思わず、目を見張る。いきなりそんな消え方をするとは思わない。すかさず辺りを確認する――居ない。本当に、姿が見えない。消えた――今ので、去ったのか。これで、あの者を止める事が出来たのだろうか――それともまだ、今ここからは見えない何処かに移動してまた同じ事を繰り返しているのだろうか。村内に新たな暴虐の気配はあるか。…無い。村の人々は――近くには見当たらない。ワシがあの者を引き付けている間に逃げてくれたか。逃げていてくれたならば――せめて生き残った者たちは大事無ければ良いがと思う。殺された者の弔いも考えなければならない。今に至るまでに、どれだけの被害が出ていたかと考えるだけで溜息が出る。
 …せめて、これで終わったのであれば、良いのじゃが。
 そう願う。

 ただ、疑問も残っている。…あの若者は果たして何者だったのか。人では無いのか。魔の類――と言うよりあれは精霊の類だったのかもしれない。そんな風にさえ感じた。…最後、あの若者が初めて見せた意志らしい意志ある瞳。曲げられない覚悟と貫きたい意志。それと諦め。他にも何か――様々な思いが複雑に絡み合っていたような。…そしてその様々な思いの中に、あろう事かワシや村人への謝意までもあったように見えたのは――ワシの勘違いだったのだろうか。
 ワシの勘違いで無かったとなれば、余計に、疑問は残る。…殺す事。壊す事。…雷を落とした後。己の成した事を全て承知のような――謝意さえ窺えた先程の瞳。それでいて裏腹に、後悔だけはしていないとも確信出来る瞳の色。

 この場で成した殺戮の嵐。無論、赦せる訳も無い。
 だが、浮かんでしまった疑問を晴らしたいのも事実。

 ………………あの者、何故このような事をしているのじゃろうか、と。

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■3131/レノック・ハリウス
 男/52歳(実年齢57歳)/冒険商人

■NPC
 ■殺戮を成していた和装の若者(=佐々木・龍樹)

■舞台
 ◆クレモナーラ村(賢者の館、風物詩より)

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          ライター通信
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 レノック・ハリウス様には初めまして。
 今回は発注有難う御座いました。
 初めましてと言う事で、PC様の性格・口調・行動・人称等で違和感やこれは有り得ない等の引っ掛かりがあるようでしたら、出来る限り善処しますのでお気軽にリテイクお声掛け下さい。…他にも何かありましたら。些細な点でも御遠慮なく。

 ノベル内容ですが…何だか随分と弾を数撃たせてしまいました(汗)。普通なら三回…いや四回は龍樹を殺せていそうなところです…あんまり普通の相手じゃなかったんでこうなりましたが。それと専用ローダーがあるような形の銃なのかなと言う疑問(レノック様のバストアップ拝見時点の風体から見た時代印象からして)も微妙にありつつそんな描写をしてしまってもいます。
 お年の面から考えて身体能力的に色々どうだろうと思えそうな描写もありますが…ライター的にはむしろ色々修羅場潜ってる御年配な方の方が下手な若者より余程頑強だったりもすると思いますしレノック様の場合空中自在な翼をお持ちだったりもするので…何よりプレイングでトリッキーな動きとありましたので、軽やかに色々動き回って頂いたりもしました。…お疲れ様でした。
 また、最後に龍樹がレノック様に跪いて礼を取っておりますが(その後すぐ消えてますが)、これはレノック様のPCデータ内の何処かの設定が理由になります。
 それから、舞台については賢者の館の風物詩設定よりお借り致しました。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会を頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝