<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


妖精の落し物〜奏でる音は時を告げるために

―探し物のご依頼なんです。探している品は銀の鈴でご依頼人はレディ・レムさん。
白山羊亭の看板娘・ルディアから告げられた依頼に、アレスディアは僅かな違和感を覚え、眉をしかめた。
依頼人の名が疑わしい、のではなく、むしろよく知っている。
何度か依頼を受けた人物で信用における魔道彫金師・レディ・レム。
その彼女の依頼なのだから、無下にするわけにもいかないが妙なひっかかりが胸をさざめかせる。
「ううむ……レム殿の頼み。」
「お断りしても大丈夫だと思いますよ?なんだかんだ仰られても、人が不快な思いをすることはものすごく嫌ってますし。」
例外なのはレムの弟子である少年と自称ライバルの彫金師ぐらいであるのは、かなり知られている。
事ある事に巻き添えを受けている少年に街の者たちは同情を寄せているくらいだ。
「いや……もちろん、断る気などはないが……しかし、如何せん、手がかりが少なすぎる。どの辺りで落としたか、心当たりはないだろうか?」
「あらまあ大変。」
おっとりとした声が間に入り、ルディアとアレスディアが顔を上げる。
と、そこには静かなる泉がごとき青い髪をした女性―シルフェが穏やかに微笑んでいた。
「とっても大事なものならお探しするのをお手伝いさせてください。」
「ねえねえ、それってすっごく大事なもの?あたしもお手伝いしていい?」
ほわほわっと元気よく手を挙げて、話しかけてきたのは可愛らしい緑の髪をした少女・ミナヤン。
わずかばかりルディアは考え―手が多いほうがレムも助かるだろうと結論付けた。

「ともかく情報が少なすぎる。一度レム殿のところに赴くか。」
「そうですね。落とされた鈴の真贋を見分ける為にも詳しい特徴ですとか、探す際に参考になる何か特別なものがあれば伺ったほうがよろしいですものね。」
「特徴みたいのは教えてもらったけど、レムクンのところに行った方がいいみたいだよ〜」
精霊もそういっていると告げるミナヤンに瞠目するアレスディアとは対照的にシルフェは心得たようにうなづく。
何のことはない。
シルフェとミナヤンは同種族。属性は違うが精霊と心を通わす能力を持っている。
察するに通りがかった風の精霊に聞いてみたのだろうが、アレスディアには唐突過ぎて呆気に取られたのだ。
シルフェが要点をまとめて説明すると、アレスディアはすぐに飲み込んだ。
この世界には多種多様な種族がいる。その最たるものが聖獣なのだから不思議がることはないし、問題にもならない。
「話が脱線してしまったが、レム殿にしては依頼内容が曖昧すぎる。鈴を探すといっても、どの辺りで落としたか、心当たりはないだろうか? もしくは、どういった道のりを来られたのか?」
「普段なら、そんなことはなさらないんですね。レム様は」
何かあるのではないかと考え込むアレスディアにシルフェはほうとため息をこぼした。

話してばかりでは解決しないということもあって、まずレムの館へと足を向けた。
年中活気に満ちているアルマ通りにも、紅や朽葉色、梔子といった色が店のそこかしこを彩られ、季節をそれとなく感じさせている。
と、一陣の涼やかな風が通りを駆け抜けてく。
それを好ましく眺めながらアレスディアの耳に微かな鈴の音と小さな声が届いた。
風にまぎれた本当に極些細な声だったが、何かにおわれているような―そんな色を含んでいた。
―はやくはやく!捕まっちゃうよ!
―レディの館に行けば大丈夫かな?
―分かんない…でも、あいつらよくないもん。『鈴』を何個も持ってた。きっと捕まっちゃった子もいるんだ!!
―大変!レディのところにいる子たちにも教えなきゃ!!あの子達の『鈴』まで取られちゃったら大変なことになるよ
日の光にまぎれて、微細な銀の粒を撒き散らして飛ぶ塊が2つ。アレスディアたちの横をすり抜けるように飛び去っていく。
3人は思わず目を凝らす。
見間違いではない。御伽噺で語られる小さな羽根を生やした可愛らしい妖精が2匹が指先に乗りそうなくらい小さな銀の鈴を下げて、郊外の森へと一直線に飛んでいくのを確かに見た。
「レムクンのこと言ってね。」
「見間違いではなさそうですね。レム様のご依頼はもしかしなくても。」
「急ごう。あのものたちから話を聞いたほうが早いかもしれない。」
飛んでいく銀の粒を追いかけて人込みを抜ける様に駆け出す。
よほど急いでいるのか、粒はこちらに全く気付かずまっしぐらに郊外にあるレムの館へと向かっていく。
振り向きもせず飛び去る姿に苦笑いを浮かべ、森へ足を踏み入れた瞬間。
世界―視界が大きく撓み、歪んでいく奇妙な感覚にアレスディアは思わずよろめいた。
シルフェは突然回りだした世界に平衡感覚を失い、その場に座り込む。
猛回転する竜巻に放り込まれたようにミナヤンはくるくると身体を回転させ、地にひっくり返る。
ようやくそれが収まり、顔を上げた3人は息を飲む。
目前に広がるのは人で賑わうアルマ通りのはずれ。
振り向くと、確かに踏み込んだはずの森は変わらずそこに広がっていた。
「ど……どういうことだ?これは。」
呆然となるアレスディアに微かな鈴の音が響く。
か細い絹のような銀の筋がふわふわと揺らめき、いずこかへと消える。
「今のは?」
「わずかですけど、魔力を感じましたわ。本当に微弱な」
どうなってるのと、頭を抱えるミナヤンにシルフェは眉を寄せ、表情を険しくする。
今しがた消えた糸のこともだが、それよりも森全体を包む魔力が尋常ではないのだ。
極微弱で吹けば飛ぶとしか思えない魔力だが、張り巡らされた『それ』は高い者でなければ分からないほど強靭でしなやかなもの。
さりげなく視線を泳がせれば、普通に森から出てくる隊商らの姿もある。
「えっ、何。うん……えええっ!!」
一体どういう仕掛けなのかと考え込むアレスディアとシルフェを引き戻したのはミナヤンの悲鳴にも似た驚きの声。
ふわりと優しく駆け抜けた風がそんなとへたり込んだミナヤンの頭を撫でていったのは気のせいではない。
「どうした、ミナヤン殿。」
「あのね。この森にレムクンの魔法が……」
ミナヤンが重大な事実を打ち明けようと瞬間、警笛のように鈍い鈴の音が鳴り響く。
全身に突き刺さる下卑た視線が集中する。
思わずミナヤンの口元を塞ぎ、シルフェはそっとアレスディアに囁きかける。
「お気づきになりまして?」
「うむ。何人か物陰から潜んで窺っているようだ。」
すっと瞳を細めて、人垣の間からこちらを窺っている―到底、まっとうな生活を送っていないだろう身なりの男達が3〜4人見え、彼らの手には小さな赤銅色の虫かごがあり、その中に薄水色の羽をした虫のようなものがいた。
だが、捕えられた『それ』は虫ではないと分かる。
「あれは…」
「鈴を探しましょう。彼らの目的も分かりますわ。」
思わず口走ろうとしたアレスディアをシルフェの凛とした声が遮る。
数瞬の間。
息を飲み―大きく頷いて、さりげなく離れていくアレスディアにシルフェとミナヤンはアルマ通りの小さな路地へと足を向けた。

並んで歩くシルフェとミナヤンの後を追いかけてくる複数の足音。
歩みを速めるとつられて速くなる。
ある種の恐怖感を煽るものだが、やっかいなものねと思うだけでシルフェは考えを巡らせ、隣を歩くミナヤンを見る。
「ミナヤン様、先ほど何を言いかけたんですか?」
「あ、風の精霊―シルフが教えてくれたの。レムクンのところには行けないって。」
そこまで言ってミナヤンが慌てたように訳を話そうとするのを、シルフェは口元に人差し指を当てて笑う。
同族だから分かるから、落ち着いて、と。
少しばかり慌ててたことに気付き、ミナヤンは大きく息を吐き出した。
「最初は森に入れたの。けど、途中であの子たちを見ちゃったから入れないって。レムクンがその事を知っている人は入れないように結界を張ったからだって。」
その言葉にシルフェは一瞬瞠目し―ややあって納得する。
レディ・レムは本当の依頼人を守るために館の周辺に守りの結界を張ったのだろう。
理由はどうであれ、無闇に彼らの存在を知らしめるのはよくないと考えてのことだろうが、少しばかり乱暴な気もしない。
それを知っている者が館に近づけないとなると、もし鈴を見つけてもこれでは届けられない。
「ああっ!!鈴!!」
どうしたものかと考えに浸るシルフェを驚きに満ちたミナヤンの叫びが引き戻す。
空気を静かに震わせた澄んだ音が響く。
シルフェは驚愕しきったミナヤンが指差す方向に視線を送ると、黒髪の青年が驚いたように立ち尽くしていた。
紅を帯びた瞳が印象的な青年の手には確かに探していた銀細工の鈴が握られている。
呆気に取られるシルフェとミナヤンをしばし見つめた後、青年はいきなり二人の腕を掴んだかと思うと駆け出す。
思わぬ行動に転びそうになるシルフェを片手で引っ張り、もう片方でミナヤンを抱えると青年は路地をかなりの速さで駆け巡る。
その速さのお陰でしつこい追っ手たちを振り切れたようでシルフェは少し安堵する。
「すまない。いきなりで驚かせた。」
「率直ですわね。」
「びっくりした〜すごいね、キミ。全然息切れしてないからびっくりした。」
噴水のある広場にたどりつくと、青年はミナヤンをおろすとシルフェに非礼を詫びる。
あまりに素直な謝り方に苦笑混じりに呟くシルフェとは対照的にミナヤンは驚きながらも楽しそうだ。
「鈴を探している…のか?」
「ええ。あなたも探していらっしゃるの、怪しい方?」
おっとりとした口調で核心を突いて問うシルフェに青年は困惑したように瞳を泳がせ、口を開く。
「ある人物に頼まれた。もう一人、仲間が探しているが……あんた達と対立する気はない。」
「どうしてですの?もし良からぬことを考えていたらどうします?」
「あんた達を追ってきた奴らと違う。気配で分かるし、鈴が敵意を持っていない。」
探るような重ねたシルフェの問いかけに青年はきっぱりとした口調で断言すると、ハラハラと成り行きを見守っていたミナヤンの前に立つ。
角のあちこちから刃物をちらつかせた―見るからに裏街道まっしぐらな男達が目を血走りさせて、沸いて出る。
あまり戦い向きではないシルフェは思わず額に手を当てた。
追い払うくらいならできるが、この人数。同じく戦い向きではないミナヤンも怯えたように青年の足にしがみ付く。
アレスディアと別れるのではなかったと思うが、状況が変わる訳ではない。
とにかく追い払わなくては、と考えるシルフェに青年は足にしがみ付いていたミナヤンの頭をなで、上着のポケットに納めていた鈴を手渡す。
「少しでいい。奴らを足止めしてもらえるか?後は俺が片付ける。」
有無を言わせぬ強い口調で言うと、青年は一対の短剣を構える。
その言葉に嘘はない。
確信したようにシルフェは艶やかに微笑むと、胸にかけたペンダントの前で手のひらを合わせる。
清冽な蒼い光がその中で集束し球状を描き出すと、強烈な閃光が弾ける。
瞬間、全ての音を掻き消す凄まじい鈴の音が危急を知らせるかのごとく鳴り響き、思わず目を閉じてしゃがみこむミナヤンを大きな風が唸りを立てて包み込む。
「海皇玉、押し流してください。」
凛としたシルフェの声に応じたように一瞬、悠然とした長い影が白く揺らめく。
同時に大量の水流が濁流となって男達に襲い掛かり、押し流す。
悲鳴を上げて逃げ出す男達を黒髪の青年が短剣を手に閃光のように駆け抜け、あっという間に地に叩き伏せていく。
アレスディアと深緑色の瞳をした青年が現れたのは全てを押し流して水流が消えると激しく鳴っていた鈴の音も止んだ後だった。

広がる光景に唖然となるアレスディアと青年にシルフェはほっと息をつく。
いきなりずぶ濡れになって倒れた者に壁や地面に叩きつけられて伸びている者、腹や頭を押さえてうめき声を上げる者たちが転がっていれば驚くの当然だが、シルフェは少々やり過ぎたと思う。
噴水の縁に疲れたように座り込むシルフェの横でプハッとミナヤンが息を吐き出す。
その姿を呆れた表情で黒髪に紅を帯びた瞳をした青年は見つめるが、沈黙を通す。
「テメーらっ!!よくもやりやがったな!!」
「当然の報いだ。」
どうにか無事だったらしい男達がいきり立ちながら短刀を抜き放つと、シルフェとミナヤンに刃を向ける。
あら怖いと肩を竦める二人を庇い、黒髪の青年が平然と言い放つ。
そのあまりに淡々とした言葉は男達の怒りの炎に油を注ぐ。
「いい加減に直せ、その口調。だが……貴様らだな。鈴を奪っていたのは。」
平然とした黒髪の青年の肩を叩きながら、深緑の瞳をした青年が制すると男達を鋭く睨みつけた。
その眼光に男達は怯み―彼らの背後から現れたアレスディアに媚を売った声を上げる。
「なぁ、お前さん。これは商売なんだ……鈴さえくれたら何にもしねーよ。誰も迷惑にならないだろ?だから。」
かしゃんと音を立て、アレスディアは剣を抜き去ると男達に切先を突きつけた。
鮮やかな動きに思わず誰もが息を飲む。
「……鈴を探してくれ、というのが依頼だ。」
怒りを押し殺した涼やかな声が広場に落ちる。
たじろぐ男達にアレスディアはぐっと一歩前に踏み出す。
「しかし、その依頼人に仇なすというのなら、それは黙っているわけにはいかぬ。大人しく縛につけば良し。つかぬというなら……」
伏せた顔を緩やかに上げると、迷いのない瞳でアレスディアは男達を睥睨し、剣を構えた。
「手荒になるが、この場で取り押さえる!」
「同感だ。」
「外道が…報いと知れ。」
決然としたアレスディアの声とともに、二人の青年も剣を抜き放つとうろたえた男達に立ち向かっていく。
のんびりとその光景を眺めながらシルフェは小さく息をこぼし、いつの間にかミナヤンの手の中にあった虫かごに見つめた。

「ありがとうございます、皆さん。」
ふわりと眼前に舞い上がった小さな子ども―黒髪の妖精が頭を下げる。
御伽噺でしか聞いたことのないその姿を目の当たりして、ただ驚くアレスディアをそっと窺いながらシルフェは深々とイスにもたれ、テーブルの上に放り出された壊れた虫かごを指でなぞる。
アレスディア達によって成敗され、役人に引き渡された男達は表では口にできない仕事を主とした札付きの商人連中。
偶然手にした銀細工の鈴が妖精たちの品であることを知り、それを餌に彼女達を捕まえ、高値で売り飛ばそうと目論んでいた。
実際に何人かの妖精たちが虫かごの中に閉じ込められ、危ういところだった。
だが、どうにかその魔手から逃げ延びた何人かがレディ・レムのところに駆け込み―事なきを得た。
「全くろくでもない輩はいるものね。あと少し遅かったら、面倒なことになっていたところよ。」
のんびりとぼやくレディ・レムであるが、面倒な事態になりかけたのは本当のこと。
助けてくれた黒髪の青年が教えてくれた。
「鈴を持つ妖精は季節を告げる役目を持つ。人が欲につられて均衡を崩すと彼らの王が怒り、無関係の人間を巻き込む。だから」
取り返しただけだ、と紅を帯びた瞳の色を深くして微笑する青年の面影を脳裏に描き、シルフェは大きく息をつく。
全く彼のような人物がいてくれてよかった。
妖精は一度怒らせると、その怒りは際限がない。
どんな災いが待っているか分かったものではないだけに、シルフェは心底安堵した。
「人も悪い人ばかりではないのですね。これで私たちは務めを果たせます。」
安堵したように微笑むと、黒髪の妖精ははしゃぎ続ける仲間たちを呼びかける。
シャランと絹を弾いた柔らかな音が空気を震わせ、広がっていく。
「遅くなってしまいましたが、季節を奏でる音を紡ぎましょう。」
楽しげに妖精たちが声を合わせると、音もなく館の窓が全て開け放たれ―涼やかな風が緩やかに駆け抜ける。
鮮やかな色と光に思わず目を閉じ―ややあって、シルフェたちがそっと目を開けると何事もなかったかのように窓は閉じられていた。
「どうやら役目を果たせたようね。」
レディ・レムは窓辺に残された真紅に輝く紅葉の貴石を拾い上げると、満面の笑みで微笑む。
友好を示すその輝きにシルフェも思わず微笑んだ。

FIN

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■   登場人物
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【2994:シルフェ:女性:17歳:水操師】
【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】
【3688:ミナヤン:女性:15歳:冒険商人】

【NPC:レディ・レム】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして。こんにちは、緒方智です。
ご依頼頂きありがとうございます。お待たせして申し訳ありません。
さて今回のお話はいかがでしたでしょうか?

どたばた感がありましたが、なくし物は無事見つかり、お役目を果たせたようです。
助けてくれた青年達は詳しいことを言わず去ってしまいましたが、彼らはそれで充分だったのでしょうか。
影に隠れていた悪人たちもきっちり捕まり、やっとひと段落。
また機会がありましたら、お願いいたします。