<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『月の旋律―第三話<賭け>―』
重罪者は、エルザード城地下の牢獄に収容されている。
ヒデル・ガゼットが、その日の当らない牢獄に移されて数ヶ月が過ぎていた。
ジェネト・ディアを自分の中に招き入れた千獣、同行したキャトル。そして城で2人を待っていたクロック・ランベリーは、聖都の騎士、監守と共にヒデルの元に向かった。
鉄の柵の中、自由が許されない空間にその男はいた。
彼が黙秘を続けている理由は何だろうか。
事情を偽りなく話せば、酌量も検討できるという王の言葉にも耳を傾けず、ヒデルは一切の沈黙を守っていた。
ザリスの父であるというあの男――グレス・ディルダは、なんらかの術か薬で、脳の機能を狂わされているらしい。
それがザリスの手によるものであるのなら、ザリスの下にいたこのヒデル・ガゼットにも同じような術などが施されている可能性もある。
「さて、何から問う?」
クロックが皆を振り返る。
自分達の声を聞いても、ヒデルは目を開けもせず、ベッドに腰かけていた。
「直接、探る……って、言ってる」
千獣が脳に響いてきたジェネトの考えを、言葉に出す。
クロックが監守を見ると、監守は頷いて牢獄の鍵を開けた。
「私、だけで、大丈夫……」
千獣が一人で、鉄の柵の中へと入っていく。
「ヒデル・ガゼット」
間近で名を呼ばれて、ようやくヒデルは目を開き、千獣を見た。
「何も、言わなくて、いい。ただ、じっと、してて……。逃げる、無理なの、分かって、るよ、ね……」
軽く笑みを浮かべて、ヒデルは目を伏せた。
側に近付いて、千獣はヒデルの頭に手を伸ばした。
そっと頭の上に手を乗せて、自分の中のジェネトの心に身を任せる。
理解の出来ない力が、自分の中で形成されて、手からヒデルの中へ。
脳裏に浮かび上がってくる映像や、ヒデルの感情は千獣自身も感じ取ることができた。
そのまま、数十分。ヒデルの記憶を探った後、ジェネトは千獣に身体を返した。
千獣は大きく息をついて、ヒデルの側から離れる。
「千獣、大丈夫?」
心配そうに自分を見るキャトルに、こくりと頷いて見せて、牢獄の外へと出た。
* * * *
3人はエルザード城を出て、ファムル・ディートの診療所で話し合いをすることにした。
この場所を選んだのは、千獣の中のジェネトがファムルの診療所に強い関心を示したからであった。
古びた小屋のような診療所の、診療室にある小さなソファーに腰掛けて、3人……4つの意思は相談を始めるのであった。
「ヒデル・ガゼットについては、私の口から」
千獣の口から流れ出た言葉は、千獣の言葉ではなく、ジェネトの言葉であった。
「あの男の身体には、魔法具が埋め込まれていた。彼自身、それを知っており、情報を漏らした途端に自分自身が死ぬであることも理解していたようだ」
「埋め込まれた理由は? そのために彼はアセシナートに与したのか?」
クロックの言葉に、ジェネトは首を左右に振る。
「寝返ったのは彼の意思だ。ザリス・ディルダに気にいられたようでな、巧みな甘言に乗りアセシナート側のスパイとなったようだ」
「そこまで分かったってことは、騎士団の情報も探れたんだよね?」
キャトルの問いに、ジェネトが頷く。
「とはいえ、彼は重要なポジションにいる人物ではないようだがね。彼女――ザリスちゃんの側近の名と能力くらいは探ることができた」
ザリスちゃん……村で暮していた頃、ジェネトはザリス・ディルダのことを、そう呼んでいたのだろう。
「彼女の側近の中で、特に注意すべき人物は2人。ルーア・パレハイナという少年とシーナ・ラシルカという名の女性だ。今回……私の名を出す交渉において、本人が現れない場合は、この2人のうちのどちらかが現れると思われる。……そうだな、多分ルーアの方だろう。彼は完全に感情を奪われ、彼女の操り人形と化した男の子だから。あとは、戦闘能力はないが、フラル・エアーダという名の優れた研究者が彼女の側にいるようだ。もっとも、全て彼を捕らえた当時の情報だが」
「行なわれている研究や、その2人の能力は?」
「研究のことはまでは分からんが、ルーアもシーナも、武術、魔術共に秀でた逸材だ。シーナの方は瞬間的に攻撃力を上げることが出来るが、持久力はないようだね。どちらか一人であれば、君達で抑えることも可能だろう。問題は魔法具の方か」
その言葉に、千獣の心が語りかけてくる。
『ジェネト、作った、作品の、ように、魔力、抑える、道具、とか、作れない……?』
「魔力を抑える道具が作れるか……か」
目を伏せ、ジェネトが考え込む。
「短時間では……無理だな。しかし、魔力を抑える空間ならさほど難しくはない。ただ、その場にどう誘い込むか、だが」
「それは、魔法具の力も抑えることができる空間なの?」
キャトルの茶色の瞳に、ジェネトは頷いた。
「魔法具の魔力も抑えることが出来る。ただし、そのような罠を仕掛けた場所に、奴等を誘いこむのは難しいだろうな」
「だがその罠、設置してもらえるか? 方法は考えてみよう」
クロックは軽く唸り声を上げながら、そう言った。
「わかった。やっておこう。必要な材料は多分ここに揃ってるからね」
ジェネトは診療室の棚を見回して、少しだけ笑みを浮かべた。
慣れ親しんでいた魔道製品がこの場に、あったのだろう。
『あと、私、の、記憶を、知られない、ように、すること、とか、操られたり、しないように、前もって、魔法で、ガード、しておく、こと、できる』
交渉の矢面に立つ可能性、自分自身が交渉材料になる可能性を考えて、千獣が問う。
「私が中にいるうちは、多分大丈夫。だけど、私と離れた状態では、私がかけた魔法の形を読み取って、解除されてしまうかもしれないね」
その言葉を口にした後、一瞬千獣の体は力を失う。
「……手紙、届けに……行く」
ジェネトと入れ替わった千獣は、瞬きしながらそう言った。
「俺も行こう。場所はカンザエラにするか」
クロックはそう提案をしつつ、ザリスとの交渉もカンザエラで出来ないかと考えていた。
戦力は必要になるかもしれないが、テルス島や下手に見知らぬ地を指定し、敵に先手を取られ罠などにかかるよりはいいのではないかと……しかし、その戦力のあてがないため、カンザエラの現在の状況によっては、かの地は適さないだろう。
取り合えず下見を兼ねて、カンザエラに行くことを提案したのだった。
「それじゃ、あたしは……。必要な物とか集めてればいい?」
キャトルはカンザエラへは一緒に行くとは言わなかった。仲間達がいる島には行きたいようであったが。
だけれど、千獣はキャトルの手を取ったのだった。
「一人残ってる、方が、危険……だから、一緒に……」
キャトルはゆっくりと笑みを浮かべて、首を縦に振った。
* * * *
交渉の文面は道中考えることになり、一同は急ぎ出発をすることにした。
「信じ、させる、ため、に……ジェネト、しか、知らない、こと、書く。あとは……何と、何を、交換するか……」
出発して尚、一同は迷っていた。
「ファムル、と、ジェネト、の、交換、と、したら、ファムル、ザリス、呼び出せる、かも、しれないけど、危険、増える」
千獣の言葉に、クロックとキャトルは眉根を寄せながら考え込む。
万が一、先方が交渉に応じ、2人が交渉場所に現れるのなら、相手側は相当な防衛体制を敷いていると考えられる。
それを自分達だけで切り崩すのは不可能だ。
私情や感情に流されず、国の未来を見据えるクロックとしては、ファムル云々よりも、ザリス・ディルダを始末することを重視しなければならない。となると……。
「ジェネト、と、治療法、交換、にして、ルニナ、リミナ、と、協力、して、ファムル、がいる、居場所に、行って、取り戻す、のも、いいかも……」
そう言う千獣は自信がなさそうであった。
確実と思える案などない。
不安要素ばかりである。
だけど、やらねばならない……。
ため息をついたあと、クロックは口を開く。
「前案でいこう。治療薬や方法はそう簡単に提示はできないだろう。それは我々も解っていることだが、敢えて今治療法を求めるとなると、不自然さが露になってしまう。治療法の研究を依頼する……などという間柄でもないからな」
「ファムル……来る、かな……」
不安気な瞳で、キャトルが千獣に訊ねた。
千獣の頭の中で、声が響く。声に応じて千獣はジェネトに身体を譲った。
「ファムル君は、記憶を失っているんだよね? その記憶を私が蘇らせ、ザリスちゃんに移すとでも持ちかけてみようかね」
それが成されるのならば。
ザリス・ディルダが求めているであろう知識が、彼女の元に揃うことになる。
草原を越えて、あのカンザエラの地へとたどり着く。
入り口に、兵士の姿はない。
以前のように、千獣が先に街の中に入り込み、気配などを探っていく。
ジェネトも千獣に協力し、魔力の流れについて調べる。
結果。アセシナートの兵士の姿も、魔法的な罠の存在も感じられなかった。
「静か、だね……」
少年に扮したキャトルが言葉を漏らす。
しかし、感傷に駆られている時間はない。
人気のない街中を通り、一同は中央の研究所へと向かう。
未だ、この地はアセシナートに支配されている。
ただ、住民が暮していた頃とは違い、人影が全くなかった。
「冒険者か?」
研究所近くにて、ようやくアセシナート兵に呼び止められる。
「ザリス・ディルダ所長はおられますかな?」
クロックの言葉に、兵士は軽く眉を顰めた。
「ディルダ所長は本部におられる。用件は?」
クロックは道中書き記した一通の手紙を、兵士に差し出した。
「これは重要な知らせです。必ずご本人に渡していただきたい。……差出人の名を見ていただければ、興味を持っていただけるはずですから」
封筒の裏には、ジェネトの名を記しておいた。
彼女だけが興味を示すであろう人物の名を。
手紙を手渡した後、一同は急ぎその場から立ち去ることにする。
幸いなことに、この場には自分達を拘束するほどの兵士は残っていないようだ。
研究所としての機能も、ほぼ停止しているのだろう……。
だが、アセシナートはこの地を完全に手放したわけではない。
結局、聖都で戦力を募ることは難しいということから、交渉場所としては聖都からもアセシナートからも離れた荒野を選択した。
手紙の中には、ジェネトとファムルの交換。且つ、ファムルの知識を全てザリスに渡してもいいということを明記した。
また、レザル・ガレアラは死亡後、異世界に追放されたということ、宝玉の杖は既に詳細を調べ、研究員が構造を熟知しコピーを作り出した。……などといった、嘘の情報も含めた。
ジェネトしか知らない知識については、ジェネトとザリスが過去に交わした他愛のない会話について書き記しておいた。
日時はテルス島で戦闘が発生すると思われる日を指定。
それまでは、両者現地には近付かないこと。但し、現地付近で相手が魔法的な罠を仕掛けていないかどうか、探ることは可とした。
「潜入させているメンバーだが、敵方のスパイが領主の近くにいると厄介だな」
そう呟き、クロックはもう一つ手紙をしたためる。
「ジェネトは敵に渡すわけにはいかん。さて……どう守るか」
千獣とキャトルは帰りの馬車の中で、無口であった。
不安ばかり渦巻いているのは、人数が少ないこともあるだろう。
ファムルが連れ去られた時は、もっと沢山の仲間がいての交渉だった。
今回は3人で行なうことになるのだろうか……。ルニナとリミナは戻ってこれるのだろうか。
2人のことも、ファムルのことも、島に向かった友人達も心配で。不安な気持ちは膨れるばかりだったのだ。
「この戦い、終わったら、また、ご飯を、食べよ……」
千獣がキャトルの手にそっと手を重ねて言った。
「今度は、ファムルも、ジェネトも、みんな、みんな、一緒、に……」
キャトルは少し寂しげに笑って頷いた後、もう一方の手を千獣の手の上に重ねた。
「うん、約束。皆で一緒に……笑おうね」
クロックは少女2人の姿につい、優しげな目を向けそうになり、強く目を閉じた。
聖都に戻ると、クロックはこちらの状況や、得た情報、スパイの存在の懸念について記した手紙を使者に託してテルス島へと運んでもらう。
手紙で連絡ができるのは、今回が最後かもしれない。
戦争が始まれば、港はしばらくの間、封鎖されてしまうだろう。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【NPC】
キャトル
ジェネト・ディア
ヒデル・ガゼット
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第三話―』にご参加いただき、ありがとうございました。
さて……次回は、誰が現れ、どのような交渉がなされるのでしょうか。
難しい展開ですが、次回もご参加いただければ幸いです。
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