<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
〜誓いと友情の狭間に〜
数日かけて、聖都には戻った。
常宿である「海鴨亭」に荷物を置き、以前と変わらぬ――見かけだけは――陽気さで、女将に挨拶をした。
「帰って来たんだね、あんた。心配してたんだよ」
「ああ、悪かったな、女将」
頭をかきながら、照れたように笑うフガク(ふがく)の言葉に嘘はない。
この世界では家族と呼べる者のいなかった彼は、女将の温かさにいつも助けられていた。
路銀が尽きた時ですら、「ああ、いいよ。仕事、見つけて来るんだろ?出世払いでかまわないよ」と、熱いスープと共に笑顔で言ってくれた、ある意味、命の恩人でもある。
だからこそ、まず最初に挨拶をしたかったのだ。
そして、いつもと同じ部屋の鍵を渡してくれた時は、さらに嬉しかった。
彼は、あの部屋から臨む海の景色が、とても好きだったから。
それから、少しばかり腹を満たそうと、フガクはすぐに次の場所に向かった。
情報を仕入れられるところは、この聖都にはたくさんある。
だが、その中でも、アルマ通りの白山羊亭とベルファ通りの黒山羊亭は、ただそこにいるだけで豊富な情報が手に入る、効率のいい酒場だった。
フガクが手に入れたい情報はただひとつ、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)の現在地だった。
以前、静四郎がある城で働いていると聞いたことがあった。
その時は特に、重要さを持たなかったので、その城についてはそれ以上聞かなかったのだ。
だが、今はちがう。
静四郎に会うためには、城へ行くしかなかった。
さすがにこのエルザードのどこかにある城だ、誰かがその存在を知っているだろう。
そう見当をつけて、白山羊亭に足を踏み入れた彼は、びっくりすると同時に、自分の目を疑った。
(何でこんなところに…?!)
何と、静四郎が白山羊亭にいるではないか。
しかも、ただいるだけではない、ここで働いているようだ。
大勢の酔客の間を、料理や酒を持って、くるくると立ち働いている。
あまりにびっくりして、数秒間入り口に立ち尽くしたフガクを、静四郎がはたと見とめ、ほっとしたように近寄って来た。
しかし、近付くにつれて、その笑顔がだんだんと心配のそれになる。
そして、目の前にたどり着くと同時に、静四郎はこうフガクに声をかけた。
「お久しぶりですね…ですが、その痩せ細り様は…何かあったのですか?」
慈愛の満ち溢れるその顔が、明らかに気遣わしげな色を刷く。
「ああ、ちょっとばかし、ね。毒を持つ怪物にやられてさ、仕事もできずに、しばらく寝込んでたんだ」
「そうなのですか…!それでは何か、栄養になる物を取らないといけませんね、こちらへどうぞ」
静四郎は、フガクの袖を半ば強引に引っ張り、店の奥へと誘った。
空いている席にフガクを座らせ、少し待つように言う。
それから、野菜のシチューと白パン、それに蜂蜜の入った熱いワインを手に戻って来た。
「えっ、これ…」
「さあ、冷めないうちに食べてください。体力を戻さなくては、何も出来ませんよ」
にっこり笑って、静四郎はフガクに木のスプーンを持たせた。
静四郎も、今はあまり懐が暖かくはないが、それでもこんな病人を放っておくことは出来なかった。
そして自分も隣りに座ると、そのこけた頬を目の当たりにして、さらに眉をひそめた。
「宿では落ち着いて眠れないのではありませんか?もしフガクさえ良かったら、わたくしが頼んでみますから、知人の家で体を休めてはいかがですか?」
熱心に言う静四郎に、フガクは首を振った。
「いや、身体自体はもう大丈夫なんだよ。毒も抜けたし、さ。だけど、他にも困ってることがあるんだ。もし…もし、なんだけど、良ければ今回の依頼に少し知恵を貸して欲しいんだが…」
そう言って、小さくため息をつくフガクを見かねて、静四郎は身を乗り出した。
「わたくしでお役に立てることなら、何なりと言ってください!遠慮はいりませんから」
「そ、そっか…じゃ、頼めるか?」
静四郎の一途な物言いに、多少圧倒されながらも、フガクはうなずいた。
「ええ、それでは、わたくしが仕事を終えた後に、黒山羊亭で会いましょうか。その時間なら、こちらより、黒山羊亭の方が多少は静かでしょうしね」
それではまた後で、と静四郎は席を立つ。
フガクは片手を振って、静四郎が運んで来てくれた食事を見下ろし、また小さくため息をついた。
黒山羊亭に入ると、奥の方でフガクがさっきと同じように片手を挙げた。
静四郎が座るや否や、フガクはさっそく話を切り出した。
「この前、実は金が尽きてさ、ルクエンドの地下水脈に降りて戻らない男を捜す依頼をギルドから引き受けたんだが、不思議な模様やツタで通れない場所があってさ、先に進めなくなっちまったんだ。で、困ってエバクトって村に戻っていろんな人に聞いて回ったら、何と静四郎の知人が地下水脈に降りたって噂を聞いたんだよ。で、もしかしたら静四郎が、何かの拍子にそいつから、ヒントになりそうな話は聞いてないかなって思ってさ」
そう言って、フガクは腰から皮袋を外し、テーブルの上で逆さにした。
「このとおり、路銀はまったくなくなっちまった。だから切羽詰っててさ。契約があって、ひとつの依頼が片付かないうちに、別の依頼は受けられないんだ。そんなワケで、どうしても情報がほしい。何か、聞いてないか?」
「ルクエンドの地下水脈、ですか…」
静四郎の表情が幾分暗くなった。
あそこで起きたことは、あまり思い出したい出来事ではなかった。
だが、目の前の友人の切迫した事態からすれば、そんな自分の胸の痛みなど、どうにでもできることでもあった。
「実は、あそこに降りたのは、わたくしと、先日フガクにも会っていただいた、義弟の心語なのですよ」
そう、話し始めた静四郎は、かいつまんで、フガクにもわかりやすいよう、ゆっくりと説明を施した。
フガクは真剣に、ところどころ擦り切れた羊皮紙にメモまで取りながら、深く何度もうなずいて話を聞いていた。
そして、すべての話が終わったところで、くるくると器用に羊皮紙を丸め、静四郎に頭を下げた。
「ホント助かった!これで次に行く時には依頼が完遂できるってもんだぜ!ようやくまともな生活に戻れる!」
パンッ、と両手を拝む形にして、フガクは何度も何度も礼を言った。
それから、慌しく席を立つと、「じゃ、俺はエバクトに向かうぜ!ありがとな!」と言って、踵を返そうとした。
その腕を、静四郎が思わずつかむ。
「わたくしを、同行させて下さいませんか?」
「ええっ?!」
大げさに驚いて、フガクは静四郎を振り返った。
「いや、静四郎、あそこは危険すぎる!」
「そんな身体でルクエンドの罠に飛び込んで行く方が危険です、自殺行為も良いところですよ。わたくしは何度も義弟と降りていますし、正しい経路も知っています。その消息がわからない男性のことも気になりますしね」
「だが…」
「ひとりより、ふたりの方が、何かと心強いですよ。足手まといにはなりませんから」
「そうだけどさ…」
「万が一のこともあります。フガクや、その男性が怪我でもしたら、手当てが必要になりますしね」
「…わかったよ、静四郎」
渋々、フガクはうなずいた。
「そこまで言ってくれるなら、一緒に行ってくれ。確かに、静四郎がいてくれた方が、俺も心強いぜ、それはホント」
静四郎はにこっと笑った。
「それでは、出発は明日、でよろしいですね?」
「ああ」
「フガクの宿まで迎えに行きますよ。場所はわかっていますから」
「わかった」
ふたりは持ち物などを検討し、その夜は別れた。
翌日、静四郎は白山羊亭に立ち寄って、しばらく休ませてほしいと頼んだ。
「友人が、困っているのです…」
そう訴えた静四郎に、ルディアは快く承諾してくれた。
フガクの常宿への道中、静四郎は自分にこうつぶやいていた。
「フガクにもし何かあったら、心語がどれほど悲しむことでしょうね…」
だからこそ、あんな状態でフガクをひとり、旅立たせる訳にはいかなかった。
幸い、ルクエンドの地下水脈は、エバクトの近くである。
帰りにふたりで立ち寄ってもいいかも知れない、そんなことを考えながら、静四郎は「海鴨亭」へと足早に向かうのであった。
〜END〜
〜ライターより〜
いつもご依頼、ありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。
とうとう、フガクさんはご自分の過去と対峙する瞬間が迫って来ましたね…。
結果がどうであれ、何かひとつでも決着がつくことを祈っています…。
それではまた未来の物語をつづる機会がありましたら、
とても光栄です!
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
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