<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『月の旋律―第三話<衝突>―』
●調査
職業柄軍事行動は苦手だというルイン・セフニィの申し出に、領主は難色を示した。
元々領主は傭兵を募ったのであり、戦闘に長けているようには見えずとも、彼女も傭兵として防衛戦に参加する人員と考えていた。
ルイン自身が島を訪れた目的は必ずしも防衛戦に加わることではなかったのだが、理解を得て領主に完全な単独行動の許可をもらうまでには長い時間を要してしまった。
なぜなら彼女は、自分が聖都エルザードで受けた依頼については勿論、自分が酒場で得た情報についても領主に話さなかった。
今の時期に、話すことによる場の混乱を懸念したのだ。
戦法、配置が決りつつある今、そして戦闘員が足りないと思われるこの状態で、人員を割いて欲しいとはいえず。また冒険者が多い傭兵の中には、こちらに興味を持つ者がおり、勝手に単独行動に走る可能性もある。それは避けるべきと考えたのだ。
「地下への入口が地上にあるのなら、リルドさんが島を見渡した時に発見出来た筈だから、入口は地上ではなく……海中?」
顎に手を当てて、一人考えながら、ルインは海辺に向かった。
リルド・ラーケンは空から一通り島を見て周り、不審な場所はなかったと報告をしている。
アレスディア・ヴォルフリートや、ミッドグレイ・ハルベルクは可能な範囲で家屋を見て回ったが、やはり怪しい場所はなかったようだ。
山本建一は、領主の館を調べ、本館には異常はなかったと報告をしている。
まだ、全ての場所を調べ終えたわけではないが……。
ルインは海中に入り口がある可能性を一人、感じていた。
「海中ならば、既にアセシナートの研究施設が存在し、海中から軍船を出向させ海上に姿を表せば、周りからは転移してきたかの様に見える……かも?」
そこまで大掛かりな施設が存在しているとは考えたくはないが……。
何分、ルインがこの島に来てからさほど経ってはいないため、この島で怪しい動きがあったのかどうかも把握していない。
また、聖獣がこの地に住んでいるというのなら、その力を利用すべくアセシナートの人員が冒険者に紛れて上陸し、長い期間をかけて暗躍していた可能性も否めはしない。
ルインが向かったのは北側の崖の方であった。
聖獣装具の鋏攻盾を取り出して、魔力を集中する。
聖獣がこの地にいるのなら、コンタクトが取れないだろうかと……。
長時間、周囲を歩き回って調べてみるが、特に何の反応もなかった。
「もっと近付いてみましょう」
そう呟いて、ルインは自身の周りに魔力の障壁を作り出す。
続いて崖から身を躍らせて、海へと飛び込んだ。
魔力に守られ空気を纏ったまま、ルインは海の中に入り込む。
地道で体力、魔力の消費も激しい作業であったが、ルインは鋏攻盾と共鳴する存在と、入り口を探して回るのだった。
* * * *
領主の執務室では、以前この場に集ったメンバーが時折訪れて、少人数での会議を行なっていた。
アセシナートの使者は、領主の館の一室に招き……いや、監禁をした。
このまま使者を帰さずにおくべきか、帰すべきか、それとも別の方法を取るべきか。
「返しても構わないんじゃねぇ? つーかンな雑魚どうでも良い」
リルドは使者には興味がなかった。他のメンバーからも、使者については意見は出ない。
ケヴィン・フォレストは、捕らえたままでもいいと思ってはいたが、解放しても構わないとも思っていた為、特に意見は出さなかった。
ただ、見せしめにしろなどの意見や、手紙を持たせろなどの意見も一切出なかった。
「そうだな。それでは……このまま捕らえておこうか」
ドール・ガエオールの言葉に反対する者はいなかった。
「やはり、島は防衛せねば……。占領された状態で、奪還や探索等は困難だからな」
そう呟きのような声を発しながら、アレスディアは一人の人物を思い浮かべていた。
この場にはいない男。
アセシナートの脱走兵、ディラ・ビラジス。
あの男の言動に不審な点がある。
アセシナートを脱し、酷く憎んでいるといったあの男は……先日のアレスディアの問いには、戦うことしか知らないから戦うと答えた。
……言っていることが違う。不自然だ。違和感を感じざるを得ない。
ケヴィンの忠告などもあり、アレスディアの中で不審感が膨らんでいた。
まだ、黒と決ったわけではないが……。
ふと、眉間に皺を寄せながら真剣に議論を続ける領主ガエオールを見て、アレスディアは一人目を細めた。
少なくても、このガエオールはアセシナートの手の者ではない。この度の戦いにおいて、守るべき王である。
やはり、ディラはこの場におくべきではない。領主や中枢から放しておくべきだろう。
「奴等は穴掘って宝捜しだとよ」
リルドは港の酒場で得た情報を、皆に語り始めた。
「冒険者に密に広まっている噂らしいが、この島に地下に魔力の結晶が眠ってるって噂がある。聖獣キャンサーに守られてるとも言われているそうだ。既に潜入しているアセシナートの輩が、この地のどこかに施設を築いたっていう話も耳にした」
「地下か……」
ミッドグレイが舌打ちする。地下までは調べていない。この短期間では調べようもなかった。
「それから」
リルドはちらりと領主を見た後、平然と口を開く。
「領主サンの娘……ミニフェっていったっけ? 彼女が人が変わったようにアンタに尽くしてることを不審に感じてる奴もいるようだぜ」
「いや確かに、ミニフェは気の強い娘だが、良い伴侶と出会ったお陰で、少し丸くなったようだ。ただそれだけのことだよ」
領主の言葉に、一応頷いておく。
「そうなってくると、ファムルが所長っていうのも、考えられるか……」
リルドが考え込む。
「ファムル・ディートという男を知っているのかね?」
「ああ、まあな」
領主にそう答えた後、事情を知っているケヴィンの顔をちらりと見る。
「ソイツはアセシナートの人間じゃない。拉致された錬金術師だ」
「……しかし、本当にその人物が所長になるというのなら、既に洗脳されているのだろうな」
領主の返答にリルドは何も答えず、軽く吐息をついた。
人の良い領主。島の未来、希望。人々の姿――。
およそ一月の間、色々な状景を目にしてきたリルドは、ほんの少しだけ考えが変わってきていた。
自分はあの男、グラン・ザテッドとだけ戦り合えればそれで良かったはずだが……。
「配置場所、だが……場所がよくわかんねぇ。地理に詳しそうな奴や、島の資料を貰いたいんだが」
リルドの言葉に頷いて、領主は引き出しの中から島の地図と資料を取り出し、テーブルに広げた。
敵の情報をもう少しディラから得られればとも思うが、どうやら彼はあてにしない方がいいようだ。
「港付近に、本隊を配置する。その少し後方に、別部隊。こちらの高台には弓兵と騎兵を配置する予定だ」
「なるほどな。……これ借りていくぜ」
リルドは地図と資料を受け取り、また島の調査に出かけることにした。
ケヴィンとミッドグレイも立ち上がり、準備の為に宿に戻ることにする。
「ディラ殿達はどちらに?」
最後に、アレスディアが立ち上がりながら領主に尋ねる。
「彼なら、タリナと一緒に港へ罠の確認に行っているはずだ。暗くなってきたし、タリナが心配だ。そろそろ戻るように言ってやってくれ」
領主は軽く笑みを浮かべていた。
アレスディアは頷いて執務室を後にする。
宿に戻ったミッドグレイは、約束をしていた人物の部屋へと赴いた。
ドアをノックし名を告げると、すぐにドアが内側から開き、よく見知った人物が現れる。
「よう」
軽く手を上げると、その人物――フィリオ・ラフスハウシェは、苦笑しながらミッドグレイを部屋に招き入れたのだった。
部屋の中には、フィリオの他に、聖都在住のウィノナ・ライプニッツ、アセシナートの支配下にあった自由都市出身のルニナ、リミナという女性がいた。
「女の子ばかりに囲まれて、幸せだなお前!」
ミッドグレイの軽口に、フィリオは半ば呆れ顔を見せるだけだった。
「隊長……まあ、ここでは真面目に仕事されているようですね。聖都に戻ってからも、この調子でお願いします」
吐息交じりの言葉に、ミッドグレイは軽い笑みで返す。
「で、話ってなんだ。お前等がここに来た理由は?」
ミッドグレイは身を投げ出すようにソファーに腰掛けて、前に座る女性達を見回す。
ウィノナとルニナは真剣な瞳で。リミナは不安気な目で、自分を見ている。
フィリオはミッドグレイの隣に腰掛けた。
「戦闘時に、敵……アセシナートの出来れば騎士を捕らえて、魔法で入れ替わり、敵陣に潜入しようと考えています」
フィリオの作戦に、ミッドグレイは軽く眉を寄せた。
それは、かなり危険を要する作戦である。島側が敵陣に向けて一斉攻撃をする可能性もあるのだから。
「あーいや、聖都で報告書等には一通り目を通したが、大方お前等の目的は、アセシナートの研究員の拉致や奪取だろ?」
フィリオは隊長の言葉に、神妙な顔で頷く。
「それなら、仕入れたばかりの情報だが……」
腕を組んで、若干乗り出し小声でミッドグレイは語り始める。
「この島の地下に、敵の施設があるという噂がある。その噂が真実ならば、その場にお前達が狙っている研究者がいるかもしれんな」
フィリオとウィノナ達は顔を合わせる。
この地に築く研究所の所長に、ファムル・ディートが就任するとアセシナートの貴族が言ったという。
その発言の真意は不明だが、もしもそれが真実ならば……。
「戦時中に大事な研究員を置いておくとしたら、戦闘に使うため以外には考えられない。少なくてもザリスはよほどのことがなければ、危険な場所には赴かないと思う」
ルニナの発言に、リミナも頷いた。
「それでも……陣に潜入するよりは、情報が得られる可能性が高いと思われます。秘密裏に地下に施設を築いたのなら、アセシナートとこの島を繋ぐ……海底洞窟や、転移魔法陣が存在するのかもしれません。尤も、海底洞窟を作るほどの価値があるとは思えませんので、そこまで大規模な施設が既に出来上がっているとは考え難いですが」
フィリオの言葉に、一同が頷いた。
「施設の入り口の目処は?」
フィリオの問いに、ミッドグレイが首を左右に振る。
「調べてる奴もいるようだが、目星はついていない」
「では、私達も領主様の元に向かい、島の資料などを閲覧させていただきましょう」
「でもなぜ、アセシナートはここに施設を築いたの?」
ウィノナが疑問を口にした。
「これも冒険者の中で囁かれている噂でしかないが……ってあ、これは他言無用で頼む」
一同が頷くのを確認し、ミッドグレイは言葉を続ける。
「なんでも、魔力の結晶が地下に眠っているとか。聖獣キャンサーがそれを守っているなどという噂もあるようだ。どこまで真実かはわからねぇから、そのつもりでいてくれ」
首を縦に振った後、目を強く光らせてウィノナは立ち上がる。
フェニックスの時と、同じことをアセシナートの騎士団は行なおうとしているのかもしれない。
「また来たの」
現れた女性が呆れ顔を見せる。
建一は微笑みながら、頷いた。
「申し訳ありません、少し話を聞かせていただきたいのです」
「……ここでいいのなら。誰もいないから、男性の貴方を中に入れるわけにもいかないしね」
離れの玄関の前でミニフェ・ガエオールが苦笑する。
「旦那さん……ギランさんもいらっしゃらないのですか? どちらへ行かれたのですか?」
「海よ。ダイビングが好きなのあの人」
「ダイビング……ですか」
建一が軽く目を細める。
「何を調査されているのでしょうか?」
「調査というか、海の中を見るのが好きなのよ。もうすぐ戦争が始まるでしょ、そうしたら海に潜ることが出来なくなるから、今のうちに楽しんでおきたいみたい。そんなことしている場合じゃないって言いたいのよね? でも、私は彼の気持ち、わからなくもないから。大陸で平和に暮せたはずの人なのに……生き残れるかどうか、分からないんですもの……」
「大丈夫です。貴女方を死なせはしません」
そう建一は言い切った後、言葉を続ける。
「詳しくは言えませんが、海底はアセシナートの狙いの一つかもしれません。島に潜伏している騎士団の手の者と遭遇した場合、人質に取られてしまう可能性があります。お戻りになられたら、もうお出かけにならないよう、説得をお願いいたします」
「そうね……うん、わかったわ」
ミニフェは建一の言葉に素直に頷いた。
「もう一つ、気になることがあるのですが」
「ん?」
建一は周囲に警戒し、ミニフェの状態にも注意を払いながら語りだす。
「タリナさんに違和感を感じています。ご親族を疑うのは忍びないのですが……。念のため、室内を見せていただきたいのですが」
「夫が帰ってきたら、私達の部屋は構わないけれど、彼女達の部屋は無理よ。私達の事も入れてくれないから。でも、ここに住み始めたのは最近のことだし、別に変なものも運び入れていなかったから、室内を気にすることはないと思う」
「そうですか……」
引き下がるより、他ないようだった。
建一は頭を下げて礼を言うと、その日はその場を後にした。
●調べと共に
翌日、準備は大詰めを迎え、いつ軍艦が攻めてきても対応できるよう、既に兵士達も配置されていた。
「……あなたもそんなことを言うのね」
「はい。くれぐれも」
領主の館の離れに立ち寄り、ミニフェ夫婦にアレスディアは注意を促したのだ。外出は控えるようにと。
ミニフェは夫と顔を合わせて苦笑したあと、強く頷いてみせた。
「こちらのことは心配しないで。よろしくお願いします」
「では、ご注意下さい」
アレスディアは、頭を下げると、門の前に待たせてあるディラの元に向かう。
ディラを誘い出したアレスディアは、共に港へと向かい、自分が防衛をする本隊に合流させた。
愛想がなく、ぶっきらぼうな言葉。そして、時折遠くを見据える彼。
彼の言葉には虚偽を感じる。
だけれど、根っからの悪人のような気なしない。
彼を連れて来たタリナだが、彼と前線に出たいとアレスディアが申し出たところ、2つ返事でOKをしてきた。
それはそれで、なんだか違和感を感じてしまう。
遠ざけるべきは、ディラではなく、いやディラだけではなくやはりタリナもであったのだろうか。
しかし、彼女のことは、他にも怪しんでいる人物がいるようであり、アレスディア一人では、2人を連れ出し監視することは不可能なため、自分はこのディラ・ビラジス一人を監視しながら、戦うことになりそうだ。
万が一彼が寝返った場合を考え、ディラには陣の端を。アレスディアはその隣を担当することになった。
更に後方には、彼を怪しんでいるケヴィンが所属している部隊もある。
ケヴィンが所属する部隊までの道には、落とし穴が仕掛けてあり、その場所はディラも知っている。
「ディラ殿は……剣士か?」
ディラは鎧を纏い、帯剣している。武器は腰の剣と短刀のみのようだ。
「ああ」
感情のない声で答えて、フルフェイス型の兜を被る。防御の為というより、顔を隠したいようだ。
ディラの動きに注意をしながら、アレスディアは港を見据える。
飲食店は全て店を閉じ、武装をしていない人々の姿はもう見られない。
風も波も穏やかだ。暖かな陽射しが降り注いでおり、後方には穏やかな島の姿があるというのに……。
ケヴィンは、その後方。港の本隊が見える位置で、分隊の隊長の指揮下にあった。
釣り野伏せ――ケヴィン達の隊は、本隊が敗戦を装いながら後退し、それに釣られた敵兵を三方から囲んで殲滅するための隊である。道の左右に一個分隊がそれぞれ潜んでいる。
この位置からも、アレスディアやディラの動きは辛うじて見える。
ディラは普通に、武装して陣の中にあった。
彼が裏切るとしたら……。本隊の隊長を狙う、のだろうか?
この位置にいる自分達の事も、彼には知られている。
情報を売るために、敵陣に走りこむか?
しかし、高台には弓兵を配置してある。
ディラがそのような行動に走った場合は、敵とみなし攻撃に移るはずだ。
彼が脱走兵であること、アセシナートと繋がりがある可能性があることは、皆知っており、多少なりとも警戒しているのだから。
どのような事態にも対処できるよう、様々な武器を用意してきた。
武器は茂みに隠し、まずは弓を手にしておく。
……もし、ディラが裏切り、味方に剣を向けたのなら。
自分は彼を討つのだろうか。
ぼーっとそんなことを考えながら、矢を腰に下げた。
* * * *
「怪しいか、怪しくないか、判断は出来ないけれど、仕方がないかな……」
ウィノナはため息をつきながら、領主の館内を歩いていた。
リミナと一緒に、島を歩き回り転移用の魔法陣などが配置されていないかと見て回ったのだが……いくつか配置はされていた。
しかし、それはどうやら建一が描いたもののようであり、建物の調査などは傭兵として集った人々が既に一通り見て回った後だという。
とはいえ、多分その調査には穴がありそうなのだが……。なぜなら、地下施設があると噂されていながら、その存在が明らかになっていないのだから。
ルニナと合流をすると、領主の館内にある書庫に3人で向かうことにする。
「ウィノナは魔法得意なんだよね? 私達は戦争始まる前に帰るけどウィノナは残るの?」
「うん、でも戦うためじゃなくて、まだ病気の友達を救える手段がわかってないから。この島にもなんらかの力が眠ってるって噂を聞いてきたんだけどね……」
会話を続けながら途中、何人かの人物とすれ違う。
まずは、領主。
挨拶を交わして、目的を言い分かれる。
その領主の後ろには、彼の娘ミニフェという女性と、娘婿のギランという男性の姿があった。
2人にも挨拶をして、すれ違う。
……その少し後から、タリナ・マイリナという女性がやってくる。
領主の親戚の女性で、なんでもアセシナートの脱走兵を連れて来た人物だとか。
彼女とも挨拶をして、すれ違った。
「……で、こんな会話でよかったの?」
ルニナの言葉に、感謝の意を込めて、ウィノナは目を煌かせながら頷いた。
人とすれ違うたびに、ウィノナはこうしてルニナとリミナと会話をし、自分の真の目的を隠し、自分の能力をアピールしている。
どこにいるのかもわからない、アセシナートの潜入者に向けて。
書庫には、フィリオの姿もあった。
「さきほど領主さんから受け取ったのですが……」
フィリオは一通の手紙をウィノナに渡した。
ウィノナは手紙を開き、ルニナとリミナと一緒に目を通す。
……手紙は、聖都に残った同じ目的を持つ仲間からであった。
聖都に残った者達はジェネト・ディアの協力を得て、カンザエラにザリス・ディルダ宛の手紙を持っていったようだ。
また、領主の近くにアセシナートの潜入者がいる可能性があるので、注意するようにとも記されている。
手紙を読んだ後、4人は島の歴史や地理について調べてみることにする。
「大陸と交易をせずとも、昔から島の民達だけで生活出来るだけの環境に恵まれていたようです」
フィリオが古い書物を見せながらウィノナ達に説明をする。
昔描かれた手書きの地図は、現在の地図とは随分と違うようだが……島の地形が変わったのではなく、当時は空から島を見る方法がなかったようだ。
歴史について調べてみても、これといって争いも、問題もなく、平和でのどかな島であったことが窺える。
魔法に関する本なども存在しているが、大陸から仕入れたものらしく、島特有の魔法などもないようだ。
故に、島の民や領主達の知識では、島が狙われる理由に全く検討がつかなかったのだろう。
だが、フィリオとウィノナは1つの古書に目を止めた。
それは漁師の古い日誌のような本であった。
「海底洞窟……」
呟きながら、ウィノナは本を捲っていく。
その本には、島周辺の海の状況について書かれている。
そして、過去島に存在していた海底洞窟についても。
「地震で塞がってしまったようですね」
フィリオもまた、呟きのような言葉を発しながら、目を細めていく。
聖獣や魔力の結晶については、全く記されてはいないが。
この海底洞窟の奥。島の地下深くに、何かが存在しているような……そんな確信に近い予感に胸が騒いでいた。
●来襲
港には鶴翼の陣が展開されており、ミッドグレイが本隊の隊長を務めていた。
陣形に気を配りながら、一人一人を指導し、どうにか体裁を整える。
警備兵の殆どは補給と監視に回っており、殆どが冒険者だ。彼等はこういった集団行動には慣れていないようであった。
「それじゃ、実戦を模して一回訓練をやってみ……」
そこまでミッドグレイが言った途端、港にサイレンが響き渡った。
燈台から海を見回していた警備兵が鳴らしたらしい。
……敵襲を告げる音だった。
即座にミッドグレイは別の監視の方に目を向けるが、他に合図はあがっていない。
敵は船で海からのみ現れたらしい。
「予想より早かったな。いきなり実戦だが頼むぞ、お前ら。……死ぬなよ」
言いながら、ミッドグレイは陣の中心……大将の位置に向かう。
こちらが仕掛けるより早く、船から港に向けて砲弾が飛んでくる。
ミッドグレイが指揮をする陣までは届かない。
敵の攻撃を合図に、高台に配置された弓兵達が、一斉に船に向かって射撃する。
無人のクロスボウをも起動させ、豪雨のように矢がアセシナートの船に向かって降り注いだ。
幾つかは船に到達し、敵狙撃手にダメージを与えるが、その矢の多くは、突風に飛ばされる。
敵魔法兵……恐らくは騎士の魔法による防衛だ。
だが、敵船は簡単には島に近付いてはこれない。
リルドの提案で、港に岩を大量に沈めてあった為だ。
「てめぇは下がってろ!」
リルドは島を調べるために共に行動をしていた島の老人に言い放ち、自分の持ち場へと走る。
「!!」
弓兵に向かい、巨大な炎の弾が飛んでくる。
リルドは魔法で海水を操り、水を壁にして炎を防いだ。
降り注ぐ熱い水に、弓兵達がパニックを起こす。
リルドは海辺の高台に駆け上がり、アセシナートの船を見下ろした。
その時には、船から飛び立った一人の男が直前に迫っていた。
飛行はその男の魔法ではない。後方から彼を飛ばしている若い男の姿が目に入るが……そちらを撃つ余裕はないようだ。
目前に迫っていた男が剣を抜き放ち、リルドに振り下ろす。剣は鈍い光を放っている。リルドは即座に後方へと飛んでかわす。
振り下ろされた剣の下……地面に亀裂が入る。
剣には魔力が宿っていた。空間術と思われる。
「魔法剣士か」
自分の最初の相手はこの男のようだ。リルドは剣を抜き放った。
クロスボウの攻撃を砲弾で相殺しながら、船は港へと近付きアセシナートの兵士達が上陸を果たす。
船の数は軍艦1隻、中型船2艘。どの船にも騎士クラスの魔術師が乗っているようであり、弓の攻撃で落とすことは出来なかった。
ただ、ある程度のダメージは受けているようであり、即座に襲い掛かって来はしない。隊列を整えているようだ。
こちらも、砲弾に破壊された場所は避け、陣を立て直す。
「隊長!」
聞きなれた声に、ミッドグレイは振り向く。
自警団の団員、フィリオの姿があった。サイレンを聞き、駆けつけたようだ。
「遅い。……どうやら、お前の魔法が頼みのようだぜ」
不敵に笑い、ミッドグレイは剣を抜く。
「いけるか、フィリオ」
「はい」
軽く混乱している今がチャンスか。
フィリオは女天使に姿を変えて、竜巻を起こす。
破壊されたブロックが巻き上げられ、竜巻はアセシナートの兵を襲う。
しかし、その風の渦は、突如現れた水の渦と衝突し、消え去る。兵士の身体は海の中へと消えた――。
次の瞬間、フィリオに向けて、氷の刃が放たれた。フィリオは瞬時に風の刃で打ち落とす。
遠く――まだ上陸をしていない船から、自分を狙っている者がいる。
恐らくは女だ。弓を手に、魔法攻撃を繰り出している。狙撃手といったところか。
「魔術師を引き付けろ。敵の本隊はこっちの本隊で叩く」
「わかりました」
隊長の言葉に頷いて、フィリオは翼を広げて風を纏い飛び立ち、女狙撃手の元へと向かう。
傭兵隊の遠距離攻撃は、敵の防衛魔法により上陸した敵にほぼダメージを与えない。
防御魔法を展開しているのは、ハーフエルフと思われる青年だった。また、その後方にいる存在――グラン・ザデッドと思われる人物も、見え隠れしている。
陣形を築いた敵部隊が、島の傭兵隊本隊に迫り来る。
「本隊はここで全て抑える。行くぞ!」
声と共に、ミッドグレイが剣を振り上げる。
喊声を発し、襲い来る敵の剣を受けていく。
重装備ではなく、機動性を重視し、黒装束で身を覆ったアレスディアも密かに覚悟を決める。
戦いの場に於いも、できるだけ命は奪わぬと思いやってきたが……さすがに今回は、無理だ、と。
敵の剣を自らの剣で受け、軽くフェイントをかけて敵をあしらったその時。
「っ!」
アレスディアは小さく声を上げる。
突如、ディラが陣から離脱し、島の中心部へと駆け出したのだ。追おうにも、2人も持ち場を離れれば穴が出来てしまう。
――一方、茂みの中から本隊を見守っていたケヴィンは、ディラが離脱したことに逸早く気付いた。
どこへ向かおうというのか、何が目的か。
敵と合流しようというわけではないらしい。また、館に向かっているわけでもない。
どちらかといえば、人気のないところに向かっているような……。
本隊を突破した統率のとれていない兵士達が、こちらへと向かってくる。
ケヴィンは弓を放って仕留めていきながら、隊長に近付いて、短い言葉で事情を説明する。
「脱走兵が本隊から抜けた」
「今追えば、もっと多くの兵を島に入れることになる」
隊長の言葉に頷いて、隊長から離れるとケヴィンは再び弓に矢を番える。
茂みに身を隠したまま、本隊の方に向けて矢を放った。
ケヴィンは再び、ディラが消えた方へと目を向ける。
臆して逃げたとは思えない。
ザリスになんらかの命令をされていた可能性も高い。
島に在るといわれている、魔力の結晶の元にでも向かったのだろうか?
いや……。
何故か、それも違う気がする。
島での彼の様子は、どうも変であった。
演技が完璧ではないというか……。
それから彼の手。
腱を切ったはずの手は、普通に動いていた。治療を受けて、元に戻ったのだろう。
また彼は戦いの場に身をおき、戦うことで自分の存在意義を見出すのだろうか。
本隊では、一人敵を打ち倒したアレスディアに、屈強の男が迫っていた。
ギラリと光る目、獲物を狩る野獣のようであり、愉しんでいるようにも見える。
どうも一般兵ではなさそうだ。
打ち下ろされた一撃を、剣で受けた。――重い。体格も力も敵わぬ相手であった。
重心をずらし、素早く身を逸らして相手の剣から逃れようとした矢先、後方より飛んできた矢が男の右肩を掠める。振り向かずとも分かる、後方部隊の援護だ。おそらくはケヴィン。
援護があれば、倒せる、か。それとも、後方部隊に任せ、ディラを追うべきか……。
アレスディアは剣を握り締め、歯を食いしばる。
「くっ……」
本隊を指揮しながら、援護しているミッドグレイは、上空を飛ぶ敵の姿に顔を顰める。船の前で防衛に携っていたハーフエルフの魔術師だ。
無人ボウガンの仕掛けや、弓兵隊は敵の砲撃、魔法攻撃により壊滅に等しく、遠距離攻撃はほぼ不可能な状態であった。
味方傭兵の中にも魔術師はいるにはいるが、あの魔術師と渡り合える相手はいないだろう。
天使姿のフィリオは狙撃手の相手で手一杯である。
更に、まだ敵の船の中にはあの男――隊長のグラン・ザデッドがいるようである。
「館の奴等に任せるしかないか」
ミッドグレイはやむなく魔術師から目を離した。
* * * *
サイレンが鳴り響いた時、建一は領主の館の離れ――タリナとディラの部屋に潜入をしていた。
無論、タリナやミニフェに了解を得たわけではない。
皆が出払っている隙に、窓から魔術で音も立てずに入り込んだのだ。
そこは、飾り気のない部屋だった。生活必需品は揃っており、生活感もある。
部屋の中を歩いて周り、何か魔術的な仕掛けなどがないか探って回る。
「ようこそ」
その言葉は、潜入して僅か数分で建一に浴びせられた。まだ、調べ始めたばかりの頃に。
誰もいないはずの空間が歪んで、部屋の中心に女性が現れる。
……タリナ・マイリナだ。
「あなたが一人目ね。最初で最後っぽいけど」
微笑みながら、彼女は建一に近付いてくる。
「まるで待っていたかのようですね」
建一も動揺を悟られないよう、平然と応える。
「ええ、待っていたわ。力ある者が、ここに現れることを」
タリナが軽く床をつま先で突いた。途端、床に奇妙な紋様が浮かび上がる。
攻撃系でも、建一自身に干渉するものでもないため、建一は足を引いた状態で様子を見る――それは、結界術のようであった。
「……貴方は、アセシナートの……騎士ですね」
声のトーンを落とし、静かに建一は訊ねた。
「いいえ、正騎士じゃないわ。私の本当の名はシーナ・ラシルカ。ザリス・ディルダ様の側近ってところかしら」
その名に、建一の眉がぴくりと動いた。
「……彼女は、既にこの島に?」
「安全が確保されるまで、ザリス様は来たりはしないわ。側近は予てからもう一人、この島に送り込んでるけれどね」
そこまでの説明で、建一は全てを察した。
ザリス・ディルダが好みそうな手段である。
「つまり、貴女方は囮ですね」
「ま、そんなところかしら。領主と島民だけ相手にするのなら、簡単だけれど……あなた達のような騎士団を知る者や、察しのいい者が必ず手を出してくると、ザリス様は判断されたのよ。そして、ディラと私を派遣し、本当の潜入者を隠した」
建一は吐息をついて、周囲を探る。
結界術により、この空間から外へはそう簡単に出られそうにない。
彼女を倒すか……術を解除するか。
急がねば、領主が危険であることは、確かだ。
「さて、勝負してくれるかしら? コピー人間のレザル・ガレアラより、私の方が役に立つってこと、証明したいのよ」
鋭い瞳で笑い、タリナ――いや、シーナ・ラシルカが小剣を抜いた。
サイレンと同時にフィリオは館を飛び出して行ったが、ウィノナは領主の館に残っていた。
「具体的にどう捕らえるのかとか、まだ決めてないのに」
「とりあえず、ボク達はここに留まっていよう」
焦りの表情を浮かべるルニナに、ウィノナはそう言い、ルニナとリミナが頷く。
準備は一通り整っているようだが、アセシナート兵はこの領主の館まで侵攻してくるだろうと、ウィノナは思っていた。
最後の砦でもあるこの場に留まることは、迎え撃って捕まえようという考えと、自分なりにルニナとリミナを守りたいという気持ちもあってのことだ。
「状況は!?」
「義父さんは、ここにいて下さい。じきに報告は届きますから」
廊下の先から声が聞こえる。領主と娘婿のギランのようだ。
「紅茶を淹れてきます。……いつもより、甘い紅茶を」
その言葉の後、ドアが閉まる音が響く。
図書室から廊下に出ていたウィノナ達の前に、ギランが姿を現し目を向けた。
「あなた達は傭兵ではありませんよね? 戦闘能力あるようですが……」
ちらりとウィノナを見た後、言葉を続ける。
「危険ですから、召使い達と一緒に、食堂に避難していてください」
「はい」
返事をすると、ギランは会釈をして給湯室へと向かっていった。
「奥さんのミニフェさんも執務室にいるのかな? 不吉なことを言うようだけどさ、もしものことを考えると、後継ぎである2人と領主は別の場所にいた方がいいんじゃない?」
ルニナがそんな意見を口にした。その直後。
――ガシャンッ!
窓ガラスが割れる音と、悲鳴が響く。
ルニナとリミナは顔を合わせ、ウィノナは瞬時に駆け出した。
食堂の方であった。
開かれたドアから、集っていた使用人達が次々に逃げ出してくる。
ウィノナは壁に寄って避け、人が切れた瞬間に部屋に身体を滑り込ませる。
部屋の中には、倒れたコックの姿がある。
窓は大破し、その前に一人の青年がいた……ハーフエルフのようだ。
姿を見ただけで、体が震える程に力を感じる。
身に纏っている魔力の量が半端ではない。
ルニナとリミナを背にしたウィノナと、青年……アセシナートの騎士の目が合った。
「領主はどこだ? 答えなきぇりゃ、この館ごとふっとばすだけだがな」
残酷な笑みに、ウィノナはごくりと唾を飲み込んだ。
館を守っていた傭兵達は全滅したわけではないようで、玄関から飛び込んでくる。
だが、彼を相手に出来る人物は……いないだろう。
* * * *
サイレンの音は、その日も海中を探索していたルインの耳にも届いていた。
比較的浅い場所を調べていたからなのだが。
しかし、ルインは戻りはしなかった。
その少し前に、見つけていたのだ。海底洞窟への入り口を。
岩で塞がれており、見た目では全く分かりはしない。
だが、微かに力がもれている。
聖獣ほどの力ではないため、冒険者達は誰も気付かなかったのだろう。
自身の脚に青白い光を帯びた魔力を纏わせ、慎重に岩を取り除いて開いた空間に、自分の身体を滑らせて中へと入り込む。
能力で作り出された光の道を高速で進んでいく。
洞窟の中は、特に荒らされてもおらず、整備されてもいない。
本来なら、1時間以上かかる道を、僅か数分で進みルインは開けた場所へと出た。
そこに、数匹のキャンサーの姿があった。
聖獣ではない。聖獣の力を持つ、ヴィジョンと呼ばれる生き物である。
聖獣キャンサー自身の力は感じられないが……立ち寄ることはあるだろう。いや、あったはずではあるが。
ルインは洞窟の上部に、人の手で付けられた扉があることに気付いていた。
恐らく、あそこからどこかの部屋に出られるのだろう。
(干潮時には、水が引くようね。その時はあそこから、ここに出入りが出来るということみたいだけれど……)
近付いて、扉に手を当ててみる。
先の様子は一切分からない。
探れないというより、力が遮断されてしまう。
頑丈にガードされているようだ。
こじ開けて進むべきか。
地上からの侵入を目指すべきか。
取り合えず、光の当らないこの場所で力を使い続けることは、ルインにとってかなりの負担になる。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
アニアル・スディルと交戦中。
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
スリン・ラグサルと対峙。
【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
シーナ・ラシルカと対峙。
【3681 / ミッドグレイ・ハルベルク / 男性 / 25歳 / 異界職】
【3677 / ルイン・セフニィ / 女性 / 8歳 / 冒険者】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
ジルア・スディルと交戦中。
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】
ゼッツ・バルヴァと交戦中。
【NPC】
キャトル
ルニナ
リミナ
聖獣王
ディラ・ビラジス
ドール・ガエオール
ミニフェ・ガエオール
ギラン・ガエオール
タリナ・マイリナ
アニアル・スディル
スリン・ラグサル
ジルア・スディル
ゼッツ・バルヴァ
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第三話―』にご参加いただきありがとうございます。
潜入している人物など、裏が見えてきました。
次回は戦闘から始まる方が多いようです。
解決に向けて、皆様がどう動かれるのか楽しみにしています。
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