<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『名も無き迷宮―第2回―』

 延々と続く真直ぐな道。
 後ろを振り向いても、ただ真直ぐな道が続いているだけだ。
 周りに何の変化もない、無機質に感じる空間。
 こんな場所に一人でいたのなら……とてつもない寂しさと、不安を感じずにはいられないだろう。
 しかし今、この場には7人の男女がいる――。

「とりあえず、眠気覚ましといったらこれだな」
 ヴァイエストは荷物の中から水筒とカップを取り出して液体を注いでいく。
 鋭く有無を言わさぬ眼で皆にカップを配ると、自分がまず液体を一気に飲み干した。
「なになに〜? 眠気覚ましジュース? 気が利くじゃない〜」
 レナ・スウォンプはカップを軽く揺らして見る。赤い液体はどろどろしている。濃いジュースのようだが……。
「こ、これは……あの伝説の!」
「どこかで見たよな、これ」
 ダランは液体を見ただけで目が覚めたようであり、虎王丸は目を擦りながらジュースの匂いを嗅いで思い出す。
「あ、カバネーヌか! ゴキ退治した集落の特産の」
 カバネーヌ。それは激辛唐辛子だ。
「あたし、魔法で抵抗できるから、ははは〜」
 レナはカップをヴァイエストに返す。
「うわっ、辛っ」
 チユ・オルセンは慎重にひと舐めだけして、一応カップを持っておくことにした。
「確かに、刺激が必要だな」
 ディーゴ・アンドゥルフは一口のみ、眠気を吹き飛ばす。
 じろりと少年3人にヴァイエストが眼を向けると、虎王丸は仕方なさげに、蒼柳・凪は我慢をしながら、ダランは凪が飲んだ後に、ぐいっと飲み干した。
「痛ぇ……水〜っ」
 自分の水筒の中の水を飲もうとするが、ヴァイエストに止められる。
「痛みを消してどうする。余分に摂るほど持ってきてないだろ」
「くぅぅぅ」
 口を押さえながら、ダランは前を見据えた。
 一時的に眠気が醒めようとも、周りの風景に変わりはなく。
 前には真直ぐな道が、続いているだけだった。
「やっぱあれじゃない? 空気中に薬が漂っているとかさあ、そんならマスクとか持ってくればよかったわね」
 レナは頭を振る。魔法で抵抗できるとはいえ、呼吸を止めることはできない。
「そう、体内に入れないことが一番の対策よね。マスクなら、私持ってる。はい」
 チユが魔法抵抗のおまじない付きのマスクを皆に配って回る。
 顔面全部を覆うものではないので、完全に防げるわけではないが、幾分効果はあるだろう。
「危なくなったら、空気を浄化させることできる?」
「まあ、出来なくはないけど、発生源を止めなければ直に元通りになりそうよね」
 チユにそう答えながらレナは周囲を見回す。石の壁が続いているだけで、他に何もありはしない。
「発生源がわかれば、元から絶ちたいところだけれど……まさかこの壁全部なんてことはないだろうし」
 チユは慎重に壁に触れてみる。……微量の魔力を感じる。発生源は壁だろうか、それとも……。
「魔法によるものじゃなく、薬によるものだと?」
 ディーゴは険しい顔つきで、壁を探っていく。
「薬ならば、空気中に睡眠効果のあるガスが流されてるってことじゃねぇのか? それなら、口から含まなくても体内に取り込まれていくだろ?」
 口からの呼吸だけではなく、皮膚呼吸でも取り込んでしまうのなら、防ぎようがない。
 ディーゴは指を舐めて、周囲の空気の流れを確認する。しかし、壁からそれらしい空気の流れはなかった。
「いやな、そもそも貧弱の代名詞ともいえる魔道師が、こんな長々とした一本道を作るのが怪しいぜ」
 虎王丸は刀を壁に叩きつけてみる。
「あ……」
 壁の一部はあっさり崩れた。虎王丸が使った刀――封印刀の影響らしい。
「こ、虎王丸っ。地下道を崩すなよ〜。生き埋めになるだろっ」
 ダランが情けない声を上げる。
「わかってるって。んー、ホントに崩れてるよな」
 幻ではなく、本当に崩れていることを触れて確認をする。
「ふあ〜っ」
「こらっ!」
 ダランはマスクから口がはみ出るほどの大きなあくびをして、チユにどつかれる。
「幻、じゃなさそうか?」
「……どうだろうな。此処に入った時点で幻覚のトラップが発動し、洞窟内を進んでいるような感覚にされているのかもな、無限ループってやつか?」
 虎王丸の呟きに答え、ヴァイエストはダランを見る。
「ダラン、一瞬で良い、周囲の魔力を出来るだけ吸収しろ」
「う、うん」
 ヴァイエストとしては睨んだわけではないのだが、鋭い視線にダランは一歩足を引きながら頷いて、目を閉じて集中をし……一気に周囲の魔力を吸収した。
 ……しかし、何の変化もなかった。
「幻でもない、魔法でもない。効果は今のところ眠いだけ。となれば、最終兵器を使うしかないようね」
 チユは吐息交じりにスペルカードを取り出して、最強アイテムをカードから出した。
「チユ、さん。そ、その武器は――」
 虎王丸がチユが手にした武器に、足を引いた。
「そう、この武器で皆を殴り倒しながら進むのよっ。えいっ」
 言って、チユは近くにいたヴァイエストの頭を叩いた。ピコンと音がする。
 続いて、臆せずディーゴ、レナ、凪、虎王丸の頭も叩く。
「いてっ」
 虎王丸は思わず声を上げたが、大して痛くはない。それは神経系の罠に万能に効く道具――ピコピコハンマーだから!
 ガスッ!
 しかし、最後の一人、半分眠っているダランを殴った時には皆とは違う鈍い音が響いたのだった。
「いってぇぇぇーーーーっ!」
 ダランは頭を両手で抱える。一気に目が覚めたらしい。柄で思い切り殴られて。
「さすが最終兵器」
 レナは声を上げて笑い、息を大きく吸い込みそうになって、慌てて笑いを止めながら、ナイス攻撃とばかりにチユの肩をぱしっと叩いた。 
「壁から眠り薬が少しずつ漂っているんだろうな……。けど、眠くなるとはいえ、殺傷力があるわけでも、毒薬でもない。この地下道を作った人物は、キーワードを知っている者達にあからさまな敵対心を持っているわけではないんだろうな」
 壁に触れながら、凪が言葉を漏らした。
 皆が凪に目を向ける。
「手に入れる資格があるかどうか、試してるってことなんだろうか? でも、寝てしまっては餓死してしまう訳で、そういう相手には外へと転移させる仕掛けでもあるのかも……。逆に、眠ってしまうと転移の魔法でさらに奥へ進める、という可能性も……?」
「眠らせてみる?」
 レナがダランの頭をぽすっと叩いた。
「レナが俺と一緒に寝たいっていうんなら、寝てやってもいいぜーっ」
「はいはい。何も起きなかったら、責任持って起こしてあげるから安心してね」
 ピコピコとチユがダランの頭を叩いた。
「柄で殴るのはやめてくれよ〜っ」
 ダランはピコピコハンマーから逃れて、凪の後ろに隠れた。
 凪は軽く苦笑を浮かべた後、再び考え込む。
「とにかく、このまま歩いて進んでいいのかどうか、調べてみる必要があるよな……ええっと、レナさん、光球を作り出すことって出来ます?」
「それくらいなら、簡単だけど」
 言いながら、レナは魔法で手の中に光の球を浮かび上がらせる。
 淡い光が映し出す光景は今までと変わりはない。
 凪はその光の球を前に、舞を舞い始める。
「……ん?」
 それは友人の虎王丸も見たことがない舞。
 皆が注目する中、優美に軽やかに……。
 数秒後、光の球は光り輝く鳥へと変化する。
 凪は手を向けて、鳥に指示を出すと、鳥は道の先へと飛んでいく。
「効果が切れれば、元に戻るはずだから。このまま無策に進むのが得策かどうかわかると思う」
 幻術か何かにより、既に惑わされているのなら……効果が切れた時、光の球は近い場所に在るはずだ。
「迷いの森みてーな奴なら、俺の故郷の世界じゃ、服を逆さまに着て歩くと元に戻るっつうけどな?」
 虎王丸は腕を組んで言った後、くるりと皆を振り返りレナに目を向けた。
「そんな単純な方法で破れるかしら?」
 レナが顎に手を上げると、虎王丸はにやりと笑みを浮かべて手を伸ばす。
「何でもやってみるべし! おぉ、俺もやっとレナさんの生着替……」
「えっ、着替え!?」
 ピコン! ピッコン!
 チユのハンマー攻撃が虎王丸と隣にいたダランに炸裂した。
「なんで俺まで〜。俺はもうちょっと若い子が好みなのにー!」
 ピコン!
 ペシ!!
 ピコン!
 チユのハンマー攻撃とレナの手がダランの頭を交互に打った。
「たっ、いててっ」
「……光は見えなくなったな」
 ディーゴは呆れ顔を浮かべながら先を指す。
「ん……。歩ける範囲に通路の終わりがあるなら、虎王丸に霊を憑依させれば、たとえ彼が眠ってても体は動かせるんだけど……」
「よしそれでいこう!」
 凪の呟きに、間髪いれずレナが言った。
「是非服を逆さまに着た姿で♪」
 にこにこと笑う美女のレナに、虎王丸が反論できるわけもなく。
「仕方ねぇな、先に行ってやるぜ!」
 喜んで服を反対に着て、1人先に進んでみることにする。
「ロープちゃんと結んでおいた方がいいかもね」
 チユが虎王丸の体に手を回して、ロープをもう1本きつく結びつける。
「なんか、誘惑的な姿勢だなーっ」
 抱きつこうとする虎王丸からヒラリと避けて、チユはくいっと引っ張りロープを結んだ後、凪に持たせる。
 だって凪さんのペットだし……とちらりと思ったが口には出さないでおいた。
「とにかく真直ぐ走るように霊にも指示を出しておいてね」
 チユの言葉に頷いて凪は舞術で虎王丸に霊を憑依させた後、虎王丸に行くように頷いてみせる。
「そんじゃ、進めるだけ進んでやるぜ」
 言って虎王丸は勢いよく走り出した。
 凪が把握できる範囲から彼の姿は直に消えてしまう。
 他のメンバー達も、それぞれの方法で眠気を覚ましながら、慎重に先へと進んでいく。

 数分後――。
「……あっ」
 ロープにはまだ余裕があったが、突如ぴたりと止まった。
「眠った、みたい?」
 レナの問いに凪は訝しげに首をかしげた。
「……治まったようだぞ」
 ヴァイエストの言葉に、皆は周囲を見回す。
 変化はないのだが……。
「そういえば、匂い消えたね」
 チユがマスクを軽く外してみる。
 魔法薬の匂いが弱くなっている。
「奥にたどり着くことが、解除方法だったってわけか?」
 ディーゴが吐息をついた。
 虎王丸が進んだ距離を、十数分かけて一同は進み、仰向けに眠りこけている彼に追いつく。
 行き止まりだ。
 そして、その側にはレナが作った光の球があった。
 それから――虎王丸が寝ている床に、大きな扉が存在している。

    *    *    *    *

 扉の先には、階段があった。
 暗い地下へと続く階段――。
 臆病なダランは、凪の後ろから、そろりそろりと降りていく。
 先頭に立つ虎王丸は、口を押さえながら下っていく。皆に揺すり起こされた後、ヴァイエストにカバネーヌを飲まされたのだ。お陰で眠気は全てふっとんだ。
 同様に男達は全員唐辛子飲料で! 女性達はレナが持って来た甘い魔法薬で眠気を覚ました後、階段に向かったのだ。
「ここからが本番、か」
 ディーゴがランタンで周囲を照らしながら言った。
 下りた先は今までの地下道とは違う。
 ゴツゴツとした岩の壁が広がった……迷宮だ。
「7本の分かれ道か」
 ヴァイエストが皆を見回す。丁度7人。だが、手分けしての探索は危険すぎる。
 ヴァイエストはバンダナで、目を覆うと意識を集中する――。
 感覚を研ぎ澄ませれば分かる。
 この場所もまた、魔力に覆われた空間であり、魔力の発生源の方向も。
「さて、魔力を強く感じる場所に行くべきか。それとも、魔力の少ない場所に行くべきか……」
「目当ての物が魔力を発しているかどうかだが」
「多分発してはないんじゃないかしら? 強大な力は感じられないし」
 ディーゴの問いにはレナが答えた。
「最高と言われる作品のある場所を容易く教えると言う事は……罠を切り抜けられる実力の持ち主を求めていると言う事か?」
 ヴァイエストの呟きに凪が頷く。
「力だけではなく、知恵とか……あと何か」
 力と知恵を持っていたとしても、自分一人であったら、この場所までたどり着けたかどうかわからない。
「うっ……マッチョな男は嫌だー! ピンクのドレスを着るなー!」
 突然、ダランが叫び始める。
 チユは自分の頭をピコっと叩いた後、ダランの頭もガスッと叩く。……ピコピコハンマーの柄で。
「イタイ……っ」
 涙目になりながら、ダランが正気を取り戻す。
「おおっ、お姉さんのおみあ……」
 ピコン!
 変な幻影を見かけた虎王丸にも、一撃加えておく。
 ここに流れている空気……薬は、脳に働きかけ幻を見せていくようだ。
 ファムルの薬であったら! 意識しなくてもかわせてしまうチユだが! ここの魔力の影響は受けてしまうようで……。自分自身も、レナの薬や、自分や皆に衝撃を与えることで、意識を保っていく。
「ダラン、もう一度だ」
 ヴァイエストの声に、頭を抱えながらダランは目を瞑った。
 集中をして……周囲の魔力を吸収していく。
 ヴァイエストは銀狼刀を構える。更に感覚を研ぎ澄ませ、魔力の流れを感じ取る。
 華麗に身体を舞わせて、魔力を解放し「マジックスライサー」……魔力を乗せた、銀狼刀を放った。 
 刀は空を切り、周囲の魔力が消えていく。
 そして、1つの穴の中へ吸い込まれるように消えた後、小さな破裂音が響く。
 途端、視界が歪んでいき……光景が変わった。
「あ……7つの分かれ道も幻だったのね」
 チユはほっと吐息をついた。
 そこは、広い空間であった。ヴァイエストの刀は壁に深く突き刺さっている。この奥に、強い魔力を発していたモノがあった。
 刀が砕いていたのは透明の水晶のような石だっだ。魔力を無効化する能力により既にその力は消え失せている。
「魔道化学……うーん、ファムルさんも薬師として活動はしているけれど、一応錬金術師だし。こういった鉱石による仕掛けも魔道化学の分野なのかなあ」
 ふうとため息をついたあと、チユはランタンで周囲を照らしながら、足を踏み出す。
「とにかく前を真直ぐ見て、足下をきちんと確認しながら進もう!」
「了解」
 ダランはチユを盾にするかのように、後ろに張り付く。
 情けないなあと思いながらも、近くにいれば何かの際に直にピコハンでどつけるし、まあいいかと、チユは歩き出した。
「いいか」
 ディーゴはダランの頭をばしっと叩く。
「鉱石の罠だけじゃねぇな。皆違う幻をも見ているようだ。俺の頭ン中にも変な映像が流れてきやがる。一番まずいのはパニックになることだ。さっきのように妙なことを口走るなんて言語道断。意識をしっかり持て。男ならヤバイ時ほどじたばたしねぇで、でんと構えな」
「う、うん。とりあえず変なものが見えても、落ち着くから――! だから巨大化すんなよー! ぎゃああっ、食わないでくれぇぇぇ!!」
 ピコン、ガス!
 チユのハンマー攻撃による連打!
「いってぇ……っ。他の方法で頼むよ、チユ〜っ」
「ダラン、力を解放したらどうだ? どうも自分の魔力にも作用しているように思える」
 ヴァイエストが額を軽くおさえながら言った。
 潜在能力の高い凪もまた、舞術で自分の抵抗力を上げながら歩いており、レナもいつもより無口になり魔法で幻術に対抗をしている。
「んっと……何がいいかな? あ、じゃあ皆目閉じててくれる? 光の魔法使うから」
 皆が目を押さえた途端、ダランは光の魔法を発動する。
 物凄く強い光が一瞬だけ周囲を覆いつくした。
「ぎゃー、目がくらむーっ。いてぇえええええ!」
 そして勿論、ダランは自分自身の目を押さえることを忘れ、のた打ち回った。
「そうねぇ、希望者がいれば、だけど……身体の表面に魔力の干渉を抑える膜のようなものを張ってあげようか?」
 ダランは放っておいて、レナが提案する。
「では頼もうか」
「俺も」
「そうだな。頼む」
 ディーゴと虎王丸、ヴァイエストの3人がレナの提案に乗り、魔法のバリアーを張ってもらう。
 ヴァイエストは先ほどと同じように。但し、今度はダランの力は借りず、自分の力のみで探し、鉱石を破壊していく。
 ディーゴは薬に注意を払う。
 僅かな空気の流れを読み……床に目を向けた。
「下から流れて来てるようだぜ。土にしみこんでるのか? こりゃ、塞ぐのは骨だな」
 言いながら、壁を削って床に撒いていく。
 虎王丸は、自分達が幻術にかかって行動をしていないかどうかに注意した。
 友人の凪に向かって、小さめの白焔を投げてみて、距離感を確かめたり、走って距離を確かめたり。
 凪もまた、レナに光の球を作ってもらい、光の鳥を飛ばしてみた。
「こうして罠を壊しながら、注意して進めば大丈夫みたいだ」
 鳥は真直ぐ進み、戻ってくることはなかった。
「なんか、酔いそう……」
 チユは時々頭を振る。
 抵抗してはいても、脳裏への干渉は受けてしまうわけで、常時軽い眩暈を感じていた。
「辛くなったら言ってね。薬まだあるから」
「ん、ありがと」
 レナの言葉に微笑んで頷きながら、並んで歩く。
 広かった空間が、次第に狭くなっていく。
 最初と同じように、列をつくって、一同は歩くことにする。
 皆、様々な能力を持ってはいたが、既に長時間日のあたらない場所を歩き回っている。
 ダランは勿論、皆の顔にも次第に疲れが見えてくる。
 コンパスは……先ほどまで南を示していた。
 だけれど、今は西を示している。
 道は真直ぐなようで、真直ぐではない。
 ディーゴはマッピングをしながら、壁に印をもつけ注意を払うが同じ場所をぐるぐる回っているわけではないようだ。
「ダメ、さすがにもうダメ。休もう」
 ダランがへなへなと足を折った。
 ダランにしてはよく頑張った方だ。地下ということもあり、緊張感や恐怖で疲れを忘れていたのだろう。
 チユは小さく微笑んで、ランタンで周囲をぐるりと照らしてみる。
「そうね。このあたりは罠もないようだし……」
「あ、でもちょっと待った!」
 先頭を歩いていた虎王丸が声を上げた。
「この先に広い空間があるぜ。一応魔力感知能力のあるヤツ、一緒に来て欲しいんだけど」
 その声は少し緊張していた。だけれど、楽しげでもあった。
 ヴァイエストが集中するために目隠しをして虎王丸の元に歩き、2人同時に広い空間へと足を踏み入れる。
 精神を集中し、罠の有無を探るが……虎王丸もヴァイエストも自分への干渉は感じられなかった。
 刀を振り、白焔で周囲を照らして状況を探る。
 ……奥に、扉がある。
「進んで大丈夫」
 凪が特殊能力視界の野で、周辺全体を確認するが扉以外特に注意すべき場所はないようだ。
 虎王丸とヴァイエストが近付き、危険がないことを確認する。ヴァイエストは目隠しをとって、皆に目配せをする。
 皆が慎重に、ついてくる。
 扉の側には石像があり、像の乗った石碑に文字が刻まれている。
「読めるヤツいるか?」
 目を通した後、ヴァイエストは皆を振り返る。
「あ、少しなら解読できるかも?」
 ダランがそう言って、背負っていたリュックの中から紙束を取り出した。
「これ、滅びた村の文字についての解説書。友達が貰ってきてくれたんだ」
「手書きなのね。ちょっと時間かかるかな」
 紙束を受け取ったチユはぺらぺらと捲りながら刻まれた文字と同じ文字を探していく。
「一応メモをとっておくか」
 ディーゴは正確に文字を紙に書き記していく。
「それから……ここまでのマップだが、各々頭に叩き込んでおけ。何があっても、自力で脱出できるようにな」
 コンパスで位置を確認しながら記してきた地図を、ダランに手渡し、虎王丸が明りを向け皆で場所の確認をしあう。
 途中幾つかの分かれ道があった。ただ、その先は全て魔法薬や鉱石が設置されているだけの行き止まりであったが、魔法の影響を受けてしまったのなら、行き止まりから出ることができず幻の迷宮を彷徨うことになってしまうだろう。
「ううーん、文法が分からないと、訳せても意味が分かるかどうか。これは……3つの、かな」
「3つの、ね」
 チユがもらす言葉を、レナがメモ帳に書き出していく。
 ランタンの淡い光の中、女性2人が解読に勤しみ。男性陣は場所の把握と周囲の状況確認、扉を叩き、付近の壁を叩いて扉の向こうを探っていった。
「厚い扉だな。びくともしねぇし、先の状況もわかんねぇ」
 虎王丸は拳を打ち付けるが、重い音が響くだけであった。
「力ずくの突破は無理か。穴を掘るわけにもいかねぇしな」
 ディーゴは床を蹴って見る。ここには薬の罠などは仕掛けられていないようだが、床の下、壁の中にもなんの仕掛けもないとは限らない。
「強い魔力を感じる。重さだけではなく、魔法による封印もされているようだ」
 言ってヴァイエストはダランを見るが……ダランの魔力吸収で解ける程度の封印ではないと判断すると、他に怪しい場所はないかと、周囲を見回す。
「解読が難しいようなら、縁のある霊を呼び出すこともできるかもしれない……」
 凪がチユとレナにそう声をかける。
「んー、なんとかなりそう、かな」
 レナは書き出した単語に矢印を書き入れて並べ替えかえていく。
「あ、これも分かりそうかな。えっと、認める。かな」
「了解、認める、ね」

 1時間ほどの作業を終えて……ようやく文章が出来上がった。
「それじゃ、読むわね……。訳せなかった単語もあるけど」
 レナからメモ帳を受け取って、チユが石碑に書かれていた文字の訳を読み上げる。
「3つ、キーワード、記した、場所、鍛冶、化学、術の、人物、立ち、認めた者、先へ。3人、動く、いけない。封印、解き、持ち帰る、まで」
「それって……賢者が一緒じゃないと先に進めないってことか?」
「村の賢者じゃなくても、能力を持ってる人ならいいんじゃない?」
 言いながら、虎王丸と共に凪は床を見てまわり、床に「華・麗・滅」の文字を見つける。
「この場所に、1人ずつ立つってことかな? 知恵や能力の他、ここを攻略するには人数も必要だったんだ」
 最初の薬による罠を突破する際にも、能力を持った人物であっても1人では難しく、続く道に施された罠も複数に及んでいた為、1人の手では解除できるものではなかった。
「誰が立って、誰が行くかだが……」
 ディーゴがランタンを一人一人に向ける。
 それぞれの能力はある程度把握しているが……。
「賢者が1人1人キーワードを決めたのなら、滅の文字は、魔道鍛冶のような気がするわね」
「華と麗はどっちかは分からないけど、とりあえず試してみればいいかな?」
 レナとチユがそう言うと……。
「とりあえず今すべきことは!」
 ダランが大きな声をあげた。
「メシだーーーーーーーーーーーー!!」
 ぎゅるるるるる〜と大きな音が響く。
 疲れも空腹ももうとうに限界を越えていたのだ!

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【3139 / ヴァイエスト / 男性 / 24歳 / 料理人(バトルコック)】
【3317 / チユ・オルセン / 女性 / 23歳 / 超常魔導師】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3678 / ディーゴ・アンドゥルフ / 男性 / 24歳 / 冒険者】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
※年齢は外見年齢です。

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
名も無き迷宮第2回にご参加いただき、ありがとうございました。
思ったよりもコミカルに進んでおります。
扉の向こうにはお宝があると思われます。
誰が手にし、どうするのでしょうか?
よろしければ次回もお付き合い下さい!