<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【砂礫工房】 閑話日和



 空から舞い落ちるのは冷たく凍った欠片。
 青空にそれはとても映えて美しい。美しいが寒々とした冬景色。
 しかしそれは心を冷たくすることはなく、ティアリス・ガイラストの整った顔に綺麗な笑みを浮かばせていた。
「春が来るまであと何回見られるかしら」
 ふふっ、と柔らかく笑うとティアリスは石畳の上を小気味よい音を響かせて歩き出した。 雪は降り始めでまだ積もってはいない。
 目に映るのは風に乗って美しい世界を舞う雪の花。


 今ティアリスが向かっているのは砂漠のとある一軒家。
 以前依頼で会ったことのある冥夜から手紙が届いたのだ。お茶会を開くから来てくれないかという内容の手紙だった。
「暫く会ってなかったけど、元気かしら」
 そう呟いてから、心配するまでもないわね、とティアリスは苦笑する。
 思い出の中の冥夜は元気はつらつなお子様で、自分から人々の輪の中に入り騒いでいるような人物だった。それが暫く会っていなかったからといって、そう変わるものではないだろうという結論に達したのだ。
 手にはおみやげにと作ったカップケーキの入った袋がある。久々に作ってみたが自信作だった。一個味見をしてみたが、程よい甘さで丁度良く、焼き加減も絶妙。とても満足のいく焼き上がりにティアリスは胸を張った。これならどんな飲み物にも合うわね、と。
 足取りも軽くティアリスは細い小道を抜ける。
 すると次の瞬間には砂漠の真ん中に立っていた。冥夜からの手紙が砂漠への鍵を開く。
 ティアリスの目の前にはオアシスがあり、そこには一軒の大きな家が建っていた。
「あぁ、これが冥夜の家ね」
 さてと、とティアリスはその家へと向かっていく。
 足下の砂に足をとられ、前に進むのが少々困難だったが、門の前へ辿り着いたティアリスは靴の中に入った砂を払い、身支度を調える。そして優雅な手つきでチャイムを押した。
 暫しの空白の後、はいはいはーい、という声と共に勢いよく走ってくる音が聞こえる。それを聞いてティアリスはくすくすと笑う。冥夜の走ってくる姿が目に浮かぶようだった。
 そしてティアリスの予想通り、開け放たれた扉から現れたのは、以前と変わらぬ冥夜の姿だった。ただそれだけのことに安心する。
「こんにちは。お誘いどうもありがとう」
「ううん、来てくれてありがとう! すっごい楽しみにしてたんだよー」
 飛び上がって喜ぶ冥夜はティアリスの手を掴み部屋の中へと案内した。
 応接室と思われる場所に案内されたティアリスは、調度品の素晴らしさに目を見張った。
 ティアリスは一国の王女であり、そういったものにはそれなりに詳しい。調度品、由緒あるものの目利きだ。たいそう古い時代のものもあるようで、それらがティアリスの興味を惹いた。
 目の前にあった木で作られたテーブルは、長い年月使用されていた事による傷みはあるが、大きなものはない。どれだけ大事に扱われてきたのかが分かるそれを愛おしそうに撫でる。触れるとその質感が心地良く、ティアリスの顔に笑みが浮かんだ。
「素敵な家具ね。大事にされてる。とても素晴らしいことだわ」
「うん、やっぱり古いものって大事にしないとねー」
「そうね。……そうそう、忘れるところだったわ。これお口に合うと良いのだけれど。さっき焼いてきたの」
 そう言ってティアリスがカップケーキの袋を差し出せば、冥夜の瞳が期待に満ち輝く。
「手作り!?」
「えぇ。久々に作ってみたのだけれど……」
「やったー! わー、すごく嬉しい。みんなで食べようね」
 スキップをしながら冥夜はご機嫌だ。そんな様子を見せられるとティアリスも気分が良い。
 その気持ちのまま、ティアリスは視線を次のアンティークへと移すが、目に入ったのは一枚の飾り皿。何故か引かれるように手を差し伸べた。それに気付いた冥夜が叫ぶ。
「だ、駄目っ!」
「……え?」
 咄嗟に冥夜が伸ばしていない方のティアリスの手を引くが、それはほんの少しだけ遅かった。ティアリスの指が冥夜が触らせまいとした飾り皿へ触れる。すると音を立ててその飾り皿が飛び散った。
 飛んでくる欠片から冥夜はティアリスを庇うように鞄の中から取りだした特殊な布を広げる。
 それは一瞬の出来事だった。
 冥夜が広げた布に当たり、欠片が落ちていく。穴が開かなかったのが奇跡だ。
「わー。びっくりしたー」
 本当に驚いたのだろう。とすん、と冥夜は床に座り込みツインテールにしていた長い黒髪が床に流れる。その隣でティアリスが惨状を見渡していた。
「私もびっくりしたわ。今のは何?」
「多分、ティアリスと波長が合っちゃったんだと思う。なんていうか、古いものだから、そういうの多くて。だからって割れなくても良いと思うんだけどねー。アタシも前やっちゃって、死ぬかと思った」
 だからなんとなく分かったんだ、と冥夜は眉を顰め不服そうな表情を浮かべた。
「ごめんね、怖い思いさせて」
 しょんぼりと項垂れる冥夜の頭をティアリスはそっと撫でる。
「冥夜が守ってくれたじゃない。私は大丈夫だったし、冥夜にも怪我が無くて良かったわ、ありがとう」
 その時、金髪碧眼でウェービーヘアーの瞳の大きな少女がぱたぱたと走ってきた。まるで人形のようだわ、とティアリスが思っていると少女が口を開く。
「あちらにお茶の用意ができましたですよー。あの……これ、どうかしました?」
 瞳を瞬かせ、床に散らばる飾り皿の残骸を見つめる少女。
「爆発してバーンと。あ、この子はチェリー。うちの師匠が作ったお人形なんだけどね。メイドさんなんだよー」
「えっ? 可愛らしいからお人形みたいだとは思ったけど、本当にお人形?」
 どこからどう見ても人間にしか見えない。肌の弾力も艶もとても人形とは思えなかった。
「はい。チェリーと申します。仲良くしてくださると嬉しいのです」
 見る者の心をほんわかとさせるような笑顔を浮かべると、チェリーはティアリスに頭を下げた。ティアリスもまた誰もが目を奪われるほどに魅力的な表情でチェリーに返す。
「もちろんよ。こちらこそよろしくね。……それじゃあ、ぱぱっと片付けてしまいましょう」
 これからお茶会なんでしょう?、とティアリスが告げれば二人ともはっとしたように顔を見合わせ、笑顔になる。
「うんっ。そうだね。早く片付けちゃおう」
「はいなのです!」
 今箒とか持ってきます、とチェリーが部屋を出て行く。そして掃除用具を持ってきたチェリーだったが、ふいに何かに目を奪われ立ち止まった。
 ティアリスはそれが先ほどの自分を見ているようで、嫌な雰囲気を感じチェリーに声を掛ける。
「どうしたの? お掃除しましょう?」
「はい……でもこれ気になるのですよ」
 チェリーの視線が釘付けになっているのは、アンティークのティーセットだ。冥夜もティアリスと同じものを感じ取ったのか、チェリーの元へと駆ける。
「チェリー! いいから、早くこっちに!」
「でも……」
 チェリーの指がそれへと伸びる。その指が触れた瞬間、破裂音が響く。その瞬間、冥夜はチェリーの手を勢いよく引き、近くのテーブルの下に隠れていた。ティアリスも近くのソファに隠れて事なきを得る。
「片付けようって言ってるのに、散らかしてどうすんの!」
「はわわわわっ! ごめんなさいですの。でも気になるものが多くて。いつもはこのお部屋、お姉様方がお掃除してらっしゃるから入ったことなくて……あれもなんか……」
 フラフラとチェリーが次の標的へと近づいていく。ティアリスの触れた飾り皿の隣にあった皿が気になるようだ。それもとても色鮮やかで美しく、目を奪われる。しかしチェリーにはそれがもっと魅力的に映っているのだろう。
 割れる、ということが分かっているはずなのに、その手に迷いはない。
「駄目だってば! もう、チェリー!」
 今度は触れる寸前で、冥夜がチェリーを捕獲した。
 チェリーはとても悲しそうに瞳を伏せたが、すぐに次の標的を見つけたようだ。今度はティーポットだ。ティアリスの近くにそれはある。引き寄せられるように近づいてきたチェリーの手を取って、ティアリスは言う。
「気になっても触っては駄目よ」
「でも……」
 ちらちらとチェリーは何度もティーポットを眺める。やはりどうしても気になって仕方がないようだ。仕方がないわね、とティアリスはわざと悲しそうな表情でチェリーに問いかける。
「……お茶会よりも魅力的?」
「いいえ、お茶会の方が魅力的なのです」
 きっぱりとチェリーは言い切った。それを聞くとティアリスは満足そうに頷き、チェリーの手に握られていた掃除用具を受け取る。
「それじゃあ、お掃除は私たちがやるから、カップケーキの盛りつけお願いできる?」
 ティアリスや冥夜は誘惑にも負けない強い意志があるが、この子には無理だと判断し、チェリーには他の仕事をしてもらおうというのだ。
「は、はいですの」
 冥夜もティアリスの言わんとすることが分かったのか、大人しくチェリーにカップケーキの入った袋を手渡す。
「お願いねー」
「はいっ」
 チェリーは袋を受け取るとパタパタと駆けていった。
 残された二人は顔を見合わせて笑う。
「片付けてしまいましょうか」
「うん……さっきより更に散らかってるけど……チェリー……悪気はないんだよ。ドジっこというか、トラブルメイカーというか……」
「そのようね」
 くすくすと笑いながらティアリスは箒で辺りを掃き出した。冥夜もそれに続き、手際よく後片付けを終えると、チェリーの待つ部屋へと足を向けた。


 穏やかな時が過ぎていく。
 紅茶の香りを楽しみながら、ティアリスたちは楽しい一時を過ごしていた。
 ティアリスが最近の冒険の話をすれば、冥夜とチェリーが瞳を輝かせて次を強請る。ティアリスの冒険が楽しくて仕方がないというように。
「いいなー、アタシも早く冒険に行きたいー。楽しいことしたいー」
「あら、このところご無沙汰だったの?」
 賑やかに動き回っているイメージのあった冥夜に首を傾げながらティアリスが尋ねると、冥夜は大きく頷いた。
「そうなんだよー。もう師匠に振り回されて大変。あっちこっちに出張させられてお仕事三昧でね、今日のお茶会はその自分へのご褒美。ティアリスが来てくれて本当に良かったー!」
「そうだったの。呼んでくれてこちらこそありがとう」
「ハプニングはあったけど楽しかったし。そしてこのカップケーキ最高に美味しいし!」
 その言葉にティアリスはほんのりと頬を染める。やはり誉められると嬉しいのだろう。
「どういたしまして。……あら? それは?」
 チェリーが、お茶をお持ちしましたー、とテーブルの上に透明なティーポットを置く。その中にはお茶の葉だとは思うが、普通とは違うものが入っていた。
「見てて…今に………ほらっ!」
 ゆっくりと蓮の花が開いていくように、ティーポットの中でお茶の花が開く。
「すごい……綺麗ね」
「でっしょー! これ見てるの好きなんだよ。だからティアリスにも見せたくて」
 ゆっくりとお湯の中で花を咲かせる花。
 流れる時間を一瞬忘れさせてくれるような不思議な光景にティアリスは見入っていた。
「本当に素敵ね」
「うん。こうしてゆっくりとお茶しながら、のんびりするのもたまにはいいよねー」
「こういう時間はとても大切だと思うわ。ねぇ……」
 ティアリスはニッコリと微笑みを浮かべ冥夜とチェリーに告げる。
「またお茶会を開きましょうね。今度は…そうね、私の家で」
 突然の申し出に冥夜とチェリーは手を叩いて喜ぶ。
「本当に!? わー、凄く嬉しい!」
「お茶会バンザイなのですよー」
 楽しそうに二人の様子を眺めながら、ティアリスは開いた花を見つめる。
 それに暖かなものを感じながらそっと瞳を閉じ、部屋に漂う甘い香りに包まれた。
 心に訪れる、穏やかな休息。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1962/ティアリス・ガイラスト/女性/23歳/王女兼剣士

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 藤姫サクヤです。
大変お待たせして申し訳ありません。
お任せということだったので、ほのぼの路線でいってみましたが如何でしたでしょうか。
またティアリスさんと出会えてとても嬉しかったです。

また機会がありましたら、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。