<LEW・PCクリスマスノベル>


Delicious×Danger Xmas







 最後の一味が足りない。
 クリスマスケーキを作ろうと思っているのに、どうしてだろうどこか物足りないのだ。
 きっと材料が足りないのだろう。
 物質的な材料ではなく、そう……料理は愛情的な材料が。
 これは誰かに頼んで取ってきてもらうしかない。
「チーフ?」
 呼びかけられ、チーフパティシエは振り返った。
 心配そうな面持ちでチーフを見つめる支配人の手には、何かのリストが握られている。
「ケーキは順調ですか?」
 支配人は首をかしげチーフに問う。
「それが……」
 チーフは支配人に一味足りないのだと、材料が足りなくて、どうしても納得が出来ないのだということを告げる。
「では、材料の収集を依頼して、引き受けてくださった方もパーティにお呼びしましょう」
「それは名案ですね」
 こうして、材料を集めるための依頼文が各所に掲載された。






依頼:クリスマスケーキの材料集め

 必要な材料が不足しています。皆さんのお力をお貸しください。
 足りない材料は以下の通りです。
 引き受けてくださった方やその関係者、縁者の方全てクリスマスパーティにご招待いたします。

【材料1:枯れない華】
 片翼をなくした少年がいます。翼は両方そろって初めて羽と言えるのに、彼の片翼は何処かへいったままです。彼は探し、彼は訴えます。帰りたい。帰ろうと。

【材料2:不動の音楽】
 永遠の楽譜を求める作曲家がいます。氏はその音楽を作曲するため、不可侵と云われる場所へ行こうとしています。誰もが止めます。一度も帰ってきた人がいないから。

【材料3:魔女の涙】
 笑えない少女がいます。少女は丘の上の魔女の力で感情が固まってしまう魔法をかけられてしまいました。この魔法を解き、少女の笑顔を取り戻してください。













【Amazing Grace】








「いかにもという感じだな…」
 アレスディア・ヴォルフリートは辺りを見回して一人語ちる。
 街中からでもよく見える丘の上には小さな館が見え、そこが件の魔女の住処なのだろう。
 少しじめじめとした雰囲気を持ったこの街は、魔女に怯えているか、魔女を蔑ろにしているか……正に、そのどちらかの感情を抱いているように感じる。
「少女と丘の上の魔女の関係や、魔法をかけられたわけが気にかかりますね」
 杖でゆっくりと歩を進めながら、セレスティ・カーニンガムは遠くを見るように丘を見つめ告げる。あまり綺麗に舗装されていない街中を車椅子で移動することは困難を極めるため、急ぐことはできなくても、杖で移動することを選択した。
「そうだな……感情が固まってしまう魔法。何故、魔女はそのような魔法を少女にかけたのか、気にかかるところ」
 悪戯や意地悪で魔女は少女に魔法をかけたのだろうか。それとも、少女に何かしら非があってその罰として魔法をかけたのだろうか。
 やはりこればかりは本人たちに聞くほかない。
「まず少女から事情を聞いてみようと思うのだが、セレスティ殿はどうされる?」
「そうですね、魔法の手がかりを調べたいところですが、私も話を聞きたいと思います」
 しかし、それ以前にすることは、その少女が何処に住んでいるのかという情報収集。
 アレスディアが少女の家を訪ねている間に、セレスティは街が抱く魔女に対しての感情を訪ねてみることにした。







 何人かに聞いて回った感想は、街に来たときの印象の通り、魔女に対して怯えや恐れの感情を抱いている人が多かった。
 同刻、アレスディアは街人に少女の家を訪ねている過程で、また街人が少女に抱いている印象も聞くことができた。
「お待たせした」
「いえ、さほど待ってはいませんよ」
 セレスティも情報収集を行っていたため、待ち時間というものはないに等しい。この街の魔女に対する印象を聞いていたのだと言えば、アレスディアは興味深そうに眼を少しだけ大きくした。
「魔女の印象は、余りよく思われていないようです」
 要するに魔女を厄介者と思っている人が多数。まだ理由が分からないためはっきりしないけれど、魔女が良いことに魔法を使う人物ではないと何となく想像ができる。
「では、なぜ少女が魔女に魔法をかけられてしまったのか、ますます不思議だ……」
 普通、嫌がらせの類は自分を嫌っている人物にするものだ。それを―――
「件の少女なのだが、この街で唯一魔女と親しかったらしいのだ」
 魔女を疎んじている人の眼から見た親しさというものがどんなものかは分からないが、少女の態度は魔女であっても街の人々であっても変わらなかった。
 何が魔女の気に障ったのだろう。
 やはり当事者が一人も居ない場所で考え込んでいても仕方が無い。
「では参りましょう」
「ああ、此方だ」
 アレスディアはセレスティのスピードに合わせて歩く。
 住む世界は違うのだが、アレスディアはセレスティに城主の風格を見出し、セレスティはアレスディアに時の騎士の面影を見る。
 過去同じ会場にいたこともあるのだが、行過ぎただけで接点も無かったため、さほど覚えてもおらず、お互いの世界に対して他愛もない話をしている内に少女の家にたどり着いた。
 コンコンと、扉を叩く。
「どーぞー」
 帰ってきた声にアレスディアとセレスティは「ん?」と眼を瞬かせ顔を見合わせる。
 どうにも知っている声なのだ。
「お邪魔する」
 かしこまってアレスディアが扉を開けると、玄関入って直ぐのリビングのソファに腰掛、背もたれに頭を置いてこちらに視線を向けているアクラがいた。
「何をしてらっしゃるのですか? ホワイト君」
 やんわりと尋ねたセレスティに、驚いたのはアレスディアのほうだった。
「アクラ殿ともお知り合いであったか」
 が、今度はこれに答えたのはアクラ。
「まぁねー。少しだけトーキョーにも居たからさ。久しぶりーセレ〜スティ」
 完全に会話が一周して、飄々としているアクラを除き、二人はこの家があの少女の家だと気がつくと、アクラのソファの向かいに腰掛けている少女にやっと視線を向けた。
 すっと歩み出たのはセレスティだ。
「こんにちは。突然押しかけてしまい申し訳ありません。私はセレスティ・カーニンガムと申します」
 英国紳士そのものの礼を少女に向けて、優雅な微笑みを浮かべれば、大抵の女性は顔を赤らめる。セレスティの容姿はそれほどに整っているのだ。
 けれど、行儀よく目の前の椅子に座る少女は、何の感慨も見せず、頷くことさえしない。
「あれ? 聞いてないの?」
 アクラは意外というような声音で、二人を見遣る。
 それは、少女に感情が固まってしまう魔法がかかっている事を知っているのかどうかという問い。
 勿論それは心得ている。だが、喋れないようなものだとは思っていなかっただけ。
「感情が固まるってさ……生きてる人形と、同じなんだよね」
 アクラは寂しそうな口調で呟き、少女の髪をそっと梳く。
「ホワイト君はどれだけのことを知っているのです?」
 先を越されたのか、元々ここに居たのかは分からないが、アクラの口ぶりを鑑みるに、街の人以上に少女と魔女の関係を知っているように感じる。
「んーまぁそれなりには知ってると思うよ」
 何故? と、聞きたい気持ちを押さえ、事情が聞けるのならば聞いてしまおうと言葉を続ける。
「まずお嬢さんのお名前を教えていただけますか」
 やはり名前を知っていたほうが話しは進めやすい。
「メイディ。愛称はメイ」
「では、メイさんは、何故魔女に魔法をかけられてしまったのか、心当たりはおありなのでしょうか」
「それは、ノーコメントで」
「何故です?」
「魔女が認めなきゃいけないからさ」
「何をです?」
「ふふ。駄目だよ。教えられない」
 誘導尋問できっとほぼ全てを知っているであろうアクラから話を聞き出せれば、魔女を説得するにも有力な情報になると思ったのに、どうやらアクラは口を開くつもりはさらさらないようだ。
 セレスティは仕方ありませんねと微笑んで、ふっと肩をすくめる。
 二人の会話が終わった頃を見計らい、アレスディアはメイの前に膝を着くと、固まったその顔を見上げ自分の名を告げ、
「私はメイ殿に笑顔を取り戻していただきたいと思っている。しかし、メイ殿はもう一度感情を取り戻したいのであろうか」
 誰も知らない何かしらの理由があって、メイが魔女に感情が固まる魔法をかけてほしいと頼んだ可能性も、もしかしたらあるかもしれない。
 頷くことさえできないメイ。けれど、メイの瞳は感情を取り戻したいと思う意志が読み取れたような気がした。
「メイはね、魔女のこと好きなんだ。だから下手な詮索はしちゃいけないのさ」
(ああ、なるほど)
 アクラが告げた少ないヒント。だけれど、セレスティは何となく魔女がメイに魔法をかけた理由が分かったような気がした。











 街から望む見た目と違い、丘の上の魔女の館までは緩やかな勾配の坂だった。そのため長い道のりであれど、歩くことに苦を伴うようなものではなかったのは行幸だった。
 見た目だけは普通の館の扉の前に立ち、コンコンと扉を叩く。
「誰?」
 館から出てきた魔女は、声こそ若い娘のものだが、顔は大きな腫れ物でゆがみ、青紫色をしたシミが大量に浮かんでいた。
 まさに、御伽噺などで姫に呪いをかける魔女の容姿そのもの。
 一瞬息を呑みかけたが、見た目で人を判断してはいけない。アレスディアは気を取り直して、自分の身長より少し低い魔女に軽く頭を下げる。
「突然の訪問失礼する」
 魔女は不機嫌そうな面持ちでアレスディアを、そしてその後ろに控えるセレスティを流し見、アレスディアに視線を戻すとぶっきらぼうに問うた。
「お客なんて久しぶり。何? 呪いの依頼?」
 この問いに、魔女がどうやって生計を立てているのかがうかがい知れる。
「メイディ殿のことを聞かせていただきたい」
「メイディ?」
 メイの名を出したアレスディアに、魔女は怪訝げに眉根を寄せて聞き返す。
「メイディさんです。あなたが魔法をかけた」
 魔女は暫く考え、思い出したというように顔をあげると、ふんっと鼻を鳴らした。
「ああ、あの娘ね」
 魔女は何の感慨も含まない口調で、小ばかにするように答える。
「まぁいいわ。長くなる?」
 魔女の問いにアレスディアとセレスティは頷く。
「立ち話は嫌いなのよね」
 そう言って魔女は玄関の扉を開けたまま館の奥へと入っていく。どうやら奥へ招いてくれているらしい。
 セレスティとアレスディアは魔女を追いかけ館の中へ入る。すると、誰も手を触れていないのに扉は自然と閉まり、鍵もかかった。
「あの娘がどうかした?」
 私には関係ない。とその眼が告げていたが、アレスディアは神妙な面持ちで真面目に尋ねる。
「なぜ魔女殿はメイ殿に魔法をかけたのか、教えていただけぬだろうか」
 街の反応やメイの状況から、魔女を一方的に悪者にしてしまうのは簡単だ。何か理由がありそれを知ることで、解決の手がかりにできるのであれば、手を貸してあげたいと思った。
 だが、魔女はソレこそ愚問とでも言うようにまた鼻で笑った。
「大嫌い。あの娘。だから、魔法をかけたの」
 それだけで? いや、まだ知らない事情を聞き出せていないだけかもしれない。
「しかし、メイ殿は困っておられる。どうか、魔法を解いてはいただけぬだろうか」
 魔女の理由は本当に自分たちから見れば“たったそれだけ”の理由だが、価値観とは人によって違うもの。決め付けてはいけない。
「嫌よ。腹が立つもの。あの娘見てると」
 口調にイライラしたものが含まれ始める。
「嫌いというだけで、感情を固めてしまうというのは、些かやりすぎではありませんか?」
 セレスティは小首をかしげ、イライラしたときの癖なのだろう、爪をかじり始めた魔女を見る。
「何が悪いの? 私、魔女なのよ」
 この街の――この世界の魔女の仕事は他人を呪ったり、蹴落としたりするための助けとなること。だからこそ、彼女もその例に漏れず、自分の気に入らないものに呪いをかけただけだとその短い返答で告げていた。
 “魔女”として、こうあるべきという生き方を貫いている彼女に、その行動は余り良いものではないと言っても仕方の無いこと。ここはやはり誠意を持って頼むしかないと、アレスディアはすっと身を乗り出し、頭を低くして再度頼み込む。
「誰しも、心のままに笑い、泣き、怒って良いと思うのだ。感情は時に苦痛となるときもある。しかし、その苦痛以上に素晴らしいものもある。どうか、メイ殿に笑顔を戻してやってくれぬだろうか?」
 真剣な面持ちのアレスディアの瞳を見返し、魔女は訳が分からないと微かに眉根を寄せる。
「どうしてそんなにあの娘のこと、気にかけるの? 街の奴らだって誰一人頼みになんて来なかったのよ」
 “あいつはやっぱり…”だとか、“これだから魔女は”的なことを遠目からヒソヒソと話はしても、直接魔法を解けという街人はいない。
「それはやはり、あなたに抗議をすればメイ殿と同じになるやむしれぬ恐怖があったからでは…なかろうか」
 アレスディアの尤もな返答に、魔女はきょとんと一泊置いて、
「それもそうね」
 と、さらりと言い捨てる。
「どうして街の人ではなく、メイさんだったのですか?」
 すっとセレスティは会話に割って入る。
「嫌いだからって言ったじゃない」
「何故嫌いなのです? 腹が立つだけでは分かりません」
 メイがどんなことを魔女にしたのかは知らない。けれど、そのメイよりも街の人々の態度の方が腹が立つものではないだろうか。セレスティはそう思った。
 そんな問いかけに魔女は激昂に眼を見開く。
「あの娘の態度、全てがよ!」
「メイさんの態度が変われば、魔法を解いていただけるのですか?」
 それが魔法を解くための条件と言うならば、それをメイに教え、
「え…。そ、そうね!」
 一瞬の戸惑いと躊躇い。セレスティは少しだけ変わった空気に、薄く眼を細める。
「貴女は、呪いを生業にしていると仰いました。ならば、他人を自分の掌に乗せて利用することも苦ではないのでは?」
 ビジネスに置いて、好意を向けてくれた相手を利用する手段を使わないわけではない。メイだって、自分に好意を寄せてくれていたのなら、利用すればよかったじゃないか。
 そうさらりと問いかけたセレスティは、小さく躊躇いの声を上げたアレスディアを手で制し、魔女の出方を見る。
「あんな娘、利用する価値もないわ!」
 寄せた眉根に皺が深く刻まれ、魔女の顔は般若のように歪む。できものやシミのせいかそれは何倍にも恐ろしく見えた。
 しかし、自分を御せない者が他人を呪うなどという、リスクの高いことをできるはずがない。
 魔女の心は、やはりあのメイという少女に乱されているのだろう。どういった感情でもって乱されているのか、それが重要だ。
「私、魔女なのよ? なのに、ヘラヘラヘラヘラ笑っちゃって、あの娘私の事馬鹿にしてるの!?」
 魔女は忘れていた腹立たちさを思い出したのか、ダンダンと足で床を叩きつける。
「怯えられることは、当たり前だもの。その方が好都合だからいいけれど、あんな風に馬鹿にされたのは始めてだわ!」
 だから、腹が立ったから。メイに感情が固まってしまう魔法を――呪いをかけた。
 セレスティとアレスディアは顔を見合わせる。
街で聞いた反応やアクラの言葉は、メイは魔女のことが好きで親しそうにしていたというもの。だが、その思いは魔女に届いておらず、逆に鬱陶しいと思われていた。
 苛立ちに部屋の中をぐるぐると歩き回っていた魔女の足取りが遅くなり、その歩みが止まると呟くように言葉を零した。
「本当、分からないわ……」
 どうして、彼女が自分にそういった態度をとるのか。二度目の躊躇い。
 セレスティは気が付かないふりをして、ふわりと微笑むと、
「メイさんの魔法を解いていただけるようですし、彼女をここへ連れてきた方がよろしいでしょうか?」
 魔女が自ら出向くとは考えにくい。魔法を解くのにメイ本人が必要ならば、残っているアクラに連れてきてもらえばいい。
「いえ、行くわ」
 傍らに立てかけてあった杖を手に取ると、すっとその先を天上高く上げた。瞬間、場面が天上に吸い込まれるように一気に切り替わる。
 降り立った場所はメイの家の前。
 椅子に座っていなくて助かった。座っていたら、何の前触れも無く行われた魔女の魔法によって尻餅をついていただろう。
「ただいま帰りました」
 セレスティは扉を開け、中にいるだろうアクラとメイに向けて声をかける。
 アクラは来たときと同じようにソファに腰かけ、視線だけ此方に振り返った。
「おやぁ」
 その後ろに控える魔女を視界に入れ、にんまりと微笑む。そして、ソファから立ち上がりその場所を魔女に明け渡すと、後ろに控える形になった二人に近付き、小さく尋ねる。
「魔女は気が付いたってこと?」
「いえ……」
 ヒントを与えてくれたのに、自分たちでは魔女に気がつかせることができなかった。けれど、こうして魔女自身が魔法を解く方向に動かすことは出来た。
「固まっているだけだもの。聞こえているはずね」
 魔女はメイを見下し、セレスティたちに提示した魔法を解く条件をメイに告げる。
 そして、杖をかかげ短く呪文を唱えた。
 固まっていた感情と共に、表情が戻り、メイは何度かパチパチと瞬きをして、ゆっくりと魔女に視線を向ける。
「あの条件は守ってちょうだいね」
 魔法を解いてあげたのだから。
「わたしが、他の街の人のようにあなたに笑いかけたり、話しかけたりしなければいいんですね」
 沈んだ口調で告げたメイに、魔女は満足そうに笑う。
「これでいいでしょ? ほんと、どうしてこんなこと……あなた達しつこすぎるのよ」
 帰るわ。と魔女は服の裾を翻し、踵を返す。
 暫くその背を見つめていたメイだったが、ぐっと拳を握り締めると唇を噛み締め、駆け出した。
「駄目だよ! やっぱりできないよ! わたし、友達だもん!」
 メイは去ろうとした魔女にがばっとしがみつく。
「そんなのあなたが勝手に思ってるだけでしょ! 放しなさいよ!!」
「いや! わたしだけの思い込みでも、そんなの関係ないでしょ! わたしが、あなたを友達だって思ってるんだから!!」
「しつこいわよ!」
 魔女が杖を振り上げる。
 アレスディアが驚き止めに入ろうとしたのを、アクラが止める。
 メイはただ、振り上げられた杖ではなく、振り上げた魔女を真正面から見据える。
 眼は逸らさない。友達、だから。
「馬鹿よ…馬鹿。大馬鹿よ」
 魔女の杖は振り上げたまま止まっている。
「うん。そうだよ。勉強もできないし、ましてや魔法なんて使えない。料理とかお掃除とか、普通の人がすることしかできないもん」
 真っ直ぐな瞳でメイは魔女を見上げる。ぎゅっと一文字に閉じられた口がメイの決意を物語っていた。
 当の魔女はなんとも形容しがたい表情を浮かべて、メイを見下ろしている。
「他の街の人たちと違い、普通に接してくれる彼女に戸惑っていたのですね」
 街の人の反応。そして、見えた魔女の反応。最後に二人の会話。それを聞いて、予想だったものが確定に換わる。
 やんわりと微笑んで告げたセレスティの言葉に、魔女の顔が不機嫌に歪む。
 やはりまだ―――認めたくないのだろう。
「あなたは覚えてないでしょ? わたし、小さいころあなたに遊んでもらったから」
 まだ魔女の姿がとても綺麗で、メイが小さな小さな女の子だったころ、今はもう枯れてなくなってしまった丘の庭でよく遊んだ。
 だから、知っている。
「あなたは変わってしまった。偉い人があなたを訪ねてから」
 そして、それまで半信半疑だった街の人が、魔女を避け始めるようになった。本当は、とても優しくて、綺麗な人なのに。
 月日は流れ、魔女の顔は徐々に醜くなり、メイも年齢の範囲はまだ少女でも、女性と言えるほどに成長した。
「そう…あの時の……」
 ほんの数回、庭で見えただけなのに、覚えていたなんて。
「幸せだったわ。あの頃……」
 ノロイとマジナイ。読み方が違うだけで、こんなにも意味が変わってしまうなんて。
「元には戻れなくても、今からだって遅くない!」
 そうすれば、街の人の対応も良くなり、もっと暮らしやすいはずだ。だが、そんなメイの言葉にも魔女は首を振る。
「無理よ。私はもう人を呪う魔女だもの。日陰を生きる者。それでいいわ」
 今までかけた呪いはそう多くない。けれど、その邪悪な魔法を扱った余波は魔女の身体に現れた。身体の変化は心の変化にも繋がり、メイに呪いをかけるという行為に走った。
 迫害されたって、そうされるだけのことをしてしまったし、それでいいと思う。
「それは、誰が決めたのだ」
 強く、しっかりとした声音が二人に降りかかる。声の主はアレスディア。
「決まりがあるわけではあるまい。それもまた魔女殿の思い込みに過ぎぬのではないか?」
 そう、魔女が悪者でなければならないなど理由は何処にもない。
「やり直せぬ過去など、ありはせぬ。魔女殿が呪ったことを悔いているのならば、今からでも遅くはないと私もそう思う」
 魔女の返答は無言だった。ぎゅっと軽く拳を握り締め、俯いている。
 そして、ポツリと零した。
「ほんとに…馬鹿よ……」
 穏やかに微笑んだ魔女の瞳が潤む。
 ゆっくりと、溜まった雫が筋となってその頬をぬらした。
「「!!」」
 魔女の、涙……。
「何!?」
 零れ落ちた雫は、強い光を放ち、魔女を除く誰もがその眩しさに眼を閉じる。
「……折角溜めた魔力が台無しだわ」
 ふふっと笑った魔女の声音は穏やかで、どこか楽しそうだ。
 光が止み、ゆっくりと瞳を開ける。“魔女の涙”は形を得、魔女の掌の上で、キラキラと輝いていた。
「あ…!!」
 驚きに見開かれたメイの瞳。魔女はその表情が分からず小首をかしげる。
「昔のあなたに戻ってる!」
「え?」
 メイは急いで手鏡を用意すると魔女の前に掲げる。
「嘘……」
 顔に出来ていたできものやシミが無くなり、その鏡に映っていたのは美しい女性――昔の、メイと出会ったばかりの魔女の姿。
 涙と共に、全てが洗い流された。
 ふっと笑いあう。
 さて、この街に来た目的はなんだったか。
「あの、申し訳ないのですが」
 笑いあっているメイと魔女にセレスティは声をかける。そして、この街に来た目的を二人に告げた。
「ケーキの材料? 変なものがいるのね。まぁいいわ。昔の私を取り戻せたのも、あなたたちのおかげだもの。あげるわ」
 宝石のようにキラキラと光る“魔女の涙”。
「ありがとうございます」
 セレスティは“魔女の涙”を綺麗にハンカチで包み、懐に仕舞う。
「じゃ、戻ろっか」
 事は済んだとばかりに、アクラを筆頭にメイの家から出て行く。
「感謝する」
 最後、アレスディアは深々と二人に頭を下げて玄関扉を閉めた。



























【ARRIVEL】








 正装でも差し障りない、整えた何時もの黒装を身にまとい、アレスディアはパーティ会場に来ていた。
 本当ならばこういった席は着飾るものなのだろうとは思うが、そう言ったことにはてんで疎いというか興味の薄いアレスディアは、どうしても踏み出せずにいた。
「アレスディアさーん」
 ぶんぶんと手を振る白い少女。ルツーセだ。
 簡素なドレスに身を包み、こういったものを可愛いと言うのだろうなと思いつつ、やはり自分には縁が余りなさそうだと再確認してしまった。
「一発でアレスディアさんだって分かったけど、少しは着飾ろうよ」
 故に、そんなルツーセの言葉にも苦笑で返すしかない。
「す…すいません! 遅れてしまいましたか?」
 パタパタと軽い足音を響かせて、走ってきたのはルミナスだ。
 身にまとっているのは黒のスーツなのだが、蝶結びのブラックリボンタイが、やけに可愛らしい。
「「………」」
 無言。
「すいません、変ですか!? やっぱり僕はパーティなんて…」
 自分の格好を見返し、変なテンションでルミナスはおろおろと眼を潤ませる。
「いや、そうではないのだが」
 身長は低すぎるわけでもないし、格好は男性のものだが、華奢な身体つきとまん丸の瞳のせいか、中性的で男装の麗人だと言われたら信じてしまいそうだ。
「ただ見慣れていないゆえ、少々戸惑ってしまっただけのこと。気を悪くされたのならば申し訳ない」
「いえ、悪くないです。本当に、大丈夫ですか?」
 うむ。と頷くアレスディアに、普通逆だろうと突っ込みたくなる気持ちを押さえ、ルツーセは何事も無かったかのように、
「アクラは別の人と、コールさんはもう先に行ったみたい」
「そうか」
 ならば、中で出会えるなと、3人はパーティ会場に向けて歩き出す。
 パーティ自体は招待されて、何度か来たが、今回のパーティは流石と言うべきか、ここから見えるだけでも煌びやかだ。
 ルツーセはどこか場慣れしているアレスディアを見上げて、ルミナスも話しには聞いていたがパーティって凄いものなんだなぁと感心している。
 そもそも二人は元の世界では聖職に就いていたため、こういった場には慣れてない。ルツーセは思わずアレスディアの服の裾をぎゅっと握る。
「これ、おいしそうですね! どうやって作るんでしょう」
 反対に興味津々とばかりに料理を見て顔を輝かせるルミナスに、二人はつい乾いた笑いを浮かべてしまった。







 ビュッフェ形式のパーティは、誰かが一箇所に止まることもなく、ところどころにグループを作り、話に華を咲かせていた。
 それはどの招待客も同じ。
 パーティも佳境に入り、本日のメインであり、今回材料を取りに行くことになる原因となったケーキが会場に運ばれてくる。
 見た目は普通のケーキだった。
 いや、パーティに相応しく、チョコレートで作った薔薇やあめ細工がふんだんに使われ、切り分けてしまうには勿体無いと思えるような出来栄えだった。
 何処からとも無く感嘆の吐息が零れる。
 けれど、やはり作られたものは見るだけではなく、食べてその味も味わえなければ意味がない。
 しばらく展示として飾られていたケーキは、程なくして奥に引っ込み、適度な大きさに切り分けられたケーキがトレイにのって現れた。
「美味しい……」
「美味しいけれど、何故?」
 ポロポロと涙を零す人。感慨にふけり言葉を噤む人。
 洗い流され、湧き上がる感情に、困惑を隠せない。
 通常の招待客は知らない。このケーキに含まれているか隠し味となる3つの材料を。

 【枯れない華】は祝福を。
 【不動の音楽】は感動を。
 【魔女の涙】は浄化を。

 いや、魔女の涙はもしかしたら友情かもしれない。
 何にせよ、このケーキが訪れた人々に穏やかな笑顔を運んでいることは確かだった。
「メリークリスマス」
 宴の宵はまだまだ続く。
 招待客は各々の時間を楽しみながら過ごした。






















fin.







登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【東京怪談】

【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳(10歳)/高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女性/16歳(10歳)/高校生】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳(12歳)/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳(13歳)/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


☆―――聖獣界ソーン―――☆

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 D×D Xmasにご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 新年明けてのお届けになってしまいまことに申し訳ありませんでした。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 あおぞら荘の面々をお誘いくださいありがとうございました。人数が半分に減っておりますが、別の方からご指名をいただいたため、そちらを優先させていただいております。ご了承くださいませ。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……