<東京怪談ノベル(シングル)>


〜ぬくもりの中で〜

ライター:メビオス零



☆☆☆

 夕日に照らされる街の風景。冒険から帰還した旅人達は、疲れを癒すために宿を探し回り、主婦は買い物カゴと夕食の準備を行うために慌てて帰路に着いている。中には子供達の姿もある。友人達と共に駆け回り、そして元気に別れを告げる子供。街行く強面達にもあんな時期があったのかも知れないと思うと、思わず苦笑いが浮かびそうになる。

「ここは平和ねぇ‥‥」

 中央広場の噴水に腰掛けながら街の流れを眺めていた白神 空は、小さな溜息を吐き出しながら、凝り固まった肩をコキコキと鳴らしてみた。
 今週、空は初心者の冒険に護衛兼教育者として付き合い、そして持ち帰った物を売って報酬を貰っていた。と言っても、大した金額ではない。初心者を講習がてらに連れ回せるような場所には大した物もなく、空が得られたのは、ほんの一週間かそこらの間、飲食出来る程度の報酬だった。
 久しぶりに、報酬と労働の釣り合いの取れていない仕事をしてしまった‥‥‥‥と、僅かに後悔する。
体に溜まった疲れは、怪人としての能力の御陰でほぼ取れている。しかし、精神的にはガタがきていた。何しろ一週間もの間、ずっと旅慣れていない冒険初心者の面倒を見ていたのだ。しかも、うら若い少年少女だったのならばまだ眺めているだけで精神的にも体力的にも数秒で全回復する自信はあるが、ごついおっさん連中では何一つとして癒し要素が存在しない。
むしろ、精神的に大ダメージを負っていた。
 途中で仕事を放り出して帰ってこなかったのは、空のプロとしてのプライドのためである。

「はぁ‥‥‥‥ここにいても仕方ないわよね」

 噴水から立ち上がる。ボーっと無為な時間を過ごしている間に陽は半ばまで落ちており、夕焼けは薄暗い紺と黒の入り混じった夜色と変わり始めている。
‥‥いつまでもここにいるわけにも行かないだろう。ただ寝るだけのために確保してある部屋はあるが、冒険で疲れた体を癒しもせずにベッドに入っては夢見が悪くなる。今夜、眠るまでに酒場にでも行って、ストレスを綺麗さっぱりに流してくるべきだろう。
空は、頭の中に残っているお財布事情と、これまで飲んで回ったことのある酒場の値段比較を呼び出した。そして三秒程考えた後、大きく頷いて歩を進める。
今回得た報酬ならば、中堅クラスの店に朝までは居座れるだろう。財布の中身には寒々とした風が吹くだろうが、そんなことは知ったことではない。たとえ散在したツケが数分後に自分に返ってくるとしても、空は躊躇なく使うつもりでいる。
宵越しの金を持たないその日暮らし。その日に使う金はその日に稼ぎ、そして次の日にもそれを繰り返す。日々を自由に、スリリングな生活を送っている。
 まぁ、最も‥‥‥‥
 大抵、この日のように、結末は同じなのではあるが‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥

「ここは賑やかねぇ。表とは対照的だわ」

 店に灯る光る看板。喧噪の絶えない酒場や娯楽場、“女”を売る怪しげな店が並び、通りには老若男女の相手を選ばない客引きの怒鳴り声が溢れている。しかし道行く人々はこの地に慣れた猛者ばかりで、客引きも大半が無視されていてただのBGMとしてしか機能していない。それでもめげないのがプロの客引きと言うことか。毎週か、それとも毎日か、度々この歓楽街に足を運んでいる空にさえ、見慣れた顔の店員が声を掛けてきた。

「おう! 空の嬢ちゃん!! 最近見なかったが、どうだい! うちで百杯ぐらいやってかねぇか!!」
「ごめんなさいねぇ、今日はカワイコちゃんのいる店に行きたいのよ」

 声を掛けてきた顔馴染みを手早く流し、空は喧噪にごった返しているベルファ通りを歩いていく。街の表通りが暗くなった途端に人の気配が消えるのと対照的に、この通りは夜が更ける事に人の気配が濃くなっていく。大抵の店が日夜関係なく営業しているにもかかわらず、仕事の疲れや憂さ晴らしをしたい連中がこぞって集まってくるのだ。
 しかし争い事が起こったという話はそれ程聞かないので、表と同じくそれなりに治安は保たれていた。そもそもここに飲みに来るのは、大方が冒険やら荒事を日常としている連中だ。もし他人の邪魔になるような喧嘩をするような者がいれば、一刻と経たずに叩き出される事になる。それを一度でも見聞きすれば、面倒事など誰も起こさなくなるのだ。
 空とて、その例外ではない。まぁ、元から積極的に争い事をするような性格でもないのだが、破壊衝動が首をもたげそうになった時には、すぐにこの町から出るようにしていた。
 ‥‥今日の空には、問題の破壊衝動の片鱗は見えない。
と言うより、冒険時に現れる悪漢や怪物を一人残らず蹴散らしてきたため、憂さ晴らしは済んでいると言うことだろう。空は心なしか、足取りを弾ませて店を見て回っている。

(さぁ〜て。今日はどこにしようかしら?)

 それとなく店を見て回ってから、目当ての店を求めて路地に入る。歓楽街の更に裏。しかし普通ならば路地裏として薄暗い裏道となっている筈のその場所にも、この街に限っては明かりが灯され、表と何ら遜色ない街道となっている。この街に始めてきた者ならば、こっちの方が表だと間違えるかも知れない。
 しかし、ここは間違いなく裏の道。その証拠を探すかのように、空は食い入るように店頭の壁に貼り付けられた、ポスターのように引き伸ばされた写真を見て回った。

(どれどれ‥‥‥‥へぇ、なかなか‥‥‥‥)

空は写真に写っている者達の顔を眺めながら、これはと思った男女の顔(少年少女だけではなかった)を見てほくそ笑む。この街道には、表通りにはちょっと出せないような、訳ありの者達が集まり店を出していた。その店の内容も、ちょっと表立って口にすることは少々憚られる内容だ。が、それでも店員は、ライバル店に差を付けられまいと、通りかかる者達に声を掛けては言葉巧みに中に引き入れようとしている。
しかしこの通りに限り、店員以外の者も呼び込みを行っていた。むしろそちらの方が誘いが巧みで、空も写真を見ながらそちらの方もチェックしている。
 ‥‥‥‥既に想像も出来ているかも知れないが、ここに並んでいる店の数々は“その筋”の人間の店である。売り物は、主に人間。大抵が数時間から一日の間、売り物の“所有権”を売り、買い手は買い取った男女を買った時間だけ、好きにしていて良いというものである。
 つまりは街娼の通りである。奴隷商売程の悪辣さはなく、あくまでここで売られている者達も自分の意思で売られている者が多く、気安く自分の時間を売ってくれる。表の歓楽街に店を構えないのは、訳ありの人間や、やはり人に堂々と姿を晒しにくい職種だからだろう。
 ‥‥尤も、空には気にした風もない。その日その日を勝手気ままに暮らすのが空の信条だ。相手の素性も、周りの目も気にする必要性は感じていない。

「あら、あの子は‥‥‥‥」

 写真を眺めていた空は、ふと、目の端に一人の少女を見留めた。
少し離れた場所で、一人の幼い少女が、まるで隠れるように店と店の間の路地に立っている。周りの空気に押されたように身を竦ませ、俯いて縮こまっている姿はハムスターのようだ。
身なりはそこそこ‥‥‥‥と言うより平凡な服装で、派手な恰好で客引きをしている娼婦や風俗店の店員達の影に、完全に隠れてしまっている。
空が少女を見つけられたのは、ただの偶然だ。軽く見て回った時には全く気が付かなかった。少女が立っている場所が死角間際の場所だと言うだけでなく、本人の暗闇に溶け込むような弱々しい存在感がそうさせているのだ。

(私よりも、ずっと疲れていそうねぇ)

 少女の持つ雰囲気と顔立ちを見て取り、空はペロリと唇を舐める。
 推定年齢は十四〜十六歳辺りだろう。少女の背丈は、おおよそ空の胸の辺りまで。服の起伏から読める発育は標準サイズ。顔立ちは、十人中九人は美少女だと答えるであろうレベルだ。将来的には男連中の注目の的になるだろう。
 空は、迷うことなくその少女に歩を向けた。
 その少女が“売り”をしているかどうかは知らないが、していなかったのならば可及的速やかにこの場から立ち去らせなければならない。まだ宵に入ってからさほどの時間が経っていないから大丈夫なようだが、真夜中に入れば幼い少女など、ただの獲物である。美少年美少女が大好物な空は、それ故保護活動にも積極的なのだった。

「あなた、こんなところで何をしているの?」
「え?」
「自分を売ってるようにも見えないし、ダメよ? 子供がこんなところに居たら」
「ぁ、あの‥‥‥‥」

 自分に声を掛けてくる者などいないと思っていたのだろうか。少女は空の言葉に肩を微かに震わせながら、辿々しく言葉を紡ごうとしている。
 元々口下手なのか、それともこんな場所に始めてきたため、緊張しているのか‥‥‥‥或いは両方だろう。まだ幼いこんな少女ならば、これまでこんな場所に近付くことすらしなかったはずだ。

(残念。売ってなかったみたいね)

 少女の反応から、空はまだ少女が“こっち側”の人間ではないと判断した。
家出人か、ただ迷い込んだだけか‥‥‥‥空は少女を表通りにまで連れて行こうと、少女の手を取った。

「ここは危ないから。あなたみたいな子は来たらダメよ? ほら、私がついていてあげるから、表の方に戻りなさい」
「ぁ、あの‥‥」
「怖いお兄さん達がいっぱい居るから、家出ならもっと別の場所にした方が良いわ。こんなところにいると、変な趣味を持ってる人に拉致されちゃ‥‥」
「あの! わ、わわ私を‥‥その、買って貰えませんか?」
「‥‥‥‥は?」

 ポカンと、空は数秒程呆気にとられてしまった。
 目の前の少女は、まだ若い。場慣れもしていない。覚悟も決めかねているという様子だが、それでも空に「買ってくれ」と言ってきた。
 本人がその気ならと、空は対応を変える事にした。元々美少女を品定めに来たのだ、事情次第によっては“食べる”気満々である。

「えっと‥‥買って欲しいって言うのは‥‥‥‥」
「そ、そのままの意味です。私を買ってくれませんか?」
「聞き違いじゃなかったのね。でも、どうしてそんなことを?」
「その‥‥‥‥」

 空は、普段ならば絶対に訊かないような、立ち入ったことを問いかける。
 相手の中に不用意に、土足で入り込むようなことはしない主義の空ではあったが、目の前の少女はあまりにも弱々しすぎて“売り”をするような子には見えない。幸い、まだ少女には誰も手を付けていないようだ。引き返せるのなら、引き返させるべきだろう。

「父が借金で‥‥逃げて‥‥‥‥私が返さないと‥‥‥‥大変なことに」
「う‥‥そう来たか」

 あまりにもベタな話に、空は微かに苦笑を浮かべてしまった。
 この手の話は世界中にあるし、ありすぎて飽和している程だ。裏筋に顔が利く者ならば日常的に聞けるだろう。空とて、その手の少女を買ったことも一度や二度ではない。
 ‥‥そうしてそんな少女と会った時の対応も、空は既に決めていた。
 少女の頭をポンポンと優しく叩き、「それなら」と小さく頷いた。

「じゃあ、あなたを買わせて貰っても良いかしら? 一晩で‥‥これで足りると思うけど」

 手持ちの資金の入った袋を開けて、少女に見せる。少女は驚いたようにその袋と空の顔を交互に見つめ、コクコクと何度も頷いた。
その袋の中には、空のほぼ全財産が入っていた。明日の朝食代程度は別に取ってあるが、仕事で得た報酬のほぼ全てを少女に渡すと言ったのだ。相場を知らない少女なら、その額に驚くのも無理はない。
‥‥‥‥実際は大した額ではないのだが‥‥‥‥

(借金の肩代わりとかはダメだけど、これぐらいならね)

 空は少女の同意が得られた途端、少女の手を引いて手近な宿に入っていった。
そして主人と二言三言会話をしただけで、あっさりと部屋を取ってしまう。その手慣れた様子に、少女はついていけずに空に引っ張られて部屋にまで連れ込まれてしまう。空が少女と共に入った安宿は値段に見合う簡素なものではあったが、場所が場所なだけに狭い部屋にしては上等なベッドが置かれていて、しっかりと手入れもされていた。

「うん。シャワーもあるし、合格合格」
「あの? えっと‥‥」

 少女は、部屋の中を珍しそうにキョロキョロと見渡していた。そして空に声を掛けられて身を固めている。空は、そんな初々しい反応に笑みを浮かべると、少女の手を強く引いて自分の胸元にまで引き込んだ。

「ふふ、こんなに体を固くしちゃって‥‥」
「ひゃぁっ!?」

 少女の体に手を回し、軽くまさぐるだけで、少女は可愛らしい声を上げる。
 これまで他人に気安く体を触られる事など無かったのだろう。反射的に空の体をはね除けようとした少女は、自分が“買われた”立場なのだと思い出し、空を押し退けようとした手をピタリと止めた。
 その止まった手がプルプルと小さく震えているのを見て取り、空は少女の体を片手でギュッと抱きしめると、空いた手で少女の頭を優しく撫で回した。

「大丈夫だから、怖がらないで。酷いことなんてしないから」

 少女が落ち着けるように、出来る限りの穏やかな口調で話し掛ける。
 空が自分を気遣ってくれているのだと気付いたのか、少女は抱きしめられながら空の顔を見上げ、やがて小さく頷いた。空は少女を抱きしめたまま、少女が疲れないよう、その体を支えている。
 ‥‥そうして一分、二分と時間が経つ。少女を抱きしめながら、ジッとその体の強張りがほぐれるのを待っていた空は、やがて少女を抱きしめたままでベッドの上に腰掛けた。空の動きに合わせて、少女もペタリと膝を折る。
 空の膝の上に腰掛けて抱きしめられている少女は、今では安堵の表情を浮かべている。まるで警戒していた子犬が懐いたようだと、空は少女の体に手を回しながら薄く口元を歪め始める。
 ────これで準備は整った。
 空は少女と共に、ベッドの上へと倒れ込む。座っていた状態から横に倒し、まるで子犬とじゃれ合うように少女を横たえ、抱き枕のように抱え込んだ。

「えっ?」

 警戒を解いていた少女は、ベッドに横たえられても抵抗らしい抵抗を見せなかった。そんな少女に、空はベッドのシーツを被せにかかる。シーツで体を隠された少女は、空の手が見えない場所で巧みに動き、少女の体のあらぬ場所に近付いていることに気付けなかった。

「っひゃあ!」
「あら、可愛い声を上げるわね」

 少女の服の中に滑り込んだ空の冷たい手が、触れるか触れぬかの絶妙なラインで体をなぞる。くすぐったい感触と羞恥心に身を捩らせて逃げようとした少女の足に、空の足が鎖のように絡んで固定し、少女の逃走を完璧に阻止してのけた。
 空の手が、足が、少女の体を拘束して撫で回す。空は顔を真っ赤にして体を仰け反らせ、左右に踊らせて逃れようとする少女の反応を堪能しながら、心中の奥底から首をもたげてくる悪戯心を押さえ込んでいた。

「こういうのは初めて?」
「ひゃ、ひゃい!」
「気持ちいいでしょ? もっと良くして‥‥‥‥あげたい所だけど、今回はこれまで」
「ふえ?」

 空の手に撫で回され、蹂躙されて未知の快感にとろけるような顔に変わりつつあった少女は、服の中には入り込んでいた手がスルリと抜け出ていることに気付き、目をパチクリと瞬かせて空を見た。絡んでいる足は相変わらずだが、手は最初の時のように少女の体を抱きしめているだけで、少女が抱き枕にされている以外にはなにもない。

「ふふ、これで料金分は十分に貰ったわ。あなた、可愛かったわよ」
「可愛かったって‥‥」
「これから先は、もうちょっとあなたが大人になってから、ね?」

 空は少女の額に軽く口付けをして、少女の頭の下に腕を敷き、枕代わりにさせる。まるで恋人のように寄り添いながら「それに、今日は疲れたわぁ」と、小さく欠伸をして目を閉じる空に、少女は自分が遊ばれただけだったのだと思い至り、「う〜」と小さく唸りを漏らした。
 不満はある。中途半端に遊ばれた所為で、少女の体は絶妙な火照りを覚えていた。それを発散させられることもなく、かつ最後までする事を覚悟してここまで来たというのに、見事に肩透かしを食らってしまったのだ。助けられた側としても、多少の不満は覚えるのも仕方ないかもしれない。
 しかしこの日、少女が空に目を掛けられたのは、間違いなく幸運だっただろう。他の誰でもない空だからこそ、これで済んだのだ。この手の少女を食い物にする者達は後を絶たない。だからこそ、空はこの日少女を自分の元に招いて、一晩だけでもと護ったのだ。

(次にまた会えた時、まだ無事だったら、今度は最後までしてあげようかしら‥‥)

 目を閉じたまま、空の胸に顔を埋めて静かに寝息を立て始めた少女の頭を優しく撫でながら、空は久しぶりに感じる人のぬくもりに笑みを浮かべ、そのぬくもりが消えないように抱きしめる。
 出来ればまた出会う時にも、内に巣くうモノが顔を出さないようにと祈りながら、空は静かに意識を閉ざした‥‥‥‥‥‥








〜参加PC〜
3708 白神 空


〜あとがき〜
 とても懐かしい名前に出会えたような気がするメビオス零です。
 今回のご発注、誠にありがとう御座います。聖獣界ソーンではほとんど書いたことがなかったので、世界観とかが多少不安なのですが、おかしいところはないでしょうか。ご期待に添えた物が書けていれば幸いです。
 今回のお話では、あれな要素は出来るだけ削っておきました。これからはどうか分かりませんが。またのご発注を頂けたら嬉しいです。
 ご感想、ご指摘などを頂ければ、また参考にさせて頂きます。それでは改めまして、今回のご発注、誠にありがとう御座いました(・_・)(._.)