<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【求:油(植物性・動物性/種類問わず)】

「さて、そろそろ店を開けようか」
 太陽が西に傾きかけたころに幻視の塔店主・リヤは、のそりと寝台から起きあがる。
「今日は一人くらいは客が来るかねぇ…」
 あくびをしつつ伸びをひとつ。
「あー、そう言えば…なくなりかけてたっけ…?」
 起きたままの格好で、ごそごそと棚をかき回し、見つけ出した半透明のビンを表の光にかざしてみる。
「…やっぱりないか…これがないと…なあ…」
 まだ寝ぼけ眼で木製の椅子に座り込む。
 目の前のカウンターに残り少なくなったビンを置いて溜息をひとつ。
 少し考えてから手近にあったメモ用紙を取ると殴り書きをする。

【求む! 油(植物性・動物性・入手手段 問わず) / 報酬 今日の料理】

「アタシが取りに行ってもいいんだけど…かったるいからなあ…」
 慣れた様子で書き終えるとぶつぶつ言いながら、油のビンにぺたりと貼り付け突っ伏す。
「まだ眠い…」
 そのままの体勢で再び寝息をたて始めた。

「…ん?」
 リヤはカウンターに突っ伏していた顔を上げた。ぼんやりと耳を澄ます。灯りを灯していない店内はすでに薄暗く、不自然な格好で眠り込んでいたので、節々が少し痛い。
「…誰か、来る?」
 表の夕方の雑踏に混ざって聞こえる、この店を目指す軽い足音。
 その音を聞き取ると、頭をひとつ振って、伸びをする。それから目の前に置いてあるビンに目をとめた。
【求む! 油(植物性・動物性・入手手段 問わず) / 報酬 今日の料理】
これは確かに自分が書いたラベル。そこに踊る、元気な字で書かれたメッセージ。
「『お任せください! スズナ・K・ターニップ』…ふうん、なるほど」
 この店を目指す来訪者を迎え入れるため、リヤはドアに向き直った。
                    
「こんにちはーっ!」
 夕刻を迎え、灯り始めた雑踏の明かりを背に、ドアを開けて元気に飛び込んできた人影。はつらつと輝く緑の瞳。赤い髪の小柄な少女だ。
その体躯の割に、重そうな大きなカゴを苦もなく携えている。
「はじめましてっ。あたし、スズナ・K・ターニップといいます」
 ぺこりと頭を下げる。その拍子に手にしていたカゴの中から、木の実がひとつ、こぼれ落ちた。
「あっとと」
 慌ててカゴで受け直す。
「いらっしゃい。アタシはリヤ。この店の店主だ。それで、依頼を受けてくれたのは、アンタだね?」
 リヤが確認すると、スズナは元気よく答えた。
「はい!油をご所望とのことでしたので、これなんか使えないかなーと思って、持ってきました!」
「ふむ」
 リヤはカゴの木の実ではなく、スズナを眺める。突然の注視に戸惑うスズナ。
「え、何ですか?」
リヤは少し笑って首を振る。
「寝ている私の脇をすり抜けて、受諾文を書いて、またそっと出ていったって訳だね」
「あっ…ご、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。それだけでアンタのレベルが分かる。寝ていたとは言え、アタシに気づかせないとはね…たいしたもんだよ」
「え、いや…そんな」
 恐縮しているスズナにリヤは軽く首を傾げた。
「ところで、その実ってのは?」
「あっ、そうでした。これはですね、先週、とある場所で見つけたんです」
「ふうん、『とある場所』…ねぇ。…何だか怪しいねぇ?」
「あっ、いえ、その…えーと」
 スズナの動揺はリヤの言葉を肯定したも同然だった。何やら訳ありの場所で取ってきた代物らしい。
「ま、いいさ。アタシにとって大事なのは、アンタが持ってきたそれが、使い物になるかどうかって事だけだからね」
「あ、はい!それはもちろん!」
 スズナはカゴをリヤに差し出す。
「どうぞ、ご確認くださいっ」
 差し出されたカゴを受け取り、少し驚く。カゴ一杯の木の実は、見た目に反してずっしりと重い。
「こりゃまた…ずいぶんと重いね」
「え、そうですか?」
 不思議そうに首を傾げるスズナ。一見、小柄に見えるがそれに反して身体能力は高いらしい。
 受け取ったカゴをカウンターに置き、ランプを灯して木の実の検分を始める。
「ふむ…これはまた、珍しい物を見つけてきたもんだね」
「え、そうなんですか?」
「私も結構長いこと料理に携わってるけど、これを扱うのは初めてだよ。どこぞの食材図鑑で見たことがあるくらいだ」
 一粒を手に取り、じっくりと眺める。そんなリヤの姿は、まるで新しい研究材料を得た研究者のようだ。
「面白いねぇ…これだけ長く生きてても、まだ新しいものに出会えるんだから」
「使えそうですか?」
 スズナの問いに満足げに頷く。
「ああ、充分だ。ありがとうよ…だけど」
「?」
 少しだけ困ったように木の実をつまみ上げた。
「これは確か、おっそろしく堅い実だって話なんだよ。絞ればそこらのオリーブよりも数段深い香りの、上等な油が取れるらしいが」
「確かに…香りは良かったけど、固かったです」
 うんうんと頷くスズナに、リヤが軽く目を見開く。
「アンタ、まさか?」
「あはは、えと、集めているウチに、ちょっとお腹が空いてしまったので…その、少しだけ」
「かじったのかい?」
「はい…」
 顔を赤らめるスズナ。リヤは大笑いする。
「アンタ、命知らずだねぇ。未知の木の実を食べようなんて、見所があるよ」
 リヤに肩を叩かれて、スズナは複雑に笑う。
「そう言って頂けると…でも、これ、どうしましょう?」
「うーん、そうだねぇ…オリーブと同じ要領で、果汁を絞って少し置けば油が浮いてくると思うんだけど…とりあえず、その方法でやってみるかねぇ」
 リヤは店の奥から石臼を持ち出した。スズナはそれを興味深げに見ている。
「オリーブオイルって、石臼で作るんだー」
「こういうのは初めてかい?」
「はい!」
 リヤはカゴからいくつかの実を取り出し、石臼に入れる。
「こんな風に、実をすり潰すんだよ」
 木の棒を手に取り、回し始める…と、同時にがりごりと、とんでもない音が響く。
「あちゃ」
 リヤは一旦手を止めて、石臼を覗き込む。
「こりゃ、とんでもない代物だ」
 傷が少し付いただけの木の実と、砕けた石臼のかけらを取り出し、笑う。
「石臼の方が削れるなんて、聞いたこともないよ」
 そう言って、楽しそうに実をスズナに渡した。
「これ…絞れば良いんですか?」
「そうだねぇ。絞れば何とか…」
 スズナは木の実をじっと見て、うん、と頷いた。
「入れ物を貸して頂けますか」
「…こんなもんでいいのかい?」
 リヤは手近にあった少し小さめの木のボウルを手に取る。
「充分です。ありがとうございます」
 スズナはボウルを受け取り、手の中の木の実を軽く握りなおす。
「おや?」
 じゅ、と小さな音がして、スズナの手の中から果汁が少し溢れ出す。
「ほう」
 溢れ出した果汁はボウルに少し溜まる。独特の香りが鼻を突いた。
「これはこれは…」
「こんな感じで絞ればいいですか?」
「ああ、上出来だ。これは大変なご馳走を用意しなくちゃね」
「本当ですか!?」
「ああ、約束する。できれば、全部絞ってもらえるかい?」
「お安いご用です!」
 元気に答えた途端、スズナのお腹が鳴った。
「じゃあ、頼むよ。私は食料庫から食材を出してくるからね」
 カウンターを出ると店の外のざわめきがリヤの耳に届いた。
「やれやれ。もう嗅ぎつけたか…」
 苦笑混じりに言って、ぱちんと指を鳴らす。黙々と木の実を搾るスズナの周囲に不可視のヴェールが張られた。
「さすがに、女の子だしねぇ」
 力業で木の実を搾っているところは誰にも見られたくはないだろう。
 リヤはそのまま食料庫へと降りていく。店の外の騒ぎはますます大きくなって…。

 一時間後。いつもは閑散としている『幻視の塔』は大変なにぎわいを見せていた。
スズナの絞った果汁はすぐに油に変化し、その油を利用してリヤが作ったサラダオイルはあらゆる食通の舌を唸らせた。
「この味は…」
「こんなの初めてだ!」
「…素晴らしい…」
 噂が噂を呼び、その夜は閉店時間まで客が途切れることは無かった。

「…すごかったですねー」
 何となくの流れで、果汁を絞り終えても店を手伝っていたスズナが溜息をつく。
「まあ、たまにはいいさ。アンタのおかげさ。ありがとう」
「いえ、そんな、私は…」
 リヤに頭を下げられて慌てるスズナ。リヤは背後の棚から皿を取り出す。
「これは約束の報酬だ」
「わぁ…」
 大皿に盛られた、活け作りにされた大きな魚。塩胡椒を効かせた刺身に、スズナの絞ったオイルが振りかけられている。
「雷魚のカルパッチョだよ。雷魚は市場にはほとんど出回らないんだけどね」
「これって相当高いんじゃ…」
「まあね。だけど、アンタの働きに比べれば、たいしたことは無い」
 にやりとリヤは笑って、もう一つの棚から瓶を取り出す。
「アンタ、酒は?」
「あ、すみません、未成年です…」
「ふうん?まあ、大丈夫。この世界には何の縛りもないよ」
 いつの間にかグラスを二つ用意して、瓶の中身を注ぎ込む。深紅といえる程の液体が透明なグラスを満たす。
「アンタの働きと、高貴な油に、乾杯」

 その夜。二人は美食と美酒を心ゆくまで楽しんだ。

「またおいで。アンタなら、いつでも歓迎さ」


《了》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3487/スズナ・K・ターニップ (すずな・けい・たーにっぷ) / 女性性 / 年齢 15歳(実年齢18)/ 職業 冒険者】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。千河奈月です。

この度はご参加ありがとうございました。
スズナさんは『元気な女の子』というイメージで書かせて頂きました。
お楽しみいただけましたら幸いです。

ありがとうございました。