<東京怪談ノベル(シングル)>
ふりかえる。このまえの。あのひとを。
夜。
住処にしている森の中。
木の上の、枝の上で丸くなる。
目を閉じる。
眠ろうと思う。
なのに、ふっと。
頭に、浮かぶ。
浮かんだら。
気になった。
…この前に。
あったこと。
…あのひとの。
言っていたこと。
■
…初めにあの集落で遇った時には、牙を剥き出した獣のようで。
なのにこないだ聖都で遇った時には、全然そんな気配はなくて。
色々と話を聞くことさえ、できた。
あのひとの、その身の裡にあるもの――土の色した炎の源、獄炎の魔性のこと。
その、魔性が荒れ狂う理由を知りたい、と言っていたっけ。
あのひとは――龍樹は、そのために身を委ねている、と。
身の裡のものが暴れる理由。
…自分に置き換えて考える。
自分の場合。
…考えるまでもない。
そう。
…私たちは、簡単。
わざわざ、委ねる必要はない。
考えるまでもない。
ちょっと耳をすませば聞こえてくる獰猛な声。声。声。
私の血も肉も骨も――魂も、一片残らず喰い尽してやろうと吼える声。
私の中から聞こえてくる声。
私の中の、『皆』の声。
それはただ、生死の境に置かれた命の――魂の、生きると言う本能が剥き出しになっているだけのことで。
考えるまでもないこと。
だから、私の身の裡のものは、とてもわかりやすいひとつの目的のために暴れていることになる。
ただ、生きるために――己自身を生き延びさせるためにだけ、暴れている。
私の身の裡のものが暴れる理由は。
私か。
私の中の獣たちか。
どちらかが。
喰うか喰われるか、それだけだから。
■
まだ、眠れない。
まだ、頭に浮かんだことが気になっている。
…今ここで考えていても、別に答えは出ないこと。
そうわかってはいるけれど、それでもつらつらと考える。
………………あのひとの中の魔性が暴れる理由は、なんだろう。
私とは、違うことだけは確かだと思う。
私と同じなら、簡単にわかる筈だから。
理由を知るために、あんな無茶な方法まで取る必要はないから。
だからそれだけは、言い切っていいと思う。
…あの集落で、あのひとに初めて遇った時の様子を思い返してみる。
たくさん、ひとを殺していた。
食べるためじゃ、ない。
身を守るためでも、ない。
…なら、怒り?
憎しみ?
それとも快楽?
なんだか、それも違う気がする。
…そんな風じゃ、なかった気がする。
よくはわからないけれど、少なくとも本能染みた剥き出しの強い感情とか、衝動みたいなものは、あのひとにはなかったから。
そういう、何かの意志に突き動かされてって感じじゃなくて、何かもっと、そうすることが当然みたいな立ち居振舞いだったように感じた。…何も当然の事なんかじゃないのに。なのに、牙を剥くことそれ自体が、何も特別なことじゃなく、威嚇とか殺意とかみたいな何か意味をこめるでもない、何でもない単なる日常の行動の一環のような、そんな風に見えた。
…その時点で、私にはわからない。
私は意味無く牙を剥くことは絶対にしないから。
………………あのひとの中の魔性が暴れる理由は、なんだろう。
わからない。
二回遇って、少しは話もしたけれど。
…それでもやっぱり、ほんのちょっとだけあのひとと話をすることができた、それだけでしかなくて。
その時聞いた話が――その時に見たあのひとの様子が気になっているから、寝ようと思っていた今、不意にこんなことを思い返して考えてしまっている訳だから。
まだまだ、わからないことの方が多いと思う。
■
…そう。
私にはまだ、わからないことの方が多いけれど。
でも。
これだけはわかる。
あのひとには、あのひとを心配してくれるひとたちがいること。
聖都の夜道で、あのひと当人と遇うのと前後して私が遇っただけでも三人はいた。他にもいるかもしれない。…いないかもしれない。数は、わからない。
ただ、どちらにしろ、あのひとを――佐々木龍樹と言う名のあのひとのことを、心配してくれるひとがいることだけは確かで。
それを知ったら、余計に、思う。
…私は。
あのひとが、魔性が暴れる理由を知りたいのなら、それもいいと思う。
けど。
あのひとを心配してくれるひとたちの為には、今の方法を続けちゃいけない気がする。
牙を剥いてひとを殺して。
辺りにあるもの構わず壊して。
ただ、荒れ狂うあの姿。
目の当たりにした、あのひとの姿。
…本当は、あんな姿じゃないとも聞かされた。
驚いた。
…納得もした。
聖都の静かな夜道で、遇ってからは。
私にも、二回目に遇ったその姿の方が、このひとの本当なんじゃないかって感じられた。
その二回、両方の姿。
思い返して見れば見るほど。
駄目な気が、する。
魔性にその身を委ねて、意味なくひとを殺すことも受け入れてしまってる、あの方法では。
そう思う。
………………別の方法はないんだろうか。
別の方法があれば、あのひとにも他のひとたちにもいい気がする。
どうしたらいいのか――どんな方法があるかは、今の時点では私にはわからないけれど。
それでも、別の方法を考えてみても、いいと思う。
ただ、委ねるんじゃなくて、殺さないで、壊さないですんで――それで、あのひとの知りたいことを、知る方法。
もしまた遇えたら、会って話すことができれば、そう話してみようか。
…うん。
そうしようと、思う。
そう決めたら、もう眠ってもいいような気がした。
ちゃんと寝直そうと、少し身じろぎをしてみる。
何となく、意識がふわっとしてきた。
それで、頭に浮かんでいたものがようやくとろりと消える。
…それからやっと、私は眠りに落ちていた。
次の朝に目覚めるまでの。
【了】
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