<東京怪談ノベル(シングル)>


〜夜を染め直す茜色〜

ライター:メビオス零





 ‥‥‥‥真冬の夕暮れは、それこそ気付かぬうちに過ぎ去っていってしまう。
星空も空を漂う雲の群によって覆い隠され、街は完全な闇へと閉ざされる。人々は陽の落ちる速さに驚き、慌てて帰宅し、そして次の日の朝をジッと待つ。冬の風は酷く冷たく、これを好む人間はまずいない。その冷風も、夜ともなれば時間経過と共に更にその冷たさを増し、厚着した衣服の上からでも体を震え上がらせ、下手をしたら凍り付かそうと襲いかかってくる。
そんな真冬の夜に、人の影は存在しない‥‥‥‥のだが、この日ばかりは違っていた。

「‥‥‥‥みんなして楽しそうねぇ」

 歓楽街の大きな酒場‥‥そのカウンター席で、荒くれ達の喧噪をバックミュージック代わりにしながらお酒を飲んでいた白神 空は、窓の外を歩く大勢の人々を眺めながら呟いた。
 普段ならば家に閉じこもり、外の寒気から身を隠そうと躍起になっている人々が、ずっと途切れることがない。空の予想では、恐らく朝まで人混みが途切れることはないだろう。そしてその予想は裏切られることはないはずだ。去年も一昨年も、ずっとそうだったのだから外しようがない。

「誰よ。“年末は初日の出を見る物だ”‥‥なんて広めたのは。どこの国の宗教よ」
「どこの行事だろうと、みんな盛り上がれればどこだっていいのさ。“くりすます”も“はろうぃん”も、誰が広めたわけでもないのに盛り上がってるじゃないか」

 空の独り言に、棚から酒瓶を取り出している店の女主人が答えてくる。
 ‥‥本来、多種多様な異世界からの幻想が寄り集まっているこの世界に、“行事”等という物はない。しかしそれぞれの異世界から呼び集められ、生み出された者達があれやこれやとイベントを作成し、そして口コミでそれが広まり、定着するものもまた沢山ある。
 この年始年末の“お正月”もまた、そう言ったイベントの一つだった。
 ‥‥しかし、そう言った行事が来るたびに、空は普段よりも大酒を飲み、そして拗ねている。そんな空に慣れきっている女主人は、空になった空のグラスに勝手にお酒を注ぎ、そして伝票にそのお酒代を書き足していた。
それに抗議するでもなく、空はボンヤリとグラスに入ったお酒を揺らし、恨めしそうに外を歩くカップル達を睨み付ける。

「どんな行事にしても、外を歩いて楽しんでるのはカップルばっかりじゃない‥‥そりゃ家族でって人もいるけど、両方持ってない独り身はどうすればいいのよぉ」
「また女の子でも買えばいいじゃないか。あんたなら、そっちの相手がいくらでもいるでしょ」
「‥‥‥‥この時期、大抵の子は売約済みなのよ。組織で買い取ってる人も多いから、私みたいなその日暮らしに入り込む余地はないのぉ」

 空は自分の財布を逆さに振り、残金をカウンターの上にばらまいた。
 常に全財産を持ち歩いている空の財布からは、言ってる割には沢山のお金が出てくる。宵越しの金を持ち歩かない主義の空は、大半を一日で使ってしまうため大した持ち合わせを持っていない‥‥‥‥のだが、引き受ける仕事は大抵が危険な依頼であり、報酬もそれに見合った額を貰っている。
 その為、普段から十数万、もしくは桁外れのお金を持つことも少なくはないのだが、高級なお酒を飲み美少年美少女と一夜の夢を見て‥‥と好き勝手をしているのでは、いくらお金があっても足りないのが現実だ。
 ‥‥‥‥そんな空のなけなしの全財産を、女主人はカウンターにばらまかれた瞬間に掻き集め、そして懐に仕舞い込む。

「ちょっと!」
「なんだい。ツケの払いにゃ全然足りないじゃないか」
「うぐっ‥‥‥‥この前払ったばかりじゃないのぉ。勘弁してよぉ」

 さすがに目の色を変えた空が女主人に食ってかかるが、それも容易く迎撃される。
 常に大金を持ち歩いているような空だが、すぐにそのお金を使ってしまう為に金回りは良くない。日頃の食事や酒代は、ほとんどがツケで日銭が余ったら払っていく‥‥というのが基本スタイルだ。
 よって、酒場の主人には頭が上がらない相手が多い。

「今日はお正月じゃない。ね? 無一文で放り出すなんて殺生な真似しないでぇ。ねぇ?」
「ぁ〜もう‥‥分かった分かった。ほれ、返すから擦り寄るんじゃないよ」

 女主人も本気で取り上げるつもりはなかったらしく、猫のように抱きついてきた空を引き剥がしながら、懐にしまった金を突き返す。

「ふふ、やっぱりママさんは優しいわね」
「バカ言ってるんじゃないよ。それより、ここで飲んだくれてるぐらいなら、ツケを払うアテでも探してきたらどうだい」
「ン〜‥‥それも良いんだけど」

空は返却されたお金に軽くキスをしながら、すぐに財布に仕舞い込んで席を立った。

「なんだい。本当に探してくるのかい?」
「それも良いけど、やっぱりもうちょっと探してくるわ。私の恋人を、ね?」

 つまりは、いつもと同じでツケを放って一夜の恋人を探しに行くことにしたらしい。
 気紛れな雌猫を見るように、女主人は肩を竦めて口を開いた。

「見つからなかったらまたおいで。何なら私が相手をしてあげるよ」
「それは全力で遠慮しておくわ。お・ば・さ・ん♪」

 歌うように言いながら、空は素早く酒場の扉に走り、外に出て扉を閉めた。背にした扉にグラスが叩き付けられ、続いて女主人の罵声が突き刺さるが、空は気にすることもなくその場を離れ、人混みに離れていく。

「さ〜て‥‥これからどうしようかしら‥‥‥‥」

 人混みを歩きながら、空は溜息と共に呟いた。真白く染まった息が顔にひっつき、その周囲を冷やしていく。
 これ以上ツケを増やさないために理由を付けて酒場を出てきたが、本当に女の子を探しに行く程の気力はない。既に昼間の明るいうちに歓楽街の裏道を歩いてみたのだが、大半の店の女の子達は出張中で、残っているのは空のストライクゾーン外の女性ばかりだった。
 こういったイベント時は、女の子達にとっても稼ぎ時だ。空のように一人で年越しをすることを寂しく思う男女は多く、競争率は高い。そして、より高い報酬を出してくれる相手に付くのは裏街道に足を踏み入れた女の特徴であり生きる術だ。空のように、その日の稼ぎで遊び歩く者はこの競走から弾かれる事が多く、場合によっては参加さえさせて貰えない。
 ‥‥‥‥空は街をブラブラと歩き回り、歓楽街の表と裏を繋ぐ路地裏の壁にもたれ掛かって静かに街の風景を眺め始めた。

「‥‥‥‥手の空いてる子なんていないって、昼には分かってたのに‥‥何してるのかしらね。私は」

 人の流れを見つめ、一人ごちる。
 これまで、長く人と共に時間を過ごしたいと思ったことはない。いつ顔を出すかも分からない破壊衝動を考え、少女達と一晩を共にすることにすら神経を使うこともあるため、本当の安息を得られたことはあまりない。
 しかしそれでも‥‥空は、ずっと自分と共に居てくれる人を探してきた。
 そうすることで、自分も人々と同じ世界に居ても良いのだと信じようとするかのように、自分を必要としてくれる者達を探すように、人と人の間を渡り歩いている。
安息を得られる温もりを求めて、何年もの間をそうして過ごしてきた。
 今もまた、そうした安息をもたらしてくれる誰かを求めて、この街を練り歩いているのだろうか‥‥‥‥

「‥‥寒いわね」

 コートごと体を抱き締め、白い息を見送り壁から体を離す。
 このまま外にいたとしても、自分が求めているような相手には会えないだろう。
‥‥‥‥酔いが回りにくい体ではあるが、気を紛らわすために酒場で夜を明かすことにしようと、空は路地から出て表通りに戻っていった。
人混みの混雑ぶりには辟易するものの、既に時刻は深夜帯の佳境に入っており、ピークは過ぎ去っているらしい。道行く者に眠そうな顔をしている者が見られるようになり、程なくして普段の静けさを取り戻すだろう。
尤も、それは空が酒場で酔いつぶれるか追い出されるかした頃なのだろうが‥‥‥‥

「おっと!」
「あ、すいません!」

 酒場の看板を見回しながら歩いていた空は、人混みを逃げるように走っていた少女とぶつかってしまった。荒事に慣れている空はすぐに体勢を立て直したため倒れることはなかったが、少女は尻餅を付いて転倒する。

「いたたたた‥‥」
「大丈夫? 人混みで走ると危ないわよ」

 手を差し伸べ、空は優しく忠告する。
 少女は、素直に「ごめんなさい」と謝りながら、空の手を取って立ち上がる。空はその間に少女を値踏みするように見つめ、日常生活で鍛えた観察眼を発揮させた。
 ‥‥年の頃は十代後半。体型は痩せ型だが体つきが悪いわけではない。肌の色は綺麗な白で、髪は黒。背丈は空よりも一回り小さく、頭の上には何故かネコミミがある。恰好は暖かそうな真白いロングコートを着ているが、その下は寒そうな綺麗なドレスで着飾っている。
 一見するとどこかのお嬢様と見間違うかも知れないが、空は一目でその少女が“裏道”で商売をしている女であると看破した。日常的に表と裏の少女達を物色していた成果である。あまり自慢は出来ないが。

「すいません。急いでいたもので‥‥‥‥あの、ケガとかはありませんか?」
「ないわよ」
「良かった‥‥ああ、いけない! 早く仕事に行かないと‥‥それでは!」

 空に向かって深く頭を下げた少女は、空の横を擦り抜けて走り去ろうとする。
 しかし、それを‥‥‥‥

「あら、仕事って‥‥‥‥これの事かしら?」

 ガシッと、少女と擦れ違いながら振り返った空は、少女の手を握り捕まえていた。
 そして、すぐさま自分の懐にまで引き入れる。走り去ろうとした少女も、空の超人的な力の前には為す術もなく、抵抗らしい抵抗も出来ず何が起こっているのかも分からぬ間に抱き寄せられ、そしてコートの中をまさぐられた。

「ひゃっ!??」
「さて、これはどういう事かしらね」

 手を少女のコートに突っ込んでいた空は、その中から自分の財布を抜き出して問いかけた。
少女の懐に入っていたのは、最初にぶつかった時に擦り取られた空の財布だ。酒場の看板を見ていたために盗る現場を目撃することは出来なかったが、懐の重さで財布が無くなったことはすぐ分かる。
本来なら、激突した衝撃で相手を転ばせて注意を逸らすのだろうが、残念ながら空は倒れることはなく、そして冷静だった。相手を観察し(目的は微妙に違うが)挙動に不審な所がないかを見定め、行動する。少しでも判断が遅れれば、財布を持ち去られていただろう。
 少女はビクリと肩を振るわせ、拘束から抜け出そうと藻掻き始める。

「あ、いえ! それは私が‥‥」
「かなり手慣れているわね。常習犯? どこかの組織に所属してる?」

 空は藻掻く少女を押さえつけながら問いかける。
 少女の“スリ技術”はかなりの腕前だ。油断していたとはいえ、空の懐から一瞬で財布を抜き取るのは半端な腕では出来ない。だからこそ、空は少女を常習犯だと判断した。
 本来ならば警察か自警団にでも引き渡すのが筋なのだろうが‥‥‥‥しかし、それなりの腕前を持つ犯罪者なら、何らかの組織に属している可能性がある。たかがスリと言っても、マフィア組織にとっては自分の縄張りを荒らす害虫以外の何物でもない。見つかり次第即刻処分されるだろう。
よって、こういった軽犯罪者でもマフィア等に属している者は少なくない。フリーで活動している空にとっては、そういった者とのいざこざは避けたかった。

「え? ぁ‥‥組織ですか?」

 しかしこの少女には、そう言った背景はないらしい。咄嗟にどこの組織に属しているという嘘すら出ずに、少女は困惑しながら、空に対しての怯えをより一層態度に表した。

「あの‥‥ごめんなさい! あの、命だけは‥‥」
「え‥‥いや、私は組織の者じゃないわよ。ただ、厄介事には関わりたくなかっただけ」

 どうやらマフィアと勘違いされたらしい。空は苦笑しながら、少女の肩を叩いて落ち着かせにかかる。

「別に悪くはしないわ。落ち着きなさいな」
「うぅ‥‥本当になにも?」
「怒ってないし。あなたは可愛いからサービスよ」

 空は少女を抱き締めながら頭を撫でつける。柔らかい髪の感触。ついでにネコミミ(直に生えていた)もフニフニフニフニフニフニフニフニと思う存分満喫し、極上の笑顔で少女に話し掛ける。

「ところで、あなたどうしてこんな事を? 見たところ水商売か‥‥まぁ、近い仕事だと思うんだけど、稼ぎ時じゃないの」

 空の質問に、少女は表情を曇らせた。
 空の予想した通り、どうやら少女は“その筋”の人間らしい。しかしならば、今は稼ぎ時の筈。ここでこうして、スリをしているような暇もなければ必要もないはずだ。
 少女は自分の体を抱き締めながら、辿々しく話し始めた。

「あの‥‥‥‥お店に出てたら恐いお客さんが来て‥‥その‥‥無理矢理私に‥‥‥‥」
「‥‥ふーん、なるほど。何となく分かったけど、で? どうしたの?」
「酒瓶で頭を殴りつけて蹴飛ばして肘打ち喰らわせたら気絶しちゃって‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「ケガの治療費とか色々払ってたら、お金が足りなくて‥‥‥‥お店に部屋の場所を教えてたから、逃げ場もなくて‥‥‥‥」

 つまり、お店で暴れて慰謝料を払った挙げ句、全財産を取り上げられた‥‥‥‥というわけか。
 しかしそこまでのことが出来るのだから、相手はまず間違いなく組織に属している人間だ。五体満足で帰され、殺されなかっただけマシな方かも知れない。
 だが、お店で暴れたという少女を、もはやどこの酒場も雇ってはくれないだろう。この手の噂は業界中にすぐに知れ渡る。客から店へ、店から店へと伝達し、その日のうちにはブラックリストに載ってしまう。どこの店でも、裏の人間といざこざを起こすような人間を雇いたくはない。当然のことだろう。

「つまり‥‥全財産を没収された挙げ句に仕事場を追い出されて、ついつい昔取った杵柄でスリに走ってしまった‥‥と」
「は‥‥はい。子供の頃は、もっぱらこっちで過ごしていたので‥‥」
「結構荒んだ人生を送ってるわね‥‥‥‥でも、そうね。つまり、あなたは今日暇なのね」
「え?」

 少女は目をパチクリさせ、空は「う〜ん」と唸りながら考えた。
 今抱き締めているネコミミ少女は、お金がない。スリを行ったという弱みがある。時間もある。そして自分には、少女に与えられるお金があり、時間も持て余している。
 ‥‥謀られたかのように出来上がった状況‥‥‥‥空は「決めた!」と少女を放しそして肩を掴んで振り返らせた。

「あなた、今日は私の恋人になりなさい」
「え? は? ええぇぇぇぇえ!?」

 当惑し、混乱する少女。当然だろう。これから自分はどうなるのだろうと顔を青くしている時に、恋人になれなどと言われれば混乱もする。
 そんな少女の混乱など、空ならばすぐに察することが出来ただろう。しかし空は、少女の手を掴み、あえて答えも聞かずに歩き出した。
 善は急げだ。今日のイベントにはこれと言った思い入れはないが、しかし何をする日なのかは聞いたことがあるし一通りは知っている。
 空はひとまず、少女を連れて行き付けの宿の中へと入っていった‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥

「あの‥‥これって、良いんでしょうか」
「いいのいいの。ここの店主って、細かいことはあまりこだわらないから」

 空はそう言い、窓から体を乗り出している少女の手を取り、少女を屋根の上にまで引き上げた。障害物のない屋根の上には寒々しい風が吹いており、少女は寒そうにコートを抱き寄せ、空にくっついて歩を進める。
 ‥‥現在、空は少女を宿に連れ込み、最上階の部屋を取ってその屋根の上に上っていた。いつも通りにベッドの上に少女を押し倒すようなことはなく、窓を開け、屋根の上にまでスルリと上ってしまったのには少女も面食らっていたが、この場に来るまでに、空から「一晩を買う」と言われているため、少女は空の後を追い恐る恐る屋根の上にまで上っていく。
 幸い雪が降っていなかったため、雪に足を取られて落ちるということはない。しかし三角形を描いている足場は不安定で、少女は震えながら空に縋り付いていた。

「うぅ‥‥ここ、恐いですよ」
「まぁまぁ。この宿、一番見晴らしが良い場所に建ってるのよ。ここからなら初日の出もキッチリとバッチリと見られるから、狙ってたのよね」

 空は屋根の上に腰を下ろし、落ちるのではないかとビクついている少女を膝の上に座らせて抱き締めた。二人分のコートは二人の体温を逃さず保ち、まるで暖炉の前に座っているかのような心地良さを二人に与えてくる。
 まるで子供のように空に抱き締められた少女は、数分もしないうちに体を落ち着け、空に寄り添っていた。

「ひゃっ!?」
「しっ! 声を上げないで」

 ‥‥しかし、空はそんな子供扱いをするために少女をわざわざ買ったわけではない。
 確かに好みの美少女と共に日の出を拝むのも素晴らしいことだと空は思っていたが、しかし料金分の仕事はするし、して貰うのが空の信条である。
 空は自分のコートを大きく広げて少女を包み込んでいたのだが、懐に入り込んだ少女の体を抱き締めながらその体に手を這わし、少女の椅子となっている自分の足を巧みに組み直し、その体を拘束していた。反射的に抵抗を試みる少女も、体をコートで包まれ、両足をガッチリと絡ませられていて抜け出せない。
 それに、不安定な屋根の上で暴れていては、万が一にも落下してしまう可能性がある。そんな状況もあり、少女の抵抗も強くは出来ず、空にされるがままに蹂躙されていた。

「ふひゅう!」
「あまり声を上げると、下の人達に気付かれちゃうわよ」

 腿を撫でられ、声を上げる少女に空が優しく小さく忠告する。すると少女は、ハッとしたように街中を行く人々を見下ろし、そして漏れ出る声を抑えるために口を押さえた。
こんな寒空を見上げるような酔狂な者もおらず、屋根の上に座る二人は誰にも見咎められることはない。しかしそれも、声が聞こえれば話は別だ。ちょっとした事で注意を向けられてしまえば目撃される。コートで隠されているとしても、少女の嬌声などが聞かれてしまえば何をしていて声を上げていたのかなど丸分かりだ。見られなくても、避けたい事態である。
 空はそんなことなど気にする風でもなく、少女に忠告しただけで少女への悪戯をやめる気は全くなかった。周りに見られないようにコートの守りはしっかりと行い、屋根から落ちないように体勢は崩さずに両手で少女の体を蹂躙する。腿から上の方へと手を滑らして指を這わし、その手を止めようとする少女の手を片手で掴んで止める。身を震わせて声を上げることを必死に押さえている少女の首筋に唇を当て、まるでくすぐるように下を這わせる。
 空にいいようにされている少女は、顔を真っ赤にしながら耐えていた。空の悪戯から逃れることは諦め、ひたすら声を殺すことに専念している。
‥‥‥‥しかしそれも、そう長くは続かないだろう。空の指が動くたびに体が軽く痙攣し、頬が弛緩して気持ちよさそうに目を潤ませている。顔を仰け反らせて空の顔を見つめ、訴えるように涙ぐんだ目で唸り声を上げる。

「どう? こういうのも悪くないでしょ」
「ん〜!」
「ふふふ‥‥そう、楽しんで貰えて嬉しいわ」
「んん〜〜!!!!」

 少女は一際大きな声を上げ、空の手から逃れようとする。
 いくら報酬を貰っているといっても、ここまでするのは割に合わないと踏んだのかも知れない。何しろ、元から酒場で暴れてクビになるような少女だ。この手のことにあまり慣れてはいないのだろう。
 そんな少女の抵抗に、空もさすがにこれ以上暴れられるようでは危ないと思い始めていた。
 思ってはいた‥‥‥‥のだが、空の手は止まることはない。むしろ指は更に緻密に素早く動いており、少女の抵抗を擦り抜けてその体をまさぐっている。
 コートが邪魔をして、お互いに互いの体を確認出来ないことが、より一層“何をされるのかが分からない”という緊張感と恐怖を生み出し、それが少女の興奮を高みへと導く手伝いをしている。
 少女は、空への抵抗をしながらも声を漏らさないよう、懸命に口を閉ざしていた。しかし、それも限界に近付き、空が指をパチンと弾いたのを合図に、喉を息が通り抜け‥‥‥‥

「はい、ここまで」
「ほあえ‥‥?」

 これ以上ない程の限界を迎えようとした時、空はその手を止めた。コート越しに少女を抱き締める態勢に戻り、それ以上の行為は何も行おうとはしない。
 少女は呼吸を荒げ、肩で息をしながら熱くなった体を隠すこともなく空の顔を見上げた。

「どうして‥‥」
「どうしても何も‥‥‥‥契約の時間が過ぎちゃったからね」

 空はそう言って、彼方の空を指差した。少女はその指の先を見つめ、「ああ‥‥」と小さな声を漏らす。
 ‥‥空が示したその先には、暗い夜空を眩く赤に染める陽の光があった。
 若干雲に隠れているが、それが太陽の直視を可能としている。
太陽の眩しさは雲を照らし、その輪郭を綺麗に映し出している。街は幻想的な朝日に照らされることで息を飲むように静まり返り、多くの人々に見守られながら、陽はゆっくりと、しかし見る間に空へと上っていく。

「まったく‥‥‥‥惜しかったわ。もうちょっと早くあなたと出会えていたら、もっと楽しめたのに」

 空は本心から残念そうに呟き、そして少女を解放した。そしてコートの中から自分の財布を取り出し、有りっ丈のお金を少女の手に握らせる。
 少女とは、一晩だけの契約だ。朝日が昇ればそれまでで、二人の間柄は白紙に戻る。
少女は押しつけられたお金をしばし呆気にとられたように見つめ、それから倒れ込むように空へと体を預けた。

「あら?」
「あの‥‥お金は良いですから、その‥‥‥‥最後まで、して貰えませんか?」

 体をモジモジと擦りながら、切なそうに空を見上げてくる少女。

「ああ‥‥そゆこと。それなら大歓迎よ」

 空は少女を引き寄せ、しかし人目に付きやすいからと今度は少女を連れて下の部屋にまで舞い戻る。
 初めて人と共に見る初日の出。そしてその時間を共にした者との初姫初め‥‥‥‥
 偶にはこんな事があっても良いと、空は朝日に照らされながら、少女の首筋にキスをした‥‥‥‥






●あとがき●

 大分遅れました。あけましておめでとうございます。メビオス零です。
 いやぁ、テラネッツが冬休みにはいることをうっかり忘れていましたよ。納品が大分遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
 さて‥‥‥‥以前から何回も受けているこの仕事、今回は大丈夫でしょうか?
 内容的にも描写的にも、結構ギリギリの線を突き詰めてみました。前にやりすぎて怒られていますし、でも最近はこういった物を書いてなかったので、ちょっと加減を忘れてしまっています。アレ過ぎずコレ過ぎず‥‥‥‥境界が難しいです。コレから、また模索していきますとも。ご依頼さえ頂ければ‥‥ですが。

 では改めまして‥‥今回のご発注、誠にありがとう御座います。
 今回の内容についてのご指摘、ご感想などが御座いましたら、送って下さいませ。いつもファンレターを送って頂き、本当に感謝しております。またのご依頼が頂けるよう、コレからも頑張っていきますので、よろしく御願いいたします。(・_・)(._.)