<LEW・PCクリスマスノベル>
脱走トナカイを捕獲せよ
いまにも雪がちらつきそうな鈍色の空の下──
「どいたどいた、どいたぁぁぁっ!!」
風を巻いて突っ走っていった“それ”を見送り、千獣(せんじゅ)はかすかに眉をしかめた。
「……よう」
重低音に振り返れば、筋骨逞しい男が立っていた。むきだしの上腕にはヒイラギとベルとリボンを組合わせた刺青があり、革のベスト、山刀をぶち込んだベルト、ぴったりした革のズボン、ごついブーツにも同様の焼印が入っている。
「もしかして橇を引きずった喋るトナカイを……ああ、見たってツラだな。どっち行った?……森かよ、面倒くせえなあ。ったく、あのお天気屋の枝角野郎!」
言葉の最後は半ばひとりごとだ。男は千獣が示した方角に数歩進んでから、ああそうだ、と戻ってきた。
「暇なら取っ捕まえるの、手伝わねえか? いやむしろ手伝え。粗品が出るぞ。俺はブラックサンタ。年にいっぺん、悪い子を袋に詰めてまわるのが仕事さ──このままだとな」
■□■
「枝角“野郎”……? あれ、牝じゃ、ない……?」
まくしたてられた単語を頭の中で一通り並べ、千獣はとりあえず、とっつきやすい点から質問してみた。季節柄、牡なら角がない筈だ。
「ああ、奴ぁ飛ぶからな、特例というか験かつぎみたいなもんで、真冬でも落ちない──って、角から攻めるたぁツウだな。たいていは俺を怪しんだり風体にツッコミが……まあいいや、手伝ってくれるのか?」
「うん……いい、よ……」
飛ぶ、という発言に更なる疑問符が追加されたが、ともあれ、協力することに否やはない。
「ありがてえ、なら歩きながら相談だ。で、どうする?」
水を向けられ、千獣はしばし考えて、
「トナカイ、橇、引いてるん、だよね……? じゃあ、狭い、ところ、には、入れない、から、普通の、トナカイ、と、足跡、違う……森に、残ってる、足跡、追う……他、トナカイ、の、匂い、残ってる、もの、ある……? あれば、貸して……? 足跡、綺麗に、残ってる、か、わからない、から……匂いも、一緒に、追う……」
口調はたどたどしくとも、指示は的確だ。ブラックサンタは短く口笛を吹いた。
「おお、すごいな、あんた。今年は大当たりだ……なに、こっちの話さ。匂いのついてるもんてぇと、これなんかどうだ?」
ポケットを漁って出てきたのは、金色のベルがついた赤い革の首輪である。華奢な見かけによらず、ずっしりと重い。
「あり、がと……でも、後ろ、から、追いかける、だけじゃ……うまく、行き、止まり、に、追い込め、れば……」
彼女の言わんとするところを飲み込んで、ブラックサンタははや眼前に迫る森の地形を説明した。
■□■
千獣は冬枯れと常緑の混在する森をひそやかに進んでいた。
橇のせいで選ぶルートが限られており、落葉ごと凍てついた泥や地表で曲がりくねる木の根にとぎれとぎれの足跡も、残された匂いが補ってくれる。他者は知らず、千獣にとってはさして難しい仕事ではない。獣道を突っ切って距離を縮め、やがて聴覚と嗅覚が、所在なげにうろつく雑食獣を捕捉した。
刹那、ずきりと胸を疼かせたのは、記憶と呼ぶには曖昧すぎる遠い遠い昔の感覚、あるいは欲求だろうか。掻き混ぜられて沸きたつ澱にも似た身の内のざわめきを制し、千獣は姿を隠したままわざと物音をたて、警戒したトナカイが自ら袋小路に向かうようにしむけていった。いったん横道に逸れかけ、慌てて戻ってきたあたり、作戦は順調らしい。
先刻のブラックサンタとの会話が蘇る。
「目印はあのてっぺんだけ覗いてる樅の木だ。俺は街道に逃げられないように、この枝道沿いを行く」
「わかった……頑張ろう……狩りは、チーム、ワーク、大事……」
「は? いや待て待て、どうも手慣れてると思ったら狩る気満々か!? あれで長いつきあいなんだ、せいぜいデコピンか、どやしつけるくらいで勘弁してやってくれ」
「どやし、つける……うん、いい、よ……」
硬い土を踏む蹄の音が、ちょうどよい位置に移動した。
千獣は、すう、と息を吸い込んだ。
■□■
森を揺るがす響きに、ブラックサンタは太い眉を吊り上げた。
猛々しく、深く、それでいてどこか軽さを含んだ、肉食獣の咆哮であった。
直感的に、即席のチームを組んだ黒髪の娘を連想する。どんなからくりかはさておき、おそらく、彼女だ。
一斉に飛びたつ鳥達の叫びに混じり、相棒たるトナカイの喚き声が耳に届く。ブラックサンタは樅の巨木のあるどん詰まりに急いだ。
「おおお狼! 狼でた! くくく喰われるぅっ」
パニックに陥るのはわからないでもない。あれは、ちょっと凄かった。しかし、だからといってなぜ幹の周りをぐるぐる回るのか。計略図に当たったと喜んでいいのかどうか複雑な気分で眺めていると、木立の奥から千獣が現れた。
「トナカイ……来た……?」
「おお、おかげさまでな。ありがとよ!」
ほっとした様子の千獣に答え、彼は未だうろたえているトナカイに大股で歩み寄る。
「やかましい、この枝角が! 年に一度の大舞台をさぼろうたぁ、ふてぇ野郎だ!」
左右の角をつかまれ至近距離で叱りとばされて、ようやくトナカイは我に返った。
「ご、ごめっ、ちゃんと働きます、飛びます! お仕事大好き!」
「それ、毎年ぬかしてるよなあ!?」
毎年脱走するんだ……と妙に感心しつつも、千獣にはひとつ気がかりがあった。
「ブラック、サンタ……」
「なんだ?」
「さっき……このまま、だと、悪い子、詰めるって、言ってた、けど……それは、今も……?」
すると、ブラックサンタが楽しげに笑いだしたではないか。角をひっぱられ頭をはたかれてべそをかいていたトナカイまで、照れくさそうに彼女を見ている。
「安心してくれ、間に合ったからにゃあ、詰めるのは別物さ」
千獣は目をしばたたいた。言っていることもよくわからないが、それよりなにより──
「ブラック、サンタ……膨れ、てる……?」
「ああ、俺ぁもう“ブラック”じゃあねえぜ、単なるサンタだ」
にんまりとした表情はそのままに、男の姿がどんどん変わってゆく。筋肉質の体は横幅が倍になり、太鼓腹がせりだした。年齢は二回りも三回りも上がって、髪も眉も、いきなり顔の下半分をうずめたヒゲも真っ白だ。服は白い毛皮にふちどられた暖かそうな真紅の長袖長ズボンに、山刀は服と揃いの先端に玉房のついた帽子に化けた。“枝角野郎”も金色のベルの首輪をしたとたん賢く凛々しげに、無骨な運搬具だった橇は、綺麗に塗り分けられ小さな鈴をふんだんに飾った、美しい乗物になっていた。
「サン、タ……?」
「いかにも、サンタじゃ」
頷いて、ホーホーホーと独特な喉声で笑った老翁は、橇後部のはち切れんばかりの袋を指さした。
「年にいっぺん、よい子に贈り物を配ってまわるのが仕事での。さあ、忙しくなるぞ!」
これから一晩で全世界を巡るのだ、とブラックサンタ改めサンタクロースは橇の上で血色のよい顔をほころばせた。
「世話になったお礼じゃ、そら、手をおだし……メリークリスマス! いや、なに、わしらの合い言葉、決まり文句みたいなものさ。では達者でな、メリークリスマス!」
トナカイが枝角を振りたて重い蹄で地面を蹴ると、橇はたちまち空を駆け上り、澄んだ鈴の音色を残して雲の彼方に溶けていった。入れ替わるように雪がひとひら、ふたひら、舞いはじめる。
「……メリイ、クリス、マス……」
千獣もまた“合い言葉”を唱え、掌に視線を落とした。
青いビロード張りの小箱の中に、ヒイラギとベルとリボンを組合わせた銀のブローチが光っていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3087/千獣(せんじゅ)/女性/17歳(実年齢999歳)/異界職(獣使い)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千獣様
こんにちは、三芭ロウです。お待たせ致しました!
この度はご参加ありがとうございます。
おかげさまでトナカイも捕獲でき、無事サンタクロースの登場となりました。
それでは、ご縁がありましたらまた宜しくお願い致します。
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