<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―第四話―』

●交渉準備
 手紙はザリス・ディルダの元に届いただろうか?
 約束どおり交渉の場とした、荒野には入っていない。
 敵側も遠方から下見をしているだろう。
 こちらが約束を違えて侵入したところを見られ、警戒されては更に分が悪くなる。
「島に向かったメンバーの状態も気掛かりだが、俺達は交渉の準備を徹底的に行なっておくべきだろうな」
 クロック・ランベリーが遠く――島の方向に目を向けながら呟いた。
「ザリスのことだ。側近の一人もしくは二人を島に送っていると見るべきだろう」
 千獣も遠く離れた友達、リミナとルニナを想いながらクロックの言葉に頷いた。
 2人はザリスの側近と接触したのだろうか? 体を上手く交換し、その記憶を読めたのだろうか?
 考え出すと、不安が募ってしまう……。
 千獣とクロック、キャトルの3人は、交渉の場所から十分離れた場所に、罠を仕掛けていた。
 交渉場所には互いに近づかないこと、及び魔法的な罠が仕掛けられているかどうか、互いに探ることは可と手紙に明記した為、遠方からの定期的な点検や場所の確認はしてはいるが、交渉場所自体に罠を仕掛けることは出来なかった。相手側が何か仕掛けた形跡も今のところなかった。
 3人を指揮しているのは、千獣の中にいるジェネト・ディアだ。
「このあたりでいい?」
 キャトルが石を乾燥した土の上に置いた。
「……うん。そこに、埋め、て……」
 千獣が自分の中に響いたジェネトの言葉を声に出した。
 3人は、錬金術師ファムル・ディートの研究所から、ジェネトの指示により鉱石をいくつか持ち出した。
 ジェネトは詳しく説明をしなかったが、誰もが大体理解できた。
 鉱石を配置し、魔法陣を作っているのだ。
 使用している鉱石は魔力を抑える効果のある鉱石であった。
 ここまでおびき寄せる方法は今のところ誰も思いついてはいないため、この罠が使えるかどうかは分からないが。
 思いつく限りの対策と準備は行なっておいた方がいいだろう。
「そう、いえば……ジェネト、コデル・ディズナ、って人、知ってる?」
 千獣が問いかけると、自分の中に言葉が浮かび上がってくる。それをそのまま口に出す。
「『村の、人口、あまり、多くは、なかった……から、名前、全員、知っては、いたけれど、聞いた、事のない、名前……』。そっか、うその、名前、なのかな……」
 コデル・ディズナとは、ジェネトやザリスが暮していた村を調べている青年の名前だ。
 ジェネトが知らないとなると、ザリスが適当な人物にそれらしい名前を名乗らせていたのかもしれない。
「あと、他の、けんじゃ、の、作品、について、何か、知ってる……?」
 その問いにも、知らないという答えが返ってきた。互いの作品については知られていない。自分の作品についても、館で話したメンバー以外には誰にも知られてはいなため、敵側も一切の対策を立てられずにいるだろう、と。
「ジェネトだが、交渉の場にいないとなると怪しまれるかもしれん。ジェネトの姿に化けられるようしておきたいものだが?」
 クロックの問いに、千獣はこくりと頷く。
「姿、そう、見せる、こと……できるって、言ってる。でも、魔法で、やると、近付かれ、たら、敵に、魔力の、流れ、で、わかっちゃう、かも、知れない、って」
「なるほど、変装では騙すのは難しいだろうしな。では、遠目に見せる際には、魔法で千獣かキャトルに変身してもらうか」
 千獣とキャトルは一瞬顔をあわせた後、頷いた。
「しかし、この仕掛けといい……転移陣の符でもあればいいんだが、できる術氏が島に行ってるからな。彼がいれば強攻策も可能だったが」
「……んと、ジェネトも、そういう、魔法、使える。だけど、相手も、そういう魔法や、道具で、対抗してくる、可能性、ある」
 千獣がジェネトと会話しながら、言葉を発していく。
「そうだな……」
 クロックは深く頷いた後、最後の1つの鉱石を指定された場所に埋めた。
「この罠の石、持って、いったら、どうなる……? 罠についても、色々、聞かせて……」
 千獣がジェネトに問いかけ、力を抜き、身を委ね、ジェネトが千獣に代わって、千獣の体から表に出てくる。
「この石自体にも魔力を抑える力がある。が、石を相手に持たせて戦闘というのは、ちょっと考えられんしな……。この魔法陣の中では、私の作品ほどではないけれど、全ての魔の力が抑制されるはずだ。発動はここに埋めてある石を、僅かにこちら方向にずらすだけでいい」
 ジェネトは1つだけ全体を埋めてはいない鉱石を足で叩いてみせる。
『聖獣の力も?』
 千獣が頭の中で問いかけた。
「魔法的な能力ならば、抑えられるが、物理的な能力は抑えられないだろうね。魔法陣の中に敵が入った瞬間に、更に魔法を発動することで、物理的能力も抑えることは可能だけれど、まずはここにおびき寄せないとね」
「つまり、ザリス・ディルダをここに誘い込むことが出来れば、纏っている魔法具の力を弱め、物理戦に持ち込むことが可能ってことだな。ザリス、1人だけを連れ込めれば俺や千獣で十分勝てる、と考えていいな?」
 クロックの言葉に、ジェネトは強く頷いた。
「ただ、完全に魔法の効果がなくなるわけではないから、ある程度の怪我は承知して欲しい」
『罠に、弱点、ある?』
「鉱石の配置が少しでもずれたら、効力を失う。あとは、キミのような能力を持った人物にはあまり意味のない罠と思われる」
 頭に響く千獣の言葉に、ジェネトはそう答えた。
 ここまでザリスを誘い込むことが出来れば――勝算はある。
 だけれど、それをどのように成すか。
 罠にはめる以外の方法も考えておかねばならない。
『ファムルの、記憶、ザリスに、入れる、とき、私とか、誰かの、記憶、一緒に、流し込めば、どうなる?』
「ザリスちゃんに、ファムル君以外の記憶も一緒に流し込む?」
 会話が聞こえていないクロックとキャトルにも分かるよう、そう言葉を発した後、ジェネトは千獣の問いに答えていく。
「混乱するかもしれないね。でも、魔道術の賢者である私に近付いて魔術を受けるとなれば、彼女は相応の警戒をしてくるだろうから、下手な行動は取れないだろう」
「でも、記憶だけじゃダメだよね。薬作るのとか、術とかって。センスもないと……」
 キャトルがぽつりと呟いた。
 3人は考え込みながら、その日は帰路についた――。

●激戦
 領主が非常に気掛かりであったが、駆けつけることは出来ないようだ。
 山本建一は、1つ、吐息をついたいあと、目の前で嘲笑を浮かべる女に鋭い目を向けた。
「ザリス・ディルダが先に送り込んだ者はギラン・ガエオールですね。本当の名前は知りませんが」
 シーナ・ラシルカは、その問いに答えず、剣を建一に向けた。
 答えを聞かずとも、ここに来る以前からギランにも不信感を持っていた。
「いいでしょう」
 建一も水の精霊杖を構える。
「あなたとレザル、どちらが厄介か試させてもらいましょう」
 挑発的な言葉に、シーナの眉が微かに動く。
 次の瞬間、同時に魔法の詠唱を開始する。
 発動は建一の方が早い。建一はまず、自身の身体能力を上げた。
 続いてシーナの魔法が発動される。途端、空気が重くなる。……重力を操作したらしい。
 先に身体能力を上げていた建一は、普段程度の速度で動くことができた。床を蹴ってシーナの側面へ跳び、風の刃を飛ばす。
 シーナは作り出した盾で、風の刃を防いだ。
 建一は続け様に魔法を打ち込み、シーナは防御に徹した。
 気付けば、彼女は魔法により完璧にガードされていた。
 強力な技を使えば、ガードを崩すことが出来るとは思うが……この建物を崩してしまう可能性がある。
 建物の下敷きになれば、いかに建一とはいえ、無事ではいられないだろう。
「神風――!」
 建一は強力な風を起こす。
 風が家具を持ち上げて、窓にぶち当たっていく。しかし、窓は割れない。結界でこの空間は守られている。
 シーナが繰り出した炎の弾を避けて、再び風の刃を乱舞させる。
(……大体の強度は、掴めた)
 建一はタイミングを計る。
「ふふふふ、闇雲に魔法を打ったって、私には傷1つつけられないわ。でも、私の攻撃はどうかしら?」
 シーナは小剣で虚空に魔法陣を描く。発動と同時に彼女は跳んだ。
 大地が揺れ、建一は軽く体勢を崩す。瞬間、シーナの小剣が建一の胸を軽く切裂いた。
 辛うじて後ろに避けたが、壁に阻まれ完全に避けることが出来なかった。
「あなたがレザルであったのなら、今の一撃で倒されていたかもしれませんね」
 冷笑して、再び彼女を挑発しつつ、繰り出される剣を杖で弾いて、右へ跳び詠唱をし自身の周りに炎を起こす。
「っ……私の方が弱いとでも!?」
 即座に、シーナは風を起こす。風を纏いながら、建一に突きを放つ。建一は魔法の盾を作り出し、彼女の攻撃を逸らした。
 シーナの剣が壁に衝突する。しかし、結界の影響により壁には食い込まない。
 建一は再び強風を起こして、部屋の隅へと飛び、彼女と距離を取る。
 炎を纏い、炎の弾を繰り出して彼女の視界を奪った後、強力な魔法の詠唱に入る。
 シーナも、ただ防いではいない。室内に放たれた風の刃が、建一の体を切裂いていった。

「てめぇ、何者だ……。いや、聞く意味はねぇなッ」
 リルド・ラーケンは、剣を繰り出し目の前の男に猛攻を仕掛ける。
 リルドの相手、魔法剣士のジルア・スディルは、リルドの剣を剣で受けながら、空間術の衝撃派を発動する。リルドも風の魔法を打ち込んだ。互いの魔法が衝突し、空間が爆発を起こす。
「こちらの台詞だな。貴様は何者だ。貴様のような者はこの島に用はないだろう?」
 既に長時間剣を交えている。騎士と思われるその男にとって、リルドのような強者の存在は予想外だったようだ。
「この島には用はねぇ。けど俺は――!」
 リルドは手を振りかざして周囲を凍結させる。男は魔法で相殺を試みるが、魔力はリルドの方が上のようだった。
 凍った大地は男の行動を鈍らせる。男は炎の魔法を発動する。
 リルドは大気中の水を凍結させ、男に氷刃を打ちこみながら、自身も斬り込んでいく。
 男は、空間術で氷刃を弾き、リルドの剣を自らの剣で受ける。リルドは地を蹴って、一旦後ろに跳んだ。
 そうして、大きく息を付く。
(あー、やっぱこれだな。この感じ……何もかもがどうでもよくなる)
 戦いに体が、心が惹かれていく。
 眩暈がするほど、強く。
 のめり込みそうになる感覚。
 だけど、違う。
 本当に自分を惹き込む戦いはここにはない。
 目の前の相手はリルドがターゲットとする男、グラン・ザテッドと戦い方が酷似している。
 だが、力量はかなり劣る。
 ……奴もこの地に来ている。あの船の中に――。
「アンタと勝負を楽しむ気なんざねェよ」
 目の前の相手にそう言った途端、リルドは雷を呼ぶ。
「な、に!」
「終わりだ」
 魔術でガードをする男の背に風を呼び男の行動を封じた後、リルドは剣を叩き下ろす。
 リルドの剣が男の肩から脇腹に深く溝を作った。
 倒れる男を一瞥して、リルドは船に目を向ける。
 男の生死も、港で戦いを繰り広げる人々も、もはや気にはならない。
「あの中に、ヤツがいる」
 心が急く。戦いの中へ突き進みたくなる。
 冷静になれと、リルドは頭を左右に振った。
 闇雲に戦って勝てる相手ではない。
 本隊は敵軍と激しく衝突しており、この場所からも倒れて動かない人々の姿が見て取れる。
 既に相当な被害が出ている。味方も敵も。
「頭をヤれば死傷者も減る」
 リルドは身体の一部を竜化させて、翼を生やす。
 翼を広げると、座礁しているアセシナートの軍艦に向けて飛び立った。

「下がれ! だが、これ以上進ませるわけにはいかん!!」
 ミッドグレイ・ハルベルクは、そう叫びながら、隊を後方へと退かせる。
 予め指示してあった通り劣勢を装いながら、部隊は後方へと移動していく。
 ただ、装っているといっても、全く余裕はない。
 指示を出しながら、ミッドグレイ本人はまだ敵と衝突をしていない傭兵に密かに声をかける。
「背後に回りこめ。炎を放って敵の船が燃えているように見せかけろ。敵の動揺を誘う」
 短く指示を出し、何人かを送り出す。
「いくぞ! 打ち倒せ!!」
 喊声とともに、ミッドグレイは苦手な剣を投げ捨て、トンファーを手にする。
 敵兵士に動揺が走る。
 後方部隊が姿を現し、弓を放っていく。退こうとする敵兵士に、ミッドグレイ自らも跳びかかり、トンファーを打ち下ろした。
 そのまま後方に跳び、手裏剣型の聖獣装具スライシングエアを放つ。
 透明の手裏剣が敵兵を切裂く。ミッドグレイは念を込めてスライシングエアを操り、群がる敵兵士の防御の薄い部分に這いこませ、次々に切裂いていく。
「手加減は一切するなッ」
 味方に指示を出し、一旦聖獣装具を戻すと、再びトンファーを構えて敵兵の中へと踏み込む。
「素人の集りだと思っていたが、少しは戦術を考えていたか」
 太い男の声が響いた。続いて、地響きのような音が響く。声の主が、剣を地に叩きつけた音と衝撃だった。
 男と対峙しているのは、アレスディア・ヴォルフリートだ。
 加勢する余裕はない。ミッドグレイは指揮官と思われるその男に注意を払いながら、トンファーと聖獣装具の攻撃を交互に繰り出し、敵兵を打ち倒していった。
「ぬぅ……」
 アレスディアは低く唸りながら、ディラ・ビラジスが消えた先に目を向ける。
「裏切りか、というよりも、そういう計画であったのだろうな……」
 見抜けなかったのは自分の不覚と思いながらも、アレスディアはディラに憤りを覚えていた。
「やはり許せぬ。譲れぬ何かのために裏切るならまだ良い。しかし、何もないまま茫洋と戦って傷つくものを増やしていくその行いが許せぬ。ぐ……っ」
 歯噛みした後、顔を前へと向ける。
 直にでも、ディラの後を追いたいところだが、今は目の前の敵に集中せねばならない。
「これ以上手薄にはできぬからな」
 後方部隊からの援護のお陰で、騎士と思われる豪腕剣士は思うように動きが取れずにいる。
 まともに立ち合えない相手ではあるが、これは一対一の勝負ではない。
(なるべく打ち合わぬように立ち回り……!)
 アレスディアは、後方からの矢を剣を振り下ろして打ち落とした豪腕剣士――ゼッツ・バルヴァの側面に踏み出し、漆黒の突撃槍『失墜』を男に足に放った。
 ガキン――。
 鎧に阻まれ、大したダメージは与えられない。
 だが、衝撃は受けたようで、男は剣を振りアレスディアを斬り倒しにくる。
 アレスディアは槍を打ち込むと同時に、後方に跳び、敵の剣を退けていた。
(生憎と騎士道精神になど則らぬ。後ろだ……次は鎧の継ぎ目を狙う)
 狙いに気付かれないよう、真直ぐに敵を見据えながら、アレスディアは更に後方へと跳び姿をくらました。
 敵兵は体勢を立て直す為、若干後方へと下がっている。
 こちらは指揮官のミッドグレイ自ら、傭兵達と共に敵兵に攻め込み戦闘を繰り広げている。
 豪腕剣士の一撃で、アレスディアの前に立っていた仲間傭兵が1人倒れる。
 謝意を感じる間もなく、次の傭兵に男の剣が打ち下ろされる。
 アレスディアは傭兵達の間を潜り抜け、敵兵を1人切り伏せて、豪腕剣士の斜め後ろへと躍り出た。
 後方部隊の弓が豪腕剣士に迫り、味方傭兵の剣が首へと放たれる。
 豪腕剣士が盾で矢を払い、剣で傭兵の剣を打ち砕いたその瞬間に、アレスディアは男の踵に槍を繰り出した。瞬時に側面に飛ぶ。
 豪腕剣士の足から、血が吹き出る。射られた後方部隊の弓が男の肩に突き刺さった。
 更にアレスディアは槍の穂先で勢い良く土を払って男の顔に浴びせた。男が目を閉じた一瞬の隙に、もう一方の足に槍を突き刺し、抜いた直後に今度は下方から腕を貫く。
 味方傭兵達がここぞと飛び込み、豪腕剣士の体に剣を振り下ろす。
 アレスディアもまた、槍を男の脇腹に向けて繰り出した。
 両足、片腕、身体を斬り、貫かれた豪腕剣士はついに、地に伏せる――。
 アレスディアは大きく息をつく。だが、まだ戦いは終わってはいない。

 後退した本隊と合流を果たし、劣勢ではないと判断した時点で、ケヴィン・フォレストは隊を抜けてディラ・ビラジスを追っていた。
 ディラが向かった方向は、島の東側。木がぽつぽつと建ち並んでおり、雑草が生い茂っている場所だ。
 ケヴィンは罠に注意しながら、ディラの姿を探す。まださほど遠くまで行ってはいないはずだ……というより、こちらには特に何もないはずなのだが。
 坂を上った先では、周囲全体を見回すことができた。広い丘の先に……ディラの姿はあった。
 今は使われていない井戸の前だ。
 錘と鎖で井戸はふさがれている。
 彼はその錘と鎖、そして蓋を外しているところだった。
 ケヴィンは迷わず、矢を放った。
「!?」
 蓋に突き刺さった矢を見て、ディラはその場から飛びのいた。
 ケヴィンは立て続けざまに矢を放ち、転がっている石を蹴って、ディラの行動を阻んでいく。
 剣を抜いて、ディラは細い木の後ろに隠れる。
 ケヴィンは弓を構えながら、井戸に近付き目を走らせて中を見た。いや、暗くて何も見えはしなかった。
 しかし――その中から、突如光が湧き出る。
 飛びのくケヴィンの元に、ディラが駆け剣を繰り出す。弓で受け、押し返してケヴィンも剣を抜いた。
 ディラは利き腕で剣を繰り出してきた。力も、以前と変わらない……いや、腕を上げているようにも思えた。ケヴィンがつけた傷はやはり完治しているようだ。
 剣を受けながら、反撃のチャンスを窺うケヴィンであったが、突如放たれた風刃に、肩を抉られてしまう。
 後方に跳んでディラと距離をとり、井戸を見た。
 魔術師と思われる男達が井戸から外へと次々に現れる。
 どうやら、本当に地下に奴等の施設があったらしい。
 ディラと複数の魔術師を一度に相手には出来ない。一旦退くことを考えたケヴィンだが、ディラはそれを許さない。
 激しい猛攻を受け、ケヴィンは後方へと追い詰められていく。側面によければ、魔術師の魔法攻撃が浴びさられるため、ディラを盾に戦うより他なかった。
 ……気付けば、背後は崖だった。
「これで終りだッ!!」
 ディラが片手で剣を振り上げる。
 ケヴィンは歯を食いしばり、剣を後ろに引き、ディラの腹に一撃を加えることを覚悟した――が、ディラは剣を打ち下ろすより早く、もう一方の手で、魔法を放ってきた。
 衝撃にケヴィンの体が浮き、落下する。足元が崩れ、ディラもまた海へと落下していった。

 軍艦の後方に位置している中型船に、その女はいた。狙撃手、アニアル・スディル。鎧に月の紋章が刻まれている。間違いない、月の騎士団の騎士だ。魔術師のようだが、身体能力も低くはない。
 領主の館や自軍本隊が気掛かりであったが、女天使に姿を変えたフィリオ・ラフスハウシェは、この魔術師に集中をすべく意を決する。
 風の魔法を繰り出し、敵の水の魔法を退けていく。
 翻弄するように、空を飛びながら、船内に目を光らせる。この船には既に戦闘員は彼女以外いないようだ。
「ハッ!」
 女魔術師が海水を浮かび上がらせる。その量の多さ、そして繰り出される魔法の威力の高さから、一般兵ではない――騎士団員であることが窺われる。
「あっ」
 フィリオは小さく悲鳴を上げて海水を受け、そのまま海中へと沈んでいく。
 ……実際は攻撃を受けてはいない。体を風で覆い、自ら海の中へと潜ったのだ。
 ただ、思いの外相手の攻撃は激しく、氷の刃により体に幾つか傷を負ってしまってはいた。
 魔法を維持しながら水の中を進んで、精神を集中して強い力を発動する。
 それは極めて強力な力だ。発生した渦が、中型船を揺らし……ついには、海中へと沈めていく。
 魔術師は船から飛び上がり、風を操って空へと飛んだ。
 しかし、風の操作はフィリオの方が上手だ。海中から飛び出したフィリオは風刃で魔術師を切裂き、更に強風を叩きつけて、魔術師を海へ落とす。
 だが逆に、海中では魔術師の方が上手であった。
 水の魔法を操る技術が非常に高い。
 魔術師の姿は大海原と消えていき、捕らえることは出来なかった。
 とはいえ、かなりの傷を負わせた。直には戦場に戻ってはこられないだろう。
 フィリオは大きく息をついて、戦況を確認する。
 本隊は互角に戦っている。敵軍艦に乗り込んでいくリルドの姿も窺えた。
「ここは頼みます」
 そう言葉を残して、フィリオは館の方へと急ぐことしにた。

「……いい? 誰が来ても領主を護る事を優先するように言って。2人は絶対に誰にも近付かないで。……ボクが負けそうになった時には、躊躇わずここを出て、隠れられるところで身を潜めてて」
 ウィノナ・ライプニッツは、窓から入り込んだアセシナートの騎士から目を離さず、自分の後ろにいるルニナとリミナに小声でそう言った。
「1人でどうにかなる相手じゃないよ。私も援護する」
 ルニナの言葉はありがたかった。だけれど、ウィノナには彼女達をなんとしても護りたいという気持ちがある。
「勝てない戦いならしない。全員で逃げることを考える。けど、3人対1ならどうにかなると思う」
 その言葉に、ウィノナは軽く頷いた。
「……わかった。でも絶対無理はしないで」
「お互いにね」
 そう言って、ルニナはウィノナの隣に立ち、リミナは2人の背後――2人の間に立った。
「こちらは大丈夫です。領主様をお守り下さい!」
 リミナは雪崩れ込んできた兵士に、そう声をかける。
「……盾にでもなるつもりか? 女を殺すのは、ちともったいねぇな」
 月の騎士団、魔術師スリン・ラグサルが手を3人に向けた。途端、ウィノナは右に、ルニナは左に跳ぶ。
 リミナは食堂に入らず、下がって防御の魔法を唱える。
 敵魔術師の手から強風が発せられ、物が浮かび上がっていく。
 ウィノナは重いテーブルの下に身を隠し、テーブルの足を掴んで強風に耐える。
 ルニナは人物像の置物の裏で、像を掴みながら魔法を唱えている。
 リミナが発した魔法が、ルニナの体を包み込む。続いて、ウィノナの体も。
 魔法防御、魔法抵抗、両方を兼ね備えた防御魔法らしい。
 魔力で起こされた風の影響が、少しだけ緩和される。
 ウィノナは、風で浮かび上がっている置物に精神を集中し、敵魔術師の方へと飛ばす。
 魔術師は風魔法で抵抗をするが、ウィノナが放った力にルニナが更に水魔法で力を加え、男の元へと飛ばした。
 だが、男は自分の身体を魔法で完全にガードしていたらしく、置物は弾かれるように飛び、壁にぶち当たった。
 続いて魔術師は風の刃を生み出し、部屋中に放った。
 シャンデリアが割れて、ガラスの破片が降り注ぐ。テーブルクロスもズタズタに引き裂かれていく。
 攻撃の合間にウィノナはテーブルの陰から顔を出す。
「勝負!」
 飛び出すウィノナに、男は軽く笑みを見せる。そして、爆風を起こし、テーブルを吹き飛ばした。
 本物のウィノナはテーブルの下に潜んでいた。テーブルと一緒に、壁に叩き付けられながらも、決して目は閉じない。テーブルクロスが目の前に舞い落ちる。
 ウィノナは床を蹴って痛みを堪えて隅の置物の方へと跳ぶ。
「残念!」
 魔術師は鞭のようなしなる風を作り出し、ウィノナが逃げ込んだ置物を真っ二つに割った。ウィノナの体も同時に――いや、ウィノナの体が男の前から消える。
「ちっ、これも幻術か」
 テーブルクロスで騎士の視界から一瞬消えたその隙に、ウィノナは幻術の魔法を発動していたのだ。
 本物のウィノナはリミナの傍へ。リミナがウィノナに更なる防御魔法をかけ、後方へ退く。その間、ルニナが攻撃魔法を魔術師に向けて乱射していた。
「ルニナ、長くはもたないから。お願い、ウィノナさん!」
 祈るようなリミナの声に、ウィノナは強く頷いて魔術師の方へと飛び込んだ。
 ウィノナの動きを見て、ルニナが攻撃の手を休める。魔術師がルニナに向け魔術を発動した瞬間に、ウィノナは止刻の印を結び、魔術師の動きを止める。
 魔術師から放たれた真空の刃が、ルニナの体を切裂いていた。だが、リミナの防御の魔法のお陰で、肉体の表面が傷ついただけであった。
 ウィノナは聖獣装具に念を込め、聖獣と心を通わせフェンリルへと姿を変える。術を破り、再び魔術を唱え始めた魔術師に突撃をする。
 魔術師がウィノナに手を向ける――しかし、ルニナとリミナが放った魔力の衝撃派が男の足と手を打ち、魔法の軌道が変わり放たれた真空の刃は、ウィノナの頬を軽く切裂き、後方の壁に穴を空けた。
 突撃したウィノナはラスガエリの針――魔力を封じる針を、魔術師に刺した。
「!?」
 魔術師は剣を払い、ウィノナを退ける。
「なに……をした?」
 ウィノナは男から距離を取り、大きく息をついた。
 防御魔法のお陰で大事には至らなかったが、それでも斬られた腕からはから血が流れ落ちている。
 針はウィノナの手の中にはない。魔術師の体内に埋め込んだ。
 魔術師は魔法で痛みの元――針を引き抜こうとするが、その魔法が使えず、動揺している。
 ウィノナは念動で、椅子を浮かせて魔術師に飛ばす。椅子を振り払う魔術師に飛び込んで組み伏せる。
 ルニナとリミナも必死に飛びつき、魔術師の動きを奪った。
 ウィノナは元の姿に戻り、印を結んで魔術師の周囲の空気の流れを止め、動きを奪う。
 散らばっていたテーブルクロスの切れ端を持って、リミナが魔術師の両手両足を縛っていく。ルニナは猿轡をかませると……突如意識を失ってその場に倒れた。
「ルニナ……」
 リミナが駆け寄って、姉に治療魔法を施す。
 ウィノナも物理的に魔術師の動きを完全に封じたことを確認すると、二人に寄り添った。
「ルニナ、大丈夫?」
「はい。怪我はウィノナさんの方が酷いですけれど、すみません、少し待ってください」
 リミナの言葉に、ウィノナは首を縦に振る。
 部屋の中には割れた食器やガラクタが散乱しており、壁や天井には亀裂が入っている。
 酷い有様であったが、3人共無事だった。

 リルド・ラーケンは風の魔法を放ちつつ、敵母艦に降り立つ。
 人の姿に戻り、所持していた薬で体力の回復を図りながら、目的の人物の元に走る。
 僅かな敵兵に囲まれて、その男はいた。
 グラン・ザテッド――この隊の隊長だ。
 どれだけこの時を待ち望んだか。
 苦しみと葛藤の中、どれだけリルドは戦い続けたことか。
 この男を倒すために。
 リルドが放った風が、船上を駆け抜けて、グランのマントがなびいた。
 リルドの姿に、グランは軽く眉を顰めた後「手筈どおり動け」と兵に指示を出し、剣の柄に手を当てた。
「やはり……生きていたか」
 低くそう呟いた後、グランの目が鋭い光を帯びる。
「互いに、な」
 リルドもまた、鋭い目でグランを睨む。
 両者、動かずに睨みあう。
「……だが、何故この島にいる? 故郷ってわけでもないだろう?」
「色々ワケがあってな。てめぇを追って、でもあるが。そっちの目的はなんだ? 故郷ってワケじゃねぇんだろ?」
 挑発気味に言いながら、リルドは構えをとっていく。
 ……ふと、肩がぴりぴりと痛んだ。
 そういえば、この肩には刻印がある。
 出かけにキャトルから聞いた話では、ダラン・ローデスが刻印の発動となる魔法具か何かを探しに出かけると言っていたが……。まだ、何も起こってはいないようだが、何かが起こる可能性も忘れてはならない。この痛みは前触れかもしれない。
「地位の奪還だ。まあ、その他にも理由はあるが」
 グランが剣を抜き放つ。
「貴様は……殺すだけでは飽き足らんな。貴様という人物を見定められず、且つ甘く見ていた自分の落度でもあるが」
 グランの顔色が変わる。目に怒りが篭る。
 リルドに、強い憎悪の感情が向けられた。
「ああ、そう思ってもらえりゃ、こっちもやりやすい」
 戦いの音が響き渡っている。
 重なる武具の音、魔法の爆発音、光、強風――戦いの声と波動が伝わり、二人の心を掻き立てていく。
 その音は戦いのリズムとなり、互いの中に響き渡り、弾け飛ぶ。
 同時に駆け、2人の剣が衝突した。

「火を消せー!」
 アセシナートの兵士の中から声が上がる。
 ――港が燃えていた。
 剣を交えてない兵が後方へと走る。
 即座にミッドグレイは後方部隊に指示を出し、背を向けた兵に矢を浴びせていく。
 軍艦を燃やすほどの余力は無いが、港に炎を立ち上らせることには成功し、敵軍を軽い混乱に陥れた。
 後方部隊の矢、及び、ミッドグレイが指揮する本隊の誘導により敵兵達は仕掛けられた落とし穴の罠に嵌っていき、足を取られる。瞬時に矢や傭兵達の武器による攻撃が浴びせられ、次々に敵兵を打ち倒していく。
 隊を指揮していた男は既に絶命している。
 全軍を指揮していると思われる者は、リルドに足止めをされており軍艦から降りてはこない。
「最後まで気を抜くな!」
 アレスディアは仲間に声をかけて槍を振るい、敵を打ち倒していく。
 立っている敵兵の数よりも、味方傭兵の数の方がはるかに多い。
 アレスディアは槍を繰り出して、敵副隊長と思われる者を貫いた。自身も猛攻に合い、幾多の傷を負うが1つ1つは大した傷ではない。
 槍を引き抜き、周囲に払い敵を退けると、次なる敵に槍を繰り出していく。
「よし、一気に終わらせるぞ!」
 手加減をする余裕はない。情報は、運良く生き残った者を捕らえて吐かせればいい。
 ミッドグレイはトンファーで敵兵士を叩き伏せる。続いて側面から打ち下ろされた剣を腰を落としてやり過ごし、敵の脇腹に強い一撃を浴びせた。
 ――その時。
 突如、風が湧き起こった。
 続いて、耳を切裂くような音が響き、体に痛みが走る。
 風の魔法だった。小さな風の刃が周囲に舞い、敵味方問わずその場にいた者を傷つけた。
 見上げれば、坂の上に魔術師風の男達の姿がある。島側から姿を現したが、島にはいなかった者達だ。
「ディラ殿が向かった先からだな」
 アレスディアが小さく呻く。
 だが、そのディラの姿は見当たらなかった。

    *    *    *    *

 アセシナートの月の騎士団は、フェニックスの聖殿にて、聖獣フェニックスの保護下にあったフェニックスを利用し、特殊な効果のある宝玉を作り出したという。
 また、フェニックスの卵を狙い、なんらかの研究を続けているという話だ。
 ルイン・セフニィはその事件に直接関わってはいないため、詳しくは知らないのだが――彼女がいまいる、海底洞窟。目の前に存在するキャンサーを利用して、アセシナートはまた何らかの道具を作り出だそうとしていたのだろう。もしくは既に完成しているかもしれない。
 フェニックスの宝玉と思われる石が嵌められた杖を持ったアセシナートの騎士は、殺害された直後に炎の中から蘇ったという。フェニックスの再生能力のお陰であるのなら……。
 このキャンサーの能力は目から放たれる光線。能力は――即死。
 ルインは軽く不安感に襲われながら、閉ざされた扉を見上げる。
 先の様子は一切分からないが、早い方がいいだろう。万が一、キャンサーの力を彼等が入手しているのなら、行使前に止めねばならない。
「戦闘真っ只中とは思いますが、地上は皆さんに任せて謎を解きに行きますか」
 ルインは光装を解除して、手に魔力を込めて集中し扉を引きちぎるかのように力任せに引っ張った。
 扉は開かなかったが、蝶番がはじけ飛び、水が流れ込んで隙間を広げていく。
 ルインは大きくなった隙間から、扉の向こうへと飛び込んでいく。
 ――扉の先には、空気があった。
「なんだ!?」
「ドアが壊れた。水が噴出してるぞ!」
 男性の声と、足音が響く。
「女!? 何者だ」
 ルインに気付いた男は、近付くことはせず、ただ剣を構えていた。……兵士ではない。作業員のような服装だ。少なくても、島の民でも島側の傭兵でもない。
 ルインは躊躇することなく駆け、魔力を放出して男を突き飛ばす。
 現れた作業員全てを打ち倒し、薄暗い階段を駆け上がる。
 階段の先にあったのは、広い空間であった。
 薬品の匂いが漂っている。薬品棚に、沢山の器具、水槽の中の奇妙な生き物達――。何かの研究部屋。間違いない、アセシナートの研究部屋だ。
「何だ? 捕まえろ!」
 白衣を纏った壮年の男が指示を出し、取り巻いていた魔術師風の男達が一斉にルインに攻撃を仕掛ける。
 放たれたナイフをかわし、『光脚』を発動して超高速で進み、敵を翻弄し打撃で打ち倒していく。
 魔法を放とうとした壮年の男に接近し、ボディーブローを決め、直後に零距離プロミネンス・バスターで吹き飛ばす。
 倒れた男に近付き、馬乗りになりながら、両手に青白い光を帯びた電子……魔力を纏わせ、男の頭に手をあてた。
「何を研究しているのか、話していただけますね」
 男の脳に入り込んだルインの力が、男の脳の働きを狂わせる。
「キャンサー、力……大量、殺戮、兵器……」
 その言葉に、ルインは唾をごくりと飲み込んだ。
「その研究は、どこまで進んでいますか?」
「力、凝縮している、ところ……」
 男が手を上げて、一方を指した。
 その先にある水槽の中に、キャンサーが1匹入れられていた。その隣には、光を放つ石の入った水槽がある。
「あとは……所長、来てから」
「所長の名は?」
「……フラル・エアーダ」
 男から出た名前はファムル・ディートではなかった。
 やはりファムルは表向きの所長であったらしい。
「この部屋は地上と繋がっていますか?」
 ルインの問いに男が頷く。
「1箇所は、島の東の井戸。もう一箇所はこの上――領主の館の離れ地下倉庫」
「つまり、真上に領主の館があるわけですね。この中には戦闘に長けた者は殆どいないようでしたが、既に地上に向かったのですか?」
「井戸から、魔術師、数名、戦場へ……」
「そうですか」
 ルインは男を一旦放した後、打撃を加えて男の両足を折り、行動不能に陥らせる。
 そしてキャンサーが入れられた水槽に近付いてキャンサーを解放する。
 光を放つ石の方も、元々はキャンサーだったのだろう。魔力の結晶とはこの石のことかもしれない……。こちらは、元の姿に戻す術がないため、取り出すことはせず、つながれたコードだけ外しておいた。
 部屋の隅にある上り階段。この先は領主の館の離れに繋がっているのだろう。
 また、部屋には2つドアが存在している。
 1つ目のドアを開けると、その先には台所やキッチンなど生活スペースが存在していた。
 もう1つのドアの先には、通路がある。
 多分、井戸に通じる通路だ。
 もう少しここを調べるべきか。
 井戸に向かい、加勢すべきか。
 それとも領主の館に向かって、護りにつくべきか。既に領主の館まで、敵は攻め込んでいるのだろうか。
「彼等がいれば、私如きの出る幕ではないと思いますけれどね」
 ルインは仲間を信頼をしている。必ず勝利を掴んでくれると。
 それでもやはり、皆のことは気掛かりであった。

 冷たい感触に、意識が戻る。
 吹き込む風に、切裂かれるような痛みを感じる。
 小さな横穴にいた。節々が痛むが、大きな傷はない。
 ケヴィンは体を起こし、傍でディラが蹲っていることに気付く。
 共に崖から落ちて――いや、あれは落ちたというよりは、あの場からそうしてディラが自分を逃がしたように思えた。
 なぜなら今この場に、自分は彼と共に生存しているから。
 以前は使えなかった魔法の力も借りて、転落の衝撃を抑え、この場に身を隠したのだろう。
「……ああ、気付いたか」
 物音に、ディラが顔を上げた。
「何故……?」
 ケヴィンの言葉に、ディラは目を逸らし、遠くを見るような目でぽつりと語った。
「わからない。なにも、かも。ただ、羨ましいと思った。お前も、あのアレスディアという女のことも。別に……どこだって、戦いの中に身を投じることはできる。どの立場だって……。何故……それは俺が聞きたい。俺があの時、お前に殺されなかった理由も。剣を握れない自分がいかに価値がないかわかった。握れる今も、戦いを楽しいと感じなくなった。護るべき者も、俺にはいない。自分は何をすべきなのか、もう何もわからない。お前等を殺す理由もわからない。生かす理由も、だが……」
 自嘲気味に笑った彼の手には剣はない。ケヴィンの手にも剣はない。
 互いに海の中に落としてしまったようだ。

 ――結界の強度は大体判っている。
 風の刃が頬を裂き、腕を切裂き、腹に刺さる。
「あはははははっ」
 女が一際高く笑い声を上げた瞬間に、建一は魔法を発動する。
 発動された魔法――エネルギーの塊が空中で制止する。同時に建一は強力な防御魔法を自分の周囲に展開した。
 途端、エネルギーが大爆発を起こす。
 声を上げることもなく、シーナは壁に叩きつけられ、意識を失う。
 狭い室内での爆発だ。防御魔法を張っていたとはいえ、建一自身もダメージを受けてしまう。
 爆発は描かれていた魔法陣を崩していた。部屋からはぱらぱらと石が降り落ちてくる。
 崩れる可能性がある。
 建一は倒れたシーナの腕を引き、身動きが出来ないよう両手を片手で掴んだ状態で離れの外へと引き摺りだした。
 外に出ると、彼女の上着を脱がせ、体を縛り付ける。
 敵軍はここまで到着していないようだが……。
 手早く薬で怪我の治療をすると、シーナを抱えて建一は領主のいる館へと急いだ。

「皆さん、ご無事ですか!」
 建一より少し早く到着したフィリオは、急ぎ食堂へと駆け込む。
 食堂には、ウィノナとルニナ、リミナの姿があった。怪我をしているが、3人共軽く笑顔を見せてくれた。
「凄い状態ですね……。ご無事で何よりです」
 安堵の息をついて3人に近付くき、アセシナートの騎士と思われる男の姿を確認する。
「ボク達で、なんとか……」
 汗を拭いながら、ウィノナがそう言った。
 神妙な顔で頷いた後、フィリオはルニナを見る。
「彼の中に入ってみましたか?」
「まって、もう少し回復したら、やってみる……」
「すみません、先ほどまで姉は意識を失っていたんです。彼と交換する場合、姉を同じように縛って猿轡をかませておく必要があります。体にも負担与えてしまうので、もう少し待ってください」
 ルニナの言葉をリミナが心配気に補った。
「わかりました」
「皆さん!」
 突如、どさりと食堂に女性が下ろされる。
 ……タリナ・マイリナと名乗っていた女だ。
 さらに、窓から建一が飛び込む。
「彼女はアセシナートの者でした。そして敵は、もう1人、内部にいます!」

●交渉日
 交渉が行われる日になっても、ルニナとリミナは聖都に戻らなかった。
 千獣は不安を抱えながらも、皆と共に交渉の場所へと向かう。
「こちらはファムル・ディートとジェネト・ディアの交換と交渉するわけだが、ザリス・ディルダは両方を欲してくるだろうな。これまでの話を聞けば、それくらいの察しはつく」
 クロックの言葉に、千獣とキャトルは頷いた。
「そう、なんだよね……もし、ファムルを取り戻したとしても、ずっと狙われ続けるんだよね」
 キャトルが哀しげに言葉を漏らす。
 だから討つべきとクロックは考え、だから捕らえるべきと千獣は考えている。そして薬を作らせたいと。
 クロックは思わず武器に手を伸ばす。
 武具の手入れも、必要な薬の用意も万全な状態だ。自分個人に関しては。
 まあ、敵が軍を率いてきた場合は、退くより他ないだろうが……。
 千獣は声には出さず、自分の中のジェネトに言葉を送る。
『ジェネト、は、覚悟……ある? もし、捕まっちゃった、ら……』
 千獣の問いにジェネトの心は少しの迷いの反応を表した。そして……。
『ない、かもしれないね。私は、生きたくて生きているのだから』
『そっか……うん、来て、くれて……ありがと。そういう、ことに、ならない、よう、頑張る、から……』
 千獣の心に、ジェネトはイエスの感情を表す。
『私も出来る限りのことはする。約束だ』
 千獣は1人こくりと頷いた。
 ――馬車を止めた場所から、長時間歩き交渉場所の荒野へとたどり着く。
 遠方から目視し、ジェネトにも魔力を探ってもらい罠の類いが仕掛けられていないことを確認すると、荒野の中へと入っていく。
「キャトルは、岩陰に」
 クロックの言葉に、キャトルは素直に頷いて小さな岩の後ろに隠れた。
 ……数分後、ジェネトが千獣に語りかける。その言葉を千獣は口に出す。
「誰か、来る……人数、2人。だけど、1人は、遠くで待機。もう1人、強い、エネルギー、持った、人、来る」
 場に緊張が走る。
 現れる人物は1人。ならば勝機は十分あると思われる、が……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
状態:普通

【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
状態:普通

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
状態:軽傷

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
状態:負傷

【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
状態:負傷

【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
状態:軽傷

【3681 / ミッドグレイ・ハルベルク / 男性 / 25歳 / 異界職】
状態:負傷、疲労

【3677 / ルイン・セフニィ / 女性 / 8歳 / 冒険者】
状態:疲労

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
状態:普通

【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】
状態:負傷

【NPC】
キャトル/状態:普通
ルニナ/状態:軽傷、疲労、衰弱
リミナ/状態:軽傷、疲労
ディラ・ビラジス/状態:軽傷
ドール・ガエオール /状態:?
ミニフェ・ガエオール/状態:普通
ギラン・ガエオール(フラル・エアーダ)/状態:普通
シーナ・ラシルカ/状態:重傷、捕縛
アニアル・スディル/状態:軽傷、疲労
スリン・ラグサル/状態:負傷、捕縛
ジルア・スディル/状態:重体
ゼッツ・バルヴァ/状態:死亡
グラン・ザテッド/状態:普通

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
『月の旋律―第四話―』にご参加いただき、ありがとうございます。
十分な準備をしていたことが功を奏し、現在島側が優勢な状態にあります。
だけれど、油断ならない問題がまだいくつもあるかと思います。
ラスト1回! 終結に向けて、どんな展開になるのか楽しみにしております。