<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
■笑撃の格闘大会!■
カート・ドーハティは目を見張った。己の眼前に立っているのが、見目麗しい黒衣の美少女だったからだ。
抜けるような青空の休日、彼はこの絶好の日和に開催された格闘大会に参加していた。最強の男(自称)であるカートは、屈強な対戦相手たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げして大会頂点に立ち、輝かしい戦歴にまたひとつ金星を加える……というイメージトレーニングを、三日前から入念に行ってきた。しかしカートの対戦相手は名を天井麻里といい、濡れた瞳と赤い唇を持つ華奢な少女であった。
「あっらー、これは難しいなあ」
カートは瞬きをしつつ、後頭部を掻いた。
「ほら、俺って強くてカッコイイ上に紳士やん? 可愛い女の子には優しくしたいねんけど、でも、対戦相手に情けをかけるってのは何かちゃう気もするし、かと言ってアレやろ? うっかり傷とかつけちゃったら、世間からめっちゃ叩かれるんやろ、俺。その辺の兼ね合いっていうかサジ加減っていうかが……うおっ!?」
突然、麻里の鋭い上段蹴りが、風を切ってカートの顎に向かって飛んで来た。カートはすんでのところでそれをかわし、慌てて半歩跳び退く。客席から、おおっという歓声があがった。
「えっ、ちょっ、早い! 早いってお前! まだ開始の合図も何もされてへんやんけ!」
麻里を指さしてがなり立てるカートに、彼女はふうと溜め息をついた。その可憐な所作に、観客たちもうっとりと嘆息を漏らす。
「……開始の合図なら、あなたがお喋りしている間に、既に」
「うそお! ほんまにっ?」
慌てて審判員を確認すると、審判は渋い顔で頷いた。
「何やねん、それ。お前、合図はもうちょっとでかい声でしろや! 全然聞こえ……いったあ!」
審判に難癖をつけようとしていたカートの膝裏に、重い衝撃が襲ってきた。麻里の蹴りが、今度は命中したのである。カートはバランスを崩し、がくりと膝をついた。麻里の攻撃は、彼女の見た目からは想像も出来ないほど、重かった。
「痛っ! めっちゃ痛い! 何や今の!」
「隙だらけ、ですわよ?」
頭上から、可愛らしい麻里の声が降ってくる。何やねん可愛いのは顔と声だけやんけ、とカートは心の中で毒づいた。そして、ほんの少しの焦りが彼に生まれる。この少女、強い。
カートは気を取り直すように一度咳払いをすると、ふらつく足でどうにか立ち上がった。
「……と、まあ、このように、かわいこちゃんにハンデをあげる優しい俺、っちゅうわけや」
膝だけでなく、足全体がじんじんするのを必死で堪え、カートは胸をそらしてそう言った。麻里が、呆れたように目を細める。
「足が震えてますわよ」
麻里の的確すぎるツッコミに呼応するように、客席からも「そうだそうだー!」「普通に喰らってんじゃねえかよ!」という声が飛んできた。
「やっ、やっかましいわ! ええか、今度はこっちから……うおおっ!?」
カートがそう言う間に、麻里は彼の懐に飛び込んできていた。完全に不意を突かれたカートの胴に、麻里の中断蹴りが完璧に決まる。一瞬カートの息は止まり、比喩でもなんでもなく目玉が飛び出しそうになった。
「お前なあ! 年長者に対する礼儀とか尊敬とか、もっと色々あるやろ! こういう場合年下は、『先輩、お先にどうぞ』っつって、先を譲るべきなんちゃうんかい! それが縦社会ってヤツやろ!」
「先程と、言ってることが矛盾してませんこと?」
麻里は、口元に指を当てて首をかしげた。何処までも冷静な麻里に、カートの顔はみるみる内に真っ赤に染まっていく。
「この……! 俺の素晴らしき最強の絞め技を喰らわせたる!」
カートは鍛え上げられた両腕を伸ばし、麻里の胴をつかもうとした。しかし少女はカートの脇の下を素早くすり抜け、彼の側面に回り込み腰元に蹴りを叩き込んだ。
「ごえっ!」
カートの身体がよろめく。麻里は地面を蹴って軽やかに飛び上がり、今度はカートの顔面に飛び蹴りを食らわせた。
「ぶあっ!」
という奇妙な叫びと、真っ赤な鼻血がほとばしる。深紅の鼻血は、美しい弧を描いて中空を舞った。
「ちょ……っ、待っ……!」
カートは鼻を押さえて叫ぶが、そんな静止など当然無視して、麻里は顔色一つ変えずに激しい蹴りのラッシュを繰り出してきた。目視することすら困難な彼女の素早い足技が、カートの全身に容赦なく降り注ぐ。
「うげっ! だあっ! おおっ! のわっ! いだっ!」
彼女の蹴りを喰らう度に、先程の顔面攻撃により酷く腫れ上がったカートの顔が、より一層歪んでゆく。美少女が不細工な男を圧倒するという展開に、会場は沸きに沸いた。
「この……おま……っ、痛い、言うてるやろがああっ!」
突然、カートは怒声をあげた。どうにもならなくなったときの彼の十八番、その名も「逆ギレ」である。
「……っ、なっ!?」
麻里はびくりと身体を硬直させて、攻撃を中断した。カートの逆ギレに驚いたり怯えたりしたのではない。彼の顔に衝撃を受けたのである。半泣きになりながら叫ぶカートの顔は、筆舌に尽くしがたいほど奇妙な面相になっていた。腫れ上がった頬と鼻血が絶妙なスパイスとなり、ヒトとは思えない形相であった。流石の麻里も、この顔には動揺せずにはいられなかった。
そしてカートは、その一瞬の隙を見逃さなかった。
「おらあっ! 隙有りじゃあ!」
「きゃあっ!」
カートは麻里にタックルして地面に倒した後、そのまま彼女の胴をがっしりと足でホールドし、裸締めの体勢に持ち込んだ。麻里の目が、まさか、とでも言いたげに大きく見開かれる。
「年長者の話は! ちゃんと聞けっちゅうねーん!」
「……っ、は……っ、う……」
カートの腕の中で、麻里がもがく。しかし体格差は歴然で、彼女の必死の抵抗にも、カートの締めが緩むことは全くなかった。
来た! 勝てる! やっぱおれってカッコ良いんちゃうん! 知ってたけど! めっちゃ当たり前のことやけど!
カートは勝利を確信した。高揚感で、脳がぐつぐつと煮え立つような感じがした。そして程なくして、麻里の身体からふっと力が抜けた。意識を失ってしまったのだ。
「そこまで! 勝者、カート・ドーハティ!」
審判のコールが響き渡り、カートは麻里の身体を解放して「おっしゃああ!!」と飛び上がって喜んだ。勝利への達成感と爽快感が、心地よくカートの身体を貫く。
「ほら見ろや! 俺は強いやろ!!」
カートは、試合中絶えず麻里の味方をしていた観客たちを振り仰いだ。カートの実力を見直した観客たちは、彼に惜しみない拍手と賞賛を送る……はずだったのに、何故か客席では笑いが起こっていた。
「な、何やねん! 何がおもろいねんな!」
わけが分からないカートに、客席から「お前の顔だよ!」という声が真っ直ぐに飛んでくる。
「かっ、顔ぉっ?」
そう言われてもやはり意味が理解できないカートをよそに、客席はカートの顔について、やいのやいのと盛り上がっていた。
「見たかよ、あの不細工な顔! すごかったよな!」
「ああ、あんな完成された顔芸、初めて見たぜ!」
「おいお前! 今度宴会があるんだが、余興で今の顔芸をやってくれないか!」
全方位から押し寄せる笑いの波に、カートは呆然と立ち尽くした。震える彼の唇から、「く……く……っ」という呟きが漏れる。
「悔しいス!!」
カートは泣き叫び、脱兎の如く駆け出した。彼の流した涙が尾を引き、太陽の光を受けて美しいきらめきを放っていた……。
END
|
|