<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


街道にて、煙に巻き。

 エルザードと他都市間を繋ぐ街道。
 今俺――虎王丸が護衛団の一員として雇われている豪商の一行は、エルザードを出、その道を南へと向かって進んでいる。

 一行を構成する人数はそれなりに多い。
 まずは馬車に乗っている豪商当人に、色々と荷物を携えたその付き人も十人から。更には適当に見回してみる限りでは、結構腕に覚えがありそうに『見えはする』連中が――護衛団の一員として――ぞろぞろ居やがる大所帯である。
 …ただ。
 そんなぞろぞろ居る護衛団連中の――足運び立ち居振舞い目配り、それから選んでる得物やその装備の仕方やら…身体の筋肉の付き方に靴底の減り方・服や鎧の綻び方とかを見ちまうと――どーも見掛け倒しが多そうなのが致命的だよなぁ、とも思う。
 まぁ、報酬目当ての護衛団ではそんなもんだろ、と言う気はしているが。
 かく言う自分も報酬目当てで護衛に雇われた中の一人、と言うのは同じなんだが…俺の場合はまだ例外だ。少なくとも今ここに護衛として来ている他の連中にならば、纏めて掛かって来られたとしてもすぐ片付けられるくらいの腕はあると自負している――誇張でも何でもない事実としてそれだけの自信はある。…と言うか、俺の腕がどうこうと言うより、そのくらい役に立たなさそうな連中しか護衛団の中に見えないと言う方が正しい。
 …その事だけでも、危機感が薄れる。
 曰くこの豪商は不届きな輩に逆恨みで身柄を狙われているだとか何とかで、けれどどうしてもとある都市まで商談に赴かねばならなくなったとかで…今回特に護衛を募る事にしたのだとか。で、俺はほんの気紛れでその話に乗った、と言う形になる。
 景気のいい商いをしているのか、何と言っても報酬が良かったのが話に乗った理由としてはデカい。
 けれど実際同行してみれば、何だか…実が見えないハリボテ気味な一行で。
 その事からして、大袈裟な話をされた、って事かねぇとも思う。
 まぁどちらにしろ、商いで派手に儲けているような奴なら狙われたの何だのと言う話は日常茶飯事だろとも思う訳で、この状況もわざと――護衛の存在はちょっとした威嚇に過ぎない話なんだろうかと言う気もしてくる。そして威嚇と言うだけなら、この護衛団連中の見た目ならそれなりに役にも立ちそうだと思える。
 …このまま何も起きない可能性も結構高いんじゃないだろうか。
 見れば見る程そんな風に思えてきて、気分もだらけてくる。
 手持ち無沙汰なのでぐるぐると肩を回していると、思わず欠伸が出た。
 ついでなので伸びもする。
 と、こらっ、と神経質な甲高い声が飛んでくる。
 何を呑気な事やってんだこっちは高い金払ってるんだ確り護れ、と馬車の中の豪商から怒られてしまった。

 怒られて反射的に肩を竦める。
 へいへい、いざとなったらそん時ゃ任せとけ、と適当に返しておいた。
 …まぁ、本心ではある。
 むしろ俺にしてみればこのまま平穏無事に仕事が終わるより、どっかで腕を見せ付ける機会が欲しいところ。
 …暇だ。



 …おいおいそれでいいのか虎王丸?
 思わず内心で肩を竦める。…こちらは虎王丸とは違い実際にではなく内心で。そんな心持ちと言うところ。顔に苦笑は出てしまったか。いや、顔の方はどうでもいいか。どうせ元々、意図せぬこちらの表情など他から見えるようにはしていない。
 豪商一行の内訳。まずは馬車の中に豪商当人、付き人…は馬車の御者と荷物持ちで、算盤勘定の方は知らねぇが腕っ節の方はからっきしだろう連中しか居ねぇ。ならそれでも身を捨てて主を護ったりしそうな忠誠心の方が心配だが――まぁそれは普通の場合。他ならねぇこの豪商にそれ程忠誠心ある輩が付いてる訳もない。繋がる理由はあくまで金。これまでの野郎の行状を考えりゃわかるし、今ここで護衛団の連中を見ただけだってわかる。…ろくなのがいねぇ。やぁっぱ信用ねェ奴の元にゃ人材集まらないねぇ。…あの中でまだ使える奴と言や、虎王丸程度か? いったいどっから紛れ込んだんだかな。大方、報酬目当てってところだろうが。…少しは考えて仕事選べよ。そんなんだからちょくちょく痛い目見るんだぜ?
 まぁ、俺としちゃあ相手に骨が全然無ぇよりゃそう来た方が面白ぇがな。
 …今一行が居る位置関係。地理条件。陽を見上げて計る経過した時間。考え合わせつつ、ちらりと豪商が乗る馬車を見る。

 さぁて、そろそろ頃合か。

 そう見たところで、思惑通り馬車の中から声が掛かり、豪商一行の歩みが止まる。
 …ケツが痛ぇとか何とかワガママ言い出して、そろそろ休息の一つも取る頃だ、ってな。



 付き人一人の手を借りて、豪商は馬車から降りる。
 豪商の足が地面に付いたところで、手を貸すと言う役目を果たしたその付き人は豪商から手を離す――筈だった。
 が。
 手を貸した付き人はそのまま手を離さないどころか、掴んでいるその手により力を込め確りと握った上で――豪商を見て意味ありげににやりと笑う。
 訝しげな顔になる豪商。この付き人は店に昔から居る者である筈だが、こんな表情をしたところを見た事は無い――否、それどころでは無く。
 手を離さないまますぐ間近で、その付き人からさらりと小声で囁かれた科白の方が問題だった。
「さて動くな」
「――!」
 声が。
 違った。
 …昔から居る、見知った己の店の付き人と。
「っ…何者だっ…」
「そりゃあお前が一番良く判ってる筈だぜ? …さぁて今回の旅程ではどうして護衛を増やしたんだったかねぇ?」
 にやにやと余裕で笑いながら嘯く付き人――否、これは付き人なんかでは無い!
 こいつは、こいつこそが…!
 と、青褪めた顔で豪商は付き人を――付き人の姿をした、付き人では有り得ないそいつを見る。
 もう声も出ない。

 一方。
 その様子を少し離れた場所から訝しげに見ている者が一人居た。護衛団の一員、虎王丸。一行が止まったからと言って特に馬車の方を気にしていた訳でもないのだが、どうも、何かが変だと直感的に気が付いた。…馬車から降りた豪商が、降りる時に手を借りた付き人に手を取られた状態のまま固まって青褪めている。付き人はそんな豪商の顔を覗き込んでいるようだった。
 …何があったんだか。馬車に酔っぱらったか、腹でも壊したか?

 と。

 思った途端。
 豪商の手を取っていた付き人が、ちらりと振り返り虎王丸を見る――そこで初めて、付き人の方の顔が虎王丸にも見える。付き人は青褪めた豪商を前にして心配していた様子は無く、にやにやと笑っている――虎王丸を見て、笑っている。何処か人を小莫迦にしたような、余裕のあるその笑い顔――。
 虎王丸が顔立ちはさて置きその表情に見覚えがあると思った途端、その付き人はいきなり頭を仰け反らせて心底楽しそうに高笑い。直後、ぼん、と軽く爆発でもしたような音と共に、その付き人の全身が煙に包まれた。その煙は薄く、すぐに風に紛れて掻き消える。
 煙が消えた時付き人が居た位置に居たのは――その付き人とは似ても似付かぬ大柄な、明らかに異界のものと思われる黒一色の――忍びと呼ばれる者が纏いそうな隠密向きの軽戦士形をした東洋系の男。その男がつい今し方まで付き人がしていたように豪商の手を取っている――確りと手を掴んで――掴むのみならず、背に捻り上げて豪商の動きを奪っている。
 …違う。
 付き人とその男が入れ替わったりした訳ではなく、豪商に手を貸した付き人当人こそがその男――今豪商の手を捻り上げている男こそが豪商の付き人に化けてそこに居たのだとすぐ気が付いた。
 そしてその男の顔は――虎王丸にとってははっきりと見覚えのある顔で。
 その顔がまた、豪商に向けにやりと人の悪い笑みを見せる。
「ちょいと護衛増やしただけでこの飛猿様から逃れられると思っていたなァ、イイ度胸だな。さぁて皆々様、約束通りこの悪徳商人は連れてかせてもら…――」
 と。
 付き人に化けて紛れ込んでいた男――飛猿が高らかにそこまで言ったところで。
 虎王丸の頓狂な大声が科白の続きを掻き消した。
「――…ってお前何してやがんだこの三十路サル!?」
「…っておいコラだァれが三十路だ俺ァまだ二十七だぞこのイノシシ武者」
「誰がイノシシだ俺ぁ虎の霊獣人だっ!!!」
「お? そうだったか。俺ァてっきりイノシシだとばかりな。虎王丸よ、猪突猛進って言葉知ってっか?」
「うるせえお前に言われる筋合いじゃねぇっ!! それより何考えてんだこいつ狙ってたってのよりにもよってお前かよっ!?」
「んー? そりゃあな。ああ、ちょうどいいお前らにも聞かせてやらァ。実はこいつァなあ…」
「ああああああ!!!! な、な、な、何してるんだとっととこいつを何とかしろっ…! 何の為に高い金払って護衛を雇ったと思ってるんだ…っ! 早くやれっ…!!」
「おやおや。余程話されたくないと見えるな。まぁさすがに言えねェやなあ、お前が…」
 と、飛猿が澄まして言いかけたところで、その様子を見ていた虎王丸ははっとする――飛猿の言葉を遮るタイミング、比較的馬車の側に居た、護衛団として雇われた連中の数名が――虎王丸とのやりとりを隙と見たのか、一気に得物を取り飛猿に躍り掛かっている――虎王丸は自分の知る飛猿の力量からして直後にどうなるかを察して、待て無理だ、と思う。けれど声を掛けるまでには間に合わない。次の刹那――案の定、また軽い爆発音。ほぼ同時に周辺にもうもうと白い煙が立ち込める。飛猿の煙幕。その中に紛れ、軽やかに連続して一気に続く鈍い音。豪商の何処か滑稽な甲高い悲鳴がそれに続く。
 そしてまだ煙も晴れぬ内、殆ど時を置かない内に――煙に紛れて黒い飛猿の姿が虎王丸のすぐ側まで肉迫している。今にも振るわれる形に構えられた手、指先に煌く光――針。自分に向けて振り抜かれるその光を認識したかしないかと言うタイミングで虎王丸は日本刀を抜き放ち、力強い踏み込みと共に針を構えた飛猿のその腕を打ち払っている――打ち払った筈だが、手応えが無い。一拍置いて感心したようにひゅうと口笛を吹く音が虎王丸の耳に届く。その源は飛猿。…手応えが無い筈。気が付けば飛猿の姿は虎王丸が打ち込んだ位置より抜かりなく退いている。まだ、余裕の表情は変わらない。
 煙が薄らいだ時には、先程飛猿に躍り掛かった筈の護衛連中が、何をされたのか殆ど無傷のまま地面に昏倒している姿が露わになってくる――豪商はそんな中で腰が抜けたのかへたり込んでいる。けれど虎王丸はそれを確認するより先に雄叫びを上げつつ前に出て飛猿に打ち掛かっていた。相手が下がったならばすかさずそこを追撃する。…今の俺は豪商の護衛。相手は飛猿。飛猿の様子と豪商の微妙な反応を見る限り、どうやら何かごちゃごちゃと面倒な事情があるようだが――俺ァそんな事はどうでもいい。どうせ退屈なまま終わると思っていたこの仕事。それがこうなりゃ願ったり。細けぇ事は知らねぇが、飛猿なら相手にとって不足はねぇ!
 一度目の虎王丸の追撃。刃がかち合いギィンと凄い音が響く――いつの間に出したのか飛猿の握っていた小太刀に虎王丸の刀が受け止められている――けれど種族故の膂力の差もあり飛猿が押されているようだった。そのままぎりぎりと鎬を削って暫し、虎王丸は身体ごと飛猿を突き放すと同時に片腕を獣化させその掌に荒々しく揺らめく光輝を生み出す――白焔の炸裂弾の予備動作。
 が。
 それを鋭く撃ち出したのはたった今突き放した相手にでは無く、踏み止まった自分の背後斜め後ろ。おっと、とやや慌てたような――けれどやっぱりまだ余裕さを感じさせる声が聞こえる。…飛猿の。白焔の炸裂弾が撃たれた方向、声の側。避ける為に自ら地面に転がったと思しき飛猿の黒装束。
 一方の先程虎王丸が突き放した相手の方は、突き放された勢いのまま蹈鞴を踏みつつ飛猿とは似ても似つかぬ姿に変化していた――元の小太刀使いな護衛の姿に戻り、蹈鞴を踏んで尻餅をついていた。…いつの間にか印を組みそいつに飛猿が被せていた変装の術――全くの別人を飛猿の姿形に見せる術。それで虎王丸を惑わし不意を衝くつもりだったのだが、案の定、即バレた。
 飛猿は炸裂する白焔をぎりぎりで避けると、忍びならではの身軽さで即座に身を起こし構える――が、その背後に虎王丸が回っていた方が早かった。神速で追撃を掛けた先程までより更に速い動き――獣化させた脚での移動。後ろに回った虎王丸は即座に飛猿の首筋ぎりぎりの位置に刃を翳す。瞠られた飛猿の目。転瞬、飛猿は諦めたように苦笑する。
「忍びが背後に回られるってなァ失格だなぁ」
「へっ、チェックメイトだ観念しな」
「…へいへい。んじゃあここらで終いとすっかね」
 と。
 あたかも虎王丸に言われるがまま観念したような科白を吐くや否や。
 観念どころかまた、軽い爆発音と共に煙幕が張られた。もうもうと湧くその白い煙の中、シュッと鋭い音が走る――虎王丸の視界の隅に見えた黒く伸びる何か。直後、再び豪商のものと思しき悲鳴が――移動する。…何が起きた。虎王丸は自分の刀の位置を――飛猿の首筋に当てた自分の刀を確認。刃を向けている相手も動いていない。まだ飛猿はそこに居る筈だ――と、思ったところで。
 不意に周辺が薄暗く――影が落ちている事に気が付いた。今はまだ陽も高い昼間な筈で、幾ら雲が出て来たからと言ってここまで暗くなるとは――訝しく思いながら空を見上げる。
 見上げたそこには――あろう事か船が居た。船首や船尾、要所要所に帆がたくさん張られた帆船がそのまま空を飛んでいるような形の――風を受けて空を走る、小型の飛行船。いつの間にか殆ど真上にまで来ていた飛行船のその縁から梯子が下りている――その梯子の先端に大柄な黒装束の人物がぶら下がり、商人らしい派手な格好の人物を黒い縄でぐるぐる巻きにして抱えていた。虎王丸はぎょっとして自分が刀を向けている筈の相手を見直す。動かない――ぴくりとも動かない。慌てて掴み掛かりこちらに顔を向かせる――向かせられるまま素直にこちらを見たのは起伏の無い顔に適当に書かれたへのへのもへじ。…何処からどう見ても飛猿ではない――飛猿どころか生きてもいない。
 人形――!
 己の身代わりを置く空蝉の術。煙幕玉が爆ぜるその時、ほんの数瞬の間での早業。己の身代わりを置いて後、飛猿は何処からか取り出した黒い縄を投げて豪商の身体を確り絡め取る。それから、いつの間にか音も無く飛んで来ていた飛行船から下ろされた梯子に飛び移った――と言う事か。
 何が起きたかを確かめる間にも飛行船はどんどん離れていく。この距離ではもう白焔の炸裂弾も届かない――届かないどころか、何故かがくりと虎王丸の身体から力が抜ける。待て、と思う。何事が起きたのか考えようとして――殆ど考えるよりも閃く形ですぐさま思い至る。…飛猿の持っていた針。恐らくはその針に掠った程度でも効果のある痺れ薬でも塗られていたのだろう。それが何処かの段階で虎王丸の身体に刺されていた――思い切り力を込めて刀を振るっている時に針がほんの僅か掠った程度ではさすがに気が付けない。畜生。歯噛みする。…卑怯な真似しやがって。いや卑怯な技を使うのは忍者なら当たり前なのか。…いやそれでもそんな技で出し抜かれるのが気に食わねぇ事に変わりはねぇ!
 悔しさと鬱憤を込めて、虎王丸は空に向かって思い切り吼える。
「…んのやろ…今度会った時覚えてやがれ!!!」



 上空、飛行船から下ろされている梯子。
 そこに掴まり、聖獣装具の黒手袋から生成した黒い縄でがっちりと豪商の身柄を確保した状態で、飛猿は悠然と地上を見下ろしていた。
 護衛や付き人、一行の他の面子が完全にへばって諦めている中、痺れ薬の効果でよろめきながらも一人気炎を上げている虎王丸。その姿を見るなり、嬉しそうににやりと笑って悪戯っぽく目を輝かす。
「おー、デカい声。さすが虎。元気だねぇ。よきかなよきかな――と。さぁて、わかってんな?」
 地上の虎王丸に向けて適当に軽口を叩いた後、飛猿は今度は確保した豪商の方に視線を流す。

 今度こそ逃げ場も味方も何も無くなって途方に暮れていた豪商は――飛猿のその声を聞くなり、諦めてがくりと項垂れた。

【了】