<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
のどかな休日!? - 黎明の、去る涙 -
ある日、ファンは仕掛けようと近づいていた。年の離れた友人に。
昼寝と言ってもう一時間も惰眠を貪っている男。忍び足で足音をたてないよう動く。障害物を際どく避けて、やっとソファで寝ている友達のところまで辿りつく。
ファンが手に握っている物は墨をつけた筆。それを起こさないよう男の顔に塗りつける。見たら思わず吹き出してしまう墨の絵ができた。ファンは笑ってしまいそうになって、しっかり口を引き結ぶ。
筆をテーブルの上に置いて、次は男の脇腹へ手を伸ばす。こちょこちょと刺激を送った。
男は突然目を開ける。
「うわ、や、やめろって! ギャハハハハハッ」
くすぐったくて手をさけようとするが子供は執拗に追う。
「わ、わかった、わかった。グハハハ、もうやめてく、れ」
涙目になり声もしぼむ。
観念したか、と胸を張ってファンはくすぐるのをやめた。
「エレインさんが呼んでるみたい」
「そのためにこういう起こし方をするか、ふつー」
ぐちぐち文句を言いながら、支度を始める。あくびを一つした。
ファンは「また夕方ね!」と筆を持って元気に部屋から飛び出していく。
エレインは寝ている男友達を「叩き起こしてやって!」と怒っていた。それはファンがいたずらしてもいいと許可を与えたことと同じ。嬉々として向かったのだった。
「うわあぁぁぁ! なんだ、これはー!! ファン、てめー!」
鏡を見て叫ぶ。
「とれないじゃないかー!」
そう、あの筆で描かれたものは明日の朝までとれないもの。魔法を帯びている筆。
ファンに笑いの渦が巻き起こる。
エレインは許してくれるだろう。「自業自得よ!」と言って。
*
やっと笑みがおさまってきて、公園の木陰に休む。
ポケットからビー玉大の透明な玉を取り出した。
以前、サーディスから貰った贈り物。玉の名前は”黎明の銀河”。その名の通り、玉を空にかざすと小宇宙が見える。いつでもサーディスと会えるようにしてくれる魔法の玉。ファンしか使えないと言われていた。
無性に黎明の銀河を使ってみたくなった。何にでも興味ひかれ、それが危険なものでも動かしてみたくなる好奇心。満足するまで沈静化せず、体がうずうずしてくる。
(ん〜どうしよう)
一度も試していないことを思い出したのだ。サーディスの笑顔が脳裏に蘇る。
(……使ってみたい、な)
どんなことが起きるのか、わくわくしている。それでも痛いことは嫌だ。ワープには痛みは伴わないが心配はある。ワープにどんなことが起きるのか聞かされてないことが若干躊躇させた。
どっちを取るべきか頭を抱える。
天秤がぐらぐら揺れて、使うか使わないか判断に迷っていた。
使ったからと言って誰に怒られるわけでもない。サーディスなら悪いことはしないと思い立ち、決意する。
「使ってみよう」
だが、そこではっとした。重要なことを忘れていた。黎明の銀河は呪文を唱えないといけないのだ。
「ボク、呪文……教えてもらったかな?」
首を傾げて琥珀の髪がさらりと流れる。
玉を貰った時のことを正確に思い出そうとした。けれど、どんなに記憶を手繰り寄せても呪文が見えてこない。ただ、玉を握って唱えろと言われただけだ。
呪文を知るために会わないといけない。会うための道具がここにあるのに。
「あれ???」
訳が分からない。
どうしよう、と戸惑う。会いたいのに、会えないもどかしさに溢れてしまう。いいや、と開き直れない。
「サーディスさん……」
こうなってくるともう、あの魔導士に会いたくなる。障害があると余計に。
瞳に雫がたまり視界をゆらゆらと揺らす。
「どうしようどうしよう!」
頭をふるふると左右に振る。急に立ち上がった。
(エレインさん!)
十歳離れている少女の元へと走る。
キッチンに駆け込んだ。美味しそうな香りが部屋を満たしている。
ぐつぐつと煮込んでいる鍋を通り過ぎ、椅子に座って刺繍をしているエレインの隣に立った。
「エレインさん!」
大声で呼ぶファンに目を瞬く。
「どうしたの? あ、さっきのアレ、面白かったわよ。もう笑っちゃった!」
クスクスと笑みが広がる。
「エレインさん、どうしたらいい?」
切羽詰った声で助けを求めるファン。
「本当に、どうしたの?」
刺繍していた布をテーブルに置く。
「ある人に、その人のところへ飛べるものを貰ったの。でも呪文が……」
「ファン、落ち着いて。順を追って話してみて?」
優しく声をかけるエレイン。ファンは深呼吸を何度か繰り返し、最初から説明していった。
「そういうことか……」
ファンはどうにかしてほしい、という思いでいっぱいだ。小さな肩には抱えきれないと。
「それなら話は簡単♪」
少年にウィンクした。
「ファンが会いたいか会いたくないかのどっちかだと思うわ」
「ボクは会いたいよ!」
「じゃあ迷う必要がどこにあるの? 黎明の銀河がないにせよ、あなたは会いに行ってると思うわ」
ファンははっとした。黎明の銀河があってもなくても気持ちは変わらないのだ。
お礼も言わずにそのままキッチンを飛び出した。置いてきたカバンのもとへ。
エレインは可愛らしいファンを笑顔で見送る。
小鳥がカバンのそばへ下りてきていた。突付いている。ピーと鳴きながら。
食べ物は入ってないのに。気になってカバンに入ってるものを頭の中に思い描く。
(あ……オカリナ)
小鳥が突付いている場所はオカリナがある。それに気づいてそっと近づき取り出した。小鳥はカバンから一歩離れたが逃げずにとどまっている。
毎日、ファンは同じ木陰で練習を重ねていた。そのオカリナの音色に引き寄せられている小鳥なのかもしれない。ファンは次第に上手くなっているから。
何もかも忘れてオカリナに口をつける。得意な曲を奏でた。何曲も。
ファンの癖がついた、世界で紡がれる有名な曲は辺り一体に広がっていく。子守唄のように柔らかく、天を突き抜けるほどに意思の通ったオカリナの声。ファンの性格がそのまま出ている。
オカリナを口から離すと、ふぅっと一息ついた。
気づいたら、さっきの小鳥だけでなく、数羽集まっている。
「ありがとう」
観客になってくれた小鳥たちに。
そして、純粋な気持ちがはっきりと今視えている。
「ボク、行くよ」
ファンは持っているスキル、飛行魔法を呼び出した。
靴に小さな翼、背中には大きな翼が純白に輝く。
バサっと小さな体を浮かせて。徐々に影が小さくなり、一気にサーディスの元へ飛んだ。
*
ついにフィアノの家に辿りつく。
ノックをすると、レナが出てきた。
「久し振りね! ファン、だったわよね」
椅子に座るよう促す。
「今、師匠を呼んでくるわ、待ってて」
しばらくするとレナと共にサーディスが家の奥から現れた。
「ファンさん、いらっしゃい。あれから盗賊には会っていませんか?」
うん、と頷く。
「あの……」
もじもじと体を動かす。
「なんでしょう? どんな些細なことでもおっしゃって下さい」
その言葉に突き動かされたのか、先を続ける。
「あのね、これのことなんだけど……」
黎明の銀河をテーブルの上に置いた。
「ああ、今回使ってみました?」
サーディスの問いに、ぎゅっと目を閉じて頭を左右に振る。
「呪文が。呪文が……分からなかった、から」
「え!」
驚いてサーディスは立ち上がった。
怒られると思い、ファンは身がすくむ。
サーディスはファンの隣にしゃがみこみ、小さな手を自分の手と重ねあわせる。
何の叱咤もない様子にそっと緑の瞳を開けみた。そこには感傷にひたる表情があった。
「すみません、言っていませんでしたか?」
コクン、と小さく頷く。
「本当にすみません。この黎明の銀河は手でしっかりと握って会いたいと思って下されば、心に呪文が浮かぶんです」
「……え」
ファンは頭が真っ白になってしまう。すぐには飲み込めなかった。
サーディスは「いいですか?」と言って玉をファンの手に乗せる。「強く握って下さい」と言われるまま、手の中におさめた。
「私に会いたいと強く思ってください」
先ほどのように、会いたい、それだけを考える。
すると心の中に、ある言葉がすっと入り込んできた。紙を火であぶると浮き出す文字のように。
”光の矢よ。遥か彼方へ何処(いずこ)にも、送り届けたまえ。サーディスのもとへ!”
「これが、呪文?」
「そうです。それを唱えれば私の元へ飛ぶことができます」
最後の名前は、レナの場合はレナに変更される。
「い、痛みは、ないの?」
かねてから気になっていたこと。恐る恐る尋ねる。
「ないですよ。あっという間に移動してしまいますから、あっけないと思います」
そういうもの? と首を傾げた。
それからずっと二人とおじゃべりを続けていたファン。
あんなに悩んでいたことが嘘のように思えた。来て良かったと心から感じる。もし、会わなかったらずっと使えないままだっただろう。動かないと何も変わらない、と一つ学ぶ。
一人ぼっちじゃない。夜が明けるように朝が訪れた――――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0673 // ファン・ゾーモンセン / 男 / 9 / ガキんちょ
NPC // サーディス・ルンオード / 男 / 28 / 魔導士
NPC // レナ・ラリズ / 女 / 16 / 魔導士の卵(見習い)
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■ ライター通信 ■
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ファン・ゾーモンセン様、いつも発注ありがとうございます。
今まで書けなかったいたずら好きなところも、オカリナも、スキルの一つも書かせて頂きました。
お気に召して頂ければ嬉しいです。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
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