<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『オウガストのスモーキークォーツ』


<オープニング>

 黒山羊亭に酒を飲みに来た詩人のオウガストは、エスメラルダに突発的に仕事を頼まれた。依頼者がいるからよろしくと言う。
 青年は、時々店のテーブルを借りて、客にカードを引かせ言葉を選び、その言葉を織り込んだ夢を見せるという商売をしていた。
 今夜はカードもないし、大きな水晶もない。今、身につけているのは左手中指のスモーキークォーツぐらいだ。だが、自分を覚えていてくれて、リクエストを貰えるのは嬉しかった。
「わかった。
 観客無しで、二人一組、好きな言葉を二つ選んでもらう。但し、この『黒山羊亭』の店内に有るもの。“テーブル”とか、“酔っぱらい”とか。自分の持ち物でもいい」
「ありがとう、オウガスト。さっそくお客様を呼んでくるわ」

* * * *
「久しぶりだな。また、頼む。言葉は『食器』と『靴』でいいかな」
 男?女?・・・キング=オセロットと初対面の者は首を傾げるかもしれない。男物のコートに男性的な口調、だが体の曲線は女性のものだ。紙煙草を指から外さずゆっくりと座ると、足を組んだ。慈しむように一口吸った後、灰皿で煙草をもみ消す。ゆるく結わえた豊かな金髪が揺れた。

「俺もお願いするぜ」と、どさりと乱暴な音を立てて男が座る。
男?オス?・・・二人目の客、ディーゴ・アンドゥルフはビースターだ。銀の毛皮も輝く狼に似た容貌。野性味を帯びた赤い瞳、右は眼帯で隠れるが、左目だけでも射すくめられるような強い光を放つ。胸の傷が歴戦の戦士であることを教えた。
「選んだ言葉は『火』、それから、この『眼帯』だ」
 右目を指さすが、その指先の爪は鋭く硬い。

 オセロットとディーゴは、紐の先で振れるスモーキークォーツの揺らぎに身を任せた。


< * >

「ちょっと待っとくれ。夢に入る前に、急ぎで二人に仕事を頼みたいんだが」
 魔法使いのダヌが、クォーツを握って動きを止めた。
「ダヌ、俺の仕事を邪魔すんなよっ」
「あたしゃ、オセロットとディーゴに頼んでるんだ。口出さないどくれ。文句あるなら今月分の家賃を持っておいで!」
 大家に痛いところを突かれた詩人は、口を噤んで二人の態度をちらりと盗み見る。
「おいおい、俺たちのお楽しみを邪魔するのかよ」
 ディーゴは太い声ですごむと、大きく肩をすくめてみせた。
「勇敢な二人だから、頼みたいんだ。報酬は弾む。年寄りを助けてくれないかね?」
 勇敢と言われ、ディーゴは前のめりになる。「まずは話を聞こうじゃないか」
 オセロットは初めからダヌの依頼を受ける気でいたようで、軽く笑って「そうだな」と頷いた。

「実は、孫娘のアーシュラが反抗期なんだ」
「馬鹿野郎、俺は相談員でも教師でもねえぞっ」
ディーゴだけでなく、オセロットさえ眉をひそめ、「ダヌ、それは私には荷が重い依頼だ」と首を振った。
アーシュラは11歳。ダヌの元で魔法を学ぶ。時々ダヌの魔法アイテムを持ち出して、事件を起こすお茶目さんだった。
「少し反抗のしかたが荒っぽくてね。今、家中の<食器>を壊して暴れまくっている」
「はぁぁ? そいつぁ、本当に反抗期なのか?」
「怒りの実を食べたんだよ。食べたのは自分の意志のようだ。最近のイライラを形にしたかったんじゃないかねえ。
 食器や家具なんて壊れてもいいんだが、アーシュラが怪我をしないかが心配だ。それに、万が一食器を外へ投げたりしたら、よその人にも怪我させてしまうだろう?
 実の効果は、ビール一杯が醒める位の時間で切れる。それまで、あの子を見守っていてくれないかい?」


< * * >

 二人は夕暮れの道を、ダヌの館へと向かった。
「で、ばーさんはその間、黒山羊亭でビールを飲んで待ってるってか。いい気なもんだぜ」
「まあいいさ、報酬は良いし、たかが11歳の子供を見守るだけさ」
 だが、館に近づいて、炸裂音の連続に顔を見合わせた。その木造の家からは、ガチャーン!だのガッタン!だのガシャガシャガシャーン!だのの擬音が派手に聞こえていた。
「アーシュラも、魔法が使えるのだったな」
 オセロットは小さくため息をついた。ディーゴの方は「もっと報酬をふんだくっときゃよかった」と舌打ちした。だがこの凄まじい破壊音のおかげで、家の周りに人影は無い。外を行く人が怪我を云々の心配だけはなさそうだ。
「まずは中がどんな有り様か・・・」
 蔓草の絡む質素な鉄門をくぐり、庭の石畳を辿って玄関へ向かう。
「ディーゴ、まさか、呼び鈴を鳴らして玄関から入るつもりか?」
「ん?」
「“どなたですか?”と、アーシュラが開けてくれると思うか?
 相手は反抗期だ。怒りの実を食していなくても、呼び鈴に応えるものか。聞こえても知らん顔だ」
「そうか。反抗期だものな」
 ディーゴは妙に納得してその言葉を反芻し、頷いた。
「窓に回ってそこから入るか」
 ディーゴは玄関から左の角を折れ、目についた出窓へと歩を進めたが、<靴>がパリン!と硝子を割った。窓は既に硝子が無く、庭に破片が散らばっていた。
「やれやれ。相当な暴れっぷりみてぇだな」
 自由に入れるようになった窓から、獣人は室内を覗く。この部屋は厨房だ。床には割れた食器やひしゃげられた鍋が散らばり、酷い有り様だった。白木のテーブルには垂直にフォークが突き刺さる。
ひっくり返って足が一本折れた椅子の傍らに、髪の逆立った少女が佇んでいた。瞳は猫のように細まり、異様な金の光を放っている。
握った杖が宙で空気を切り裂く。テーブルのティーカップが、こちらの窓に向けて一直線に飛んで来た。それは桟にぶつかり炸裂した。そのまま直接ぶつかった方がマシだった。
「ディーゴ!大丈夫か!」
 大きな破片の一つがディーゴの顔を襲ったのだ。背後にいたオセロットが気遣う声をかけた。が、ディーゴに痛みはない。
「・・・。おう。危なかったぜ」
 右目を覆う<眼帯>が彼を護った。左目を寄り目にすると、眼帯に破片が突き刺さっているのが見えた。
オセロットが苦笑しつつ、「見守ると言っても、なかなか凶暴なお嬢ちゃんのようだ」と、刺さった陶器を抜いてくれた。
「俺は見守るつもりはねえぜ。聞き分けのない子は、体を抱えてケツをペンペン叩くのが一番だ」
「アーシュラは小さくてもレディだぞ? 痴漢扱いされても知らんぞ」
「痴漢だと!この俺が!」
 ディーゴは憤慨して吼えた。オセロットは「まあまあ」となだめる。
「相手は反抗期の上に思春期だからな」
「そうか、反抗期で思春期か。」
ディーゴはまたその言葉を繰り返す。
「くそう。面倒くせえな」
「だが、取り抑えて体の自由を奪うのは賛成だ。手足を縛り、実の効果が切れるのを待とう」
 オセロットも室内を覗いた。左の壁側は竈になっている。大鍋の蓋が小刻みに動き、湯気が出ていた。竈に<火>が付いたままのようだ。
床は食器の破片だけでなく、キッチンペーパーやフキンも散らばる。竈に紙や布が近づくと危険だろう。鍋が引っくり返ればアーシュラが火傷を負う可能性もある。
「私が窓から入って、まずは竈の火と鍋を何とかする。アーシュラが私に気を取られている隙に、ディーゴは彼女を抑え込んで欲しい」
 
 オセロットが窓からキッチンに降り立つのを待って、ディーゴも中へ飛び込んだ。銀の毛がふわりと波打つ。大きな体躯が床に着地しても、殆ど音は立てなかった。アーシュラはディーゴには気づかぬ様子で、先に入ったオセロットに杖の照準を合わせている。少女の杖から光が飛び出した。
水の桶を抱えたオセロットは巧く飛びのいた。小さな稲妻がフローリングを削り、木屑を散らばらせた。
 ディーゴは、今度は破片を踏まぬよう、そろりと背後に忍び寄る。毛皮に隠れた筋肉は大きな敵を叩き潰すが、しなやかな関節は素早い敵を密やかに追い詰めるのに適した。
“おにいちゃん、おにいちゃん。なんでそんなに忍び足が上手なの?”
“それはねえ・・・おまえをこうして背後から襲うためだよー”
『ちっ、赤頭巾の悪い狼にでもなった気分だな』
 アーシュラは、ディーゴの腕が体を抱え込むまで、全くその存在に気づかなかった。
「ばかぁ!すけべ!エッチ!どこ触ってんのよ!」
 ディーゴは24歳の青年だ。痴漢呼ばわりされて、少し、傷つく。だが怯まず杖を奪い取った。自分の爪が少女の肌を傷つけないよう、細心の注意を払う。
 オセロットは竈に二回ほど水をかけ、火の方も完全に消火したようだ。

 少女の手足は痛くないようにタオルで縛り、食器の破片を払いのけたソファに横たわらせた。
「終わったようだね・・・」
 割れた窓からダヌが顔を見せた。既にアーシュラの瞳の金色は薄れつつあり、髪も素直に頭に沿っていた。
「ありがとね。あんたらも怪我はないかい?」
「なかなかオテンバなお嬢さんだったよ」とオセロットは一服しようと紙巻きを取り出すが、子供が傍に居ることを思い出したのかポケットに引っ込めた。
「俺を助平呼ばわりしやがって。こいつが正気に戻ったら、散らばった破片やゴミ、この部屋の掃除は全部こいつにやらせろよ」
「いや、掃除はしないだろう。反抗期だから」
 オセロットが面白そうに言うと、ダヌも「しないねえ、掃除は。自分の部屋もしないから」と頷く。
「そうか。反抗期だもんなあ」と、ディーゴも納得して腕組みした。
 ダヌが自分の杖をひと振りし、床に散らばった物は一掃された。

 実の効果から醒めたアーシュラは、「もう外してよ〜」とソファで身悶えした。オセロットが手枷を解いてやると、少女は自分で足のタオルを解いた。
「お姉さん、迷惑かけて、ごめんなさい。狼さんも」
 反抗期のわりに、素直に謝る。
「もう、怒りの実なんて食うんじゃねえぜ?」
「はい。・・・でも、チェリーの砂糖漬けだと思ったの。おばあちゃんが、砂糖漬けを、薬箪笥の『怒りの実』の箱に隠したのを見たの。それで・・・」
「ばーさん。・・・孫、反抗期と違くねえ?」

< * * * >

 目覚めたオセロットは、「なんだかチェリーの砂糖漬けが食べたくなる夢だったな」と笑った。
「そうか? 俺はチェリーブランデーが欲しくなった!」
 ディーゴは大きな口を開き、舌なめずりをする。
「あら、うちの店には両方ともメニューにあるわよ。オーダー通していいわね?」
 エスメラルダは婉然と微笑んだ。やられた〜と苦笑いする二人であった。

< END >


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 /   性別  / 外見年齢 / 職業】
2872/キング=オセロット/女性/23/コマンドー
 3678/ディーゴ・アンドゥルフ/男性/24/冒険者

NPC
オウガスト
エスメラルダ
ダヌ
アーシュラ

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
ビースターの24歳、青年として描きましたが、人間と同じ感覚でよかったのでしょうか。
おじさんになってくると、若い女の子から「えっち!すけべ!」なんて罵倒されるとウレシイ、なんて人も出てくるようで(笑)。