<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


爺は意外と足が速い


[0]天使の広場

 ソーンの中心地、天使の広場。そこにある噴水の傍に、一人の老人が座り込んでいた。
 顔に深い皺を刻んだ老人は、どこか困っているようにも見えたし、疲れきって途方に暮れているようにも見えた。視線に気付いたのか、老人は緩慢とした動きでこちらを向くとにこにこと笑った。
「何か困りごとか?」
 老人は何も答えず、ただにこにこと笑って震える手を差し出した。どうやら、手を出せという事らしい。
 手を出すと老人は両手でこちらの手を包み、握り込ませるように何かを渡して来た。
 訝しく思いながら手の中を見ると――
「亀?」
 小さな、茶色の甲羅を持つ亀である。
「じいさん、これ――って、おい!」
 老人は先程までの、失礼な話だがお迎えが近いんじゃないかと思うような動作とは打って変わって、猛スピードで広場を駆け抜けて行く。
 呆気にとられてしまい、追いかける事も忘れてスーパーお爺ちゃんの背中が遠ざかるのをぼんやり眺めていた。はっと我に返った時には老人の姿はどこにも見当たらず、手の上には亀がちょこんと乗ったままだ。
「……なんなんだ、あの爺さん」ジェイドック・ハーヴェイは呆然としたまま呟く。「俺にこの亀をどうしろと言うんだ……」
 などと呟いてみた所で、張本人は遥か彼方。どの方角に向かったのかすらわからない状況である。
 手の平の上に佇む小さな亀を見下ろし、ジェイドックは一先ず歩き出した。ともかく、あの老人の意図を聞き出すか、この亀を返すかしなければならない。



[2]ベルファ通り

 ジェイドックがまず向かったのはソーンで最も有名な歓楽街、ベルファ通り。
 まだ昼間という事もあり呼び込みの人間は少ないが、昼間から酒を飲む人種というのはどこの世界にも居て、ほろ酔い気分で釣りに勤しむ輩もちらほら見受けられた。
 数人に『べらぼうに足の速い爺さんを見なかったか』と訊ねたが、皆揃って首を横に振った。どうやらこちらには来ていないようだ、と思いながら、ジェイドックは馴染みの酒場・黒山羊亭に足を踏み入れた。
「あら、いらっしゃい」ジェイドックに気付いた踊り子、エスメラルダが声をかけた。「今日は何の用かしら?」
 些か棘のある言い方なのは仕方のない事だ。賞金稼ぎであるジェイドックは、黒山羊亭には冒険の依頼書目当てで訪れる事が少なくない。
「今日は人探しだ。足の速い爺さんを知らないか?」
 天使の広場にいたんだが、とジェイドックが言うと、エスメラルダは首を傾げた。少し聞いてくる、と店の踊り子たちの元へ戻った彼女は、一人の踊り子を連れて戻って来た。
「足が速いかどうかわからないけど、噴水の傍でいつも亀と遊んでるお爺さんは知ってるわ」
「その亀というのはコイツか?」
 ジェイドックが手に持っていた亀を見せると、女はぷっと吹き出して笑った。そうそう、と頷きながら尚も笑い続ける女は、託されたのね、飼ってあげたら良いじゃない、と冗談粧して言う。隣で聞いていたエスメラルダも、ニヤニヤとした含みのある笑みを浮かべ、
「そうよ、飼ってあげたら良いわ」
と、さも面白そうに口にした。
 面白がられているのは明らかで、飼いなさいと繰り返す女たちの中で居心地が悪くなったジェイドックは、馬鹿言うな、と吐き捨てて黒山羊亭を後にした。



[1]アルマ通り

(いつも亀と遊んでいる、か……)
 亀を飼うのは良い。別に個人の自由だ。だが、果たして亀を外で遊ばせる飼い主がどれほどいるだろうか。しかも、《いつも》と言われるからには頻繁だった筈。
(それだけ可愛がっていたんじゃないのか?)
 可愛がっていなければ、外で遊ばせる必要のない亀をわざわざ外に連れ出す事はしないのではないか。ジェイドックはそう考えて、ますます老人の行動が不審に思えた。亀を渡す理由がわからない。
 そんな事を考えながらジェイドックが押し開けたのは、白山羊亭の扉。入った途端、いらしゃーい、という元気な声が聞こえた。
「ジェイドックさん!」パタパタと足音を響かせてジェイドックに近付いて来たのは、ウェイトレスのルディアである。「今日はお食事ですか? それとも冒険?」
 否、と首を振りながら、ジェイドックは手の上の亀を彼女に見せた。
「今日は人探しだ。この亀に見覚えはないか?」
「うーん……」
「天使の広場にある噴水で、やたらと足の速い爺さんに渡されたんだが」
 ジェイドックがそう言うと、ルディアが何か思い出したような表情をした。
「あ、聞いた事あります……けど、詳しい事はちょっと……」
 ごめんなさい、と肩を落としたルディアに、ジェイドックは構わないと告げた。表情の変化は少なく、ぶっきらぼうな調子だったが、彼なりの優しさがこもった言葉であった。ルディアは割合頻繁にジェイドックと顔を合わせている所為か、怖がる事もなく照れたように少しだけ微笑んだ。
「それっぽいお爺さん見つけたら、引き留めておきますね」
「あぁ、頼む」
 先を急ぐジェイドックは長居する事なく白山羊亭を後にした。
「今度またゆっくり遊びに来てくださいね」
 店を出る際、ルディアはそう言って見送ってくれた。ジェイドックは軽く頷いて、次の捜索場所へ移動した。



[3]エルファリア別荘

 エルザード城の程近く、聖獣王の娘であるエルファリアの別荘が建っている。王女の別荘ではあるのだが様々な人間が住み着いており、共同生活を営んでいるような感さえある。
「邪魔するぞ」
 玄関を抜け、中央ロビーに入ったジェイドックを、小柄な少女が気怠そうに振り返った。
「何よ、また客〜?」
 少女の名はキャビィ。盗賊の筈だが、いつのまにかこの別荘の管理人のような事をしている少女である。
 振り返ったキャビィは筋骨逞しいジェイドックに一瞬ギョッとしたような表情を浮かべた。鋭い眼光に身を引くようにしながら、何の用よ、とおずおずと訊ねる。
 ジェイドックの目が鋭くなっているのは勿論、キャビィの発言を受けての事だ。
「俺の前に客が来たのか?」
「き、来たけど、それが何?」
「足の速い爺さんか」
「足が速いかなんてわかんないわよ。ここ入って来た時にはこの世の終わりだみたいな顔してとぼとぼ歩いてたんだから」
 その老人がどこに行ったのか訊ねると、キャビィは面倒臭そうに周囲を見回した。そして、丁度中央ロビーに入って来たメイドのペティに声を掛ける。
「ねぇペティ、お爺さんどこ行ったか知ってる?」
「ついさっき裏庭にいらっしゃいましたよ」
「今もか!?」
 身を乗り出したジェイドックに幾分引きながら、えぇ、多分、とペティが頷く。ジェイドックは亀を携えたまま中央ロビーを出て、真直ぐ裏庭へと走った。


 階段を駆け下りると、裏庭には一人の老人が座り込んでいた。ジェイドックの足音に振り返った老人は、紛れもなく彼に亀を手渡したあの老人である。
「待て!」
 咄嗟に逃げようとする老人の首根っこを捕まえたジェイドックは、観念したのか大人しくなった老人から手を離す。
「ほら爺さん、亀は返すぞ」
 ジェイドックがぶっきらぼうに差し出した亀を受け取ると、老人は暫しの沈黙の後、おいおいと泣きだしてしまった。
 驚いたのはジェイドックである。まさか亀を返して泣かれるとは思いもしなかった。
「お、おい爺さん、少し落ち着け」
 な、と軽く肩を叩くと、老人は頷いたがまだ体は震えている。手渡された亀を大切そうに撫でる手を見て、ジェイドックは老人の涙に合点がいった。
「どうして俺に亀を渡したんだ?」泣く程嬉しいのだろうに、という思いを込めて、ジェイドックが訊ねる。
 老人は鼻を啜りながら、少しずつ話し始めた。
「儂は老い先短い爺じゃて、きっと亀太郎より早く逝ってしまうじゃろう。儂が死んだ後、亀太郎が安心して暮らせるか心配だったんじゃ……」
 結果、動物が好きそうな人に託そうと思ったのだと言う。しかし、それで態々自分を選ぶか? とジェイドックは疑問を抱いた。訊ねると、老人はふっと柔らかく笑う。
「アンタは性根が優しそうじゃ」
 きっと亀太郎を可愛がってくれるじゃろうて、とまるで立派に成長した孫を見るかのような目でジェイドックを見た。
 そんな風に言われる事にも、そんな目で見られる事にも居心地が悪くなったジェイドックは、爺さん、と咳払いをした。
「俺はこう見えても賞金稼ぎだ。安定した職とは程遠い。まぁ……ありがたい事にここの所は平和で、そんな大物に出会す事もなくやっているが」それはそれで、賞金稼ぎとしては困る。しかし、平和である事は良い事だ。「まぁ、それはともかく。悪いが、亀は返すぞ」
 まだ何か言いた気な目を向ける老人に、ジェイドックは溜息交じりに告げる。
「俺では、その……亀太郎か? そいつは安心して暮らせないだろう。それにそいつだって、可愛がってくれてる爺さんの傍に居たいんじゃないか?」
「……」
 老人は愛おしそうに手の上の亀を見下ろし、何か考えている様子だった。きっと、自分の死後の事を心配しているのだろう。
「そんなに心配なら、遺言でも残しておけ」
 だが生きてる限りは一緒に居てやった方が良い、とジェイドックが駄目押しの一言を口にすると、老人は漸く納得したように頷いて顔を上げた。そして、すまなかった、とジェイドックに謝罪した後、
「ありがとう。やっぱりアンタは優しい人じゃ」
と幸せそうに微笑んだ。





 無事、人騒がせな老人と亀の一件は解決した。別荘を後にしたジェイドックは、塒に戻る最中、老人から名前を聞かれた事が少し気にかかっていた。
「どういう意図があったんだ……?」
 丁度ベルファ通りに差し掛かった時、女の声がジェイドックを呼び止めた。振り返ると、黒山羊亭のエスメラルダである。
「あら、亀は?」
 無事に持ち主の元に戻った事を話すと、踊り子は至極残念そうな表情を浮かべた。きっと、持ち主が見つからずにジェイドックが亀を飼う事を期待していたのだろう。
 しかし、名前を聞かれたと首を傾げながらジェイドックが言った途端、エスメラルダは猫のような笑みを浮かべた。
「それって、遺言にあなたの名前を書くって事じゃない?」
 ――うちの亀をよろしく、って。
 渋い顔をしたジェイドックに、エスメラルダは嬉しそうに笑った。
「楽しみだわ、あなたが亀を育てる事になるのが」
「冗談は止めろ」
「私は冗談だけど、お爺さんは冗談じゃないかもね」
 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべたまま、踊り子はあっさりと店に戻って行った。
 まさか。いや、まさか?
「……勘弁してくれ……」
 人知れず呟いた言葉は、誰の耳にも届く事なく宙を舞った。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[PC]
・ジェイドック・ハーヴェイ 【2948 / 男性性 / 25歳 / 賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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 ジェイドック・ハーヴェイ様

 この度は「爺は意外と足が速い」にご参加いただきましてありがとうございました! はじめまして、ライターのsiiharaです。
 大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした…!
 とても魅力的なキャラクターで、本当に楽しく書かせていただきました。人が良くて貧乏くじを引きやすい、という事で今回のような話になりましたが、気に入っていただければ嬉しいです。個人的に、エスメラルダの冗談が本当になる事を祈ってます(笑)
(因みに、お爺さんの今回の経路は4、2、3、1、6、5です)

 それでは、またの機会がありましたら宜しくお願いします。