<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『名も無き迷宮―第3回―』

「お宝も見たいけどさぁ、溢れんばかりの才能を持ったあたしはやっぱ鍵になったほうがいいわよねぇ」
 レナ・スウォンプのその言葉に異論を唱える者はいない。
 彼女の実力は、何となく知っている者から、身を以って知っている者までこの場には揃っている。
「あたしの希望としては華か麗がいいんだけど、どうする?」
 華やかな笑みを浮かべたレナ。
 華があり、麗しくもあり、どちらの言葉にも彼女は合っている……のだが。
「いや、レナは『滅』が妥当だ」
 そう言ったのは、ヴァイエストだ。
「うんうん、そうだよな」
 ダラン・ローデスが何度も首を縦に振って、相槌を打つ。
「レナは破壊と滅亡の女神だもんな」
「……」
 ダランの言葉に、レナはにこにこと笑みを浮かべながら、ぐいっと彼の顔を自分の方に向けた。
「誰に吹き込まれたのかしら〜?」
「黒山羊亭で、噂に聞きました……っ」
 笑顔からいいようもない冷気を感じて、ダランは敬語になりながら後退る。
「そう……黒山羊亭、ね。結構好きな酒場だったのに、残念ね」
 ふふふっと笑うレナに、一同危機感を覚える。
 黒山羊亭大ピンチ!
「あ……その噂なら知ってる。ええっと滅法強い徘徊の女神じゃなかったっけ?」
 チユ・オルセンが苦しげにフォローをする。
「軽快な明光の女神だろ〜!」
 虎王丸は素でそう言った。
「そう、そうだった、そうだよ! 綺麗なレナにピッタリだな。俺はもっと若い子が好きだけどなっ!」
 慌ててダランは虎王丸に合わせる。
「ふーん」
 レナはダランの頭に拳をグリグリと押し付けた後、いつもの軽快な笑みを見せた。
「ま、いいけどね。美人はどこの世界どの時代にも誤解されるものだからー」
「そうそう、全てレナが綺麗だからいけないのさ!」
 わざとらしく言うダランをぺしっと払った後、レナは皆を見回す。
「……滅に立ってあげてもいいけど、このメンバーだとやっぱりあたしは麗しいかしら」
「俺も、別に取ってくる側でも探られる側でもいいけどさー、俺が乗れるのは「滅」だけだよなあ〜」
 そう言う虎王丸は扉に目を向けている。口ではそう言っているが、気持ちは既に扉の向こうにあるようだ。
「魔力のあるヴァイエスト、外見から何でも滅しそうなディーゴでもどっちでもいいんじゃねえの?」
「ここまできて扉の外でお預けってぇのは、ナシじゃねぇか? 俺は中に入ってお宝とやらを拝みたいね」
 ディーゴ・アンドゥルフは、迷わず扉の方へと向かう。
「うー、俺もっ」
 虎王丸も扉の方へと走っていった。
 ダランはレナから少し離れたまま、皆の顔を見回して戸惑っている。
 チユはくすりと笑いながら、床に目を向けた。
「私は鍵になるつもり。どこに立てばいいかは……他の鍵になる人次第かな?」
 華、麗、滅。一つ一つの文字を見ながら、チユは考え込む。
「んー、この言葉に意味があるというより、この言葉を刻んだ賢者さんが認める能力があるかどうかが試されるんじゃないかな?」
「というと?」
 レナの問いに頷いて、チユは言葉を続ける。
「滅は、多分魔道鍛冶師だから、魔道鍛冶の知識があるかどうかで、華と麗のどちらかは、魔力を、もう片方は化学知識を試されるんじゃないかなって」
「なるほど……」
 レナはメンバーを一通り見回した後、チユに視線を戻す。
「となると、滅はチユかしら。魔法具についての知識あるみたいだし」
「まあ、そこそこだけどね。レナは化学……というか、薬草や魔法薬の調合の知識があるんだよね? となると華でも麗でもどちらでもいけるんじゃないかな?」
「ん、それじゃ麗の方に立ってみようかしら」
 あとは華だが……。
 ヴァイエストが蒼柳・凪に目を留める。
「魔力もあるだろうし、『舞術』の舞が一番華やかだと思える、が……?」
「舞術は知識による魔術というより……芸術感覚や霊感などによる魔術ともいえるから、賢者たちが求めている人材かどうかというと……」
 凪は自分が適任とは思えず、あまり乗り気ではなかった。
 ヴァイエストは無言で頷くと、1人の人物を摘み上げて……『麗』の上へと落とした。
「……へっ?」
 落とされて、きょとんと見上げたのは、ダランである。
「まぁ、一般的には『麗』しいは外見的な美しさの事を示すが、精神的なものを示す場合もあるからな、今回のお前のように……な」
「俺、俺麗しい!?」
 ダランが皆を見回すと、皆は一斉に首を左右に振った。
 ヴァイエストは吐息をついた後、語り出す。
「いつも怠惰なお前が自ら動いている、それが友情か愛情かは知らないが、それだけその人物の事を大事に思っているって事だろ?……十分『麗』に当てはまると思ってな」
 ダランが宝探しを楽しみたいだけの理由ではなく、友人の為にこの場にいることをヴァイエストはよく理解していた。
 自己中心的で我儘なダメ少年だが……今回のその点に関して、ヴァイエストはダランを認めていた。
「その人物の事を想いながら立ってみてくれ。知識はともかく、魔力はあるよな?」
 ダランはこくりと首を縦に振りはしたが……。
「でも俺も扉の奥行きたいぜーーーーーーっ!」
「流石に宝の部屋には定番の守護者が居るかもな、此処に居た方が安全かもしれないぞ?」
 叫んだダランだが、ヴァイエストがそう言うとビクリと震える。
「安心しろ、魔道術師の魔法具は必ずお前に渡す」
「……わかった。そんなにも頼りにされちゃ仕方がねぇ、俺がここに立ってやるぜっ。決して守護者が怖いわけじゃないぞ〜。皆、鍵の俺が倒れたら扉が閉まっちゃうからな、身を挺して守ってくれよ〜」
 踏ん反り返るダランに、ため息を1つついたあと、ヴァイエストは皆を見て頷いた。
 そうして、鍵は、レナ、チユ、ダランの3人に決定した。
「それじゃ、全員乗る前に……」
 凪は視界の野で、扉の向こう側を探ってみる。
 ……特に気になる仕掛けはないのだが、なんだか異質な感覚も受ける。特殊な道具が置かれているからだろう。
「うー、うずうずするぜっ。せっかくだから一番乗りでアイテム見てみてえな」
 相棒の虎王丸の呟きに、軽く息をつく。
 気持ちは良く分かるのだが……。
「先走るなよ、虎王丸」
「わかってるって〜♪」
 言いながら、虎王丸はぺたぺたと扉に手をついたり、無理矢理開けようとしたりしている。
 うん、わかってないようだ。いつものことだけれど。
 凪は心配しすぎかもしれないと思いながらも、提案をすることにする。
「扉が開いた後だけれど、1人か2人、鍵になる人の他にこっちに残った方がいいんじゃないかな? 扉の先で何かあった時、例えば、突然敵がここに現れた場合なんかに、誰も対処に動けなかったら困るし」
「なるほどな」
 ディーゴは頷いてメンバーを見る。自分は行く気だ。虎王丸も行きたくて行きたくて仕方が無いように見える。
 ヴァイエストはダランとの約束があるから、行くだろう。となると……。
「それでいいのなら、俺残ります」
 凪の言葉に、ディーゴは凪の肩にぽんと手を置いた。
「それじゃ、頼んだぜ。俺はやっぱ行きてぇしな。中に入ったからってすぐお宝があるとは限らねぇ、こっちも注意して進むことにするぜ」
「お願いします」
 凪は軽く頭を下げた。
「それじゃ、気合入れて立つわね!」
 レナは『滅』と書かれた文字の上に立った。
「私も、頑張ってみるね」
 チユは『華』とかかれた文字の上に。
「でも何すればいいんだろ」
 『麗』の文字の上に立つダランは、首をかしげる。
「とにかく集中よ、集中……」
 レナは足の下の文字を意識しながら、空間の魔力の流れを意識してみる。
 大した力は感じられなかった場所だが――3人揃って立ってからは、魔力の状況が少し変わっていた。
「あ、ちょっと」
 気持ちが悪いと、レナは思う。下の方から細い魔力の紐が流れ込み、体内に入っていく感触を受ける。
「ん……」
 チユもまた不快そうな声を上げた。
「ひゃっ、なんかくすぐったい!?」
 飛び上がったダランに、ディーゴが鋭い目を向ける。
「大人しくしてろ。まあ、依頼主だし、本当にヤバくなったら、助けてやるからよ」
「う、うん……」
 びくりと震えた後、ダランはぎゅっと目を閉じて、妙な感覚を堪えることにする……。
(あ、ビンゴ……)
 レナの中に浮かんでくるのは、魔法草についての問いかけ。
 魔法草については一通りの知識がある。集中をして、その問いかけに頭の中で答えていく。
「難しいけどなんとか?」
 チユの中には魔法具に関しての問いが流れてくる。
 そこまで詳しい知識はないけれど、資質を調べてるのだろうから、無理はせずにやはり集中して1つ1つの問いに答えていく。
「あー……」
 ダランへは問いかけではなく、純粋に魔力を探られているようだった。
 一定の時間が過ぎたとき――。
 突如、3人の下に書かれた文字から光が伸びる。
 奥へと続く扉の方へ。
 虎王丸は光を飛び越えて壁際へと避難する。
 3本の光はすうっと伸びて、扉の前で弾けた。
 はじけた光は、扉に吸い込まれていき、小刻みに大地が揺れる。
 凪は神経を研ぎ澄ます。……扉以外には変化はない。自分達以外の生物の存在も感じられない。
 扉が音を立てて内側に開いていく。
「っ……ちゃんと持ってきなさいよ。でないと扉閉めちゃうんだからね。そんで帰って祝杯あげてお風呂よ!」
 レナが声を上げる。
 扉の先は闇に包まれていて、何も見えはしなかった、が――。
「了解! よっしゃー!! お宝一番乗りだぜーっ!」
 刀を手に真っ先に虎王丸が駆け込む。
 ズデン!
 ……しかし、扉の先以上に、相棒の動向に気を配っていた凪が虎王丸の足を払った。
「いって、何しやがる、凪ーっ」
 擦りむいた額をさすりながら、虎王丸は起き上がる。
「油断するな。大きな仕掛けはないけど、物凄く単純な罠はある」
 再び、鍵となっている3人の足元から光が伸びて、扉の先を照らした。
 扉の先の空間はさほど広くはなかった。だが、その床は光に照らされはしない。
 暗い闇が続いている――。そう、床がないのだ。
「つっこんでたら、落ちてたぞ」
「あー、俺が一番!」
 吐息混じりに凪が言うが、虎王丸は自分の行いはすっかり忘れて、扉の向こうに進むディーゴとヴァイエストを追いかける。
 中央には床はないが、回り込めば奥に進めるようだ。
 足元を確認しながら、ディーゴは左から。ヴァイエストは右から回り込んで奥へと進むことにする。
 振り返って凪を見れば、凪は無言で頷き、何も異常がないことを知らせる。
 2人も頷き返して奥――薄っすらと見える台座の方へと向かった。
「ううっ」
 床は……飛び越えられないこともないが、着地する場所はなさそうだ。
 宝の上に下りて、万が一のことがあったらマズいよよなあ……と、虎王丸は諦めて、右側――ヴァイエストの後に続くことにした。
「……うぐ……もう限界」
「え?」
 ダランの言葉に、凪は半身をダランの方へと向けた。
「苦しいー倒れるー意識が飛ぶー!」
 そう喚いているあたり、まだまだ元気そうなのだが。
 援護したいところだが、扉の向こうのメンバーの状況に注意を払っておかなければならない。
「頑張れ、ダランっ!」
「う、うん……」
 凪の応援に答えるダランの声は、弱弱しかった。気持ちの面で負けているらしい。
「ったく、少しサポートしてあげるから、しっかりしなさい。もしあんたの所為でお宝手に入らなかったら……おいてくわよ?」
「うっ」
 レナの言葉に、ダランは身体にぐっと力を入れる。冷や汗を流しながら。
 レナは自分自身への問いかけに答えながら、ダランに手を伸ばして彼の手を掴み、魔力を送っていく。
「……よし!」
 その間に、ディーゴは足元に気をつけながら、慎重に進み、台座の脇へと到着をする。そして、ランタンの光を台座に向けた。
「ケースが3つあるな。術師のはダー坊が欲しいんだっけ? 鍛冶と化学となると、どっちかってぇと鍛冶の方が興味あるな。俺は化学って柄じゃねぇ」
 顎に手を当てながら、ケースを見回す。
 右側の脇に到着したヴァイエストも同じように見回して、ケースを1つ手に取った。
「ま、とりあえず1つずつ持って戻るか」
「そうだな」
 頷いてディーゴも箱を1つ手に取った。
「俺も俺も!」
 ヴァイエストを飛び越えて、虎王丸は台座の上に着地をし、残りの1つを手に取った。
 そして、台座の脇へと飛び降りる。
 ――途端。
「あっ」
「うっ」
「きゃっ」
 鍵の3人が小さく悲鳴を上げる。
 今までの数倍の重圧が3人に圧し掛かっていた。
「あ、なんかちょっと早く――!」
 レナが堪らず声を上げる。自分一人ならいいが、ダランの分もサポートしているため、酷い眩暈と頭痛が押し寄せてくる。
「ん……っ」
 チユは歯を食いしばり耐える。
 ダランは声も出さず、両手を床についていた。
 扉が、音を立ててしまっていく。
 閉まりかかる扉に向かい、ディーゴが飛び込む。その後からヴァイエストが。
(虎王丸早く!)
 心の中で叫びながら、凪は舞術で扉に抵抗をする。僅かに扉が閉まる速度が弱まる。
 虎王丸は壁を蹴って跳び、皆がいる空間へと滑り込んだ。
「……はあ……っ」
 レナはダランの身体から手を離し、床にへたり込んだ。
 チユも文字の上から離れて、座り込み、汗を拭う。
 ダランはその場にぱったりと倒れた。
「死ぬー、死ぬー、死ぬー」
 かなり息は荒いが、意識もある。危ない状態ではないようだ。
「そりゃ、困るな。雇い主だしな、ダー坊は」
 ぺしぺしとディーゴはダランの頭を叩く。ダランはうめき声を上げたまま、起き上がろうとはしなかった。
 ディーゴは苦笑して、その場に座ることにする。
「ま、お宝も手に入ったし、扉が閉まった以外異常はなさそうだし、少し休んでいくか?」
 凪は視界の野で周囲に異変がないことを確認して、頷いた。
「それじゃ、少しだけ休みましょう」
「よっしゃ〜、早速使ってみようぜ!」
「使った途端、罠が発動する可能性があるから今はダメだ!」
 はしゃぐ虎王丸に強い口調で言った後、凪は視線をダランに移して「お疲れ様。頑張ったね、ダラン」と優しい言葉をかけた。
「これは、時計みたいだな?」
 ディーゴは箱の中の物を見ながらそう言った。
 蓋は開けたが、中の物には触れてはいない。
 ディーゴの持って来た箱の中には、時計のような形をした道具が入っていた。
 だけれど、針は動いてはおらず……寧ろ、動くようには出来ていないように見えた。
「魔法関連は恒久的に効果があるのかどうかわからねぇ。ここで試しに使ってそれで効果切れ、なんざ冗談じゃねぇや」
 ディーゴはパタンと蓋を閉じる。
「まぁ、その辺は帰ってみてからゆっくり、だ」
「こっちは、杖だな」
 ヴァイエストが持って出たのは、小さな杖だった。
 魔術師が装備する魔法の杖のようであり……恐らくは魔道術の賢者が作った物と思われた。
 ダランは相変わらず倒れたままなので、とりあえず持っておくことにする。
「俺のは、なんか石みたいだぜ。宝石?」
 虎王丸は箱の中に手を伸ばすが、凪にべしっと手を叩かれて諦め、覗くだけにしておく。
 箱の中には黒っぽい石が入っている。
 その石は、光を浴びると微妙な色を放つ――。ただの石ではなさそうだが、見かけでは判断も出来ず、スイッチなどもないため、一番なんだかよく解らない物体であった。
「どれどれ?」
 チユは疲れを忘れて、それぞれの箱を開け、興味深く中を見る。早く手にとってみたいものだ。
「それにしても疲れたわ〜。お風呂にも入りたいし、ちょっと休んだら急いでエルザードに戻りましょ!」
 レナが大きく息をついて言い、一同は「おお」と声を上げて答えた。

 それから数分後、一同は出発することにした。
「おいていくぞ?」
 倒れたまま動けないと駄々をこねているダランにヴァイエストがそう声をかけるが、反応はするものの、立ち上がりはしない。
 限界ではないだろうが、本当に疲れているようなので……仕方なく、ヴァイエストはダランを背負うことにする。
「ま、頑張ったからな」
「ベッドで休みたい……」
 ダランは弱々しく声を上げた。
「荷物、持ちますよ」
 凪はレナに手を差し出した。
「ん、ありがと!」
 レナは遠慮なく、どさどさと全ての荷物を凪に渡して、肩を回す。
「はあ……あたしも頑張ったんだけどな?」
 そう男性陣を見ると、猛ダッシュで虎王丸が駆けてくる。
「おんぶしようか? お姫様抱っこでもいいぜ〜♪♪」
「うん、遠慮する。穴に落ちたくないしね!」
 レナはにっこり言って、ディーゴを見る。
「……了解。遅れられると迷惑だしな」
 ディーゴが背を向けると、レナは喜んで彼の背に飛びついて首に腕を回して――そのまま目を閉じた。
 彼女も本当に相当疲れていた。 
「疲れたら交代するからな! 遠慮なく言ってくれよ!」
 羨ましげにディーゴにそう言った後、虎王丸はチユのサポートに回る。
「荷物持つぜっ」
 早く戻ってお宝を使ってみたいけれど、若い女性も虎王丸にとっては宝だから。置いて先に帰ることは出来ない。
「私は大丈夫だけど……でも、頼んじゃおっかな」
 チユは笑顔でピコピコハンマーを含む小道具も沢山入っているリュックを虎王丸に預けた。
 来た道を一同は連れ立って戻っていく。
 地下道からはもう何の力も感じられない。
 崩れることも、阻まれることもない。
 迷宮のようであった場所も、何もなければさほど時間がかからずに通過が出来て。
 上の階に上がれば、あとは真直ぐな道が続いているだけだった。
 時々休みを入れながら。宝の効果を想像しながら楽しく語り合い。
 一同は入ってきた場所へと到着を果たす。
 縄梯子を上って地上に戻り、皆、空気を思い切り吸い込んで体を伸ばした。
「ダー坊の別荘で1晩休んでから聖都に帰るか」
「賛成ー!」
 ディーゴの提案に答えたのは、ダー坊ことダランだ。ヴァイエストの背で静かにしていたが、眠ってはいなかったようだ。
「もう歩けるな」
 ヴァイエストは振り落とすかのように、ダランを下ろす。
 ダランはポテッと地面に落ちると首を回し、体を伸ばしながら立ち上がる。
「うん、へへへっ」
 ダランは友人の凪と虎王丸を見て、笑みを浮かべた。
「それじゃ、急ごうか」
 凪はダランに微笑み返して、歩き出す。
 日が暮れようとしていた。
 オレンジ色の光が周囲に降り注いでいる……。
 ふと……。
 歩き始めたチユは、振り向いた。
「それにしてもこの洞窟、誰のために何の目的でつくられたんだか……」
 ほつりと呟いたチユは、1人異変に気付いて立ち止まり、目を瞬かせた。
 地下道への穴があった場所が……なくなっている。
 塞いでいた岩が戻ってきたわけではなく。
 その場所には何もない。
 ただ、荒野が広がっているだけだった。
「……ま、いっか」
 チユはいつものようにさっぱりとした笑みを浮かべて、早足で皆を追いかけるのだった。

    *    *    *    *

「さて……」
 翌日、一行は聖都エルザードに帰還を果たした。
 宝を確認する場所として、一行が迷わず選んだのは、ファムル・ディートの診療所だった。
 ファムルの診療所は広場にあり、近くには他に建物はない。
 おんぼろの小屋のような建物なので、万が一ふっとんでしまっても問題ないし!
 それに、ダランが宝探しに出かけた理由にも関係のある場所だから、だ。
 狭い診療室に集って、テーブルの上に置かれた3つの箱を7人で覗き込む。
「お、俺一番に、使ってみたいけど〜。最初は誰かに譲ってやってもいいんだぜっ?」
 ダランは興味津津な様子ではあったが、少し尻込みしている。
 効果が分からないものを、使ってみる度胸はないようだ。
「こういうの、一応専門分野ではあるのよね」
 そう発言したのは、チユだ。
「よし、キミに任せよう」
 言ってダランは1歩後ろに下がった。
 くすりと笑いながら、チユがまず時計型の道具を手に取った。
「かなりたいそうなまほうぐですね。かんていしにみせてもこのしなもののねうちがわからないでしょう」
 目を閉じて魔力の状態を探ってみる。
「……べつにしかけはありません。のろわれてもいないようです」
「何で片言!? つーか、どこかで聞いたことある台詞だぜ」
 ダランの反応に笑いながら、一先ずチユは時計を箱に戻し、続いて石を手にとった。
「ん? これは……なんでもないし、なんでもある。多分、魔道化学者の作品ね」
 皆が不思議そうにチユを見る。
 チユは首をかしげた後、石を箱に戻し、最後にロッドを手に取った。
「……うん、これは間違いなく、魔道術師が作ったものみたいね。使う?」
「あ、いやちょっと待って」
 ダランの言葉に頷いて、チユはロッドも箱に戻した。
「で、効果とか分かった? あたしも調べてみようかな!?」
「うん、興味深い道具みたいよ」
 チユはレナに頷いて、時計の入った箱を差し出した。
「おい、ダラン」
 虎王丸がダランの耳をぐいっと引っ張る。
「いてててっ」
「このアイテム俺にくれたら、今度とっておきのお楽しみの場所、連れてってやるぜ!!」
 虎王丸が指を指したのは、黒い石であった。
「とっておきのお楽しみの場所? 温泉か!」
 どうやらダランは今、温泉に行きたいらしい。
「混浴なんてモンじゃねぇぜ。いいか、とっておきの場所ってのはなぁ〜、耳貸せ! 耳!」
 虎王丸はぐいぐいダランの耳を引っ張り、ダランは痛いと言いながらも興味津津で耳を傾ける。
「――地獄風呂? それともマグマ風呂か?」
 悪巧みを始める二人の間に、凪が割ってはいる。虎王丸が勝手に約束を取り付ける前に、決めてしまわねばならない。
「この3つは、ここでダランに一括管理をしてもらおう。ダランの家なら安心だし」
「あたしは別に、思う存分調べることができれば、自分のものにしなくても構わないわ」
 凪の提案にそう答えたのはレナだった。チユもレナと同意見というように、頷いてみせる。
「所有権は?」
 ディーゴが若干不服そうに尋ねる。
「全員。誰でも必要な時に、他のメンバーに断り無く使えるということで」
「うーん」
 しばらく唸り声を上げたあと、ディーゴは仕方なさげに頷いた。
「効果によっては、他のアイテムの所有権を放棄するんで、1つ欲しいって言うかもしれねぇけどな」
「んじゃ、そろそろ使ってみっか!」
 虎王丸がにかっと笑って、レナが持つ時計のような道具に手を伸ばした。
 効果には興味があるが、自分が使ってみることもないと、ディーゴはまずは様子を見ることにした。
「時計といっても、針が動くわけではなくて、イミテーションなんだよな……」
 凪が不思議そうにそう呟く。
「よし、準備OKだ!」
 ダランはドアの向こうに避難して、顔だけ覗かせていた。
「魔力を込めてみて。そして魔法の発動をイメージするの」
 チユのアドバイスの元、虎王丸はその時計型の――魔法具を両手で握り締めて魔力を込めていく。
「……うっし、はつど――」
 高らかに声を上げようとした虎王丸の言葉が途中で途切れる。
「虎、王丸?」
 凪が不思議そうに虎王丸の顔を覗き込むが反応がない。ぴくりとも動かず、呼吸もしていない。
「ふむ。使った人の時間を止めるアイテムってところかしら」
 そういった後、チユは慎重に虎王丸の手から魔法具を取り上げた。
「――う!!! ……あれ?」
 虎王丸が声を上げて手を振り上げたが、手の中には既に魔法具はない。
「よかった。触れた人全てが止まるわけじゃなくて、使った人だけみたいね。離せば動き出す、と」
 チユは効果をメモに記していく。
「面白いわね。どういう仕組みになってるのかしら……」
 レナがチユの手から魔法具を受け取ってくるくる回してみる。それは機械のようなものではなく、特殊な鉱石に魔法の類いを込めたもののようだった。
「それじゃ、これも使ってみるか?」
 ディーゴが黒い石を取り上げた。
「……ん?」
 触れた途端、なんだか奇妙な感覚が体の中に渦巻いていく。
 変わりに、石の色が少しだけ薄くなったように見えた。
「なんか……妙に体がすっきりしたような気が」
「んーと、多分……」
 チユが手を伸ばし、ディーゴが石をチユに渡した。
「何でもなくて、何でもあって、物体を完全なものにするだとか、不老不死の薬だとかそんな風にいわれている完璧な物……んと、賢者の石に近いものなんじゃないかなーと」
「賢者の石?」
 ダランはその名称さえ知らない。
「そんなに完璧なものじゃないけどね、多分。触れている人物の疲れをとったり、病気を治したりする効果があるみたい」
「ふーん、怪我とかも治るのかな? これがあれば少しぐらい無茶しても平気だよな!?」
 虎王丸の言葉に、凪は複雑な顔で頷く。疲れや病気を癒してくれるのは助かるが、虎王丸にはこれ以上無謀なことをされては友人として困る。
「なるほど、それじゃ風邪引いたら、病院じゃなくてダランの家に行けばいいのね」
 レナは触れはせず、首をかしげながら石を覗き込む。
 色が薄くなったのは、蓄積されていた力が減ったからだろうか。
「ん……万能ってわけじゃないけど、魔力を吸収して蓄える能力も備えてるみたいだから、何度も使えそうよこれ」
「うわー、それじゃ俺もう一生風邪引かないのかー」
「なんとかは風邪引かないっていう通り、ダラン滅多に風邪ひかねーけどな」
「虎王丸もだろっ」
 言って、ダランと虎王丸は笑い合った。
「これはどうするんだ?」
 笑いが治まった頃、ヴァイエストがロッドが入った箱をダランに向けた。
「あ、これは使わないでおこうと思う。なんか状況が変わったみたいだから」
 ダランが宝探しに出かけた大きな理由に、キャトルという少女の存在があったのだが……。
 危険な場所へ出かけるはずだった彼女だが、どうやら聖都に残ったらしいのだ。
 今日は留守にしているようだけれど、帰ってきたら、彼女に使うか使わないかを選ばせようと、ダランは決めたのだった。
「ま、そういうわけで、全部俺のものな!」
「まてぃ」
 全ての箱に手を伸ばしたダランの頭を、ぺしっとレナが軽く叩いた。
「えいっ」
 どこから取り出したのか、チユはピコピコハンマーでダランの頭をぴこんと叩いた。
「よおおおし、まずは腹一杯食うぞ! それからこの石に触れたら、一気に消化するかもしんねぇしな、そしたらまた腹一杯食える!!」
「いや、そんな効果はないよ、絶対」
 虎王丸は意気揚々としており、凪は全てを終えてほっとした表情を浮かべている。
「俺はその時計型魔法具の有効活用を考えてみるぜ」
 ディーゴは軽く眉を寄せている。凄いアイテムだとは思うのだが……今のところ使い道が思い浮かばないのだ。
 ヴァイエストは軽く吐息をついて、ダランの頭をポンと叩く。ダランと目が合うと、同時に頷いたのだった。
「それじゃ、狭いけど、ここで打上げやるかー!」
「賛成〜!」
「外で焼肉でもいいよな!」
 ダランの提案にレナ、虎王丸、そして次々に皆の明るい声が飛んだ。
 今夜は楽しいパーティーになりそうだ。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【3139 / ヴァイエスト / 男性 / 24歳 / 料理人(バトルコック)】
【3317 / チユ・オルセン / 女性 / 23歳 / 超常魔導師】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3678 / ディーゴ・アンドゥルフ / 男性 / 24歳 / 冒険者】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
※年齢は外見年齢です。

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸満里亜です。
全三回お疲れさまでした!
個性的な皆様との冒険をとても楽しませていただきました。
魔法具はダランの家で管理することになりましたが、川岸のノベルでお使いになりたい時には自由に使っていただいて構いません。
ご参加、本当にありがとうございました。