<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


■崖なかばにある、小遣い稼ぎ場

 カラカラ‥‥ガラ、ガラガラドドーン!!
 ある日崩れた山‥‥いや、いきなり出現した崖の中に、遺跡が発見された。


「丁度、ひと部屋の天井半分ぐらいが崩れてんだよな」
 隣のカウンターで旨そうにメシを食う冒険者は、淡々とその遺跡について話してくれた。
「いつ天井が崩れるか解んねぇし、コウモリはいるし、イモリはでけぇし。スライムとか、雑魚は多いけど、てこずるような魔物はいねぇし。ま、なんの訓練もしてねぇヤツが行くのは無謀だろうけどな」
 すまん、水。と、エスメラルダに声をかけ。
 食事を再開し、どこまで話したっけ、とボケたコトを言いながら。
「ああ、コインとか宝石とか、よく見れば所々落ちてるんだ。ちょっとした小遣い稼ぎにはいいと思うぜ」
 肉をおいしそうに頬張って。幸せそうに笑って、男は。
「冒険っつー、冒険じゃねぇから、つまんねぇだろうけどさ。いま、かっこうのエサっぽいよな、あそこ」
 そう言って、ほがらかに笑った。
 ジェイドック・ハーヴェイは、隣で静かに話を聞いてくれているのはものの、興味があるのかないのか解らず。口数も少ない所から、乗り気ではねぇな、とは思っていて。
 後ろの方で、スズナ・K・ターニップが、いるのには気付いていたものの、近寄ってくる様子もなく。
 名声を上げられるとか、力を試せるとか。一切ねぇし。と。
 書きかけの地図なんかいらねぇよな。と。拾ってきたコインと宝石と一緒くたになっている地図は‥‥ゴミ箱行きかな、と。冒険者は笑っていたのだが。


「ワイン、持ってきたよ!」
 エスメラルダに頼まれていたワインを1ダース。スズナは軽々持ってきて、汗一つかかず、ひまわりのような笑顔を振りまいた。
「ありがとう。そこ、置いといてくれる?」
「うん」
 カウンターの中に入って、とん、と下に置く。
「ちょっと待って。仕事の代金と‥‥コーヒーでも飲んで行ってね」
 やさしく笑うエスメラルダに。
「わ、ありがとう!」
 笑顔で返して、進められるままに席に着いた。
 そうしたら。
 少し離れた所に座っている男二人組から『コインとか宝石‥‥』と。聞こえて。
 おおおお? と。後ろの方をうろちょろしながら、話に耳をすます。
 よく聞こえないなぁ、と。
 二人の間から、キラキラ光るコインが、宝石が!!
「ほ・う・せ・きぃ〜〜〜〜っ♪」
 どおぅぅ!
「うわ!」
 見知らぬ冒険者さんの上にうっかり乗ってしまったけれど。
「おっと」
 宙に舞う皿とフォークをジェイドックがしっかりキャッチ。
 スズナの目の前には、キラキラ光る宝石が。コインが。
「大きい! 綺麗!」
「お前も、行くか?」
 下から差し出された地図を受け取って。
「行く――――♪」
 スズナは、元気よく返事をした。


 崖の上にある大きな樹に括り付けた縄から、崖の半ばに見える人工物の建物へと、スズナ・ジェイドックは降りていく。
 カラカラ、小さな石を落としつつ、無事に遺跡の中へと進入成功し。
「さて‥‥ここか」
 ジェイドックは、貰った地図‥‥手書きの、×印の向こう側は洞窟になっているらしい。
 いくつも×印がついているのを見て、溜息をつく。
 スズナも覗き込んで。
「一番近い×印。こっちだね。行こう行こう!」
 そう。
 男が言うには、遺跡は迷路。その奥は洞窟状になっていて、コウモリやらスライムやらは、そこから出現しているらしい。
 だからと言って、遺跡内にいないワケではないらしいが。
 男と同じ所を回っても面白くない。
 そうお互いに話して、少し入り込んだ行ってみよう、となったが。
「スズナ。ちょっと待ってくれ。慎重に行こう」
 そうだった、そうだった、用心して進もうとも言っていた。
 しかし、その入り口の横にキラキラ光るものを見つけ。ちょっと方向修正。
 カッカッと短剣を差し込んで、目的のものを傷つけないよう取り出しやすくする為、周りの石を削る。
「‥‥何をしている?」
 ぶっきらぼうだけど、気付くと傍にいてスズナの話をゆっくり聞いてくれるジェイドックに、満開の笑顔を向ける。
「こんな隙間にもコインがあったよ! 面白い所だね!」
「すごいな。よく見つけたな、そんな見つけ辛い場所にあるのを」
 ジェイドックは感心し、しげしげと、スズナの手の中のコインを見つめた。
「光物には目がないんだよ♪」
 明るく笑って、コインを持参してきた皮袋の中に入れた。
「‥‥にしても、限度があるだろう」
 すごいな。と呟かれて、スズナは一瞬照れてしまったが。
「行くか」
 気合を入れるかのように入口へと視線を向けたジェイドックに、スズナも気合を入れて大きく頷いた。
「うん!」


 ジェイドックが、持参の松明に火を灯す。
 薄暗い空洞に、パチパチと火がはぜる音が響く。
「洞窟に棲むコウモリとかは火に弱いからな。これで逃げていく奴らは多いはずだ」
「わーい、周りを気にせず、探検し放題だねっ」
「‥‥全部が全部逃げるわけではないが、って!」
 スキップ状態でどんどん進むスズナに慌てるジェイドック。
「おい、先に行ったら危ないぞ」
「大丈夫大丈夫! あったあった」
 ととと、と、まだ入り口付近だというのに、落ちているのはもちろん、壁に埋め込まれているような物まで見つけて皮袋に入れていくスズナ。
 ブンブン飛ぶコウモリ達に、壁にはりつくイモリに松明の火を近づけて、逃げていくのを確認し、ジェイドックは宝の方はスズナに任せて、自分は近づくコウモリ達の監視をするコトにした。
 松明の光があるとはいえ、手元を照らすには充分ではなく、スズナは小さなランプを取り出して、作業を進めていた。
 未完成だった地図に、今までの経路を追加するのは、ジェイドック。
 土で出来た洞窟は、いくつもの足跡があり、何人もの冒険者が通っただろうと思うのだが、彼らは宝石に興味がなかったのか、気がつかなかったのか。
 小遣い稼ぎと言う以上のものが皮袋に収められていき。
 今日のところは引き上げようか、と、二人で思案した時。
 松明の光が、見慣れない方向へ歪んだ。
「ん?」
 首を傾げたジェイドック。
 違和感があるのは、天井。
 松明を持ち掲げて、上を見る。
 スズナも、ジェイドックの動きで何か変だと感じ取って、上を見上げた。
「って! 巨大イモリ!!」
 10メートルはあるイモリ。土色で周りに同化しているものの、肌のでこぼこ・異常なもり上がりサイズで、全然とけ込んでいない。
 松明の火も、巨大イモリにとっては些細なサイズで、怖がる様子も何もなく。
 赤い舌をチロチロ、こっちに向って伸ばしてくる。
「む」
 バシュバシュ
 その舌・口内に向って放れた銃弾は、ジェイドックのものだ。
「ぐわあああ!!」
 悲鳴を上げ、暴れ、イモリはその狭い通路へと落ちたが。
 どすん、ドドドドドドッッ、どざざざざ!!
「うわ!」
 その勢いで、床まで抜けてしまう。
 当然、傍にいた二人まで、一緒に落ちてしまうワケで――


 落ちた先は、石畳が広がる、天井が5メートルはありそうな高い遺跡だった。
「いたたたた」
 打った尻を押さえながらスズナは起き上がり。
「‥‥‥‥」
 静かに身体を起こすジェイドック。
 ゆっくりと振り返って、一緒に落ちてきた巨大イモリを見つめる。
 松明の火をものともせず、ゆっくりと近づいてくる。
 スズナが床に置いたランタンの火も点いているのを確認し、ジェイドックは松明をイモリの顔に向かって投げつけた。
 松明を少ししゃがんで避けた所を。
 ――トストストストスッ
 すかさず、スズナが矢を射って、
「ぎゃあああ!!」
 イモリに顔面に何本も深く突き刺さる。
 松明を投げた後、走ったジェイドックは、イモリの横にまで回り、
 ――バシュバシュバシュバシュ!
 銃を連射。
 赤い血を撒き散らし、踊るように暴れるイモリ。
 傍にいたジェイドックは勢いよく払われるイモリの手から、しゃがんで避け、
 ズササッッ!!
 滑るように、スズナを守るかのように、彼女の斜め前まで下がる。
 暴れるイモリ。
 波打つ白い腹。
 ――ドスドスドスドス
 ――ドドドドドン!
 二人が投げ放ったそれは。鈍い音を立ててイモリの腹に沈み込み。
「グガアアアアア!!」
 絶叫。あたりに響き、壁を揺らす。
 吸い込まれるかのように声が絶え。ゆっくりとイモリの身体が倒れ。
 どーん!
 砂煙をたてて、息絶えた。
「ナイスだよ! ジェイドッククン☆」
 嬉しそうに、ジェイドックの腕を叩くスズナ。
「スズナも」
 呟くジェイドックの視線は天井だ。
 カラカラと、石がこぼれ落ちてくる。
「しかし。天井が崩れるぞ。さっき落ちてきた穴から脱出――」
 振り向いた先にスズナはいなかった。
 びっくりしたジェイドックの視線の先の先。
 なぜか、奥に奥にと走っていくスズナが見える。
「って、おいっ!?」
「ちょっと待て」
 彼女が向うのは祭壇。
 大きな女神像の下にある、その上に。キラキラ光る金貨が数枚、ジェイドックの位置からでも確認できた。
 まさか、それを取りに行ったのか!
「おい、スズ‥‥っ」
 彼女は、その金貨を数枚しか手にしなかった。
 残る金貨に惜しげもなく背を向けて駆け寄ってくる。
 広げた手の中には2枚。
 スズナはにっこり笑って、1枚をジェイドックに渡す。
「はい、金貨。キレイだよね」
 ああ、と金貨を受け取って、天井から落ちてくる石が砂が増えてくる事が気にかかるジェイドックは、無造作にスズナを抱き上げて、イモリの頭まで飛び上がる。
 ついでに、さっき投げつけた松明――すでに消えてしまっているそれを拾い上げて、もう一度。
「全部は取らないのか」
 残した金貨の輝きが、砂に石に崩れていく瓦礫の下に消えていくのを横目に見ながら、さっきの落ちた通路に戻って、足場がしっかりしているのを足で蹴って確認する。
「うーん。こっちの神殿に近い方がお宝少ないし」
 壁に埋まっている宝物を見つめながら、スズナは思案にくれる。
「あんなに広い神殿なのに、机の上、5枚しか金貨なかったんだよね」
「ん?」
 話を促すように声をかけるジェイドックを振り返り。
「突き進めば進むほど、宝がないのは寂しいかな、と」
「なるほどな」
 確かに普通のダンジョンであれば奥に宝があるものだ。
 なのに、今回のダンジョンに関しては逆である。
 小さな遺跡。二人は通っていないが、男から預かった遺跡の地図をみる限り、あの遺跡は迷路状で、小さな部屋というのが多数存在していた。
 そして狭い迷路のような洞窟。その奥、もとい迷路の下にあった神殿。
 実際あの迷路を突き抜けたら、あの神殿に出たのではなかろうか。
 その形態を考える限り、盗賊があの神殿を本拠地にして住処を作ったと考えて、ほぼ間違いないと思われる。
「‥‥まぁ、スズナが残しておいた宝は瓦礫の下だが」
 何やら、言葉を濁して言ったジェイドックの言葉は。
 いかにも大事そうに捧げられるかのように、祭壇に乗っていた宝の最後を思い出し。
「‥‥‥‥。ああああ!!」
 素っ頓狂な声が、スズナの口から発せられた。






END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3487/スズナ・K・ターニップ (すずな・けい・たーにっぷ)/女性/15歳(実年齢18歳)/冒険者】

【2948/ジェイドック・ハーヴェイ (じぇいどっく・はーう゛ぇい)/男性/25歳(実年齢25歳)/賞金稼ぎ】