<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


貴方を信じてる

□Opening
 男はルディアの前で皮袋を広げた。出てきたのは、ガラスのケースに入った美しい彫刻。中身を確認すると、すぐに皮袋に仕舞い込む。
「これを、どうしても西の城の城主様にお届けしなければなりません」
「うん……。えっと、綺麗な彫刻だね?」
 突然そんな風に話を始められて、ルディアは多少困惑した。
「あ、申し訳ありません。私はノロス。西の城に仕える薬剤師です」
「薬剤師さんが、何でまた、彫刻を?」
 どうやら、男が白山羊亭を訪れたのも、非常に困り顔なのも、その辺りに理由がありそうだ。
 やはり、と言うか。男は、苦しげな表情を浮かべて事情の説明を始めた。
「この彫刻を明日の日没までに城へ届けなければなりません。……その、城主様のご子息が、風邪を引かれたのです。薬は処方したのですが、祈祷も行うと。そして、祈祷にはこの彫刻が必要でして……」
「でも、何で薬剤師の貴方が、彫刻を運んでるの?」
 ノロスはルディアの質問に丁寧に答える。
「それは、すぐに動けるのが私だけだったからです。薬剤師は皆、連日連夜の研究で疲れていたのです。城主様のご子息へ出す薬ですから、それは慎重に議論を重ねました。使用人は、ご子息のお世話に一日走り回っています。その結果です」
 一応は分かった、とルディアは先を促した。
「山を越える事ができたら、すぐに城へ到着できます。ただ……、行く時にはそうでもなかったのですが、山に大きな魔物が徘徊しているのです。この彫刻を抱えながら、魔物と闘う事ができないのです。いえ……、戦闘どころか、逃げ走る事も無理かも……」
「じゃあ、魔物をやっつければ良いんだね?」
「実は、問題はそれ以外にも……。この彫刻は、非常に価値のある物で……。それを知った盗賊が付け狙っているのです。もう、どうして良いか」
 ふむ、とルディアは腕を組む。
「あのさ、行きはいなかったって言うのなら、もしかして魔物は移動する習性があるんじゃない? 魔物が移動するまで、ここでかくまってあげようか?」
「……。いえ、私が戻らなければ、妻が……」
 ノロスは、悲しげに、最後の事実を告げた。
「城から使用人を出すと言う事は、裏切りの可能性があるかもしれないと……。ですので、城を出るときに妻を城主様へ預けました。私が戻らなければ、妻が……。いえ、勘違いなさらないで。あくまで、預けた、だけですので。…………。妻は私の帰りを信じています。ですから、お願いです。どうか、山を越える手伝いをお願いします!」

□01
 話を聞いたチコは、ノロスを安心させるように明るい声で切り出した。
「事情は大体解ったよ。ノロスさんも大変なんだね」
「あ、……あの」
 ボクはチコ! 宜しくね、と軽く身を屈め微笑む。
「ボクも、兄さんが仕事に行っちゃってて、寂しかったんだよねー。好きな人と離れる気持ちはよーく解るよ」
「……。恐縮です」
 神経を張り詰めているのか、ノロスは硬い表情のままぎゅっと皮袋を握り締めた。
「そして、信じている思いが伝わらない辛さもね」
「え?」
「依頼、必ず成功させようね! 頑張ろう!」
「……はい」
 ほっと、ノロスの肩の力が抜ける。
 その時誰かがくいとノロスの服の裾を引っ張った。ノロスが視線を下げる。
 そこには、黒髪の少女、千獣の姿があった。
 話を聞いて考えていたらしく、表情は真剣だ。
「……私が……あなた、を、抱えて、飛ぶ……ていう、のは、駄目……?」
「……?」
 駄目? と首を傾げる千獣にあわせ、ノロスも首を傾げる。飛ぶって、何だろう? どういう事なのかと言葉を探していると、またしばらく考えていた千獣が口を開いた。
「ああ、でも……。……もし、落ちる、とか、落とす、とか、して、その、彫、刻……壊れ、たら、駄目」
 だから、駄目だと一人納得した模様。
 こくりと満足そうに頷く千獣とノロスを見比べ、ルディアが笑う。
「つまり、山を越える手伝いをしてくれるんだよ、ね?」
「ああ……」
 そうなのか、と、ノロスは頷いた。
「……言葉に出来ぬその部分は、無理に聞くまい」
 そのやり取りを聞いていたアレスディア・ヴォルフリートは、静かにそう言った。
「ともかく、あなたが無事、城へ帰れば事なきを得るのだな」
 あなたも、奥方も。
 言外の意味を感じ取り、ノロスは曖昧に頷いた。
「ええ、あの……」
 だから、早く帰りたい。けれど、前方には魔物、後ろからは盗賊が追ってくる。一つ一つの事実を確認し、アレスディアはポツリと呟く。
「まるで前門の虎、後門の狼だが……」
 尻込みできないのなら、進むしかないだろう。アレスディアの真っ直ぐな思いに、ルディアもうんうんと頷いた。
 さて。
 蒼柳・凪は、ノロスの持つ彫刻に興味を示した。
 この世界の回復魔法は知っているのだが、彫刻を使って祈祷をすると言うのは初耳だ。
「勿論、依頼は受ける。その前に、もう一度彫刻を見せてもらえないか?」
「……。あ、はい」
 凪の言葉を聞き、ノロスはきょろきょろと辺りを確認する。どこで誰が見ているか分からない。しかし、良く考えれば、ノロスの話を聞いて集まってくれた冒険者が居るではないか。大変心強い。ノロスはそう思い直し、皮袋から彫刻を取り出した。
「へぇ」
 ガラスケースに守られた彫刻は、確かに、美しい。木彫りの……、植物が表現されている。花がいくつも咲いており、絡み合った蔦の表情も繊細だ。手をかけ、時間をかけて作られた物だと、良く分かった。
 けれど、これが魔力を湛えていると言うとどうだろう。魔力がないとは言えない、その程度だ。魔力に満ち満ちている物ならばもっと有名になるはずなので、男の手に収まっている時点で目を見張るような物だとは思わないけれど……。ほとんど力のないこの彫刻で、どんな祈祷をするのだろう。
「で、薬品でどうやって戦うつもりだったんだ?」
「いえ、私の薬は医療専門です。もし戦わなければならないのなら、せいぜい、麻酔をナイフにしみこませて……とか、睡眠薬を飲み物に混ぜて……と言う感じです」
 なるほど、それでは盗賊も凌げないだろうと、凪は思った。もっと強力な薬品があるのなら、前衛で戦う仲間が使用すれば効果があるだろうと考えていたのだけれど……。ここは、仲間の戦い方に合わせた方が良いようだ。
 先に進むしかないと言い切ったアレスディアの意見に、ジェイドック・ハーヴェイも同意した。魔物がいて、後ろからは盗賊。やりすごしたいところだが時間がない。
「となったら、遭遇覚悟で先を急ぐしかないな」
 もたもたしていると魔物だけじゃなく盗賊からも挟み撃ちに遭うだろう。
「ちなみに、盗賊と魔物がいなければあとの道のりは一人でも行けるのか?」
「え? ええ。山道を歩くのは、平気なんです。薬草を取りに樹海へ足を踏み入れるような職業ですから」
 あくまで今回の状況がイレギュラーなのだと、ノロスは言う。
 魔物にてこずり盗賊との混戦になってしまったら、きちんと守り切るのは難しい。最悪、ノロスだけを先に行かせる選択も考えたほうが良いだろう。ノロスが城につきさえすれば良いのだから。
 先に行かせるにしても誰かが付き添った方が良いのかもしれないが、一人でも進めるのなら進んだほうがいい。とは言え、信頼して前衛を任せる事ができる千獣やアレスディアが居る。それに、ノロスの安全は、チコや凪がきっちりと守ってくれるだろう。
 きっと、大丈夫。
 一同は、早速、山を目指した。

□02
 もともとこの地域に住む魔物ならば、外敵はむしろ我々の方だ。
 だから、戦わなくて済むのなら、そのほうが良い。
 そのように主張したアレスディアは、望遠鏡で先の様子を確認していた。山に入ってしばらく経つ。幸い、舗装されている道があったので歩くのに不自由はない。
「……戦いは、避けられないかもしれない」
 木の上から、アレスディアは皆にそう伝えた。
「厄介な魔物か?」
 腕を組んだジェイドックが首を傾げる。
「三体ほどだ。ただ、とても大きい。そして……。どうやら、食事をしに来たらしい」
「この森は、木の実や花が豊富ですからね。小鳥や小さな動物もいっぱいいます」
 アレスディアの言葉を補足するように、ノロスが言う。
「ねぇ、その魔物って、そんなに大きいんだ? 例えば……人間を食べれるくらい?」
 極めて明るくチコが言うと、アレスディアは深刻な表情で頷いた。
「なるほど、食事をしに来たら、予定よりもっともっと上質な食事が現われると」
 凪は、諦めたように呟いた。
「? あの、それは、どう言う……」
 一人、不思議そうにノロスが首をひねる。
「……。魔物には、俺達が餌に見えるんだろうな、って言う相談だ」
 今までと何ら変わらない表情でジェイドックが説明をする。ノロスは、改めてすくみ上がった。
 その時、後ろを警戒していた千獣が、ぴくりと耳を動かす。
「山に……。人が、来た、よ……。沢山……居る」
「盗賊が、追ってきたのか」
 アレスディアの言葉に、一同は急いで歩き出した。

□03
 ばん、と言う爆発音が響く。
 魔物の姿が見えたのと、千獣が飛んだのはほぼ同時だった。既に黒装を身に付けたアレスディアも、槍を構える。千獣が大きく岩を砕いたので、魔物はそちらに気を取られたようだ。
 勢いを付けて、千獣に突進する。
 一直線の体当たりをひらりとかわし、千獣は大きく手を広げた。
 あくまで、自分をおとりにするつもりだ。
『オォオオォ……オオォン』
 魔物が吼える。
 仲間を呼んだのだろう。
 時間にして、何秒か。一瞬の出来事に、ノロスは息を吸うことも忘れていた。
「こっちだ」
 そんな彼の腕を、しっかりと引っ張るのは凪だ。
 魔物に気取られないよう、静かに少しずつ、その場を離れる。
「三体か……。やはり、やり過ごす事は難しいだろうな」
 リボルバーの装填を確認し、ジェイドックがこちらに向かってくる魔物と自分達の位置を確認した。まっすぐ舗装された道を踏み潰しながら、魔物が突進してくる。
「お前達だけで先に進めるか?」
 一体は千獣を追いかけている。後の二体をアレスディアとジェイドックが引き受けると言う。
「それは、平気」
 すぐ目の前まで魔物が迫っていると言うのに、落ち着き払ったようにチコが微笑んだ。
 手をひらりと返す。
 すると、側に居たジェイドックでさえ、チコやノロスの居場所が曖昧に感じられた。
 幻覚の魔法だろうか?
 しかし、それをジェイドックが確認する暇はない。
 遠い所から跳躍した魔物が一体、向かってきたのだ。
 危ない、と、ジェイドックは声を上げそうになる。
 魔法で姿をくらませていても、存在する事には変わりない。まだ近くにノロスが居るのなら、魔物の突進を避けられないのではないのか。いや、避けられたとしても、彫刻が無傷だとは思えない。
 けれど、ジェイドックが声を上げれば、それこそ魔物に正確な位置を教えてしまう。
 実際の所。
 チコの魔法に守られたノロス、そして凪はジェイドックのすぐ近くに居た。
 彫刻を持つノロスが素早く動けないのだ。
 一緒にいた二人をかばうように、凪が前に出る。
 魔物はすぐそこに。
 大きな舞術は行使できない。きちんと舞うのは無理だ。だとしても、簡単な略式の術ならば、十分な時間と考える。
 精霊に呼び掛けるように、力を込めて両手を大地にかざす。焦らず、ゆっくりと、しかし滑らかに舞う。踏みしめる地から、湧きあがる感情を汲み取った。そのまま、流れるように、力を解放する。
 ふわりと風が吹き、土埃が舞った。自分達だけではなく、ジェイドックも一緒に包み隠した。
『アァ――、ア……』
 突進して来た魔物が目標を失い、たたらを踏む。
 その隙に、チコと凪がノロスを誘導した。
 このまま魔物と戦っていると、盗賊に追いつかれる。ここは前衛の三人に任せ、自分達は先に進んだほうが良い。ノロスを守りながら、二人は瞬時にそう判断した。
「後はよろしく」
 凪がどこからかジェイドックに声をかける。
「そっちも、気を付けろ」
 チコの魔法に守られている三人の姿は、ジェイドックには見えない。ジェイドックは、きっと聞こえるだろうと適当に返事をした。

□04
 足を頭部を、狙い打つ。
 目的はこの魔物を倒すことではない。ノロスを城へ送り届けることだ。できる事なら、殺さず進みたい。
 アレスディアの槍は、正確に魔物を叩く。
 しかし、向かう魔物はよほど丈夫なのか、意識を失ってもすぐに立ち上がる。よろめくのは一瞬だ。
 魔物の突進を器用に避け、ちらりと来た道を覗く。
 そこでは、千獣が魔物を引きつけどんどん逆走していた。
「なるほど、そう言う事か」
 確かに、はさみうちを防げるし時間も稼げる。
 アレスディアは千獣の作戦に乗る事にした。

 右へ左へと攻撃を巧みに避け、ジェイドックは千獣の隣へひらりと飛び込んだ。
 ノロスがまだ近くに居る、それに、戦う仲間に当たってはいけないと、ジェイドックは引き金を引く事は無かった。
「どうだ、作戦は上手く行きそうか?」
「……だい、じょう、ぶ」
 なかなか千獣を捕まえる事ができない魔物がいらついている。諦めて、他の獲物を探そうか。そんな気配を感じ取った。千獣は、ジェイドックに答えながら、大きく腕を振り上げて近くの木を叩き付けた。
 どん、と、腹に響く重低音。
 気を散らしかけていた魔物が、再びこちらを向いた。
 何事も無かったかのように、千獣は走りはじめる。
「……上手く、いけば……魔物と、盗賊……」
「ふんふん」
 ジェイドックを目標にしていた魔物が突撃して来た。ステップを踏んで、猛攻をかわす。顔色一つ変えず、ジェイドックは考え込んだ千獣の続きを待った。
 千獣は、軽やかに魔物を翻弄しながら、えっとと考えをまとめる。
「そう、魔物と、盗賊……はち、あわせ……」
 魔物に驚いた盗賊が攻撃してくれれば完璧だ。時間稼ぎにもなるし、後方の心配もなくなる。
「なるほど、良い考えだ」
 いつの間にか、二人の側に近づいていたアレスディアが、頷く。
「確かに、良い考えだ」
 ジェイドックも、丁寧に同意を示した。
 そうと決まれば話は早い。
 三人は魔物三匹を引きつれどんどん山を逆走して行った。

 その頃、チコと凪はノロスと城を目指していた。
 魔物の突進を避け、舗装された道は諦めた。しかし、常日頃薬草を取りに山を徘徊すると言うノロスは、迷いがない。
 ふと、後ろを振り返り、チコが笑う。
「うん。どんどん魔物から離れていくね」
「ああ。あちらも上手くやっているな」
 自分達が進んでいるからではなく、どうも、あちらが逆走している。聞こえてくる咆哮と派手な音がそれを告げていた。
「もう一息。この木をくぐれば、城門が見えるはずです」
 道は覚えているけれど、流石に疲れたのだろう。ノロスが息を弾ませ、二人へ振り返る。
 葉の生い茂った木をくぐり、その先を見る。
 そこには、兵が守る城門があった。
「ノロス――!」
「無事だったのか?!」
 二人の兵は、木の間から出てきた三人の姿を見て歓声を上げる。
 辿りついた。
 ふわりと表情を和らげるノロスの様子を、二人は優しく見ていた。

□Ending
 怪しげな――行為その物ではなく、効き目があるのかどうか――祈祷が終わると、豪華なベットに横たわっていた少年がぴょこんと身体を起こした。
「おお! 息子よ! やはり、木彫りの彫刻が効いたのだな!!」
「父上……。薬師の風邪薬が効いていたのですが……」
 大粒の涙を流す城主と呆れたように笑う息子。その後ろで、ノロスとその妻がひっしと抱き合う。
 ばさり、と、翼の音が聞こえた。
 千獣がアレスディアとジェイドックを運んできたのだ。
「ふむ。どうやら、上手くいったようだな」
「ああ」
「うん……良かった、ね」
 それぞれが、安心したように、ノロスの様子を受け入れる。
「盗賊はどうしたの?」
 チコが三人に訊ねた。
「相打ちだな」
 短いジェイドックの返事に、チコが両手をのばす。
「そっか。じゃあ、おしおきは必要ないね?」
 あの魔物の攻撃を受けてしまったら、もう二度と山を越えようと思わないだろう。
「皆さん、有難うございます!」
 明るい声で、ノロスが走り寄ってきた。
「良かったな」
 自分達の運んできた彫刻。それを使った祈祷。全てがデタラメだったような気がするけれど、凪は言葉少なく声をかける。
「はい!」
 思った通り、全ての重責から解放され、ノロスは晴れやかな笑顔を浮かべた。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3679 / チコ / 男 / 22 / 歌姫/吟遊詩人】
【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女 / 18 / ルーンアームナイト】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男 / 15 / 舞術師】
【2948 / ジェイドック・ハーヴェイ / 男 / 25 / 賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          
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 この度は、依頼にご参加いただきましてありがとうございました、ライターのかぎです。
 魔物と戦う前衛の方、ノロスを守ってくれる方、臨機応変に対応できる方。全てが揃ったパーティーになったなと思いながら物語を進めて行きました。バランス良く、有利に戦闘が進んだと思います。おかげで、ノロスは無事城に辿りつけました。
 本当に有難うございました。

■チコ様
 はじめまして、はじめてのご参加有難うございます。前衛の方がいらっしゃいましたので、チコ様には守りをお願いしました。安全第一、を最優先させていただきました。
 それでは、また機会がありしたらよろしくお願いします。