<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
■ゴーレム退治+1依頼。
ゴアアアア!!
うめき声を上げて立ち上がる、ゴーレム。
でかい。
俺ひとりじゃ無理だ。
あと。これだけでかいんだ。依頼書とか来てるんじゃねぇか?
道を塞いで通してくれねぇゴーレムを見上げて。
(「俺から行かない限り、襲う気はないのか」)
男は、あくびをして、エスメラルダがいる黒山羊亭へ向かった。
「千獣」
黒山羊亭の前で、食事をしようか否か悩んでいた千獣に声をかけたのは、ジェイドックだ。
何回も依頼を共にしたことがあり、親しみ深く、声をかけやすい。
「‥‥ジェイドック」
怒っているとも見える獣特有の表情の中にある温かい瞳の色を見つけて、千獣は軽く手を振って挨拶をする。
「食事か? 一緒に食べないか」
「‥‥そ、だね」
店のドアを開けた途端、
「エスメラルダ! おかわり!!」
スープ皿を高々とかがけた虎王丸と視線が合う。
「お、千獣とジェイドックじゃん」
虎王丸から皿を受け取ったエスメラルダは、優しげな静かな笑みを浮かべた。
「いらっしゃい」
そうして、二人を虎王丸へと案内するように一歩下がってからカウンターへと戻る。
「よく食うな」
「男なら、これぐらい食わねぇとな」
「‥‥また、会った」
「おぅ、ひさびさ」
何を頼もうか、とジェイドックがメニューに手を伸ばした時。
ドアを騒々しく開け、一直線にエスメラルダに向かう男が一人。
見知った顔に、つい動向を追うジェイドック。
「よ、エスメラルダ」
「なに? 帰ってくるの、早過ぎるわよ。封印の塔に行くんじゃなかった?」
「あー、途中に、ゴーレムがいるんだよ、ゴーレム。依頼来てねぇか?」
ゴーレム。聞きなれない単語に、考え込む千獣。まだまだ人間が使う言葉に不慣れで。
モンスターの種類や数・特徴を知っていても、それと人間が使う言葉とが一致しない。
なんとなく興味を持ち、頷くエスメラルダへと視線を移す。
「ああ、そういえば」
「お。やっぱり、来てたか、依頼書」
パタパタと依頼書をめくるエスメラルダの手元を、身体を乗り出してまで覗き込む男に、ジェイドックは思わず笑みをこぼした。
「なーに。依頼書もらいに、ワザワザ戻ってきたワケ」
「まぁな。一石二鳥だろ。それと、一人じゃ難しいんだよな」
そう男は呟いて。クルリと振り返る。
「誰か一緒に行くヤツいねぇ? お」
冒険者は、見知った顔を見つけ、にぃっと笑う。
「ジェイドック! 話、聞こえてたか!?」
バタバタと駆け寄って、どういうゴーレムだったのか細かく話す。
静かに話を聞き、ジェイドックはゆっくりと頷いた。
「ああ。なるほど‥‥ゴーレムか。まぁ、行き先が封印の塔なら、もう一つの依頼も疚しいことが目的でもないだろう。わかった。俺もその依頼、受けよう」
お人好しだな、と呟く虎王丸の隣。千獣は静かに片手を上げて。
「それ‥‥倒せば、いいの‥‥? じゃあ‥‥私も、一緒に、行く‥‥」
「サンキュ! よろしくな!」
「‥‥虎王丸」
千獣の静かな声色。ジェイドックの静かな視線。プラス、期待に満ちた男の瞳に、虎王丸は『げ』と苦虫を潰した顔になった。
「嫌だー、ゴーレムなんてムサいだけじゃねえか!」
そうか。と、淡々と頷くジェイドックと千獣に。何やら訴えて来るモノを感じ、虎王丸は言葉を一瞬詰まらせる。
――がしっ
気付けば、男が放すものか、とばかりに腕にしがみついている。
そうして、目は口ほどにモノを言うと言わんばかりに見つめられ。
「しょうがねえな。生活費も必要だしな。俺も行く。行くから、そんな目でみるんじゃねえ!」
虎王丸は、白旗を上げるのだった。
途中。
急用だのなんだのわめく女に。話を持ってきた件の男は。
ジェイドックに剣と依頼書を押し付けて、依頼があぁ!! と叫びながら引き摺られていった。
もう一つの依頼。
それは、封印の塔に赤い刃の大剣を持っていくこと。
「に、してもゴーレムか。封印刀がどこまで効くか」
虎王丸は、刀を鞘から取り出して、宙に放り投げ、クルクル回って頭上から戻ってきたそれを。
――シャン!
音楽を奏でるかのような音を立てて鞘に収めた。
「土に還す能力がついてんだ。ま、効かねえとしても、普通の鈍器よりは硬えしな」
魔法の品物なんだぜ、と自慢気に笑う。
「俺の獲物は拳銃だ」
淡々、とジェイドックが言葉を紡ぐ。
「人間相手になら一発二発でも当たれば十分な威力があるだろうが、ゴーレムではそうもいかない。少し様子を見させてくれ」
ある程度距離を取れば攻撃してこないんだろう? ふっと笑みを浮かべるジェイドック。
土で出来たモンスター。頑丈。
千獣の脳内に浮かぶモンスターは何種類か浮かぶ。だが、どれにしても、他のモンスターだったとしても。
「‥‥小、石、ぶつけて、反応、‥‥急所、確認‥だね」
確認したいのは、色々あるが、全部を人間の言葉に変換するのは難しい。
「ああ、望遠鏡で観察しながら、ゴーレムの攻撃範囲外から、石と銃弾を放ってみよう。胴体のような広い箇所の方が狙いやすいが‥‥」
千獣の言葉に、ジェイドックは頷いて。
依頼のゴーレムについて聞いた話を思い出す。
「ゴーレム相手では、石も銃弾もあまり有効ではないはずだ。図体はかなり大きいそうだし、一本でも足を失えば動きは相当鈍るはず。動きを止めればこちらのものだな」
真正面からぶつかるのもいいのだろうが、部分的に狙うのが効果的だろうな、と呟いた。
「りょーかい! しばらくは様子見だな!」
俺の出番はその後だな! と。楽しげに笑う虎王丸。
そして、ふっと思う。製作者の存在。
ゴーレムといったら、製作者っつーのが付いて来る。一人で勝手に動くモンスターじゃないのだ。
「な、近くに製作者がいるはずだよな。美人さんだといいよな」
美人さん。虎王丸が指すのは、どう考えても女性だ。ゴーレムを作る人は、女より男が多いのではないだろうか。
「男だったら?」
「『どんだけ迷惑かかったと思ってンだ? この野郎』」
む、と眉間にシワを寄せ、一瞬にして表情が不機嫌に変わる虎王丸。
「‥‥おい」
しまった。やぶへびだったか? 内心冷や汗をかいているジェイドックに。
「んで『お、綺麗な靴履いてんなぁ〜』と身ぐるみ剥いじまえってな」
にぱーっと、満開の笑顔を向けて、虎王丸はジェイドックの肩を楽しげに叩く。
「追いはぎか、お前は」
ジェイドックも笑って、虎王丸の背中を叩き返す。
うーん、と千獣は、二人の会話を、頭の中でリフレインし、製作者という話はゴーレムを倒した後の話なんだろうか、と。納得し、確認の為に聞いてみた。
「‥‥初め、に。ゴーレム、倒す‥‥よね」
「あはははは、もちろんじゃねえか!!」
上機嫌に笑い、虎王丸は。
「千獣みたいな美人さんだと大歓迎だぜ、俺!」
同じように肩を叩こうとし――――千獣は俊敏に、その手を避けた。
遠くに。ぼうっと立っているゴーレムが見える。
頭の後ろで腕を組んで、虎王丸は二人の背後で、突撃の声がかかるのを待つ。
周りを見渡し、製作者を探すが‥‥見当たらない。塔に隠れているんだろう。
「まずはゴーレムを倒さねえと」
と。小さく呟いた。
ゆっくり歩を進める千獣はキレイな姿勢を折り曲げて、足元の小石を拾った。
――ぱぁん!
その一瞬後には、ゴーレムの胸で弾ける砂。
千獣が放った小石の残骸だ。
びくともしない所か、石の存在にさえ気付いていないゴーレム。
望遠鏡を構えたジェイドックが、
「もう一発」
促されて、千獣はもう一つ石を投げる。
――ぱぁん!
石は弾け、砂に変わる。ゴーレムに傷ひとつ負わせるコト無く。
――ババンッ!
続いて撃ったジェイドックの弾丸は、胸に半分沈み込み、足の間接部分を狙った一発はゴーレムを突き通る。
一瞬、グラリと揺れたものの、すぐに体勢が整い、さっきと同じように何もなかったかのように佇むゴーレム。
にやり。と笑うのは虎王丸。
「手ごたえバッチシじゃねえか」
そう呟いた時には走り出し。
「さっさと終わらせて報酬貰おうぜ」
グルグル腕を回して楽しげだ。
まだ観察をし続けたい気持ちはあるものの、基本、前衛タイプの千獣は、当然のように一緒に走り出し。
後衛タイプのジェイドックは、いくら自分の腕に自信があっても、仲間の後ろから弾を放つ気はさらさらなく、溜息をつきながら、二人の後をついていった。
走りながら小石を拾っていく千獣。さっきは胸を狙っていたが、今度は顔だ。
――ぱぁん、ぱんぱん!
微動だにしないゴーレム。こちらを見ようともしない。
オートで動いているのだとしたら、目となる部分があるはずだ。あれば、目の部分に備え付けられているのが妥当なのだが。
「んな小せえ攻撃より、ガガーンと大きく出た方が面白いぜえ! 千獣!」
――がん!
虎王丸は、楽しげに笑いながら、真正面からゴーレムの胸へ切りつけた。
剣はじりっと数ミリ沈み込む。土に還す能力は僅かながら効くようだ。
ゴーレムが大きな動作で、二人の振り払う。
かなり余裕で避けられるスピードだ。しかし、先程よりは動きが俊敏になっていないか‥‥?
その腕をかい潜るのはジェイドック。
――バンバンバンバン!!
銃の弾丸が、左足の関節を通過していった。
ぶんっ。
頭上に振り下ろされるゴーレムの手から、大きく飛び退く。
‥‥また少し。ゴーレムのスピードが上がる。
左側から円を描くように迂回して、ゴーレムの背後を取った千獣は、身体をひねった為に露になった腰の関節へ。一瞬にして獣化し3倍もの大きさになった腕が、鋭い爪が沈み込む。
それは一瞬。ゴーレムが振り向く前に飛びのいて。腕も元へと戻る。
右にいるジェイドックから、左後ろにいる千獣の方へ振り向く。その大きな動きは、左足の関節・腰の関節が傷つき、不安定になっている状態では易々と出来る動作ではない。
よろめいた。
虎王丸の限定獣化。刀をしまい、
――ドン!
強化した足と腕で、ゴーレムに体当たりをかます。
どおおおおん!!
砂煙を上げ、勢いよく倒れていくゴーレム。
その胸に、ちょん。と乗っかっている虎王丸。
じっと、自分が倒したそれを見つめて。
「ゴゴ‥‥」
妙な声を上げ、動くのを確認したのち‥‥そこから降りた。
「止めを刺さないのか」
じっとゴーレムを観察している虎王丸に声をかけるのはジェイドック。
千獣は、ゴーレムを挟んだ向こう側で、止めを刺さない虎王丸の態度を不思議に思い、ゴーレムに注意を払いながら、手を出さず。じっと二人の声に耳を傾ける。
「ん? 一度倒れたら自力で立ち上がれるのか知りたくねえ? ま、カワイイ遊び心ってヤツ」
ケラケラ笑う虎王丸。ジェイドックは不思議に思い首を傾げた。
「さっさと終わらせると、先程いっていなかったか」
虎王丸は軽く肩をすくめて。さっきまでのおちゃらけた表情を消して真剣な表情。口元がにっとつり上がる。
「知っておいて、損はねえだろ」
そんな虎王丸を見て、ジェイドックはふっと笑みを浮かべた。
「なるほど」
報告書に、このゴーレムの生態を詳しく書ければ、同じような事が起きた時に何か役に立つだろう。
(「一見ふざけている風に見えるが、その行動の裏には何か確かな理由があるに違いない」)
虎王丸が知れば照れて全力で否定しそうなことを思い、ジェイドックは大きく頷いた。
(「知ることは大事だよね」)
ゴーレムの向こうで。千獣も静かに頷いた。
なかなか起き上がれないゴーレムは、壊れたオモチャのように両手右足を振り回す。左足は他の手足と同じ動きでありながら――遅い。
そんな一生起き上がれそうにない動きながらも、右足に勢いをつけて立ち上がる。
関節部分の攻撃は、非常に効果がある。
そう判断したジェイドックと千獣。
千獣は手のみ獣化させ、両手の獣の爪をゴーレムの右足関節部分を素早い動きで何度も狙う。
右足の関節は、数回ジェイドックが銃弾を打ち込むだけでズレが生じた。
あと、2・3発で完全に切断でき、身体を倒すだけなら簡単だ。
しかし、横になった状態で暴れるゴーレムよりも、今の状態から他の部位を攻撃して、攻撃力を下げてから倒して止めを刺すのがベストではないか。
ジェイドックは、右肘関節に攻撃‥‥視界の隅に虎王丸が映る。いや、あたりはしないだろうが、虎王丸の攻撃は激しい。右に左に上に下にと自由自在だ。
関節部分を確実に狙える自信はある。しかし、突き抜けるのだ。
虎王丸の隣に並んで、さっきの位置よりは狙い辛くなったがそれだけだ。
ジェイドックの弾は100発100中だ。
千獣やジェイドックとは違い、虎王丸は正面から切りかかる。
封印刀は、ゴーレムの硬い表面を土に変え、払っていく。
関節部分にも効果はあるのだが、あたった瞬間に土に変え、それ以上深くえぐれないのだ。
虎王丸にとって、どこを切りつけても同じなのである。
振り回すゴーレムの腕のスピードは、もともと避けるのは容易いスピードだった上に、3人の攻撃で、左右の腕と足の関節、肩や胸部分がボロボロで、あと少しで崩壊しそう‥‥なのではあるが、なかなか崩れない。
そして。
頭の部分が完全に無事なのである。
「ジェイドック! わりい、俺をゴーレムの頭上まで投げてくれ!」
左でゴーレムの腕をかわしながら、ゴーレムの腕の関節を狙っていたジェイドックは、
「わかった」
と、言った時には、すでに銃をしまい、虎王丸の元に駆けつけていて。
虎王丸は虎王丸で、ジェイドックの頭の位置までジャンプしている。
その足を、両手で持って、更に高く。虎王丸もジェイドックに押される力に合わせて、またジャンプ。
雲が届くぐらい高く飛ぶ。
虎王丸が落ちてくるまでの時間。
ゴーレムの左腕を攻撃していた千獣は背後へと移動し、右腕だけを獣化。
太いその腕はゴーレムの腰の関節を深くえぐって、ゴーレムのバランスを大きく崩す。
千獣がゴーレムから飛び退いた時、ジェイドックがボロボロになった両足の関節へと銃弾を放ち、直立不動のまま、身体はゴーレムのものではなくなったその両足に沈み込む。
そうして、天を見上げれば。
封印刀を両手で構えた虎王丸が、ゴーレムの頭に重力と体重とをかけて、ゴーレムの頭にと剣を突き刺して。
深く、柄まで埋め込まれ。
ひび割れた頭は二つに割れ、地面へと落ちる。
それでも身体は倒れず、腕は虎王丸を捕まえようとするかのように、ゆっくりと宙をかく。
深くゴーレムの中心に突き刺さったその剣を、虎王丸は力を込めて抜き取って。
その反動で、ゴーレムの胸を思い切り蹴る。
自身はまた空高く。
倒れていくゴーレムに向かって、もう一太刀。
ぱあああああんん!!
ゴーレムは真っ二つに割れ、虎王丸が宙で確認したのは。
封印塔の入り口に佇む、白いローブを着た女性。きっと、製作者に違いない。
ジェイドックよりも、千獣の方が塔に近い。
「千獣! 塔の入り口だ!」
振り向いて、女性を見つけた千獣は。
「‥‥わかった」
落ちてきた虎王丸を捕まえて、女性まで投げつけた。
虎王丸は捕まえてくれ、のつもりだったのだが。
千獣は、虎王丸の女好きを身に染みるほど知っていた為『超特急で俺をあの女性の元に!』と解釈したのだった。
ゴーレムの破片。
びくびくと、まだ動く。
――バンバン!
あれほど強固だったゴーレムの身体が、ジェイドックの銃弾ではじけ飛んだ。
しかし、数ある破片全てを片付けるのは‥‥手間がかかり過ぎる。
「それでも、ひとつひとつ、やっていくしかないか」
淡々と呟き。銃をホルダーに仕舞うジェイドックの腕に、手をかけて静止の合図を出す千獣。
「‥‥ちょっと、待って」
ととと。ちょっとこけそうな危うい足取りで、千獣は割れたゴーレムの頭に駆け寄った。
しゃがみ込む彼女の手元を覗き込んだジェイドックが見たのは、緑に光る5センチ程の宝石。
千獣は右手を獣化させ、ざしゅっと、宝石を取り出した。
さらさらさらさら‥‥
周りにあるゴーレムの破片が全て砂に変わり。
ジェイドックは、ゴーレム退治の仕事が終了したのを知った。
「‥‥行く‥よね、」
千獣が指差すのは、封印の塔。
「ああ」
ジェイドックは近くに落ちている虎王丸の剣を拾い上げ。ゆっくりと歩き出した。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1070/虎王丸 (こおうまる)/男性/16歳(実年齢16歳)/火炎剣士】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ (じぇいどっく・はーう゛ぇい)/男性/25歳(実年齢25歳)/賞金稼ぎ】
【3087/千獣 (せんじゅ)/女性/17歳(実年齢999歳)/異界職】
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