<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


依頼の始末、総仕上げ。

 …静かに空を駆ける船の中。
 高所の爽やかな風を切り空を走っている筈のその中で――あんまり健全では無い事が行われていたりする。
 片膝を立てて床面に直に座り込んだ黒装束の大柄な男が、にやりと悪そうな――そして同時に楽しそうな笑みを浮かべつつカラの丼の中にサイコロを転がし込んでいる。…その際の音を模した擬音語がそのまま名前になっている賭博の一種。止まったサイコロの出た目を見、その赤い瞳が悪戯小僧のように煌く。反対に、丼を挟んで男の向かいに座っている――座らされている、金の掛かった風体をした細っこい商人らしき人物は、絶望したようにその場でがっくりと項垂れくずおれている。
 悪戯小僧の笑みが深くなる。
「…弱い弱い弱いねぇ。ったくな。まぁだ呑みたりねぇたァ、とんでもねぇ酒豪だなぁ、よぉ?」
「っう…もう…無理だ…っ」
「おー。そんなに嬉しいか。よしよし。折角イイ酒用意してんだ、しーっかり味わってとことん呑ってくれや?」
 言いながらも、悪戯小僧――飛猿は嬉々として賭博に使っている丼自体に勢いよく酒をどぼどぼと注ぎ込む――注ぎ込もうと思い徳利を取り上げるが、その時点で、む、と顔を顰める。それでも一応、丼に徳利を傾けてはみた――が、徳利からは雫しか落ちない。
「んだよ。もう無ぇのか」
 興が削がれた飛猿は、ぼやきながらカラになった徳利を投げ捨てる――が、放り投げられたその徳利が落ちる音はしなかった。
「…投げるな」
 徳利が投げられたその方向、いつの間にか近付いて来ていたのは飛猿より幾らか若いだろう青年――に見える人物。彼が徳利をあっさりキャッチ、徳利の口を持って振る仕草をして見せて――カラである事を飛猿に対してこれ見よがしに示してから、結局その徳利を自分の後ろに放り投げる。
 飛猿は青年を見上げた。
「…今投げるなって言ったよなお前」
「…訂正する。投げる方向に何があるのか確認してから投げろ」
 つまりは自分に徳利が投げ付けられた事が気に食わないと言う事で。
 飛猿はひょいと肩を竦める。
「了解。…で。酒が終わっちまったとなると、次はコイツに何してやるかってぇ事になるんだが」
 と、飛猿は丼を挟んで向かいにいる人物――この飛行船に連れて来られて早々飛猿にいきなり博打に付き合わされ、負ける度にしこたま呑まされて泥酔している商人――を顎で示す。
 青年――その実は刀の動器精霊にして特に性別も無かったりする存在なステイルは、無感動なままで飛猿に示された商人の姿をそれとなく確認。
 商人が飛猿に呑まされていたのはその辺に転がっていた(?)玉石混淆の…取り敢えず強い事だけは確かなアルコールを念入りかつ無節操にちゃんぽんしての酒。即ち、博打に負ける度「それ」の満たされた丼を無理矢理どんどん片付けさせられていた訳で、その商人は当然のように悪酔い方向に陥っている。…正直、顔色が相当おかしい。
 …そんな姿を見ても飛猿は平然としている。
 と言うより、むしろ楽しそうでもある。
「なんかいい案あるか?」
 酒を呑ませる代替にさせる事。
「そうだな。…戻れば色々と使えそうな仕掛けはある」
 遊び心の赴くままに作成した、ある程度懲罰用に使えそうな仕掛けならアジトの地下に山と転がっている。
 そう含んでの科白だが、この場で実際に声に出してはそこまで言っていない。
 ステイルのその科白を受け、飛猿はまた悪そうに――意味ありげににやりと笑い、顔色の悪い商人の姿を見る。
 と。
 商人の顔色がまた更に悪化した。
 …勝手に悪い方に解釈したらしい。
 ステイルは言葉に感情を込めない。何を言う時もろくに表情も変わらない。そんな淡々と続けられる短い科白は色々と想像の余地がある――そして今この商人が置かれている状況ならば、まず悪い方に考え易いと思われる。…実際は「使えそうな仕掛け」と言っても結構冗談染みた悪ふざけ的な仕掛けばかりなのだが、誰かさんの想像の方ではどうやら凄惨な拷問方面の仕掛けと考えてしまっている節がある。
 それを承知で、飛猿は特に何も付け加える事をしないで意味ありげに「懲罰対象」を見ていた訳で。
 ステイルはそこについては特に反応無し…に見える。
 ただ、改めて飛猿に声を掛けていた。
「それより。そろそろ着くぞ」
 目的地。
 …聖都の外れ。
 某依頼人からの大掛かりな依頼、実験や観賞用にと古代種族を虐げ搾取する連中への制裁――漸く見付けた捕まえる事でその総仕上げになる相手、連中の黒幕である魔術師の棲家。
 ステイルからの知らせに、飛猿は今まで以上の凄みある笑みを浮かべている。
「…もうかい。残念だなァ…もっと可愛がってやりたかったのによ?」
 この商人。
 と、言葉責めがてら口には出すが、もうその時には飛猿の興味は当の商人から離れている。
 目的地に――この先に居る筈の魔術師の事を考える。
 飛猿はぺろりと舌なめずり。
「だけどこれからの方が…お楽しみってとこかねぇ」



 …琵琶の弦をざらりと爪弾く音が流れる。
 演奏者は、一人。
 聖都の外れにある古めかしい屋敷、回廊の中心を、恐れ気も無く歩きながら。
 堂々とその喉まで披露する。
 放浪の芸能者。
 そう呼ばれるに相応しいような。
 色鮮やかな人目を引く装い。
 心を掴む歌声と音色。

 ………………周辺にちらほら見えていた殺気立った気配が弛緩する。
 演奏者の真正面から来る気配はまだ無い。あくまで様子見。そんな風に物影に姿を隠している何者かの気配が複数。ぴりぴりと張り詰めていた段階から弛緩するまで。その落差で気配のある位置をはっきり確認。一つ、二つ、三つ、四つ。確認し終えると、演奏者は歌と演奏を取り止めた。
 取り止めたところで。
 演奏者の姿が不意に消える――否、消えたのではなくふっと体勢を低く落として駆けていた。目にも止まらぬ高速移動――とは言え、様子見に出ていた気配の主たちならば、本来簡単に目で追えるどころか実際に追い付き先回りする事すら容易い程度の「人間の」動きの筈だった。けれど追い付けない。追い付けないどころか見えもしない――それだけ、感覚が鈍らされている。その事に気付いていた気配の主はどれだけ居たか。否、恐らく気付く事すら出来ていなかったろう。
 …きっと、自分たちがその演奏者にあっさりと倒されてしまっていた事すら。
 演奏者が駆け始めてすぐ、殆ど時差無く四つの気配――恐らくは屋敷の主である魔術師に召喚されていたのだろう魔獣の姿がごろりと力無く転がっている。その内一体のすぐ脇で演奏者は動きを止めた。軽く息を吐き、持っていた琵琶をよっこらせとばかりに肩に担ぐ。
「ざっとこんなもんかね?」
 …魔法的効果のある歌と演奏で惑わし、まともに動けなくなったところの隙を衝く。
 演奏者――飛猿はそれだけの事をすると、その場で来た道を振り返る。振り返った飛猿の視線、その先に居たのは平然と歩いてくる黒髪銀瞳の青年――に見える動器精霊、ステイル。
 ステイルは自分を振り返ってくる飛猿を見ると、何も言わずに顎で前方を――飛猿を通り越した先の道を指し示す。指し示されて飛猿は自分が元々向かっていた方向に向き直る――実は別にわざわざ差し示されなくても気が付いてはいる。
 新手。
 たった今飛猿が倒した四体と対して変わらない魔獣が数体、そろりそろりと現れて来ている。
 さすがに今の四体で打ち止めとは行かなかったらしい。
「…やっぱりまだ居るねぇ」
「そうだな」
 と。
 ステイルが至極冷静にあっさりと返すなり。

 外から砲撃を受けたような轟音がした。

 殆ど同時、屋敷の建物自体もびりびりと震える。
 本能的な反射でびくりと怯む魔獣。
 …彼らが我に返った時には、飛猿とステイル二人の姿はもうその場に居なかった。
 かと思うと。
 殆ど時を置かず、魔獣たちが意識していなかった方向から大柄な人型の黒い影が躍り掛かってくる。二つ。芸能者らしき華美な装いの、ではなく――地味な黒い忍び装束を纏った飛猿の姿が二つ。全く同じ姿の彼ら二人の手により、不意を衝かれて――それにしてもやけに簡単に――魔獣が倒され地面に崩れる。
 かと思ったら、また飛猿の姿が一つ増えていた。
 魔獣たちは混乱する。
 混乱したところでまた飛猿の内一人の一撃――魔獣であってもすぐさま自由を奪えるだけの毒が塗られている痺れ針での一撃が繰り出されている。魔獣が倒れる。かと思うと、また別の魔獣がまた別の飛猿に飛びかかっている――飛びかかられた飛猿は、獣の如く『牙を剥いて』迎え撃っていた――その飛猿の姿はいつの間にか魔獣の中の一体に被せてあった変装の術。狙い通りに同士討ちでぶつかり合った二体の魔獣が倒れる。
 更にまた別の飛猿が短刀を操り他の魔獣を切り裂き倒している。切り裂き倒したその飛猿の背後、また新手の魔獣が躍り掛かってきている――その魔獣をもう一人の飛猿がまた痺れ針で倒している。
 そして漸く、動く者が二人の飛猿だけになる。
 と、片方の――短刀を操っていた方の飛猿の姿が軽い爆発と共にステイルの姿に変化した。…否、飛猿に被せられていた変装の術が解かれ、ステイルは己自身が元々取っている人型の姿に戻っていた。
 ステイルは飛猿の姿をちらと見る。
 飛猿は軽く頷いた。
 それを認めてからステイルは何か指示を出すように軽く指を動かす。前方。これから進むその先に、す、と腕を伸ばした。
 途端。

 また、砲撃されたような轟音と地響き。

 …それも連続。
 轟音と共に石壁を貫き、複数の捕獲用ネットランチャーが射線の途中で魔獣の身を掻っ攫って奥の壁にぶち当たっている。向かおうとした先、まだこちらから視認できない位置にいた新手の敵。乗ってきた飛行船のギミックを遠隔操作し、ステイルは先にそちらを片付ける事をする。これだけ離れていれば巻き添えを食う心配は無い…そしてステイルにしてみれば直接白兵戦でやるより飛行船のギミックを使った方が手っ取り早いし趣味に合う。…ちなみに先程の屋敷を揺らした砲撃もステイルの仕業である。
 一気に魔獣数体を無力化させたステイルは、さて、とばかりに飛猿を見る。
 に、と笑い返された。
「んじゃ、ここらで別行動ってとこだな。…そっちァ宜しく?」
「言われるまでもない」
 ステイルはそれだけ残すと、一人で先に歩いて行く。
 飛猿はその背を黙って見送ってから、さて、とばかりに上方を仰ぎ見る。
 何故なら――目的の魔術師はこの上に居ると思われる訳で。
「…バカと煙は高いところが好き、っつぅからな」



 轟音が断続的に響き渡っている。
 ステイルの遠隔操作による飛行船からの砲撃。自分たちが当の屋敷に居る上に、捕まっている古代種族を――そして後に心置きなく新薬の実験台に使える事になっている黒幕の魔術師当人を殺してしまっては元も子も無いので殆どが威嚇と陽動の為に行っている事になるが――それでも轟音と地響きが凄まじい事には変わりない。
 その轟音に混じって、ステイルの耳に時々また違った爆発音が聞こえてくる。
 砲撃音の合間に聞こえる爆発音の原因はすぐに見当が付いた。
「…派手にやってるな」
 飛猿。
 まぁ、派手にやって貰った方が、こちらにあまり厄介が来なくて良い事は良い。…ただそれ以前に、どちらかと言うと陽動は飛行船のギミックを使っての自分の担当だった筈なんだがとステイルは思っている――実際に飛行船での砲撃を実行もしている。なのに現状、どう考えても飛猿の行動の方が何だか陽動っぽい。砲撃ではない爆発音と同じ方向から、時々戦闘中と思しき魔獣の雄叫びや剣戟らしき音まで聞こえる――そちらに敵も集まっている。対して自分の方には魔獣の姿はなく、現時点では飛猿と別れてから誰にも襲われていない。
 これでは陽動どころかむしろ自分の方が影になっている気がしてならない。

 …。

 折角なので少し方針を変える事にした。
 どうせあの男はそのくらいの事をしてもきちんとこちらの動きを読んで呼応する。



 …事前に調べ上げた結果、攫われた古代種族が囚われている確率が高そうだと見た部屋。
 厳重に掛けられていた鍵を見る。形と魔力を分析。分析しながら自分の嵌めていた指輪を抜き変成、鍵に合う形に形成するとあっさり鍵穴に差し込む――差し込んだそこで、かちゃかちゃと数度探るように動かしてから、回す。
 …回る。
 かちゃり、と解錠される音がした。
 静かに部屋のドアを開ける。
 部屋の中には、何かびっくりしているような――きょとんとしているような貌の者たち。あまり見かけない形の翼を持っていたり、珍しい色彩を纏っていたりする姿。その形質的特徴はステイルの知識の中にもある稀少な古代種族のもの。
 ステイルは大丈夫か、と取り敢えず声を掛けてみる。
 数瞬、間。
 部屋の中に居た者たちは思わずと言った様子で誰ともなく顔を見合わせる。

 直後。

 歓声。
 助かったと言う実感が湧くまで時間が掛かったのか、その段になってわっとばかりに部屋を飛び出してくる――感謝感激のあまりステイルに飛びついてくる娘やら少年まで居たりする。
 ステイル、停止。
 思い切り感謝の念をぶつけられても、どう反応するべきか咄嗟に出て来ない。
 …取り敢えず、彼らの身に何か魔術師の行った実験の後遺症でもあるようなら…治療の為に自分の工房でも紹介しようとは思っているのだが。
 また、その際に魔術師の研究資料が必要な場合も出てくるだろうが…一応事前に話はしてあるが、飛猿がそこまで気が付くかどうかは、若干不安が残りもする。



 …何か書き物がしてある羊皮紙があちこちにバラ撒かれている。水晶のフラスコなどの実験に使われるような道具。薬品らしき液体。粉。血のような液体、鳥や魚の死骸のようなものまで置かれていた。
 そんな中。
 魔術師の男が一人、床に図形を――法陣を描いている。…先程から続いている、外から砲撃でもされているような轟音と地響きには当然気付いている。けれどならばこそ、これは今こそ完成させその力を支配しなくてはと言う使命感にかられ、更に集中している事になる。
 細かい文字と図形の組み合わせで、魔術的な効果を得る為の媒体。
 魔術師はそれを描き上げる以外の事を極力意識から除いている。後はこの線を引き切ればそれで完成。襲撃者・侵入者に対しては予め喚起――召喚しておいた数多の魔獣どもを対応させてある。そう簡単にはここまで来れる筈もない筈だ。
 と。
 魔術師はそう思っていたのだが――。

「よぉ」

「!」
 不意に肩を叩かれ、間近で軽く声が掛けられた。すぐ後ろ。反射的に息を呑む。そんな場所には誰も居なかった筈。いつの間にそんな位置にまで接近を許した? いやそれどころか、いつの間にこの部屋に入って来ていた!?
 声を掛けられ存在に気付いた時には、魔術師にはその新たな気配もありありとわかるようになっている。何者かがそこに居る。殆ど時を置かぬ内に、振り返り様にその何者かへと儀式用短剣で斬りかかる――が、その何者か――黒装束の大柄な男は短剣の切っ先が届かない程度の位置に飛び退いただけ。
 そのまま涼しい顔で魔術師の様子を伺っている。
 …それ以上、何もしてくる気配がない。
 転瞬、魔術師はにやりと笑うと、くるりと法陣へ向き直り――黒装束の大柄な男に平然と背を向けて法陣に手を置いた。知らぬ者には聞き取れないような発声の呪文を素早く詠唱。法陣が淡い光を帯び、その光がだんだん強くなる――。

 が。

 それだけだった。
 その光は、徐々に弱まり消えていく。
 魔術師のこめかみに冷汗が伝った。
「…なっ」
 何故だ。
 …法陣は完璧に描き終えた。発動さえすれば、実験により強化された個体が召喚され、術者の命令のままに敵を葬る筈だった。発動時に背後を見せていようと関係無い。喚び出せるのはそんな隙など一気に覆すだけの固体の筈だった。
 なのにその固体が召喚されない。
 魔術師はあからさまに動揺する。
 一方の黒装束――飛猿は、そんな魔術師の有り様を見てにんまりと笑う。これ見よがしに魔術師の真正面に見える位置、余裕を持ってゆっくりと法陣の反対側に移動したかと思うと、魔術師がしたのと同じように法陣に手を置いた。そして――知らぬ者には聞き取れない、ましてや発声など出来る筈もない魔術師が詠唱していたその呪文を――あろう事か当然のように紡ぎ出す。
 呪文を受け、法陣が光を帯びた。
 その光は消えるどころか強くなり、視覚を奪う程になる。そして――光が薄らぎ消えた時には法陣の中心から何かがぬうと現れ出ていた。
 数多の形質を取り込んだような形の、鋭い爪と牙持つ大型の魔獣。
 現れ出たその個体は、顎から唾液を滴らせながらも魔術師を見下ろしている。
 飛猿は法陣から手を放した。
 魔術師は口をぱくぱくさせているだけで、言葉も出ない。
 さぁて、と飛猿はまた舌なめずり。

「…自分でして来た事の落とし前、手前の身体で味わいな?」



 暫し後。
 魔術師は失禁し、その場に無様にへたりこんでいた。
 ぶるぶると瘧に罹ったように震えており、恐らく今は何を言っても受け付けない状態なのではと思われる。
 飛猿は召喚した――常備している聖獣装具の黒手袋で魔術師の行おうとしていた魔術を盗んで召喚した、大型魔獣の体躯をぽんぽんと叩いて宥めつつ、その様子を観察。
 実際、飛猿はこの魔獣に魔術師へと直接危害を与えるような真似は何もさせていない――単に、散々脅しをかけさせただけ。そしてこの魔術師に対してはそれで充分でもあった。己で究めた筈のその技を目の前でそっくりそのまま分捕って使ってやった時点で相当の衝撃だろう。加えて、術の――召喚獣の実力ならば、造り手の本人が一番よく知っていて当然。そしてその召喚獣が他者に召喚され自分に牙を剥いて来るとなれば――悪夢である。結構簡単に理性を飛ばしてしまうのもわからないでもない。
 飛猿は暫く魔術師の様子を楽しそうに眺めていたが、不意にある事に気が付き、おっと、とばかりに芝居がかった仕草で自分の額をペしり。
 決着は付いた。そろそろ盗んだ魔術が時間切れになるかもしれない――聖獣装具の能力で盗んだものだとは言え、ある程度の時間が経てば盗んだその魔術は本来の所持者に戻る。…となれば、あまり悠長にやっていてはその内召喚獣の制御が利かなくなってしまいかねない。
 飛猿は召喚獣を早々に帰還させる。
 魔術師の様子はまだまだ変わりそうに――戻りそうにない。

「…これで任務完了ってとこかね?」
 涼しい顔でにやりと笑いつつ、飛猿は魔術師捕縛の為に聖獣装具から手頃な黒縄を生成し、魔術師に見せ付けるようにして、びっと引っ張り出す――とは言え当の魔術師には反応らしい反応が無いのだが。
 ひとまず、今になってもこの場に現れていない以上、ステイルは魔術師の捕獲より捕まってる連中を助けに行っていると飛猿は判断。実際、ステイルが陽動の筈だったのだが自分の方が陽動になっていた――そうなるとステイルの方でそう判断する可能性は見えていた。そして飛猿にしてみれば、目的まで簡単に辿り着けた上に結構あっさり何とかなってしまった以上、それでも不都合はない。
 後は、依頼人の元にこいつを連れていくだけ。

 …おっと、ステイルの野郎はこいつの研究書類も調達したいっつってたっけな。
 適当に掻っ攫ってってやるか。

【了】