<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
■古代都市に潜む幸福金貨
空中都市が沈んでいる湖の中に、大きな金貨が眠っているという。
その金貨は持つ者の魔力を安定させ、幸福を呼び込むという。
そんな、根も草もないウワサを信じた少女が一人。
「探してきて欲しいんだけど。ダメかな?」
少ない小遣いを手にして、エスメラルダを見上げた。
「そうね。空中都市に行く冒険者さんに、ついでに探してもらうようお願いしてみましょうか」
うん! と、エスメラルダの笑顔につられて笑う少女。
「美人さんの頼みだとか、夏ならともかくよ、冬に湖の中に入りたくねえし‥‥。まあ依頼人の将来性によりけりだな」
にっ、と笑って虎王丸は、少女の顔を覗き込む。
「おぉ! 将来有望じゃねぇか! 姉貴いたりすっか?」
目をパチクリと瞬かせた少女は。こくり、と。頷いた。
「似てるか?」
「うん、似てるってよく言われる」
「うっしゃあああ!!」
やる気出たぜ! とガッツポーズ。
それを見ていたジェイドックの目尻が、楽しそうに上がった。
少女を見て。手元のコインを目にして。
(‥‥報酬について尋ねるのは無粋か)
少ない小遣いなんだろう、と。少女の開いている手を、暖かいその手で包み込んで閉じさせる。
「報酬は気にしなくていい」
不器用ながらも頭を撫でられ、少女はえへへ、と笑う。
しかし、と。ジェイドックは虎王丸に声を掛ける。
「落ちた空中都市、というと湖に沈んでいるそうだが‥‥生憎俺は水中で呼吸は出来ないぞ。何か水中に潜るための対策でもないか?」
んー? と、虎王丸は思案して。
「噂なら、湖に沈んでない都市の部分にある可能性も知れないだろ!?」
わははは、と明るく笑う。
「沈んでいる方の都市にあるかもしれないぞ? どっちにしろ、潜る事も考えた方がいいだろう」
ジェイドックは、思案気にアゴに手をあてる。
「潜水具‥‥なんてものは、期待できない‥‥か。ないなら、俺は小船でも借りて水上から支援する形になるが」
「水中での行動に関しては自分の聖獣装具が適任だろう」
ステイルの淡々とした声が、二人の間に割って入る。
そして見せるのは、水底のように深く青いペンダント。
蒼龍珠・オーシャンブルー。
水中で抵抗を受けることなく自在に動くことができ、また呼吸も可能で、地上以上に自由に活動することが出来るようになる聖獣装具。
「俺は陸上と同じ条件で動ける。同行者の行動の補助も可能だ」
ペンダントを自分の首にかけ直し。
「持つ者の魔力を安定させ、幸福を呼び込むという金貨にも興味がある。まぁ元は空中都市であったその遺跡にも、色んな魔術的仕掛けの痕跡が残ってないか興味があるし、一度調査に行ってみようと思ってたトコだしな」
ふっと顔を上げると。虎王丸、ジェイドック、エスメラルダ、少女と。4人から視線を浴びている。
カッ!
ステイルの無表情に見えるその顔に。僅かに朱がさした。
「‥‥行ってやってもいいかな」
つい、口ごもったステイルに。にぱーっと無邪気な笑みを投げかけるのは虎王丸だ。
「ううし! ステイル参加決定だぜっ!!」
無理やり肩を組んで。
「にしても、珍しくおしゃべりだったな」
しみじみと。呟く虎王丸の言葉に。
更に赤くなる顔を、ステイルは右手で覆い隠した。
湖の水面にポツリ。と見える塔が、その下に遺跡があるコトを教えてくれている。
「うっしゃああああ!!」
どぼん!
フンドシに刀を挿して、ダイナミックに湖の中へと飛び込む虎王丸。
「おい、冷たくないのか?」
冬の湖だ。
ジェイドックは、そっと湖に手を差し込んで。‥‥凍るような冷たさなのを確認した。
虎王丸は全く気にせず、泳いでいる。
「心が熱いから大丈夫だぜ!」
グッ!
親指を突き立てて、逞しげに笑う。
「依頼人の姉貴か〜。会うのが楽しみだぜ!」
楽しそうに泳いでいる姿は、見ていて微笑ましいものがある。
しかし。
このままじゃ、風邪を引くのは必須だ。
ステイルは、水に手をつけて、力を解放しようと‥‥
ざば。
「おおい、行かねぇのか?」
顔を出した虎王丸が。にっと笑って。
二人の水の中にある手を引っ掴んだ。
「よっ」
投げられた二人は。
ジェイドックは、目を瞬かせて、変わっていく景色を見。
ステイルは、ちょっと眉間にシワを寄せて、迫り来る水面を見つめた。
ざばざばーん!
――そのまま水中へ。
水に入った瞬間、聖獣装具の力を解放するステイル。
青く、白く輝くペンダントから力が溢れ。
3人は、冷たい水から逃れ、呼吸が出来るようになった。
「‥‥少し、驚いた」
淡々と、安堵の溜息をついたジェイドックに、頷くステイル。
「へへ」
してやったり! と笑うのは、虎王丸だ。
「まずは遺跡に行かねぇとな!」
水中でも動きやすいように、と、ステイルが作り出した氷壁を足場に、3人は水中を歩き出した。
遺跡に辿り着き、周りに漂う木の板を手にするステイル。
「マッピングが必要だろう」
二人の視線を受け、ん? と首を傾げる。
「ああ、頼む」
「俺は出てくるモンスター、バシバシやっつけるぜ!」
遺跡の中に、足を踏み入る虎王丸。
続いて、調査担当ステイル、背後警戒にとジェイドックが続く。
ステイルは、穴が開いた廊下や、崩れかけて危ない壁や天井を、氷柱・氷壁を作って補強をし、マッピングをしていく。
魔術的痕跡があるのだ。
追っていけば、魔力がある金貨に辿り着けるかもしれない。
何も手がかりがない現状で、探し出すのは難しく。
この先に何があるのかは解らないが、何かがあるのは確かだ。
追っていくと、古代文字が壁面に刻まれていた。
ステイルの瞳が輝いていく。
魔術の痕跡。壁面に古代文字の出現。追っていけば、きっとそこに浮遊させた力の根源があるに違いなく。
元々、そのシステムの調査をしたかったステイルは、無表情ではあったものの、マッピングや古代文字の複写・解読に熱が入っていて、楽しそうなのが見て取れた。
そして、中心に進めば進むほど増えるのが魔物達だ。
立ち塞がるクジラに似た魔物に切りかかるのは虎王丸。
背後から追ってくる赤く目を光らせたピラニア魔物の口に、銃弾を打ち込むのはジェイドック。
血が水中を漂い、寄って来る一見魚に見える魔物の数々。
「マジかよ、キリがねぇ!」
さすがに、調査に集中できなくなってきたステイルも、氷の壁を作り、襲い掛かる魔物の行く手を塞ぐ事で、二人に手を貸した。
背後の通路を横切り、襲い掛かってくる3メートルのサメ。
――バァン! ――バァン! ――バァン!
左右に暴れて的が絞れない。
背・尾・ヒレ‥‥打ち込めて、動きを鈍らせた。
崩れていく横の壁。
咄嗟にステイルが氷壁を作って、持ち直し。
「よっしゃあ!」
斬!!
虎王丸の剣が、サメを両断した。
3人は駆けて。
そして、中心と思われる、その広く開けた場所に飛び出した。
不思議と、魔物は追ってこない。
それに、何故か崩れた壁の、3メートルほどの高さの所に宝箱があった。
不安定な所で、水の流れに揺れることなく、そこにある。
「いかにも怪しげじゃねぇか」
しゅるん、と。フンドシから刀を取り出し。
クルクル回す虎王丸。
「ああ」
「‥‥‥‥」
ジェイドック、ステイルも真剣な表情で頷いて。
「罠かも知れないが‥‥取って見るか」
――バン!
ジェイドックが放った弾丸は、宝箱の端を掠め。
ぐらり。
揺れた。揺れたが、そこまでだ。
鍵穴から、黒い煙状のものが。もくもくと沸き上がって――――
魔物。
5メートルほどの、黒い煙がそのまま固まったような。
目らしきものはあるものの、銅像のようにかたどっているだけだ。
今。見た印象では、それなりに固定していそうだが。
なんといっても、始めの形態は煙状なのだ。‥‥水中内だから、水状なのだろうが‥‥。
「ま、形になってんなら、こっちのもんだぜ!」
ザシュ!
虎王丸の剣が魔物の身体を切り裂いた!
しかし、手応えはなく。
切り裂かれたはずの魔物は。血も出ず、切り裂かれた痕もなく。
何事もなかったかのように、そこにいる。
む、と。不審に思いつつも、ジェイドックは
――バァン!
眉間に銃弾を打ち込んだ。
シュインッ!
ステイルも刀を振るい、数歩飛び下がる。
しかし魔物は無傷でそこにいる。
元は水だ。粒状体だ。
水流の中心を魔物の腹に作り出す。
ゴゴゴ‥‥
音を立て、魔物の身体と周りの水が一緒になって渦を作る。
しかし。
水流を作る手を止めると、元に戻るのだ。
「一応は切れるんだからよ、細切りにしちまえばいいだろっ!?」
虎王丸は叫んで。
「ステイル、足場作ってくれ!」
その言葉に。螺旋を描くように、魔物の顔に向けて作られる足場となる氷の壁。
「サンキュッ!」
水の中で、少し動き辛そうではあるものの、身軽に飛び乗ってあっという間に、魔物の目の前だ。
ザシュ! ザシュ! ザシュ! ザシュ! ザシュ!
何度も何度も剣が振られ、千切れていく身体。消えていく身体。
しかし。元に戻っていく。
眉間にシワを寄せたジェイドックの視線は、魔物の身体から宝箱の鍵穴へと伸びている部分。
「宝箱の方を調べてみる。悪いが」
「わかった」
ステイルが作り出した、宝箱に続く氷壁の階段をジェイドックはしなやかに上っていく。
虎王丸は、剣先を天にかがけ。
「いくぜえ!!」
叫んだ、その瞬間。
――ばうぅん!
「ぐっ」
魔物の手が、虎王丸を平手打ちにした。
飛ばされる虎王丸。
ステイルはその方向に氷壁を作り出し、虎王丸はクルクル回転しながら、氷壁に着地する。
そのまま、氷壁を蹴って、魔物の方へ飛んで行き、
「しゃらくせぇ!」
下から上へと、剣を走らせる。
しかし。すでに魔物は欠片も削られた様子もない。
宝箱へと着いたジェイドック。
へその緒のように魔物と繋がっているその部分を掴もうとするのだが‥‥手は突き抜けてしまう。
宝箱を持ち上げようと、動かそうとするのだが、ビクともしない。
割れた壁の上だ。
安定は悪いはずなのに、だ。
銃を放つが、弾けられる。
なんらかの魔力が働いている証拠だ。
「さて。どうするべきか」
しゃがみ込んで、宝箱に手を置き悩むジェイドック。
ステイルは、二人の様子を見。魔物を見た。
液状。
それなら。
「魔物を固めてみるぞ!」
大きく叫んで、魔物を、水を、氷に変えるイメージを脳裏に浮かべ――――力の放出。
固まる。動きが鈍くなる。
鍵穴から出ている魔物部分を。そのへその緒のように細い部分を、ジェイドックは銃で打ち抜いた。
赤く白い光を放ち、グラグラ揺れる宝箱。
鈍くなった動きで、魔物は振り返ろうとするが。
「お前の相手は俺だ!」
斬! 斬! 斬! 斬! 斬!!
何度も何度も、斬り付けて。ヒビが入る魔物の身体。
手応えがある。
虎王丸は、にぃっと笑って、剣を抱えて魔物の胸へ体当たりだ。
バァ――――ン!!
そのまま砕けていく魔物。
虎王丸は、ジェイドックの隣。危なかしい崩れた壁の上に着地。左手でバランスを取って、背後の霧散していく魔物の姿を見る。
魔物の消滅と共に、宝箱の光も消える。
開けられるだろうか、と。手を伸ばすジェイドックの目の前で、宝箱は引っ張られるかのように落ちて。
ステイルの頭上に、宝箱いっぱいの金貨はゆっくりと舞い落ちた。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1070/虎王丸 (こおうまる)/男性/16歳(実年齢16歳)/火炎剣士】
【3654/ステイル (すている)/無性性/20歳(実年齢560歳)/マテリアル・クリエイター】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ (じぇいどっく・はーう゛ぇい)/男性/25歳(実年齢25歳)/賞金稼ぎ】
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