<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『ジュウハチのタロット遊び』


< オープニング >

 黒山羊亭店内でタロット占いのテーブルを借りるジュウハチだったが、毎晩暇を持て余す状態だった。
「いらっしゃいませ。何を召し上がりますかぁ?」
 白山羊亭に夕食を食べに来た彼は、ルディアの明るい声に迎えられた。メニューのAセットを指差しながら、突然閃いた。そうだ、河岸を変えてみよう、と。
「この店で、タロットやらせてくんない? 報酬の四割をバックするぜ」
「占いですか?」
「占いっていうか、まあ隠れた性格を占うというか、思わぬ未来を占うというか・・・」
 歯切れが悪いのは、ジュウハチの「読み」は外れるがカードの暗示は当たることが多いからだ。
「うーん、店長に聞いてみますけど・・・。
 えっ、あなた、やってみたいんですか? えーっ、あなたも?」
 カウンターに座る客が名乗りを上げた。


< 1 >

 店長から、暇な時間帯なら隅のテーブルを使う許可が出た。小さなテーブルでもあり、大アルカナ22枚だけを扱う「大三角の秘宝」を行うことにした。
 ジュウハチの使うカードは最も一般的なウエイト版。異世界のウエイトという絵師が描いたカードだった。タロットカード自体、異世界から入って来てソーンでも定着したものだ。

 最初の客は千獣(せんじゅ)だった。言葉さえ上手く操れない少女だが、好奇心旺盛で何でもやってみたいようだ。
 ジュウハチは、裏返してバラけたカードを掻き混ぜ整えると、「1、2、3・・・」と数えながら脇へ置き、7枚目を千獣の前へ開いて置いた。カードは『愚者』の逆位置だった。
「これは、過去のあんた。知恵を得る環境になかった、ってこと」
 千獣は、ぱちくりと何度もまばたきをした。千獣は乳児の頃に森に捨てられ、獣に育てられた。だからまだよく喋れないし、世間のことも熟知していない。
「当たって・・・いる・・・かも」
 次の7枚目を、先刻の左側に置く。カードは『力』の正位置だった。ジュウハチが「これはあんたの現在。意味は」と解説する前に、千獣は「うん」と頷いた。獅子を制御する白いドレスの娘の絵。直感的に意味を理解し、これはまさに自分だと思った。自分の奥に眠る千の獣。それを制御する為に、体に巻き付けた白い包帯には呪符が織り込まれている。
 次の7枚目のカードは未来を表す。一番重要なカードなわけだが、ジュウハチはこれを的確に読み解いたことがない。
 中央に開いたのは、『運命の輪』の逆位置のカード。何のインスピレーションも感じなかったが、何か言わなくてはいけないから、まあ一般的な意味を解釈しておく。
「うーん。次に受ける冒険の依頼は巧くいかないから、さっさと諦めた方がいい」
「えーっ」と、悲しそうな声を発した千獣だが、「まあ、待て。この中から好きなカードを選んで。困難を克服するヒントを与えてやる」と、ジュウハチは脇へ退けた19枚の中から千獣に1枚選ばせた。千獣にはコンナンもコクフクもわからなかったが、裏返したカードの山から1枚選ぶ作業は楽しかった。
「えーと。・・・これ」
「このカードが、あんたを助けてくれることになるのさ。・・・げっ、『死神』の正位置かよ。
 その依頼はすぐにリタイヤして、とっとと次の依頼を受けなさいってことか?」
 千獣に聞かれても・・・。それに少しも助けてくれていない答えのような気も。
 だがそのカードの絵柄は面白かった。白馬に乗った甲冑の騎士。甲冑の中身は骸骨だ。片手に薔薇の花が描かれた旗を持ち、もう片方できっちり白馬の手綱を取る。小さな子供は姉の腕をぎゅっと握っているのだが、千獣には、恐怖で動けないというより騎士に見惚れているように見えた。

 千獣の後に席に座ったのは、リルド・ラーケンという青年だ。
「黒山羊亭で見て貰ったって奴と話したぜ。あんたの占い、ぜーんぜんアテにならねぇんだってな。どれぐらい当たらねーか、試しにやってみてくれ」
 まだハタチ前に見えるが、若いのに(否、若さ故か)尊大な態度で大きく腕組みして構える。右目の眼帯は、戦闘で目を失ったのか、それとも異形の印を隠すのか。腰に長短交えて四本も剣を携える青年は、好戦的な匂いをぷんぷんと漂わせていた。
『ちっくしょう、思い切り悪い事を言ってやる』と、ジュウハチはカードを切った。
「ええと、最初のカードは・・・『塔』の正位置か。ろくでもない過去だな」
 ジュウハチはにやりと笑った。このカードは向きがどちらでもあまりいい意味はない。
「身の丈に合わぬ欲を出して、破滅。そんなところか」
「ふん」
 青年は悪態をつく。
 現在のカードは『世界』の正位置だった。ジュウハチは首をひねる。大団円。安らぎ。満ち足りた世界。だがカードの意味とこの青年の雰囲気はあまりに掛け離れている。
「融合、か?」
 ぎくりとリルドが肩を動かした。まさか言い当てられるとは思わなかった。リルドは瀕死の時に、半死半生の竜とひとつになった身だ。眼帯の下の金の瞳は竜のものだ。
 未来のカードは・・・『吊るされた男』の逆位置。
「冒険依頼は失敗する。努力は無駄になる。責任感が無い」
 ジュウハチは嬉々として、悪い読みを謳い上げる。
「くそー、とっととお助けカードを選ばせろ!」
 リルドのキーカードは『女教皇』の正位置だった。
「???・・・理想の女性との出会い? 知的な恋愛?」
「えーっ、『知的な恋愛』っ!? なんだよ、それっ」
 リルドが声高に抗議するが、ジュウハチの方も首を傾げている。
「あんたの柄じゃなさそうだが。ま、素敵な出会いがあるのかもよ」
『ほんとかよ〜』と怪しみつつ、リルドはカードを覗き込んだ。白と黒の柱の間に、気位の高そうな女が座っていた。ローブが弛む足元に蹲るのは三日月か。背後の幕にはザクロと棕櫚の絵が描かれていた。
「ちっ、役に立たない占いだな。馬鹿らしい」
 リルドは捨てゼリフと共に席を立った。


< 2 >

 店を出る時に、千獣とリルドは偶然一緒になった。
「あんたもタロットやって貰ってたな。あれ、インチキくせーよなあ?」
 リルドは、コートのポケットに両手を突っ込みながら、千獣への質問というより独り言のように言う。
「私は・・・当たったのも、あった・・・かな」
「へええ」

 その時、「ひったくりよ! 捕まえて!」という女性の悲鳴がアルマ通りに響いた。石畳の路に女性が膝を付き、バッグらしき物を抱えた男が遠くなっていく。二人は顔を見合せ、男の後を追った。

 身体能力の高い二人は、すぐに男との距離をせばめた。男は獲物を諦めて、抱えたバッグをぽいと高く放り投げた。ブツが戻れば追って来ないと考えたのか、単に走るのに邪魔だったのか。そして、男は細い路地へと入り込んだ。
 バッグは、街路樹の枝に引っかかった。
「俺はひったくりを追う! あんたはバッグを確保してくれ!」
 リルドは暗い横道に飛び込むと、人とぶつからぬよう体を斜めにしつつ、急いで男を追って行った。脇道なのに小さな店屋がひしめき合い、人出も多かった。
「ばっきゃろう! 怪我したくなきゃ、どけっ!」
 小柄なひったくりの方は、するすると人込みを抜けていく。リルドは焦燥し、長剣を抜いて頭の上へ掲げた。
「どけどけどけーーー」
「きゃああ!」「うわあ!」
 通行人らは悲鳴を挙げると、水が引くようにさっと脇へとはけた。

 リルドは剣を握りながら俊敏に走り、ターゲットの背中も近づいて来た。リルドの剣先から数メートルというところで、男はさっと右へ折れた。リルドが覗くともう影も形も無い。
「んな、バカな」
 ジュウハチの予想。冒険依頼は失敗する、努力は無駄になるという言葉を思い出したが、首を振って否定した。犯人をここまで追い詰めたのに、逃がしてたまるか。
 人ひとりが、消えるわけはないのだ。リルドは怪しげな店舗を一軒ずつ覗いていく。どの店も間口が狭く、中が暗くて見えづらい。香辛料屋、呑み屋、手作り装飾品の店、薬草屋、マッサージ店、文具店、糸の店、布の店。
 絨毯屋の前の階段に座り込む人影があった。見覚えのあるその女性は、吟遊詩人のカレンだった。店内が混んで待たされているのか。マントが階段に沿ってするりと降りて、足元で綺麗なドレープになっていた。ドレープの上に彼女の楽器、三日月のような竪琴が置かれる。背後にかかるのは、店の自慢の絨毯なのだろう、見事に棕櫚の樹の柄が織り込んであった。・・・どこかで見た。この景色。
 リルドを助けてくれるのは、彼女に違いない。
「小柄なヤロウが、この小路に走り込んで来なかったか」
「来たわよ。猿みたいな奴」
「ひったくり犯なんだ。どこに行きやがった?」
「とりあえず、その剣を収めて。ただのひったくりを、斬り殺したりしないでよ?」
 カレンから男が隠れた店を教わり、リルドはすぐに捕まえることができた。

 男を縛って、カレンに軍警察へ連絡して貰った。警官を待つ間に、バッグを取り戻した千獣と被害者の女性が、『剣を振り回して走っていた青年』の噂を辿りつつ、店へと到着した。女性にも怪我はなく、バッグの中身も無事だったそうだ。
「俺、女の子のあんたに任しちまったけど。あんな場所に引っかかったバッグ、よく取ったな」
「少し、だけ・・・カードが、当たったの」
 キーカードが何かヒントを与えてくれたようだ。
「そう言や、俺のも。少しだけ、当たってたな」
「すごく、少し、だった・・・けど」
「俺も。・・・でもとりあえず、『知的な恋愛』とかでなくて、よかったぜ」

 二人は、女性から謝礼を受け、予想外の収入を喜んだ。
「これで・・・カード、買える?」
 千獣が、小犬のような目でリルドに訊ねた。
「えー。タロット・カードか?」
「あれ、きれい・・・だった。・・・『力』のカード・・・好き」
「ああいうのはピンキリだから、安いのなら買えるんじゃねえの」
「わあ」
 無表情な娘だと思っていた千獣が、頬を紅潮させて微笑んだ。そんなに綺麗だったかねえ、あのカードが。リルドが自由の効く左の目を細める。
 千獣が、揺れる白いドレスを着て、真紅の薔薇のベルトをして。楽しそうにライオンの喉を撫でる幻が見えたような気がした。
 アルマ通りの昼下がり。風が、柔らかくリルドの頬を撫でた。


< END >


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 /   性別  / 外見年齢 / 職業】
3087/千獣(せんじゅ)/女性/17歳/獣使い
3544/リルド・ラーケン/男性/19歳/冒険者

NPC
ジュウハチ
ルディア
カレン
街の皆様

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
白い柱と黒い柱の間に座る女教皇。白山羊亭と黒山羊亭の間の天使の広場に居るカレンというオチでしたが、カレンのコスチュームも、ウエイト版の女教皇と意外と似ている気がします。
私のノベルは、戦闘が無いゆるい話が多いので、戦闘系キャラのかたには申し訳ないです。