<東京怪談ノベル(シングル)>
私のしたこと。あのひとのしていること。
…あのひとが誰も殺せないように。
大きく、吼えて。
周囲の警戒度を上げて。
…あのまま、逃げて。
走って、走って。
住処にしている森に帰り着く。
いつも眠っている樹の元に辿り着いてもまだ、どきどきしている。
たぶん暫く、寝つけない。
………………ひとの『狩り』の、邪魔をした。
私自身に、私の身内に直接関わるわけじゃないのに。
そうしてしまった。
…そうしてしまった自分自身の判断の正しさを、今もまだ自分で信じ切れてもいないのに。
でも。
そうしたかったから。
…そうしたいと、思ってしまった、から。
だから私はあのひとの邪魔をした。
■
…わかっている。
人も獣も、生きるために他の命を奪う。
奪い方も、奪う対象もそれぞれ違う。
人も獣もそれぞれの生き方がある。
わかっている。
そのことに、横から口を出すべきじゃない。
…ただ、自分や身内が獲物として狙われたときだけは別。
そのときは勿論、全力で抗う。
でも。
そうじゃないなら、命を奪うことについて、安易に良し悪しを口にするべきじゃない。
わかっている。
…わかっているけれど。
でも。
そう思う一方で、あのとき、あのままあのひとを――慎十郎を見送ることはできなかった。
どうしても、放っておくことはできなかった。
放り出しちゃ駄目だと思ってしまった。
前にも遇っていたひとだったからか、他に何か私の中に理由があったのかは良くわからないけれど。
とにかくあのときの私は、黙って見過ごすことを選べなかった。
■
…なんで黙って見過ごせなかったんだろう、と思う。
考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
昔の私なら、考えるまでもなく放っておいた。
目的を持って狩りに赴く獣を見掛けても、別に何も特別なことは思わなかった。
何の疑問の余地もなく、それで当然だと考えていた。
ずっと長い間、私は野生で過ごしてきたから。
私も、多くの命を奪ってきた。
後悔はしていない。
悪いことだとも思っていない。
…だって、当然のことだから。
しなければならなかったことだから。
そうしなければ、私は、生きていけなかったから。
でも。
今。
…私のその行いを知った周りのひとたちは。
ちゃんと私の事情を汲んでくれて、わかってくれて――でも、どこか悲しい顔をした。
私は、そんな顔は見たくないと思った。
私のせいで、周りのひとたちにそんな悲しそうな顔をさせてしまうのが嫌だった。
そんな嫌な気持ちは、きっと他のひとだって、同じなんじゃないかって、思った。
大切なひとにはできる限り、悲しい顔をさせたくない。
私なら、そうだから。
…今回も。
きっと、慎十郎の周りにもそういう顔をするひとたちがいる、と思った。
だから私は、邪魔をした。
でも、慎十郎はそういうことも全部含めてわかってて、それでも『狩り』をしようとしていたように思う。
なんでだろうと思う。
人間、なのに。
…私は、私の周りのひとがそうだったから、人間なら、私のするみたいな『狩り』は嫌がるんじゃないかと思っていた。
なのに慎十郎の場合は、それでも『狩り』をしようとしてた。
私がしてきたみたいに。
何者かの命を、奪いにいこうとしていた。
嫌じゃ、ないんだろうかと思う。
■
…ううん、そんなこと、ない。
慎十郎は、その辺のことはわかってくれるひとだった…と、思う。
ただ、「こうすればこうなる」んだって、私の言いたいことはちゃんとわかってくれるひとだけど、それで私の話を――自分とは違う別の意見を受け容れて、別の行動を選ぶつもりは全然ないようなひとでもあって。
だから、もどかしい。
だから、どうしたら良かったのか、わからなくなってくる。
………………慎十郎もその周りのひとたちも全部わかっていたのなら、止めるべきじゃなかった?
そんな風にも思えてしまう。
でも、慎十郎は。
自分の行動がきっと周りのひとたちを悲しませることをわかってて、そのことをきっと後ろめたいとも思っていて、そのことが辛いようでもあったように見えた、気がした。
私には、あのときの慎十郎の様子は、そう見えた。
だからこそ、余計にわからなくなる。
…私のしたことが、良かったのか、悪かったのか。
全部わかった上で、それでも必要と思ってやっている『狩り』。
慎十郎もその周りのひとたちも全部わかっていたのなら、止めるべきじゃなかった?
周りのひとが――大切なひとが悲しい顔をしたとしても仕方ない?
そうなのだろうか。
でも。
私の中で、何かが「駄目だ」と言っている。
止めるべきだったと言い切る何か。
でも同時に、止めるべきじゃなかったとも思っている自分がいて。
何か心の中がざわつく。
落ち着かない。
自分の出した答えに自信が持てない。
もう、してきてしまっていることなのに。
わからないから。
どうしたら良かったのか。
どうするべきだったのか。
私のしたこと。
邪魔をしたのが、良かったのか悪かったのか。
わからない。
止めるべきだった?
止めるべきじゃなかった?
ぐるぐる巡る思考。
考えても考えても、答えが出ない。
頭の中がぐちゃぐちゃになってしまっている。
自分はあのときどうしたら良かったのか、どうしてもわからない。
考えれば考えるほど、思考がぐるぐるしてしまう。
どうしても、答えが出ない。
出せない。
私の中では、わからないこと。
そう決めてしまえば簡単。
でも。
それで、すませたくない。
…だからぐるぐる考えてしまう。
■
慎十郎を止めるべきだったか、止めるべきじゃなかったか。
ずっと考え続けていてもわからない。
ただ、そんなぐるぐる巡る思考の中で、わかったことはひとつだけ、ある。
いつも思うこと。
今回もまた、そうだった。
………………人間って、難しい。
【了】
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