<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


■木の箱から救い出せ!

 ――カラカラカラン!
 騒がしく、黒山羊亭のドアが開かれる。
「すみません! 家の、家の物置に、こうモアッとしたものが!!」
 息咳き込んで入ってきた男は‥‥入り口でこけた。
 コップに水を注いで、男に渡すエスメラルダ。
 ありがとうございます、と水を飲み干し。
「こう2メートルぐらいの黒色の毛虫みたいなのがですね、物置に出ましてね、家内がその毛虫の向こう側に閉じ込められたんです」
 二人で、床の修理をしようと工具を取りに行ったのだそうだ。
 そうしたら、いきなり二人を引き裂くかのように、巨大毛虫が現れたのだと言う。
「巨大毛虫に阻まれて、家内が物置から出れなくなってしまって。物置には窓もなくて‥‥家内はなんとか、木の箱に入って難を逃れてるんですが」
 男は悔しそうに唇を噛み締めた。
「このままじゃ、いつ食べられてしまうか解りません。家内を、家内を助けてください!」
 依頼書を書く時間は無いわね。
 困った顔を浮かべて依頼人を見つめるエスメラルダの肩に、
  ぽん。
 ジェイドックは安心させるように、手を置いた。
「大きい毛虫、とはな。あまりぞっとしない相手だな」
 真摯な瞳で見つめる先は、依頼人。
「だが、奥さんがまだ中にいるようではそうも言っていられないか。わかった、引き受けよう」
 ありがとうございます!! と。
 がっしり両手を掴まれたジェイドックだった。


 依頼人について行った先。
 小屋。
 ドンドンと、中で確かに何かが暴れまわっている。
 これでもか、とばかりに、小屋の埃を吹き上げる。
 このまま入っていくのはヤバそうだ。
「周辺の地理はどうなっている? 角が塀と密着しているようだが‥‥」
 裏から回ろうと思えば、やはり他人の家に不法侵入‥‥。
 真正面からおびき出すのが良さそうだ。
「裏は少し隙間が開いてるんですよ」
 連れて行ってもらったものの、その隙間は狭く、ジェイドックが通るのは難しい。
 ‥‥依頼人なら、通り抜けれるだろうが。
 話を聞いている限り、依頼人の奥さんは小屋の奥。
 場所的には丁度いい。
 何よりまず、奥さんを救い出すのが先決なのではあるが。
 だからと言って、裏でゴソゴソ音を立てていたら、毛虫が気がついて襲ってくるだろう。
 正面から突入するのが、てっとり早そうだ。
 なんと言っても、ジェイドックならともかく、依頼人では小屋の壁の板を剥がすのにも時間がかかりそうなのである。
「俺が何発か威嚇射撃をして毛虫を引き付ける」
 運良く、小屋から出てくれれば、更にいい。
 その隙に、依頼人が奥さんを助けにいける。
 ジェイドックは、真剣な面持ちで依頼主を見た。
 汗をかいて、ごくり、と。ジェイドックに聞こえるほど、息をのむ音が聞こえた。
「毛虫が奥さんのいる箱から離れたらその隙に助け出せ。敵がいるのに餌には向かわないと思うが、十分気をつけろ」
 強く、自分の手を握り締めた依頼主は。
「はい!」
 意外にも、強い口調で頷いた。
 ジェイドックは、目元を和らげ、依頼人の肩を。勇気付けるように優しく叩いた。


 小屋の入り口。
 ドアを開けると、話に聞いたとおり小屋いっぱいサイズの毛虫がいた。
 ‥‥入り口より、はるかに大きいが、入れたのなら出れるはずだ。
 ――ズキュン!
 ジェイドックは、毛虫の身体に一発、銃弾を放った。
  ぐもおおおお!!
 奇怪な声を上げながら、暴れる毛虫。
 目標がジェイドックに変わる。
 向かってくる毛虫から目を離さず、後ろへ飛び退さり。
 小屋の外へ。
  ぐもおおお!
「おっと」
 毛虫が入り口でつかえている。
 少しずつ出てくる、が。
 あんな大変な思いまでして、どうして小屋の中に入ったのだろうか。と、疑問があるものの。
 ‥‥まさかと思うが、あのサイズになるまで、小屋の中に‥‥いた可能性は高そうだ。
 とにかく。
 このまま走っていけば、毛虫がジェイドックを見失うのは必然だ。
 集まってくる人の喧騒を背中に、毛虫が姿を現すのを待った。
 出来れば、もう少し遠くに行って、広い場所でやりたいものだが‥‥。
 しかし、それでは、町の人を巻き添えにする事になる。
 ここで始末した方が、まだ安全だ。
  ぐもおおおお!
 大きく身体をくねらせて、毛虫が小屋から出てきた。
  パパパパパパン!
 6発。
  ぐもおおおおおお!!
「うわ!」
 周りの町人から驚きや悲鳴が聞こえ‥‥たものの、距離を置いただけで、逃げはしなかった。
 悠然と、頼もしげにジェイドックが立っているからこそ、ここは安全だと思って、観覧気分なのだ。
 暴れる毛虫の後ろ、依頼人は小屋の中へ。
 ジェイドックに向かって毛虫が、襲い掛かってくる!
  ぐしゃん!
 毛虫はジェイドックが、先程までいた場所に頭突きをくらわす。
 ジェイドックは、大きく飛びのいて、塀の上に着地していた。
 毛虫が暴れれば暴れるほど、毛虫の血‥‥緑の血が回りに撒き散らす。
  パパパパパパパパパパパパン!
 2丁の拳銃を使い、12発。
 あらゆる角度から毛虫の頭へと命中。
  ぐも‥‥
 毛虫は小さな断末魔を上げて‥‥地面へと静かに沈みこんだ。
「すげー!」
「ありがとう! ありがとうございます!!」
 依頼人だけでなく、その場に居た人達が塀の上のジェイドックに次々と礼を言うのだが‥‥。
 降りるに降りられなくなって、困ってしまったジェイドックだ。
 と、その人々の向こう。
 毛虫の死骸を片付けようとする町人。
「ちょっと待ってくれ!」
 ジェイドックの声で、動きを止めて、こっちを見る町人。
「すまん、飛び越えるぞ」
 周りの人に片手で軽く謝って飛ぶ。
 毛虫を片付けようとする人の傍に降り立って、
「毛虫といえば、毛に毒を持つものもいる。触らないに越したことはないぞ」
 しかも、血が緑だ。
「‥‥そうだな、大きい皮袋はないか?」
 匂いがしないのは幸いだが、どろどろと流れてくる血。
 血も、片付けた方がいい。
 水分が染み込み辛い皮袋を手袋代わりにして、町の男性陣、5人と共に広い広場へと死骸を運び。
 燃え移るものがないかを確認してから、火を放つ。
 青白い火を上げて、死体は黒くこげて、小さくなっていく。
 噴水の水をかけて、最後には持ってきた皮袋の中に死体を入れて‥‥子供達の強い願いと共に、公園の隅に埋めた。
「本当にありがとうございました」
 深々と頭を下げる夫婦。
 是非とも、御飯を食べて行って下さい、というのを断っていたら。
 袋いっぱいに入った赤いリンゴを、持たされた。
 そのリンゴは。
 とてもとても甘かったが。
「一人では食べきれないな」
 ジェイドックは肩をすくめて笑い。
 エスメラルダや仲間達が笑顔で集う黒山羊亭へ向かった。






END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2948/ジェイドック・ハーヴェイ (じぇいどっく・はーう゛ぇい)/男性/25歳(実年齢25歳)/賞金稼ぎ】