<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『帰ってきた迷惑な木』

○オープニング

 かつて、エルザード城の城門の前に生え、人々に多大な被害を振りまいた、グラマーな女性の形をした吸血植物があった。
 それは好みの男を捕らえ、裸にし血を吸った後、自分の木の枝に飾り付けてしまうという、色々迷惑な木なのであるが、そんな迷惑な木だったので数ヶ月前に冒険者達に退治されたはずであった。
 が、腐女子小悪魔ブルーネイルはこの木の種子を手に入れ育て上げ、再び城門に蘇らせたのだ。彼女はこの木を自在に操り、再び男達を襲撃。エルザードの人々(特に若い男)はかつての悪夢に、再び陥りかけていた。



 エルザードの城門にて、その悲劇は繰り返される。城門に生えて人々の交通を妨害しているその木は、どういうわけかグラマーな女性の体つきをしており、ふくよかな胸までついている。
 どうしてそんな部位があるのか。それは誰にもわからない。それはともかく、冒険者達が現場に到着した時、今まさに犠牲者が木に捕らわれているところであった。
「何でまたー!あぅん‥‥!」
 魔法使い風のその男、可愛そうにローブを剥ぎ取られ、吸血されているところであった。
「あの人、前も吊るされてなかった?」
 野次馬の女性が、友人らしき女性とひそひそ話をしている。
 野次馬の9割は何故か女性で、大変な惨劇が目の前で行われているのに、あまり大変そうな雰囲気が微塵も感じられない空気が、あたりを包み込んでいた。
「きゃー!!これが、そのナイス‥‥じゃなかった、迷惑な木ね!私ちょっと見た‥‥いえ、私が成敗しまーす♪」
 いち早く現場に到着したアルメリア・マリティア(あるめりあ・まりてぃあ)は、現場の惨事を楽しそうに見つめている。彼女の目の前には、美形だが裸体にされた魔法使いの男がぶら下がっていた。
「きゃー、もうー!いやーん♪」
 アルメリアは男を見つめ、恥らうように顔を手で覆ったが、指の隙間からしっかりと可愛そうなイケメン魔法使いを見つめていたりする。
「下らね。こんなの、騎士団がさっさと掃除すりゃ良いだろうが」
 アルメリアの隣で、冷静に現場を見つめているリルド・ラーケン(りるど・らーけん)は、面倒臭そうに迷惑な木を見上げていた。
 バカバカしいことに付き合ってられるか、という雰囲気がリルドから伝わってくるが、そう言いつつこの現場に来てしまったリルドは、結構うっかり屋さんなのかもしれない。
「正直、男絡みのこの手の話は、あの青い悪魔の影がちらついてるようにしか見えん。仕置きが足りなかったか」
 ステイル(すている)は、木に吊るされている美形ばかりな男を見つめ、ふうと頭を悩ました。
 今年のバレンタインの時、青い髪の毛の腐女子悪魔がへんてこなチョコを配って、エルザードの公園で大暴れをしたのは、ついこの前の事。ステイルを始めとする冒険者が彼女をこらしめたのはいいが、その後彼女がどうなったのかは不明であった。
 しかしながら、美形な男ばかりが狙われるという今回のこの件、どうもあの悪魔娘の手が入っているのではないのか。ステイルはそんな予感がしてならなかったのだ。
 が、しかし、あの犠牲者達の様に吊るされるのはまっぴらごめんである。木の射程範囲というものがあるだろうから、その半径に近付かなければ、捕らわれる事はないだろう。ステイルは木の出方を見計らっていた。
「おい、アルメリア」
「いいぞー!やれやれもっとやれー♪キャーッキャーッ!!ちょっと何よ、捕まっているのイケメンばかりじゃないー!んもう、可愛そうに〜♪‥‥何?」
 リルドは、隣できゃーきゃーと興奮気味のアルメリアに呟いた。
「何で、さっきから楽しそうにしているんだ」
「え、だってえ、こんな光景ってなかなか見られないじゃない。木にぶら下がっている人、どれもこれもがイケメンばかりで、圧巻だわー♪もっと、イケメン増えないかしら?」
「楽しそうだな、あんた」
 リルドはどう見ても状況を楽しんでいるとしか思えないアルメリアを見つめ、苦笑した。
「どうするんだ、ステイル」
 リルドは、同じく冷静に構えているステイルに顔を向けた。
「心当たりのある黒幕がいるんだがな。そいつを、あの時適当にあしらったのが、かえって拙かったのかもしれんな」
「心当たりがあるのか?」
 リルドに尋ねられ、ステイルは頷いた。
「そうだ。ああいう男を好む悪魔娘なんだがな」
「どういう悪魔なんだ、それは」
 リルドはすでに着いていけなくなっていた。
 男を裸にして枝に吊るして、何が楽しいのだろう。世の中広いのだから、そういう事が好きな娘がいても不思議ではないが、自分とは違う世界に住んでいるんだろうな、そいつは。
 などとリルドが考えていると、ステイルが短刀を取り出していた。
「試してみたい術式を開発したところだ。植物相手なら丁度いい」
 ステイルは短刀を見つめ、そして木に視線を移した。
「遠距離用に術式用の短刀を矢尻に加工した。これで狙撃をし終わらせる」
「狙撃か?」
「満ち欠け一周期分の月の魔力を溜め込ませた腐敗の方術だ、植物相手には丁度いいだろう」
 ステイルは短刀を手に取り、魔力を込めた。
「腐敗か。確かに植物には効き目があるだろうが」
 リルドはそう言って、再度迷惑な木に視線を戻した。
「わざわざ相手の土壌でやるかよ。そういうのは楽しめそうな時にやるんだがな」
 リルドもまた、ステイルと同じくある一定の距離から一歩も木に近付かない。嬉々として剣の間合いに突っ込んでいくリルドだが、木にへたに近付いて捕まりでもしたら嫌というか心の傷になると、今回ばかりは遠距離から攻撃を仕掛けようと心に決めていた。
 ステイルもまた、遠距離武器を持ち出すあたり、木に近付きたくないのだろう。
 ステイルは一応無性性なので、男性とは言えないのだが、もし木が見かけで判断しているとしたら、自分も男の部類に入るのかもしれない。それを考えると、近付かない方が無難だろう。
 一方、アルメリアは女性であるから、どんなに木に近付いてもまったく攻撃を受ける事はない。木に吊るされた人を助けようとしている感じはするのだが、どう見ても遊んでいる様な気がしてならない。
 リルドとステイルは、アルメリアの前方にちょっとヘタレな感じはするが、そこそこに顔の良い若い男がいる事に近付いた。アルメリアは、その男のすぐ後ろに迫っている。
「やられたな」
 リルドとステイルは同時に呟いた。
「きゃー★」
 アルメリアは、よろけてその男にぶつかった。というか、体当たりに近かった。
「わ、何何何?!」
 若い男ははずみでよろけて、木の射程距離に入ってしまった。
「うわー!」
 あっという間の出来事であった。迷惑な木の枝がしなやかに動き、男の首筋に触れてそこから吸血を始める。それだけを見れば無残な光景なのだが、若い男はどうも気持ちよさそうに顔を赤らめ、服をはがされて吊るされる時は何か満足そうな顔をしていた。
「被害を大きくするな!」
 リルドがアルメリアに突っ込みを入れた。
「足がよろめいたのよ〜。でも、大丈夫。私があの人達‥‥いえ、あのイケメン様達を助けるから。そして、助けたらあのイケメン様が、私に惚れちゃうかも。そんな事になったら、どうしよー!」
 迷惑な木も嫌だが、アルメリアの妄想もある意味恐ろしい。
 武器の準備をしていたステイルは、目を細めて新たな犠牲者となった若い男を眺めた。
「バカバカしい。とっとと終わらせるぞ」
 さすがにいつまでもこうしているわけにはいかないと、リルドが木の枝の射程範囲に入らない程度に近付き、戦闘体制に入っていく。
「お前ら邪魔だ、どいてろ。巻き添え食いたくなけりゃな」
 リルドは追い払うように、野次馬の女性達をその場から追い払う。
「待って、リルドさん、ステイルさん」
 先ほどまでおどけた様子であったアルメリアが、急に真剣な顔つきになる。
「私はその、あまり木を乱暴に傷つけたくないわ。話をしてみたいと思うの」
「そんな事言ってる場合か。あんなの、さっさと腐らせた方がいいだろう」
 ステイルがアルメリアに返答する。
「でも、あの子‥‥あの木、急にここに生えたっていうし、もしかしたら何か事情があるんじゃないかな」
「そんな事はどうでもいい。依頼の任務を遂行するまでだ」
 リルドはアルメリアの言葉を振り切り、掌から派手に電撃を生み出し、それを放った。
 枝が動くといえども、しょせんは植物でリルドの電撃はあっさりと迷惑な木の枝に命中した。
 その瞬間、ぎゃー!っという甲高い声が上がった。木の声だろうか?それとも‥‥?
「リルドさん、今の、あの女の子達に当たりそうだったわ!」
 アルメリアがいう通り、リルドの電撃は、まだ残っている野次馬の女性達を掠めるように飛んでいった。
「野次馬なんざ追い払うだけだ。吊るされた男達が、晒し者になっているのが気に入ねェ」
 リルドがそう呟くと、先ほどまで木の前にいてリルドの電撃をあやうく食らいそうになっていた女性達が、つかつかとこちらへ歩いてきた。
「あんた!危ないじゃない!」
「黒漕げになったらどうするのよ!」
 女性達の怒りの視線は、リルドに集中していた。
「そんな場所にいるあんたらが悪い」
「まあ、何なのあんた!バカにして!」
 女性達は顔を真っ赤にして、リルドを囲んだ。
「おい、リルド。そのあたりにしておいた方が」
 ステイルは女性達の後ろで、リルドに囁いた。
「こっちは依頼解決に来てるんだ。何がそんなに不満なのかわからねェな」
 リルドがそう答えると、女性達が急にリルドに掴みがかった。
「あんたも食われちまいな!」
「バカ、やめろっ!」
 リルドは女性達に囲まれ押され、そのまま木の方へと押し出された。木の枝がリルドへ向かって振り下ろされ、リルドの首筋へと撒きつく。
「お前ら何て事!ふざけんなっ!」
「緊急事態だな」
 ようやく短刀の加工を終えたステイルは、風の術式を込めた弓で迷惑な木を狙撃した。
「本体は動かないし、これで十分だろう。精密射撃でなくとも誘導補正で事足りるだろうからな」
 ステイルの矢は木の幹に命中した。とたんに、木の葉が茶色くなり、枝にしなやかさがなくなり、急に垂れ始めた。木が腐敗を始めたのだ。リルドに撒きついていた枝も地面へと落ち、吊るされていた男達は次々に地面へと落とされていった。
「ったく、気にいらねェ」
 リルドは解放され、ステイルは木の行く末を見守った。
「さてと、どこに潜んでいるんだ、あの娘は」
「ダメよ、これ以上木を傷つけないで。例え、吸血木でも!」
 アルメリアが木へと駆け寄り、リカバリーワンドを木に当てた。木が優しい光に包まれ、みるみるうちに元の元気な姿を取り戻していく。
「おいアルメリア!どういう事だ」
 ステイルが叫んだ。
「私にとって木は大切な存在なの。森を死なせるようなものでない限り退治出来ないわ」
 そう言って、アルメリアは木に語りかけた。
「ねえ、どうして貴方はここにいるの?私、貴方を傷つけたくはないの。だから教えて?本当の事。大丈夫、貴方のこと話の分かる人に面倒見て貰えるわ」
 優しく、まるで友人に話しかけるかのように、アルメリアは木へ語りかけた。そして、アルメリアは感じた。言葉を直接話したのではないけれども、木の心を感じ取ったのだ。
「そう。貴方を生み出した人が、いるのね?」
 アルメリアは、木に教えて貰った場所を見つめた。それは木のすぐ後ろにある草むらであった。
「そこか」
 今度はリルドが、先ほどよりも軽い電撃を草むらめがけて撃ち放った。
「きゃっ!」
 草むらから、青い髪の毛の悪魔の羽を持った少女が飛び出した。
「熱いじゃないっ!女の子に何て事するのよ!」
「やっぱりお前か、ブルーネイル」
 ステイルがその少女を見て溜息をついた。
「あ、あなたバレンタインで私の邪魔をした!」
 ブルーネイルと呼ばれた娘は、ステイルを睨み付けた。その手には亀の様な道具が握られている。
「ブルーネイル?あんたの仕業が、この騒ぎは」
 今度はリルドが冷たく言い放った。
「せっかく、この面白い木を成長させて、イケメンの写真撮影をしていたのに!どうして、邪魔ばっかりするのよー!」
「まだそんな事言っているのか。いい加減懲りたらどうだ」
 ステイルがそう言うと、ブルーネイルはにこやかに笑った。
「私は諦めないわよ?だって、イケメンとそのイケメンのあんな姿やこんな姿が、私の生きがい」
「わかるっ!!」
 ブルーネイルの横で、力強い声が聞こえた。
「イケメンを見ると心が躍るわよねぇ。私もイケメン大好き!むしろ、生きがい?」
「でしょ?イケメンは、心のよりどころよね〜!」
 ブルーネイルがアルメリアに相槌を打つ。
「っていうか、オアシス?」
「ううん、天国かも♪」
 アルメリアとブルーネイルは、顔を見合わせてクスリと笑った。
「何だぁ、木さんから自分を操っている子がいるって聞いたけど、話のわかる子じゃない!」
 アルメリアが、にこやかにブルーネイルに話しかけた。
「貴方もイケメン好き?」
 ブルーネイルがアルメリアに尋ねると、アルメリアは大きく頷いた。
「イケメン様との素敵な出会いを、いつも求めているわ」
「へえ、そうなんだ。私は、イケメンはいじって遊びたい方かな。その為に、魔法をいっぱい身につけたの。ね、この写真見てみない?イケメンいっぱい撮影したのよ。この亀の形の装置で、写真が撮れるのよ★」
 ブルーネイルが、アルメリアに亀の形をした装置を見せた。
「わー、いいなあそれ。見せて見せて」
 アルメリアは、興奮気味にその装置を手に取った。装置に映像が映し出され、次々と美形の姿が浮かび上がっていく。
「きゃーすごいー!美形揃いで、お腹いっぱいになりそー♪」
「おいステイル。どうするんだアレ」
 興奮気味に話しているアルメリアとブルーネイルを遠い目で見つめ、リルドがステイルに呟いた。
「ほっとけ。通じるものがあるんだろうきっと。あの悪魔娘、これで懲りずに、また何かしでかすかもしれないが、その時はまた相手してやる」
「面倒くせぇー。もう相手するのもウザくなってきた」
 ステイルとリルドが帰っていった後も、アルメリアとブルーネイルによるイケメン談義は続いていた。二人は意気投合し、日が暮れるまで熱く語り合っていたのだという。


 その後、アルメリアがブルーネイルを説得し、こんな人通りの多いところに木がいては可愛そうだということで、迷惑な木はエルザードの植物園に寄贈された。
 そこで珍しい木として保護された吸血木は、時たまその木を見に来た若くて美形な男をこっそり捕まえていたりしているらしいが、その他には特に大きな問題にはなっていないという。(終)

◆登場人物◇

【3557/アルメリア・マリティア/女性/17/冒険者】
【3654/ステイル/無性/20/マテリアル・クリエイター】
【3544/リルド・ラーケン/男性/19/冒険者】


◆ライター通信◇

 ステイル様

 発注有難うございます。WRの朝霧です。前回のブルーネイルに続いての参加、有難うございました。

 ステイルさんは淡々と、攻撃をしている雰囲気がしましたので、前回と同じくシナリオの中では良識派として描いてみました。今回もかなりあほらしいシナリオですが、真面目な感じで付き合って頂いた事に感謝しております(笑)個人的に、ステイルさんにの武器や術の描写の雰囲気をどうやって出せばいいだろう、と悩みました。

 楽しんで頂ければと思います。納品ギリギリになってしまい申し訳ありませんでした。ご参加、有難うございました。