<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
『ジュウハチのタロット遊び』
< オープニング >
タロット占いのジュウハチが、近ごろ白山羊亭で商売を始めた。
店長から許可を受け、隅のテーブルを使わせて貰える事になった。テーブルは小さく、故に大アルカナ22枚だけの「大三角の秘宝」を行う。
ジュウハチの使うカードは最も一般的なウエイト版である。異世界のウエイトという絵師が描いたカードだ。タロットカード自体、異世界から入って来たものだった。
既にエルザードでは「ジュウハチの占いは微妙」という評判が立っていて、なかなか依頼者はいない。ジュウハチは暇を持て余して、カードを切ってばかりいた。ウエイトレスのルディアも見かねて、「お水でもお持ちしますか?」と気を使う。
< 1 >
「おう、俺が代りに持って行ってやるぜ」
気のいい虎型獣人のジェイドック・ハーヴェイは、立ち上がるとルディアのトレイからコップを奪い、ジュウハチの前に置いた。彼のもう片方の手にはワインボトルが握られていた。彼の食事はワインとパスタ。ただしそのワインはグラスでなく瓶でオーダーされた。
「いい稼ぎの仕事を受ける為の、アドバイスをくれよ。いつも仕事にあぶれちまうんでな」
運の悪い賞金稼ぎが、運の悪い占い師に観てもらう。なんとなく、不毛な試みの気がしないでもない。
やっと客を得たジュウハチは、愛想笑い混じりに「任せてくれ。まあ座って」と椅子を勧めると、嬉々としてカードをシャッフルし始めた。
ジュウハチは、7枚目のカードをジェイドックの前へ開いて置いた。カードは『女帝』の正位置だ。これは過去を表す。次の7枚目を開く。『隠者』の逆位置。これが現在の状況。三回目の7枚目のカードは未来を表し、『節制』の逆位置だった。そして、余ったカードの中から、キーカードを本人に引いてもらう。キーカードは、困難に出会った時、助けになるヒントとなるのだ。
「おっし、じゃあ、これ」
ジェイドックは、尖った爪で該当のカードをツンと弾いた。ジュウハチが開いてみると、それは『法王』の正位置であった。
「今までのあんたは・・・『女帝』正位置だから、何にでも精力的でやる気満々。体力も溢れ、性格もおおらかで、だが皇帝ほど高飛車でなく女教皇ほどスピリチュアルでもなく、といった感じかな。
今は・・・思慮や分別を司る『隠者』が逆位置なので、長所の筈の熱気が空回りして、落ち着きが無くてミスをしたり、集中力が欠けて最後に失敗したりが多いんじゃないか?」
心当たりが有ったのかもしれない。ジェイドックは、瞳を見開いた。明るい店内で小さくなっていた瞳孔が、さらに小さく丸くなったように見えた。
「で、未来だが・・・」
『節制』は大天使ミカエルが杯から杯へ水を移し替えている絵だ。ジュウハチは過去や現在のカードを読み解くのは得意なのだが、占いとして一番重要な未来のカードの解釈は当たった試しがない。
「無駄使いに気をつける?」
占い師のくせに、相手の表情を上目使いで窺いながら、語尾まで上がって何故か質問口調になった。
「それって、いい仕事にありつけねえから、生活を節制しとけってことかぁ?」
怒ったわけではない、訊ねただけである。だが、虎の外見の男に大声を浴びせかけられ、小心者のジュウハチは逃げ腰である。
「いえ、あの。え。あ、でも『法王』のキーカードが出ているんで・・・。
集中力も高まり、きっといい結果が出ますよぅ。ええと、誰か年上の人が助けてくれるようです」
言葉も敬語に変わっている。
カードは、赤い法衣をまとい、大きな金の冠を被った法王が両手を挙げている絵だ。
「なんだ、ダブル禿か?」と悪い言葉で獣人はキーカードを手に取った。法王の前では二人の司教が助言を受けているのだ。
「禿でなく、剃っているのですよ」
肌色の後頭部だけ描かれているので、双子のようにそっくりだ。司教の間には二本の鍵が交差して置かれている。
占いが終わるのを待って、ルディアがジェイドックにコインの袋を手渡しに来た。
「先日の冒険の報酬だそうです。依頼主さんから預かっていたの」
「おお、今日貰えるとは思わなかったぜ。早速、ワインをもう一本・・・」とオーダーしかけて、テーブルの『節制』のカードに気付き、「いや、やめとくか」と撤回した。
隣のテーブルで見物していた水操師のシルフェが「面白そうですわね。わたくしもお願いできますかしら」と名乗りを挙げた。
シルフェの過去・現在・未来のカードは、『星』『愚者』『悪魔』の、どれも正位置。彼女自身が引いたキーカードは『運命の輪』だった。
『星』は、乙女が壺の水を大地と水場の両方へ注ぐ絵柄だ。
「あんたは、ずっと水を操り、水を自由にし、水と共に有った」
水のエレメンタリスは、『確かに』とでも答えたように、淡いブルーの髪をさらりと揺らして頷いた。
『愚者』のカードには踊る足取りの旅人が描かれている。愚者とは、いわゆる道化師のことだ。
「今、あんたは割と傍観者として生きているのかな。のんびりと、おっとりと。面白そうなことには首を突っ込むし、それを更に面白くする為に動いたりはするが、本流に飛び込むような野暮はしない」
「あらまあ。そうなのかしらね」と、シルフェは口許をゆるめた。当たっていて微笑んだのか、的外れを嘲笑したのか。周りの者にも推量できぬ笑顔だ。
そして『悪魔』のカード。魔王が左手に赤く燃える松明を握る。左右に描かれる男女は、首に枷を装着されて鎖で魔王の下に繋がれていた。相変わらず、ジュウハチは未来のカードを判読できない。
「この先、エスカレートすると『悪魔』・・・人をそそのかして人の理性を乱す者となる。自重せよ、ってことだと思うけど・・・」
「まあ、エスカレートって。わたくし、今でもとても善良ですわよ?」
眉をしかめて抗議するシルフェだが、少しも、怒っているようにも困っているようにも見えない。やはり状況を楽しんでいるようだ。
「キーカードは『運命の輪』か。困難を助けてくれるのは、ルーレット・・・賭け事?」
読み解けないからって、いい加減なことを言うジュウハチだった。『運命の輪』は、中心に曼陀羅を表す輪が描かれる。輪の上では剣を抱えたスフィンクスが目を光らせ、ジャッカルに似た神アヌビスが背中で輪を支える。四隅には、有翼の獅子・牡牛・人・鷲が書物を開き、全体が空の上に浮いているデザインだ。
「うーん。わたくし、ギャンブルに頼ることは無いと思いますが」
普段は表情の読めないシルフェも、今回だけは「この占い師さん、アテにならないですわ」というのがあからさまに顔に出ていた。
「いや、今、声にも出てたよね」
ジュウハチが憤慨して突っ込む。
「・・・え?あら?」
シルフェはとぼけて首を傾げてみせた。
< 2 >
「シルフェさん、今、簡単な依頼があるんですけど」
声をかけたルディアに、シルフェは「ご親切にありがとう。どんな内容ですの?」と柔らかい笑みで応える。
「食事にいらしたお客様、愛犬の散歩の途中だったそうで。お店の前に繋いであるんですが、食事の間、見ていて欲しいそうです。騒ぐようなら、ちょろっとそのへんを散歩に連れ出せば機嫌がよくなるとか」
「お易いご用ですわ」
店を出ると、立て看板の足に繋がれた二匹のチワワが目に入った。
「まあ、可愛いこと」
首輪を見ると名前が彫ってある。紫の尻尾の方が雌で、イヴ。赤茶の尻尾の子が牡でアダムというらしい。二匹とも短毛種で全体は淡いキャメル色だ。
「飼い主さんが戻るまで、いい子にしてね」
ところが二匹は遊びたい盛りなのか、看板にガンガンと頭突きしたり、白山羊亭の扉の木枠を齧ったり、とんだやんちゃさんだった。
「お散歩、行く?」
お散歩と聞いて、二匹ははしゃいで二色の尾をぐるぐる振りまくる。シルフェは看板に結ばれたリードを外して握り、歩き出した。
ふと、気付く。
「この絵・・・なんだか、『悪魔』のカードの図柄みたい」
数分歩き回り、大通りに出た。ここは食材の市が立って屋台も並び、人通りが多い。リードを短く持って犬たちを制御した。
「あら、ジェイドック様」
先刻店で一緒だった獣人は、市を物色しているところだった。
「シルフェか。さっきはどうも」
彼は店で報酬を受け取っていた。懐も豊かになって、食材を買い込むのだろう。既に別の店でも何か購入したようで、紙袋を抱えていた。
ジェイドックが覗くのは、青果店のワゴンだ。緑豊かなブロッコリーや、鮮やかな赤の林檎、彩りのいい新鮮な野菜や果物が並ぶ。裏道の荷車にもまだ商品が山積みで、店主らしき女が頭に駕籠を乗せて色々と運んではワゴンへと並べていた。今、レモンを積んだその姿は、巨大な金の王冠のようで、まるでジェイドックが引いた法王のカードだ。そういえば女が着ているのも、たっぷりした赤い服だった。
「ジェイドック様は野菜や果物も召し上がるのですね」
「まあな。・・・この子らが、任された小犬か。可愛いな」
二匹は、シルフェが立ち止まったのが不服らしく、早く行こうと騒いでいた。
「あら、ほんと、可愛いワンちゃん達」
青果店の女主人は、「骨付き肉があるのよ」と二匹の前へぽいと投げた。二本の骨は交差して×の形を作る。ベージュの毛並みの犬はよくしつけられ、きちんと「待て」のポーズを取った。
「俺のキーカードって・・・これかよ」
彼は舌打ちして、足元の小石を蹴った。が。その石が骨つき肉に当たり、ぽんと弾かれた一本がワゴンの下へと入り込んだ。
「ワン!」
二匹とも肉を追ってワゴン下へもぐり込む。
「こら〜、駄目ですわよ?」
シルフェの切迫しない注意では、小犬たちは言うことは聞かない。ワゴンの下ではしゃいで飛び回っているようだ。台に振動を与えると、山積みの林檎やレモンが転げ落ちかねない。
「よっしゃ、俺に任せろ。
こらっ! チビ共! 出て来い!」
ジェイドックが腰を折り曲げてワゴンの下を覗いた。
薄暗く狭いワゴンの下で。小犬達は見た。虎の目がこちらを見据えているのを。
「キャンキャンキャン!」
二匹は、反対の隙間から逃げ出した。
「あ・・・」
急に引っ張られ、シルフェはリードを離してしまった。ジェイドックは「しまった!」と立ち上がって追う。シルフェも「あらまあ」と、彼らの後を追った。
犬達は、荷車が並ぶ裏道へと逃げ込んだ。シルフェが来た時にはもう、小犬達の姿は無かった。雑然とした裏道でのかくれんぼは彼らが有利だ。
「俺は右を捜す、あんたは左を」
「お待ちになって」
シルフェは、自分の助けになる筈というキーカード『運命の輪』の絵柄を、ゆっくりと思い出していた。輪の上に横たわるスフィンクス。輪の下にもぐる犬の顔の神。
青果店の荷車を、そっと覗き込んでみる。カボチャや大きな房のバナナに隠れるように、一匹がひそんでいた。
「居ましたわ」
「でかした! あとは、こいつのリードを辿って・・・」
だがシルフェはその前に荷車の車輪の裏を覗き込み、もう一匹を確保した。
「占い、微妙な感じで当たっていますわね」
小犬達を連れて大通りに戻り、迷惑をかけた女店主に謝罪する。
「いいさ、ワンちゃんのしたことだ。それにうちは被害はなかったし。
・・・おや、あんた」
「俺?」
「紙袋から滴が垂れてるよ」
「うぉぉぉ」
ジェイドックが慌てて中身を確認すると、酒瓶にヒビが入り、少しずつ漏れていた。中身はもう三分の一ほど減っていた。
「なんてこった。今日もツイてない」
「嘆く暇があったら、ほら、空き瓶をあげるから、早く移し替えなよ。どんどん減っちまう」
ジェイドックが瓶から瓶へ酒を移し替える動作を傍観しながら、シルフェは「まるで『節制』のカードですわ、うふふ」と嬉しそうに笑った。
「ってことは、俺は天使かよ。・・・まあそれも悪かないか」
ジェイドックも苦笑を返した。
< END >
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25/賞金稼ぎ
2994/シルフェ/女性/17/水操師
NPC
ジュウハチ
ルディア
街の皆様
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
こんな清廉な美女を悪魔扱いだなんて、本当に失礼な作品です。
でも、チワワを散歩させるシルフェさん、なんだか可愛いかも。
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