<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


紅玉の円舞曲 ruby-waltz









「お前!」
 突然腕をつかまれ、怪訝そうな面持ちで振り返る。
 そこに立っていたのは、見ず知らずの少年。――いや、多分、声質からして少年だろう。
 少年は、足元まである長いマントを羽織り、深く被ったフードで顔も分からない。
 けれど、そのきつく引き絞った口元が、冗談でも悪戯でもないと告げているように感じた。
「お前から奴の気配がする……遭ったな! 奴に!!」
 彼が言う“奴”という存在が誰かは分からず、思わず問い返す。
「……そうか、シラをきるのか。奴に手を貸しているのは、お前か!」
 少年は間合いを取るように飛びのくと、紅色の宝石がついた杖を自分に向けてきた。
「消え去れ…!」
 リボンを編むように、一瞬にして自分を取り囲む方陣。
 流石にコレはやばいと思った。














(…問答無用とはな)
 ステイルは心中でそう毒付き、自身を取り囲む方陣を一睨みする。
 一瞬にして編みこまれた方陣は、このエルザードのものではない。
 初めて見る形と言ってもいいだろう。
 出所、起源の分からない方陣を解析することは容易ではない。
 だが、一般的な方陣の考え方は、その方陣自体の構成・並び・図柄に力が宿るというもの。
 それを書き換えてしまえば、この方陣は自ら暴発し、力をなくすに違いない。
 ステイルは無言のまま目を細める。
 そもそも自分は口下手だ。それは充分なほど理解している。ならばまず激昂している相手を何らかの形で止め、落ち着かせるなりする必要があると判断した。そのためには、やはりこれをどうにかしなければ、話にもならない。
 今まで培ってきた経験を活かし、方陣の書き換えを開始する。
 唯一つ気がかりなのは、少年が持っている紅色の宝石が付いた杖は強い炎の性質を持っている気配がするのに、それは内側に篭る何かを誤魔化すためのフェイクのような気がするということ。
 少年の持つ杖が、魔力増幅の杖であれど、マジックアイテムの類ならば自分の範疇だと思っていたが、どうも違う。
 あの杖そのものが―――…
(よそ事を考えている場合では無い…かっ!)
 拙いと感じた方陣だったが、予想外に書き換えに時間がかかる。
 少年はぎりっと奥歯を噛み締めた。
(押し返された!?)
 方陣と呼ばれるものは規則性を持って描かれ、それを乱されれば全てが崩れ去るものだ。上書きされることはあっても、同じものが押し返されるような性質は無いはずだ。
「てめぇ程度の想いで、俺の想いが打ち消せると思うなよ!」
 少年の叫び。
(想いだと…!)
 確かに想いが昇華する力があることは知っている。だが、その想いはいつも形の持たない力として顕現する。
 けれど、目の前の少年はその“想い”なるものを、方陣として形成し、それを魔法のように扱う。
 調べてみたい。
 未知なるものに出会った好奇心が、職人としての魂を揺さぶる。
 ステイルの口元が自然と微かな笑みを浮かべていた。
 だがそれはまた後だ。今は自分を消そうとしている少年を宥め、理由を聞く知る必要がある。
「っく…!」
 爆発。
 辺りに煙が巻き上がる。
 同属性だったことが幸いしたのか、爆発の音は大きかったが、それほどダメージもなく、ステイルは顔に付いた煤を手の甲で払い、煙の中で杖を支えに座り込む少年に語りかけた。
「奴が誰か知らんが…職業柄、会うだけで力の残滓が残る様な知り合いは山といる。具体的な特徴がわからん限り答えようにも答えられん」
 フードに隠れたままの表情は分かりにくいが、その下にあるであろう眼で射抜かれているような感覚に陥る。
 あれほどに直情的に動いたにもかかわらず、それはまるで、ステイルを見定めているようだった。
 ステイルはパンパンと服に付いた埃を落とし、座り込んだままの少年に近付いていく。
 思いっきり警戒に身を引いた少年に肩を竦め、こういう時は微笑めればいいのだろうが、相変わらずの仏頂面で、ステイルは少年に手を差し出しつつ言葉を続ける。
「信用が大事なんでな個人情報は深く答えられんぞ?」
 少年は差し出された手を一瞥し、ステイルを見上げる。だがやはりその表情はフードに隠れ、口元しか分からない。
「そんな事はどうでもいい」
 それはこっちの台詞だと言いたい。
 少年はぷいっとそっぽを向いて、ステイルの差し出した手を無視して立ち上がる。
 ひくっと口元が引く付いたが、先ほどまで消そうとしていた相手の手を借りるのは男のプライドが許さないというところか。実際、ステイルは明確に男というわけではないが。
 パンパンとマントから埃を払う少年に、最初に出会ったほどの殺気は無い。
 しかし、いつまた攻撃の意志を向けられてもいいように、ステイルは類似の方陣を見た覚えは無いか記憶を探り、術式の方面から解析をしつつ対抗策を練る。
「ん?」
 が、風に揺れたマントの隙間から感じた力に、ステイルは眼を細めた。
「何をそんなに着けているんだ?」
 少年から感じるのは、少年自身の力ではなく、それを被いかぶすほどの多数の力の波動。
「関係ない」
 ステイルに背を向けて、少年は目元辺りをぬぐっている。
「消すとまで言っておいて、それは余りにも無作法すぎるだろう」
 少年は暫く逡巡した後、ステイルに向けて顔をあげる。
「…悪ぃ」
 それは小さくても少年の口から発せられた謝罪の言葉だった。
「俺はつかむ腕を間違えたみたいだ」
 あの時は、確かに奴の気配がしたのに、こうして冷静に対峙してみれば、ステイルからは奴の気配が微塵もしない。
 自分が勘違いしている間に、きっと奴と関わった本当の人物はこの場からいなくなっているだろう。
 少年はステイルに改めて問いかける。
「なあ、あんたの職業聞いてもいいか?」
 どうでもいいといいつつどうしてそんな事を尋ねてくるのか分からずにステイルは眉根を寄せるが、別段隠す必要もない。
「マテリアル・クリエイターだ。素材を魔力で繋ぎ合わせ、道具を作ることを生業としている」
「マテリアル・クリエイター……この世界のアーティファクターみたいなものか……」
 少年は考え込むように口元に手をあて、ボソボソと一人ごちりつつ、何事かを考えるようにそのまま沈黙する。
 ステイルはこのまま帰ろうかと思い始めるが、間違えたといいつつ、その根拠となった誰かの情報を少年は漏らしていない。
 言いたくないのか、言えないのか。まったくはた迷惑だ。
 誤解は解けたと思っていいだろうが、その本質の部分が明らかにされず、ステイルは不機嫌をあからさまにして腕を組んだ。
「間違えたとは言ったが、その奴が俺の客である可能性はあるんじゃないのか」
「ない」
 即答。余りの速さに逆にステイルがたじろいだ。
 そんな様子は全く気にする素振りも無く、少年は言葉を続ける。
「奴に道具は必要ない」
 半分考え込んで心ここにあらずと言ったところか。溜め息混じりにその言葉を聞きつつ、自分が攻撃された根本原因を問いかける。
「そもそも奴とは誰だ」
「ムマだ」
 ムマ。
 どうも一般伝承で呼ばれるそれと、少年が口にしているそれの発音は少々違っているように聞こえる。
 思案気味のステイルを見て取り、少年の口元はふっと微かな笑みのかたちを取った。
「あんたには迷惑かけたな」
 杖を軽く構える。それは、攻撃のためではなく別の目的のために。
「あんたじゃない。ステイルだ」
 突然名乗ったステイルに、少年は面食らうように動きを止める。そして、低く問い返した。
「それは、偽名だな?」
「あ? …ああ」
「ならいい」
 偽名か本名か。ステイルにとって銘を知られることは、そのまま弱点となりうるが、なぜ少年がそれを気にするのか。
 ステイルのことなど何も知らないのに。ただの偶然か、それとも他に理由があるのか。
「アッシュだ」
 短くそう告げて、少年は軽く膝を折る。そして一瞬にしてこの場から消え去ってしまった。
 ステイルは少年が消えた場所をしばし見つめ、腕を組んで薄く長い溜め息一つ吐き出す。
 太陽はまだ明るく輝いていた。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3654】
ステイル(20歳・無性)
マテリアル・クリエイター


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今回紅玉を選択されましたので、紅玉の円舞曲 ruby-waltzとなりました。
 初めまして。職人さんということで、知的好奇心は高いだろうと勝手な憶測で色々書きました。異邦人ですので彼らの術がソーンにもたらされてはおりませんが、ステイル様自身は魔力の流れ等でいろいろ気が付いた感じになっています。
 それではまた、ステイル様に出会えることを祈って……