<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
紅玉の円舞曲 ruby-waltz
「お前!」
突然腕をつかまれ、怪訝そうな面持ちで振り返る。
そこに立っていたのは、見ず知らずの少年。――いや、多分、声質からして少年だろう。
少年は、足元まである長いマントを羽織り、深く被ったフードで顔も分からない。
けれど、そのきつく引き絞った口元が、冗談でも悪戯でもないと告げているように感じた。
「お前から奴の気配がする……遭ったな! 奴に!!」
彼が言う“奴”という存在が誰かは分からず、思わず問い返す。
「……そうか、シラをきるのか。奴に手を貸しているのは、お前か!」
少年は間合いを取るように飛びのくと、紅色の宝石がついた杖を自分に向けてきた。
「消え去れ…!」
リボンを編むように、一瞬にして自分を取り囲む方陣。
流石にコレはやばいと思った。
身の危険を確かに感じるが、自分の身の回りに作り上げられた芸術品のような方陣に、レイリア・ハモンドはほぅっと溜め息を吐きつつ、ついその美しさに見惚れる。
少年の声音と背丈からして15か16歳くらいだろうが、そんなものは見た目だけであり、実際は分からない。
年若そうな雰囲気を持ちながら、その隙のない方陣の構成は相当な使い手だろう。
それ以前に、余りに突然のことで驚きはしたが、慌てても騒いでも現状の打破にはならない。
レイリアは息を殺してその場で立ち止まった。
腕をつかみ、聞き耳を持ってなさそうだった少年も、方陣を出したことで有利を確信したのか、そのままレイリアを見ている。
「私、市場で夕食の材料を買って、家へ戻る…その途中なの。あなたの言う“奴”が誰なのか、今この瞬間に…思い当たることはないわ」
フードで隠されていながら、その下から射抜かれるような視線を感じ、レイリアは尚言い募る。
「はぐらかしているのではないわ。真実よ」
少年は無言だ。けれど行動するわけでもない。
暫くの沈黙の後、少年が薄く唇を動かした。
「誰でも、そう言うだろう?」
確かに。
関わっていると言ってしまったら、この取り囲む方陣が一気に力を標的に向けて解き放つ。
それから逃げようと思うなら、はぐらかすなり、嘘をつくなり、関わりはないといい続けるしかない。
「それを言ったら、本当に誰でもそうだわ」
少年が言う“奴”に出会ったことがある人でも、そうじゃない人でも。
「それに、あなた自身も脅すだなんて随分と余裕が無いじゃない」
誤解の人も気にせず消すつもりなの? と、レイリアの無言の瞳が告げている。
少年の口元がきつく閉じられる。また、沈黙だ。
レイリアも動かない。拮抗期間。いや、見定めているといったところか。
消えろと言ってはいたが、それはやはり完全に当りだと少年が判断したときに下される行動なのだろうとレイリアは思いつつ、左耳横にたらしている三つ編みの先を梳くように触る。
ふいに、少年が見せる、激情と激昂に興味が沸いた。
「あなたの感情をそれほどまでに乱し、こんな手段をとらせる“奴”は何者なのかしら」
それだけではなく自分がこうして襲われている原因となった“奴”。レイリアにはそれを知る権利がある。
「私も知りたいわ」
もしかしたら自分が過去関わったことがある人物に、彼の言う“奴”がいるかもしれない。
その可能性を示唆すれば、きっと少年は無言を破る。そんな気がして。
「私を消せばその者を追究する機会は永久に失われることになる。それでもいいの?」
きっとこれ以上言葉を連ねたとしても、それは時間稼ぎにしか聞こえず、きっと少年は尚怪しむばかりで、信用の行動を起こしてくれないだろう。
レイリアは静かな表情で逆に少年を見返し、その唇から紡がれる答えを待つ。
方陣を解くという行動に出てくれれば一番分かりやすいが、こちらから話しかけてばかりで、非はないと自信を持って言えても、警戒が解けていない以上それを望むことは出来ない。
少年はしばし考えるようにフードの下の瞳を細める。
情報はあるならば欲しいが、方陣を解いた瞬間に襲い掛かってくる、もしくは逃げられる可能性が否定できない以上、方陣を解くわけにはいかない。だが、はっと気がついた。
「気配が―――…」
消えていく。
少年はレイリアに気が付かれないよう辺りの気配を探る。
「そう、気配と言ったわね。私の…どこから漂ってくるのかしら」
当のレイリアはやっと少年が口を開いたことで、会話が成立できそうだと言葉を投げかけた。
「近付いて探ってみてもいいわ。どうぞ?」
此方から動いてしまうと方陣に触れてしまうため、少年が動くのを待つしかない。
一歩少年が動く。
動きと一緒に、杖の構えを解きながら、少年はレイリアに近付いていく。
編まれていた方陣もそれに伴って、すぅっと消えていった。
誤解が解けたのかどうかはレイリアには判断つかない。
「悪かったな」
「え?」
本気で申し訳なさそうに発せられた言葉に、レイリアはたじろぐ。
余りに一気に雰囲気が変わりすぎたのだ。
「怖い思いさせちまった」
少年はレイリアの身長にあわせるように膝を折り、逆にレイリアの顔を見上げる高さになる。
「それにしても、ちっさいのに肝据わってんなあ。うちの弟みたいだ」
最初に出会ったときに殺気は何処へやら。少年は朗らかに笑って、レイリアの頭をポンポンと撫でる。
それはあからさまなほど子ども扱いだった。
「……あなたね」
確かに自分の見た目は12歳ほどしかない。それは、魔石錬師として力を酷使してしまった結果でもある。
積もり積もって微かな怒りも湧いたが、それを少年に向けるほど無邪気な性格でもない。
「まあいいわ。“奴”のこと、教えてくれないかしら」
そうすれば、そういった人物がいなかったか、記憶を辿ることができるから。
最近自分の周りも含め、変わったことが無かったかと考え始めたレイリアに、少年は首を振った。
「いや、いい。俺の勘違いだ」
勘違いであの言葉は充分恐怖するに値する。
レイリアはこれ見よがしなほどの溜め息をついて、少年を見据えた。
「それでは納得できないわ。理由…あなたが探す“奴”のこと教えてちょうだい」
もし、この先出遭うようなことがあったら、教えるから。
「ムマだ」
「ムマ?」
少年が舌足らずというわけではない。本当にレイリアが知識として知っているムマの発音と違うのだ。
「ほんと、悪かった。じゃあな」
立ち上がりレイリアに背を向けて歩き出した少年のマントをつかむ。
「待って」
それだけじゃ足りない。少年が怒る理由。相手がムマだからとか、それだけじゃ足りない。
「どうしてそのムマの情報が欲しいの? あんな風に誰彼構わず攻撃してまで」
見上げれば、フードの中の瞳と視線がかち合う。
綺麗な、そう、血の赤とは違う炎を宿した魔石のように鮮やかな紅の瞳を持った、彼。
無言のまま、レイリアのマントを握った指を優しく解き、微笑んだ彼の顔は、酷く寂しそうで、辛そうだった。
「あ……」
立ち入れない。そこまで、自分はまだ彼と親しくない。名前だって知らないのに。
(……名前)
また自分に向けられた背中に、短く告げる。
「レイリアよ。レイリア・ハモンド」
レイリアが作る魔石は“ハモンドの魔石”と呼ばれ、世に出回れば結構な値がつく。彼がそれを知っているとは思えなかったけれど。
「そう、易々と名乗るなよ」
口元が苦笑している。
「―――アッシュだ」
名乗るなと言ったてまえ、名乗ってくれるとは思わなくて、レイリアは虚を突かれた様に顔をあげる。
「今度こそ、さよならだ」
彼は膝を軽く曲げる。次の瞬間、彼の姿はレイリアの前から消えうせていた。
ころり、と一つ、リンゴが落ちる。
拾い上げたリンゴは熱を帯びて、暖かくなっていた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3132】
レイリア・ハモンド(12歳・女性)
魔石錬師
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
紅玉と蒼玉の円舞曲 ruby or sapphire-waltzにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
今回紅玉を選択されましたので、紅玉の円舞曲 ruby-waltzとなりました。
初めまして。に、加えまして他納品物もなく、ちょっとドキドキしてしまいました。性格等ちゃんとつかめていればいいのですが……。
見た目が12歳とのことで、勘違いに気がついた後のNPCの反応がかなり柔らかいです。情報が欲しい理由なのですが、今回それを明かさなかったのは、相談事を交わす間柄として初対面はありえないという理由ですので、ご了承くださいませ。
それではまた、レイリア様に出会えることを祈って……
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