<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
■雲の向こう側へ。
「空の向こうに興味はないかね」
ある爺さんが、隣の青年へ声をかける。
山のてっぺんの丘から飛び降りて、雲を通り抜け、その向こうにはお菓子の国があるだと。
‥‥彼の孫が言い張るそうだ。
それで孫と一緒に確認する事になったのだそうだが。
「山には熊がおっての」
他にもモンスターがいるじゃろうし。
二人だけじゃ、とてもじゃないが行けないそうだ。
その護衛を頼みたい、と。爺さんは言った。
「ついでに、プロペラも持ってくれんかの」
分解されたプロペラ飛行機。
布にグルグルくるまれたそれは‥‥少々重そうだ。
「うむ、こんな事もあろうかと、というやつだ」
淡々と口を開くステイル。
その声からは、妙に満足気で楽しそうなのが、彼と付き合いが長い者なら伺える。
隣に座っていたジェイドックは、目を細めてステイルの話に耳を傾けた。
ステイルはバックの中から複雑な模様が描かれたそれを取り出す。
「この間の湖底遺跡探査の際回収した魔術式の一部を組み上げた物だ。今回はその実験の一環として、物体を浮遊させるフィールドを作り出すものだが‥‥」
複雑な模様のボックス。
「あの壁の文字を解読したのがこれか‥‥?」
大事そうに手の上に乗せてくれたそれを、ジェイドックはそっとつまみ上げる。
大きく頷いたステイル。
「うむ。しかし‥‥都市を一つ浮遊させるためには出力と規模を考えてもこの術式じゃ理論的に不可能なんだよな‥‥他に何か別の因子が‥‥っといかん」
自分の考えに没頭し始め‥‥たのだが、深みに嵌る事はなかったようだ。
楽しそうだな、と。ジェイドックの口元が微かに笑みの形を作る。
「今は護衛が優先だな」
ステイルの口調は強い。
この依頼を引き受けるのは決定のようだ。
それにしても。
「‥‥孫が空の向こうにお菓子の国がある、と言うからプロペラ飛行機を持って山のてっぺんまで行く、というのか」
ジェイドックの呟きに、不思議そうに見返してくる老人。
「いや、お菓子の国の有無は別に構わない。こういう世界だ。何があっても不思議じゃない。単に、なかなか思い切ったことをするご老体だ、と思っただけで」
行き先は山。老人だけでは確かに不安だ。
ここでステイルが断っていたら、一人で行くつもりだったのだろうか。
(‥‥まぁ、俺の感想などはどうでもいいか)
ボリボリと。頬をかいてると。
「孫は可愛いからの。強気に出られると、何も言えんのじゃ‥‥」
がくり、と、老人は肩を落とした。
カラン。
黒山羊亭のドアが開く。
「おじーちゃん!」
パタパタッ! と駆けて来る少年が一人。
「わ!」
椅子の足につまづいて、こける所を支える逞しい腕があった。
にぃっと、不敵な笑みを浮かべているのはディーゴだ。
ひょいっと少年を肩に乗せると、少年ははしゃいでディーゴの頭にしがみついた。
「おい、爺さん。孫が空の向こうにお菓子の国があるって言うから、それだけのために空を飛ぶってか?」
「そうじゃ」
頷く老人の肩を、バンバン、と楽しげにディーゴは叩いた。
「ははははっ! そいつぁいい。どこぞの偉い学者先生がご高説語って手伝えって言ってきたなら断るが‥‥爺さん達のは、面白そうだな」
猫の喉をなでるように、少年に指を差し出すディーゴ。
少年は嬉々と、その指にしがみついて笑う。
「その飛行機を持って爺さん達を山まで送ればいいんだな? ついていくぜ」
ディーゴ達の様子を温かい目で見守っていたジェイドックは、
「プロペラは分解されているのだし、分担して持ちたいと思うが。ステイル?」
アゴに手を当てて、ステイルは頷いて。
「ん。そうだな」
「はいはいはいはーい♪ 荷物持ちなら、ここにもう一人! 手伝うよ☆」
にぱーっと笑って、手を振るのはスズナ。
てててっと歩いてディーゴの上に乗っている少年に手を伸ばす。
ディーゴから受け取った少年を、スズナは軽々とその小さな肩に乗せて。
「お菓子の国目指して旅するっていうのも面白そう♪」
はい、と少年にコンペイトウをあげる。
「ねー☆」
人手があるなら、それならと。
老人に連れられ、まずは家に向かう。
「‥‥じいさん‥‥プロペラ機は、いくつあるんだ?」
クラリ。と眩暈を覚えたのはジェイドックだけではないだろう。
「失敗作も含めて、10じゃ」
老人は胸を張って言う。
これを。全部‥‥?
まさかな、と思っていると。
「おじーちゃん!!」
わらわらと家から子供達が出てくるワケで。
「お菓子はっ!?」
「いや、今から出発じゃ。皆でいけるぞー」
「ホントッ!?」
「連れて行ってくれる冒険者の皆さんだ。礼を、って、こら!!」
4人にまとわりつく子供達。
「持ってくプロペラ機はな‥‥」
肩車〜〜と、圧し掛かってくる子供に戸惑い‥‥いや、表情はいつもと変わらないが、頬を少し朱に染めて、ステイルは黙々と作業にあたる。
最後の仕上げ、術式の組み上げだ。
黙々熱中し始めると、群がる子供も気にならないらしく、細かい作業を暖かい日差しの中続けていき。
それを、分解して布に巻きつけられているプロペラ機に取り付ける。
ステイルは、付いている長い紐を指した。
「後は常時こっちから魔力を供給させるんだが‥‥」
リュックから取り出すのは、金貨。
「湖底で見つけた金貨、魔力を安定させるものだが、コレを利用して供給する魔力を無意識でも一定に保つようにしたから、突然落ちるのは防げる」
どうやら、取り付けたボックスの中に金貨が入っているらしい。
「コレなら子供でも引っ張れる」
子供の手に紐を渡し。
子供は不思議そうに紐を引っ張る。
浮く。
風船のように浮いた。
「へぇ、すげぇな」
腕を組んで、ニヒルに笑うディーゴ。
「爺さん、その飛行機の中で孫でも持てそうな部品、ないか? あったら持たせてやりな。何でもかんでも他人の手借りてやっちまったら、面白くねぇだろ」
老人にそう言って、ディーゴははしゃぐ少年に近付いて。ぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
「おい、坊主、俺はお前たちを守る。お前はその部品を守れ」
目をパチクリさせた少年は。
「うん!」
元気に、大きく頷いた。
さて、出発だな。と、ディーゴはぐるん、と腕を組んで左右に回す。
「俺たちで爺さん達を前後で挟んで警戒、でいいんじゃねぇか。熊が出ても慌てて逃げようとすんなよ。後ろから追い討ちされることがあるからな」
「「「「りょーかい!」」」」
「もちろんじゃ!!」
老人・子供達は、妙に張り切ってるが‥‥大丈夫なんだろうか。
「俺は、後ろにつく。術式の様子を見たいからな」
ステイルが手を上げて立候補し。
「俺も後ろで援護しよう」
ふむ。と面白気に、浮かび上がったプロペラ機を見。紐を引っ張るジェイドック。
「山にはクマがいるんだったか。クマは望んで人間を襲おうとしているわけじゃない。クマも人間が怖いんだ。そもそも遭遇しないよう、大きな音を立てて行くと良い」
プロペラは任せよう。と。少年に紐を渡し。
「俺は銃の空砲を撃とう。ただ、クマはそれで逃げるとしても、他の魔物がそうとは限らないからな。充分に気をつけて行くとしよう」
ぱあん・ぱあん
バサバサバサバサ‥‥
山の中。ジェイドックの空砲に驚いて、他の動物達も逃げていく。
先頭にはディーゴ。
スズナは真ん中で子供達と一緒に、楽しく歌っていた。
「サンドイッチ作ってきたけど、食べるかなっ!?」
にぱっと笑って、子供達にバスケットの中の色とりどりのサンドイッチに、わーい、と手を出して‥‥
がさり。
背後で音がする。
がさがさ。
前の茂みからも音がする。
ぱあん。
ジェイドックの空砲の音に驚く様子もない。
「じいさん、孫と一緒に下がっていてくれ」
銃に弾丸を入れ、構えるジェイドック。
「ぐわああああ!!」
「ぐわあああああ!!」
見た目は巨大熊。
歯は異常に長く、爪も長い。
バンバンバンバンバンバンッッ!!
ジェイドックの銃の弾丸、6連発。
額から血が噴出して倒れかけるが、身体を起こしかけ、
びゅうぅぅっ
どおおおおん!!
ステイルが起こした風が、そのまま熊を倒し。
パリンパリパリパリ‥‥
氷漬け。
パカ‥‥どーん!!
止めに地面が陥没し、熊の身体は地中に落ちていく。
「ぶっ倒れやがれ!!」
がん!
ディーゴの聖獣装具、地獣掌・グランドスラムが鈍い光を放つ。
重力を思いのままに操れる聖獣装具だ。今も熊の身体を後ろに追いやった。
そのまま、もう一度向かってくるかと思えば、逃げ出した。
体力が断然残っている状態で逃げ出すのはおかしい。
「仲間を呼ぶつもりなのかも!」
スズナは飛び出して追いかける。
樹が茂る森の中。
背中の弓を取り出して。
ビュンッ ビュンッ!
「がああああ!!」
背中に突き刺さる矢。致命傷‥‥には、なったはず!
スズナは熊の足を引っ張って、仲間の元へ戻る。
「倒したよー☆」
ずううぅぅん!!
熊を地面にあいている穴へ放り込み、ステイルが穴を氷漬けにする。
「これで大丈夫だ」
パチパチパチパチ☆
拍手と共に、4人は子供達にもみくちゃにされた――――。
結局魔物はあの2体だけで、のんびり頂上へと着いた。
雲の上。
思っていたより寒かったが、焚き火して‥‥温まっていたのは、子供達だけだったが、わらわらプロペラ機を組み上げている4人に群がって、4人は寒さに震えることはなかった。
作り終わって、プロペラがブルンブルンと回る。
「土産の菓子、期待してるぜ」
にんまり笑って去ろうとした、ディーゴの首、を。
がっしり掴むのは子供達だ。
「一緒に行こう!」
「あ?」
思考停止、だ。
にぱ〜〜♪ と笑うのはスズナ。
「そうだね!!」
えいやっと、ディーゴをプロペラ機に押し込んで。
「行こう行こう♪」
ジェイドックとステイルの手を掴んで、席が空いているプロペラ機に向かう。
「お・おいっ!?」
「‥‥ん?」
二人も戸惑いながら、プロペラ機に押し込まれて。
「しゅっぱーつ!」
スズナの元気な声が、雲の向こうへと届いた――――。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3654/ステイル (すている)/無性性/20歳(実年齢560歳)/マテリアル・クリエイター】
【3487/スズナ・K・ターニップ (すずな・けい・たーにっぷ)/女性/15歳(実年齢18歳)/冒険者】
【3678/ディーゴ・アンドゥルフ (でぃーご・あんどぅるふ)/男性/24歳(実年齢24歳)/冒険者】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ (じぇいどっく・はーう゛ぇい)/男性/25歳(実年齢25歳)/賞金稼ぎ】
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