<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『ジュウハチのタロット遊び』


< オープニング >

 タロット占いのジュウハチが、近ごろ白山羊亭で商売を始めた。
 店長から許可を受け、隅のテーブルを使わせて貰える事になった。テーブルは小さく、故に大アルカナ22枚だけの「大三角の秘宝」を行う。
 ジュウハチの使うカードは最も一般的なウエイト版である。異世界のウエイトという絵師が描いたカードだ。タロットカード自体、異世界から入って来たものだった。
 
 既にエルザードでは「ジュウハチの占いは微妙」という評判が立っていて、なかなか依頼者はいない。ジュウハチは暇を持て余して、カードを切ってばかりいた。
 
 
 < 1 >

 ワグネルが明るい時刻に白山羊亭を訪れたのは、早く来ればその分いい依頼が残っていると踏んだからだ。だがアテは外れた。ここには昼間から酒を飲んで時間を潰す冒険者がゴロゴロしている。依頼があれば、彼らが先に掻っ攫っていく。ちなみに黒山羊亭にはツケが溜まっていて、まとまった稼ぎを得るまで顔を出せない。
 最近は盗賊ギルドでもロクな仕事に有りつけない。「これなら自分でも」と思う仕事も却下される。どうも上からは評価を低く見られているようだ。

「仕事のステップアップについて見て欲しい」
 まともにジュウハチに占って貰おうとする自体、街での情報収集が不足しているワグネルだった。
 タロットのテーブルに着くと、近くの席の娘二人がこちらをチラチラ盗み見するのに気づき、ワグネルは足を組み替えてみたりする。白山羊亭常連客はジュウハチの微妙な占いを知っているので、話のタネに耳を澄ませているだけなのだが。まあワグネルは若い青年であり、女の子を意識するのを咎めるのも酷だろう。
 ワグネルの今まで・現在・未来のカードは『力』の正位置・『吊るされた男』逆位置・『恋人たち』正位置だった。
 獅子を押さえ込む娘の絵柄は、力を制している事を示している。
「あんたが大刀使いだってことを言ってるのかな」
 占い師なのに「かな」って何だよと突っ込むところだが、「なるほど」とワグネルは軽く納得する。ワグネルの傍らには彼の筋力の限界を試すような剣が立て掛けてあった。
 ワグネルの“現在”は、「努力が無駄になってたり。やる気が少し失せてたり。今はそんな状態」だそうだ。
 『恋人たち』のカードが出た時、ワグネルはやった!と体を乗り出した。
 ジュウハチは見透かしたように鼻で笑う。「仕事について訊ねたんだろ」
 一般的には「選択」を意味するカードだ。もちろん相思相愛や出会いを予感する意味もあるが。
「近々、仕事との出会いはあるかもな。
 その助けになるのがキーカードだ。・・・こっちの中から好きなのを一枚引いて」
 余ったカードの山からワグネルが引いたのは『塔』正位置だった。
「あっちゃー。ロクでもないカードだ」
 崖っぷちに建つ高い塔(バベルの塔だと言われる)は雷に撃たれ炎に包まれている。二人の人間が塔から投げ出され、権威の象徴・王冠も放り出される。
「驕りは禁物ってことかもよ〜」
『かもよ〜』って。
 ワグネルは占って貰ったことを後悔してコインを置いた。女の子達もクスクスとこちらを見て笑っていて、軽く傷ついた。

「また見て貰いたいんだが」
 ジュウハチの占いに、まさかリピーターがいるとは。当のジュウハチの方が驚いた。先刻ワグネルが敵意を抱いた「昼間から依頼を漁って白山羊亭で酒かっくらっている冒険者」の一人、ジェイドック・ハーヴェイだった。
 彼は美しい銀白色の毛並みの虎型獣人で、顔は虎だが、人間と同等の知性ある二足歩行の青年だ。野獣の乱暴さはない。ただ普通の人間より五感が鋭く動きも俊敏かもしれない。
 冒険者としての能力は高いのだが、時々人が良過ぎて失敗をする。二時間前も、失業者に酒を振る舞って盛り上がっているうちに、冒険依頼が来ても気付かず仕事にあぶれた。相席になった男のしょぼくれ具合が気になって、「このままじゃ俺も酒がまずくなる」と言い訳して、男に酌をしたのが運の尽きだった。
「はーくしょん!」
 まだ近くにいたワグネルが突然くしゃみに襲われた。
「少し離れろ。俺は猫アレルギーなんだ」
 そう言った後もワグネルは三回も激しくくしゃみをした。近くのテーブルの娘たちは声を出して笑った。
「ちっくしょう。女の子に笑われちまっただろっ!」
「言いがかりはよせ。だいたい俺は猫じゃねえ。それに虎でもねえしな」
 ジェイドックは獣人としての誇りを持って胸を張ってみせた。

 ジェイドックの今までを表すカードは『太陽』の正位置。以前と出たカードは違うものの、解釈はほぼ同じだ。元気ハツラツ気力に満ちてやる気満々。現在のカードは『節制』の逆位置で、これは酒が過ぎる意味だとジュウハチでもわかった。
「そういえば、エスメラルダが言ってたぞ。今月の払いがまだだとさ」
「なんのなんの。仕事が入れば、どかーんと全部払ってやるさ」
 ジェイドックは言うことはでかい。
「未来は・・・『魔術師』の逆位置かあ。うーん」
 相変わらず未来予測の苦手なジュウハチである。片手で杖を掲げる、赤いローブの魔術師のイラスト。
「普通は、スランプに陥るとか、意志が弱いとか、そういう意味なんだ」
 占いなのに一般論を述べてどうする。
「とりあえず、キーカードを引いてみて」
 促されてジェイドックが引いたのは、『正義』のカードだった。右手に剣、左手に天秤を持つ君臨者は、プラスとマイナスの柱の間に座っている。
 正位置は、公正・誠実・均衡などを表す。
「誠実であることが、あんたの助けになると思うよ」
「俺はいつでも誠実だ」
 照れもせずに言う。ジェイドックはまっすぐな男だった。キーカードに示唆されずとも、自ずからまっすぐに行動をするだろう。


< 2 >

「あのお〜。冒険依頼ってほどじゃないけど、頼みたいお仕事があるんですけどぉ〜」
 ルディアが店の客たちに向かって声をかけた。
「おお、やった!」
 ワグネルは喝采した。早速『恋人たち』のカードが予見した、仕事との出会いだ。
「任せろ!」
 ジェイドックも手を挙げる。これで飲み屋のツケも(少しは)払えるだろう。
 二人は仕事に飢えているので、内容も聞かずに名乗りをあげた。
「えーっ。お二人がやるような仕事では・・・」
「いい冒険者は、仕事を選ばないんだ」
「そうさ、困った人がいたら、どんな仕事でも引き受ける」
 いや、(金に)困っているのは、あんたたちだろうに。
「そうですかぁ?」と、ルディアは買い物かごを差し出した。
「厨房で、牛肉のストックが切れそうなんです。お肉屋さんまでお使いをお願いできますか」
 えっと顔を見合わす二人。背後ではまた女性客のクスクス声が聞こえた。

 ジェイドックは、指定された肉屋で買い物をしながら、「俺のキーカードはこれか」とがっくりと肩を落とした。肉屋が、大きな肉斬り包丁で牛の肉を削ぎ落としては天秤秤で重さを計っていく。『正義』とは、肉屋がいかに正確に肉の重さを計るかであったのか。
「白山羊亭さん、20キロ、お待ち〜。まいど。
 少しおまけしておきましたぜ」
 おまけされて21キロになった荷物を、二人で分担した。ワグネルは剣を白山羊亭に預けたので、軽々と背負う。
「分けるほどの重さじゃないな。・・・はっくしょーん!」
 ジェイドックに近づくと、まだクシャミの出るワグネルだ。
「一人で十分の仕事だぜ」と、ジェイドックはワグネルを恨みがましく睨んだ。
「あんたが途中で肉を食っちまわないとも限らん」
「生肉なんか食うか。俺は虎じゃねえって言ってるだろ」
 口論しながら戻る途中、鐘を叩きつつ爆走する馬車が何台も通り過ぎた。街の人々は「火事だ」「火事だ」と馬車を追う。白山羊亭の方向なので、二人は「まさか?」と不安に駆られて走り出した。

 火事は白山羊亭ではなく、アルマ通りの裏道にある学生向けのアパートだった。水系魔法使いの消防団により既に殆ど消火され、周りを囲む野次馬達の話によると住人は無事に避難して怪我人も無いとのこと。
 完全鎮火したら建物を取り壊すことになるのだろう。
「力仕事の依頼でも来るかもな」
「どうかな。消防団にはドワーフチームもいるから」
 さっき白山羊にいた娘の一人も、消火活動を見守っていた。ワグネルらに気付き、切迫した表情で走り寄る。
「冒険者さんなのですよね? お願いがあるんです!
 私、ここのプリンセス・キャッスルに住んでいたんですけど・・・」
 いくら若い子向けの下宿とは言え、木造二階の建物にこの名前は・・・。
「焼け出されちまったのか。気の毒だな。俺んちに泊めてや・・・」
 ジェイドックはワグネルの背中をどついた。ったく、女の子が困っているところに付け込もうとは、なんて輩だ。
「・・・はっ、はっくしょーん! ジェイドック、俺に触るなっ」
 へん、ざまあみろ。
「当面は友達の家に泊めて貰えるから、大丈夫です」娘は、二人のやりとりは無視した。
「ただ、荷物が・・・。みんなは大切な物は持ち出したのですって。でも私、白山羊亭にいたから・・・。そう高価な物は無いんですが、おばあちゃんの形見の金の髪飾りが・・・」
「よっし、任せな!」
 今時、おばあちゃんの形見を大事にするなんて、いい子じゃないか。必ず確保してやるぜと、熱血漢のジェイドックは真っ直ぐに建物の中へ飛び込んで行った。
 玄関の柱も天井も、煤けてはいるものの焼け焦げはなく、すぐに崩壊しそうな様子はなかった。ただ、まだくすぶる煙と焦げ臭さに思わず息を止めた。左には二階へ上がる階段があり、消火の水が滴るがステップにダメージはない。一階の奥が一番焦げたようで、臭いもひどい。
 ワグネルが続いて来ないことに気付く。奴がキーカードで引いた『塔』の絵柄を思うと、確かに、来ない方が安全だろうと思う。奴の安否だけじゃない。塔から落ちていたのは二人だ。奴の悪運のとばっちりを受けるのはゴメンだ。
「まてよ。・・・俺はどこへ行けばいいんだ?」
 娘の部屋の場所を聞いていないことに気付き、慌てて建物を出た。

 再び野次馬の輪の、娘の元へ走り戻る。
「あんたの部屋、どこ?」
「二階の南です。髪飾りは、チェストの一番上の引き出しに入ってます」
「わかった!」
 ジェイドックはまた走って建物へ戻ろうとするので、娘は彼の腕を掴んだ。
「ほんと、今でなくていいんです!」
 娘は、鎮火した後、建物が取り壊される前に探し出して欲しいだけなのだ。
「その虎の人! 危ないから、離れて!」と、消防団の魔法使いにも叱られてしまった。“虎の人”という言い方にもカチンと来た。彼らは消防団らしく赤いローブをまとっていて、『魔術師』のカードを思い起こさせた。

「あー、ちーちゃん! 戻ったんだね!」
 同じ世代くらいの女性が、彼女に声をかけた。
「みーちゃん! 大丈夫だった?」
「うん。逃げる時少し煙かったくらい」
 この娘もアパートの住人らしい。
「荷物も、現金や手で持てる貴重品は持ち出せたしね。あ、ちーちゃんのおばあちゃんの形見も、勝手に出して持って来たよ」
 ということで、彼女の依頼は無かったことに。
 ジェイドックらが白山羊亭へ戻るのを、何度も「ごめんなさーい」と謝って手を振った。
「ちっ。あのコとお近づきになれるチャンスだったのに」
「いや、ワグネル。『塔』のカードの絵を覚えてるか? あんたも一緒に昇ってたら、あの絵の通りになっちまったかも」
「え?」
 ワグネルは気付いていなかったらしい。

「おい。エスメラルダがいる」
 ジェイドックは立ち止まった。
 火事場の野次馬の中に、見慣れた黒髪の美女が見えた。
「なんでお日様の下にいるんだ。あいつ、溶けるんじゃなかったっけ」
 ワグネルはそんな悪口を言いつつ、街路樹の陰に隠れた。もちろんジェイドックも隠れた。二人とも、見つかれば支払いを催促される。
「うお、こっちへ来た!」
 二人は素早く樹に登って緑の葉の中に身を隠した。だが、街路樹の枝は、体格のいい青年二人がしがみつけるほど丈夫じゃなさそうだ。
「なんで同じ枝に掴まるんだ」
「あんたこそ!」
 しかも二人は合計21キロの牛肉を背負っている。
 エスメラルダは、今まさに樹の下を通りかかる。
「う、動くとバレるぞ」
「俺に近づくな、俺は猫アレル・・・ふぁ、ふぁ、ふぁ・・・」
 ふぁくしょぉぉぉぉん。
 バキッ。
「うわ〜・・・」

 落下する者たちよ。
 神の裁きは真実で、常に正しい・・・かも?
 

< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 /   性別  / 外見年齢 / 職業】
2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25/賞金稼ぎ
2787/ワグネル/男性/23/冒険者

NPC
ジュウハチ
ルディア
エスメラルダ
街の皆様

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
お二人とも若々しいかっこいい青年なのに、私が書くとどこか暑苦しいコンビに(笑)。