<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『スライム増殖中!』

○オープニング

 発明家の卵かもしれない、カーズ・ナトック(26)が開発した廃棄物処理用モンスタースライムが、彼の失敗により大増殖しどんどん増えて止まらなくなってしまった。
 しかもそのスライムは、スライムを退治しようとして駆けつけた人を取り込み何故か服だけを溶かして、捕らえた人々の裸体を晒しているのだという。
 そんな迷惑なスライムはさっさと退治しなければならない。冒険者達はすぐに現場へ向かう事となった。



「本当に申し訳ありません。でも、こんな頼もしそうな方々に来て頂けるなら、もう依頼も解決したも同然ですね!」
「おい、これから現場に行くんだろーがっ!てめえ、なんて事しやがんだよ!!てめえの所為で町の皆が大迷惑してんじゃねぇか!!!」
 能天気に笑うカーズに、虎王丸(こおうまる)が突っ込みを入れる。彼の言う通り、カーズのおかげで色々な人が迷惑をしているのだが、叱っているはずの虎王丸の顔がにやけており、何だか嬉しそうに見える。
「ま、スライムの弱点はわかっているのだから、あとは捕まった連中の救助と、何でそんな事になったのか調べる事というところか」
 ステイル(すている)はにやけている虎王丸を見て苦笑した。
「で、カーズ。失敗をした原因は何なんだ?もともとは、処理用のスライムを作ろうとしたのだろう?」
「はい。たぶんですが、調合の時の薬品の量を間違えてしまったのかもしれません。だから、あんなに増殖して」
 と、カーズがステイルに返答をする。カーズが目を伏せたので、ステイルはさらに問いかけた。
「廃棄物処理にスライムを使うってアイデアも変わっているがな。普通に処理するのでは、駄目なのか?」
「モンスターが廃棄物処理をしてくれるなんて、面白いと思ったんです。面白い事をを考えるのが好きなんですよ。暮らしに役立つペットみたいにしたくて、僕、ぷる子さんっていう名前にしようとしてたんですが」
「いや、名前はどうでもいいんだが」
 ステイルが軽い突込みを入れて続けた。
「少々、危険なのではないか?失敗せずに、ちゃんとしたものが出来たとして、もし、誰かが間違ってスライムに巻き込まれたりしたらどうするんだ?」
「ええ、それは考えました。専用の場所を作って、そこに留まる様にして、その場所から動かないように命じるはずだったんです。もし、万一、人や動物が巻き込まれても、生物は溶けないように調整しました」
「だから、服だけが溶けたってわけか」
 ステイルはどこか遠い目をして空を見上げた。一向はエルザードの住宅街を抜けて郊外へと向かっていた。
 今日は目に染みる程天気が良く、空を見上げれば、何かの鳥が集団で飛んでいる。
「やれやれ。まったく困ったものだ。ところで」
 ステイルは、まるでデートにでも行くかのようなステップで、先頭を切って歩いている虎王丸の方に視線を向けた。
「虎王丸、何故そんなに楽しそうにしているんだ。俺達はモンスター退治へ行くんだぞ」
「服を溶かすスライムか。あの子は被害者になってねえのかな!?」
「ちょっと待て、今何と」
 ステイルが目を鋭く光らしたので、虎王丸は頭を振り、一瞬のうちに表情を真剣なものへと変えた。
「わかってるぜ、ったく、とんでもねえ怪物を作りやがって。町の人がどんだけ困っていると思ってんだ」
 と言って虎王丸が後ろからついてくるカーズに睨みをひかせたので、彼はびくっと目を丸くした。
「町の人の心の傷になるだろーが!まったく、2度とこんなへんなの作るんじゃねーぞ?」
「さっきのにやけ顔は気になるが、とにかくさっさと俺達で退治するべきだな」
 ステイルの言葉に頷いた虎王丸は、自分に危なかったと心の中で言い聞かせていた。これ以上暴走したら人間失格の上に、町の人々に何を言われるかわからない。
 何しろ何日か前、虎王丸はベルファ通りで裸踊りを披露させられたのである。それは自分からそうしたのではなく、ある人物によってそういう事になってしまったのだが、あの事件以来、虎王丸はエルザード、特にベルファ通りに近付くと白い目で指を指される。
 自分の名誉を晴らすためにも、今回の依頼を成功させて、人々の信頼を得なければならないのであった。
「ところで、今回はあの青い悪魔娘は関わってないみたいだが、呼べばすぐに飛びついてきそうだな?」
「ああ、あいつか。そうだな、そんな雰囲気なんだが、別件みたいだぜ」
 2人の脳裏に、過去2回に渡って、破廉恥な騒動を引き起こした悪魔娘の姿が浮かび上がっていた。
 イケメンがスライムに捕まって裸にされているとでも言えばすぐに来そうな騒動だが、白山羊亭やカーズに事前に確認した限り、特にあの娘が関わっているという事はなく、完全にカーズ1人が引き起こした事件の様であった。
 最も、どこかでこの噂を聞きつけて、傍観者としてちゃっかり来ているかもしれないが。



 エルザード郊外のその町は、レンガ造りの家が並び家の軒先や庭に赤や黄色、白といった花が植えられており、見ているだけでも可愛らしい印象を受ける場所であった。それだけ見ると、とてもこの町でスライム騒動が起こっている印象は感じなかった。
「カーズ、スライムはどこにいるんだ?」
 ステイルが、ようやく2人のあとをついてきたカーズの方を振り返った。
「もう少し奥の家です。そこの白い家を曲がって、道を進んだところにあるんです」
 前方に見えている白い壁の家を指差し、カーズが答えた。
「さっさと倒そうぜ!」
 張り切った声で虎王丸が答えた。3人は道を曲がり、まっすぐに進んでいった。少し歩くと、急に騒々しくなり、叫び声や悲しみの声に混じり、何故か笑い声まで聞こえてきた。
「賑やかだな」
 ステイルがその声を聞き一人で呟いた。
 さらに進み、一行が目にしたのは、カーズの家と思われる一軒家を中心に、大きなスライムが裸の人々を取り込み、ゆっくりと見せ付けるように移動している姿であった。
 小さなスライムは大きなスライムのまわりとゆっくりと動いており、透明のゼリーのかたまりにも見えた。
 人々は確かに捕まっているが、そのまわりにいる村人達が指を指して笑っている一団もいる。スライムに捕まったその光景を、さも面白いものを見るかのように笑っており、大変な状況なのにどこか緊張感が抜けている。
 中には、しまった、捕まっちゃったよーと笑顔を浮かべている者もいたが、女性の方は悲惨だろう。早く助けてー!と大騒ぎをしている。
「何だここは」
 またもやぽつりと、ステイルが言葉を漏らした。
「うわやべぇ、あそこにいる子、めっちゃ可愛い。ずっとあのままスライムの中で」
「おい」
 ステイルが虎王丸を突いた。虎王丸の視線の先に、長い髪の毛を1つに束ねた少女が、可愛そうにスライムの中で助けを求めている。
 可愛らしい少女で、その友人達と思われる少女達が数人集まり、その少女を助けようとしているが、スライムからどう助け出してよいのかわからない様子で、困った表情でスライムのまわりをうろうろしていた。
「大変な事になってしまいました。だけど、僕のスライム、機能としてはまあまあの出来ですよね」
「てめえのせいでこうなったんだろうが!てめえもスライムの中に入ってきやがれ!」
 噛み付きそうな顔で虎王丸が吼えたので、カーズがびくっと体を震わせた。
「落ち着け。早くあの騒ぎをどうにかせねばな。炎や熱には弱いんだったな」
 ステイルは短刀を取り出した。
 各属性を刻み込んだ短刀であり、それに魔力を込める事で擬似的な魔法を使うことが出来る。これで炎を作り出せば、スライムはすぐに破壊出来るだろう。その前に、捕らわれた人々を助けなければならないが。
「うし、俺はお湯を貰ってくるぜ」
「湯?ああ」
 虎王丸はそれだけ言って、近くの民家へ走っていった。
 彼の作戦が大体わかったステイルは、カーズの家を目指して歩き出した。



「ママー、助けて!」
 ステイルのすぐ横で幼い声が飛んできた。
 振り向くと、スライムに体を包まれた5歳位の男の子と、その母親と思われる女性がステイルのそばに立っていた。男の子はスライムに取り込まれて驚いたのか、わあわあと声を上げて泣いている。
 そのそばで母親らしき女性が、スライムに木の棒を刺して男の子を助け出そうとしているが、木の棒はすぐに消化されてしまい、まったく効果がなかった。
 ステイルは黙ったまま、短刀から冷たい空気を生み出し、スライムの表面を凍らせてその動きを止めた。
「ママ、お兄ちゃん、助けて!」
 男の子が、ステイルに叫んだ。母親の方も、涙を浮かべてステイルに子供を助けて下さいと視線で訴えていた。
「助けるのはあとだ。とりあえず、これ以上スライムが動く事はない」
 口下手なステイルなので、この親子に頑張って、とか、自分がどうにかするから、と勇気付ける力強い言葉をかける事は出来そうにない。
 だからといって、この親子を放置するつもりもなく、ステイルはまず増殖している元を断つ為、カーズの家へと急いだ。
 ステイルが一歩、さらに一歩と進んでいくと、ステイルの身長の倍はあると思われるスライムが3体も、ステイルの元へと歩み寄ってきた。
 スライムの動きが遅いのは幸いである。ステイルは再び刀身に魔力を込め、そこから熱線をほとばしらせた。スライムの弱点である熱が付近の空気を覆い、とたんにまわりの温度が上昇する。
 スライムは、さすがにこれはたまらないと感じたらしく、後ずさってステイルにその道をあけた。
 カーズの家が目前に迫ってきた。その中心へ行けば行く程、スライムの数が増えていく。
 ステイルは足元に迫っていた小さなスライムを飛んで避けると、カーズの家の庭へと入った。
「お兄さん、こっちきてくださいなのじゃー!」
 庭に入った途端、今度は老人の声が聞こえてきた。
「俺は性別はないんだがな。まあいい」
 庭先で、老人が細い皺の刻まれた体をスライムの中で晒していた。そのそばの地面には、とんがり帽子と、魔法の杖がかろうじてスライムに潰されずに落ちていた。
「待ってろ」
 ステイルは再び刀身から冷たい空気を生み出し、スライムの表面を凍らせて動きを止めた。
「その杖を拾ってくださいなのじゃ」
 老人が言われた通りに、ステイルは魔法の杖を拾い老人へ渡した。すると、老人は魔法の杖を握り締めて呪文を唱え、杖から炎を生み出しスライムのまわりにまとわせ、あっという間にスライムの体を溶かしてしまった。
「ふう、助かったですじゃ。油断したわい。わし、もう歳じゃから、魔法の杖の力がないとうまく魔術を操作出来なくてのう」
 魔法使いの老人は帽子を被り、カーズの家の庭先にあった服を掴んでそれを着た。
「ちょっとお借りするわい」
「魔法使いか。それなら、俺達の援護出来るな?俺達は依頼を受けて来たのだが、少々数が多いのでな。俺達が元を断つので、他のスライムをどうにかしてくれないか」
「了解ですじゃ」
 ステイルの言葉に、老人は頷いて庭の反対側へと走っていった。



 一方、虎王丸もまたカーズの家を目指し走っていた。
 熱に弱いのだから、熱湯が有効なはずである、そう考えた虎王丸は、近隣の家から湯を分けてもらい、それを高い場所から落としてスライムの動きを止め、これ以上多くの被害が出ないようにしていた。
 しかし、スライムはすでにかなり多くの数に増殖しており、場所によっては大中小様々な大きさのスライムが山の様になっている場所もあった。
 虎王丸1人では手がまわらない為、彼はこの騒ぎを止めるためにやってきた他の冒険者や、元気そうな若者を捕まえて湯や、火を起こしてそれを渡し、人を捕まえていないスライムから1つ1つ火をつけ、湯を飛ばし、消滅させていった。
「きゃー!」
 突然、虎王丸の後ろから鋭い悲鳴が上がった。
 虎王丸が振り返ると、今まさに若い女性がスライムに囲まれて取り込まれようとしているところであった。虎王丸よりも5歳位上に見える、腰が細く色気のある女性であり、まさに虎王丸好みのセクシーなお姉さん、であった。
「今助けるぜ!」
 虎王丸は白焔を刀にまとい、スライムの集団を一気に消し去った。虎王丸の得意とする業、白焔が炎の技で、それがスライムが一番の弱点である事が何よりも良かったことである。
 女性はしばらく呆然としていたが、自分を助けてくれた虎王丸を見てにこりと笑顔を見せた。
「有難う、ぼうや」
「いやあー、こんな美人が襲われていて、助けない男なんざいねえからな!」
「まあ、素敵。まさにヒーローだわ」
 女性が笑顔を浮かべ、虎王丸に微笑みかけたので、虎王丸はさらに照れた。
「そんなのお安いこった。あんたみたいな美人、どこにいたって助けにいくぜ」
「素敵、ほれちゃいそう!」
 女性は虎王丸に抱きつき、そして頬にお礼にキスをした。女性の熱いぬくもりに、虎王丸はとろけそうになった。
「おーいスミスー!無事だったか!」
「って、スミス?え?」
 その声の方向を振り向くと、中年の男がやかんを持って現れた。やかんを持っているという事は、おそらくは湯が入っており、この男性も湯でスライムを溶かしてくれていたのだろう。
「パパー、この子が、あたしを助けてくれたのよ。素敵な子。ハンサム。持って帰りたいわあ」
「まったくお前は。こんな切羽詰まった時ぐらい、男らしくしたらどうだ」
「やだもう、あたしは女よ。心は女なの。あたし、この子のお嫁さんになりたいわあ」
「そういうのは無理だと言ってるだろ。まったく、いつからこうなたのか」
 中年男性は半ば無理やりその女性、いや、女性の格好をした息子を引っ張っていった。
 彼は最後に、虎王丸に投げキスを送ったが、虎王丸はその投げキスを避けて、さらにキスされた頬を腕で吹き取ったのであった。



 ステイルは熱でスライムを溶かしながらカーズの研究室へと向かった。さすがにここまで来ると、新しく生み出されたスライムばかりで、人が捕まっているものはいなかったから、ステイルも遠慮なくスライムを溶かしてしまう事が出来た。
 研究室に入ると、そこはスライムで溢れかえっており、まるで巨大な水の玉が敷き詰められているようにも見えた。
「よくもここまで増えたものだ」
 ステイルの視線の先に、机の上に乗ったガラス瓶が見えた。スライムがいままさに、そのガラス瓶から湧き出してきて、そして床に落ちていくのが見えた。
 床はスライムでは溶けない材質になっているのか、溶けて抜け落ちてはいないようだが、かなり痛んでいるのがわかった。いずれ、この家も崩壊してしまうかもしれない。
 ステイルは魔力を集中させ、ガラス瓶へと意識を集中させた。
「ちょっと待ってくれ!」
 反対側の窓から、虎王丸が飛び込んできた。彼は白焔でまわりのスライムを消し飛ばすと、瓶を手に取りそれを白焔を灯した手の平で塞いだ。
「何だ、持って行くつもりか?」
 刀を納めステイルが尋ねた。
「ちょっとこいつの使い道を考えたんだ。責任持って使うからよぉ」
 企んだ様な顔で虎王丸が答えた。
「責任持てよ。もうこんな騒動起こさないように」
 ステイルはそう答えて、部屋にいるスライムを全て燃やし、外へと出た。



 スライムがこれ以上増殖する心配がなくなったので、ステイルと虎王丸は先ほど助けた魔法使いの老人や、虎王丸に湯を渡された人々と一緒に残りのスライムを全て消滅させた。
 先ほどステイルが遭遇した、幼い男の子も助け出し、その母親に礼を言われステイルは、大したことではない、とそれだけ答えて他の犠牲者の救助へ向かった。
 救助は、ステイルと虎王丸の力ではそれほど苦労はしなかった。表面を凍らせて、あとは捕まった人を引っ張るだけである。そして、人を助けた後にスライムを燃やしてしまえばいい。
 最後のスライムを燃やそうとした時、ステイルの頭にはある考えが思い浮かんだ。ステイルはこのスライムをサンプルとして採取し、自分の衣服には耐腐食溶解の術式を、念のために施しておいた。これも何かの役に立ちそうだと考えたからだ。
 ステイルはイケメンな男が捕まっていれば、あの青い悪魔娘を呼びつけようと思っていたが、残念ながら平凡なこの町にはそれ程期待する様なイケメンは捕まっていなかった。
 しかし、ほんの数十分前、一瞬、青い影が空を横切った様な気がしたのは、ステイルの気のせいだろうか。
「本当に有難うございます」
 スライムを全て消滅させたあと、カーズがステイルに礼を言った。町の人々が白い目で彼を見ているので、カーズは笑ってそれを誤魔化すのに必死になっていた。
「もう2度とこんなへんなもん作るんじゃないぞ」
「はい。虎王丸さんもありがとうございました」
「なあ。手榴弾みたいにスライムをまき散らす爆弾を報酬で作ってくれねえか?」
 きょとんとするカーズに、虎王丸はさらに続けた。
「ちょっとお仕置きした悪魔娘がいるんだ。頼むぜ」
「え、ええまあ、そういう事なら。今度渡しにいきますね」
「ああ、まってるぜ」
 虎王丸の言葉を聞き、ステイルは彼が何を企んでいるのか大体想像出来たが、あえて聞くことはしなかった。



 数日後、とある、かなりの規模を持って名を馳せている盗賊のアジトが、スライムまみれになるという事件が起きた。
 スライムはどんどん増え続け、一夜にしてそのアジトは壊滅してしまったのだという。
 原因は不明だが、世間の人々は盗賊がまた1つ壊滅したと、アジトを壊滅させたスライムを称えるのであった。
 そして、そのスライムの正体に気づいたカーズは、さらにもっと人の役に立つモンスターを作ると誓ったのであった。(終)



◆登場人物◇

【1070/虎王丸/男性/16/火炎剣士】
【3654/ステイル/無性/20/マテリアル・クリエイター】

◆ライター通信◇

 虎王丸様

 こんにちわ、WRの朝霧青海です。

 ギャグ依頼の虎王丸さんのノリが好きなので、いつも楽しく書かせて頂いております。今回は、ナイスバディのお姉さまを助けたらオカマだった、という、基本かもしれないネタを仕込んでみました。ある意味とばっちりな盗賊さんも、可哀想というか何と言うか(笑)
 納品がギリギリになってしまい、申し訳ありませんでした。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 それでは、発注どうもありがとうございました!