<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


真相究明〜決死の大激走 ―はた迷惑な師弟対決

「だぁぁぁぁぁぁっ」
「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
明け方の通りの静寂を盛大な叫び声と狂気を孕んだ叫びがあっさりとぶち壊し、不快指数を最大値まで引き上げる。
「う……うん?なに」
家の前を怒涛の如く駆け抜ける俊足と終わることのない叫び声が緩やかなまどろみの中にいたレイリアの意識を現実へと引き戻す。
一体何事だろうと身体を起こすと同時に街のあちこちから怒声が上がり、瞬時に消える。
耳を澄ますと叫び声のみが聞こえてくるが、反響からして随分と遠のいているようだ。
なんだか事情は分からない。けれど、追いかけられている方の声からしてまだ少年の域を出ていない。
やり取りからして相当な逃走劇を展開しているのは察しがついた。
全くの無関係だが、朝も明けきらない時間にこの騒ぎ。
多少どころか、かなりの迷惑極まりない。
―また近くを通ったら、助け舟を出してあげようかしら。
そんなことを頭の隅で考えてたレイリアの耳に荒馬たちが暴走しているのではないかと疑うくらいの地響きが聞こえたかと思うと、変わらない叫び声を上げて駆けて来る少年の姿が窓越しに遠くに見えた。
が、追いかけてくる人物の声はまだ聞こえない。姿も見えない。
この一瞬でレイリアは覚悟を決めた。
「……来た。これも何かの縁ね。一体何をしているのかしら」
しかたがないな、とばかりにレイリアは少しだけ扉を押し開けた。

いたずらに時間だけが過ぎていく―なんて、呑気なことを考えている余裕は少年にはなかった。
何が何だかよく分からない。全く分からない。
目が覚めたら、いきなり目を血走らせた師匠・レディ・レムが特製の大鎌を振りかざして襲ってきた。
初撃をかわしてベッドから転げ落ちると脇に置いてあった愛剣を持って逃走する以外の術が見つからなかった。
とにかくまだ薄暗い街へ飛び出したはいいが同時にレムが窓から飛び降り、問答無用に鎌を振るう。
逆上しまくってるレムに言葉が通じるはずはなく、叩きこまれた反射神経の賜物でどうにか避けるとひたすら逃走に徹した。
「おぉぉぉぉっまぁぁぁっぁぁぁぁっちぃぃぃぃぃ、馬鹿弟子ぃぃぃぃ!!師匠から逃げられるかぁぁぁぁぁっ!!」
―そんなもの、骨身に染みて分かってます!!
背後から追いかけてくる激怒状態のレムに少年は声なき声で反論する。
振り下ろされる刃の風圧で周囲のものが吹っ飛び、破壊され尽くしていくのを横目で見ながらひたすら逃げた。
魔法を使われないだけマシかもしれないが、充分に恐ろしい。下手したら街をぶっ飛ばす。
「なにやった?なにやった?全然分かんないんですけど〜」
念仏のように記憶を手繰るが思い当たる事柄が全くない。
自慢じゃないがこれでも弟子だ。あの師匠を怒らせるような馬鹿な真似をしたら、とことん怖いのは分かってる。
すでに街中を何週目に突入し、似たようなところを走り回っているのには気付いていた。
が、執拗に執念深く追いかけてくるレムの気配は背後に電撃のように感じまくる。
振り返って確かめてみたくもなるが、その一瞬を見逃すようなレムではない。
ただそれだけの間で瞬時に詰めてくる。疾風よりも早く、雷よりも鋭く、あの人外魔境な師匠なら絶対にやる確認があった。
全速力で駆け抜けようとした簡素な長屋の一角。そのドアが僅かに開いたのを見とめた。
この騒ぎで街のどこかしこで被害は出ている上に巻き込まれるのはごめんとばかりにどこの家もドアはぴっちりと固く閉ざしている。
現に助けを求めた知り合いたちは全て門前払いを喰らわせられた。
―お陰でこの状態なんだが……
妙に気力が萎えてくるのは気のせいじゃない。
だが、そのわずかに開かれたドアの隙間から手招きする人影が見えた瞬間、直感が働いた。
―これは助けだ。逃せば地獄の追いかけっこになる。
今までの経験上、直感は従うものと迷いもせずに少年はその中に飛び込んだ。

飛び込んだと同時にレイリアは素早くドアを閉めると、滑るようにキッチンへと入る。
肩で大きく息をつきながら、その場にへたり込んだ少年の鼻腔を豊かで深いお茶の香りがくすぐった。
「大丈夫?少し時間を置いたほうがいいかも」
顔をあげると気遣わしげな表情をした―自分とそう年が変わらない少女、レイリアがお茶を注いだカップを少年に差し出して、椅子を勧めた。
わずかに吹き込んでいた風が心地よく頬をなで、少しだけ気が落ち着く。
息を整え、勧められるまま椅子に座った途端、テーブルに突っ伏し脱力した。
目の前に置かれたお茶の香りが心地よい。
「随分追いかけっこしていたのね」
「助けてくださってありがとうございます」
苦笑じみたレイリアの表情を見て、どうにか身体を起こしながら少年は頭を下げた。
こんな早朝から大迷惑な激走追いかけっこをしでかしていた元凶その一。
訳も聞かず、救いの手を差し伸べてくれたことには感謝しきれない。
「私はレイリア。レイリア・ハモンド、魔石錬師よ。貴方は?」
「訳アリの吟遊詩人。兼、外で暴走しまくってる一応名うての魔道彫金師レディ・レムの弟子。今朝起きたら、いきなりこの状況で命がけの追いかけっこやってました」
事情を聞くよりも先に明瞭簡潔に事情を伝える少年にレイリアは一瞬言葉を失い、目を見開く。
探るように少年を見つめた後、椅子に深々ともたれた。
青の貫筒衣に一振りの剣を携えた姿はどう考えても吟遊詩人とは思えないが、真っ直ぐで濁りのない瞳は真実を告げている。
嘘はついていない。信じるに足る人物のようだが、説明を飲み込むのはにわかに信じ難い。
朝起きたら、師匠に切りかかられるなんてありえない。
「心当たりはないの?」
「全くない。あの師匠を怒らせるような真似は全くない。そんな命捨てるようなことは絶対にしたくない」
探るように尋ねた問い掛けに少年は即答すると同時に頭を抱えて、再び突っ伏した。
それだけは自信を持って言えるらしい少年にレイリアはふむと顎に指先を当てて言葉を選ぶ。
―本当にそうなのだろうか。
曲がりなりとも、『名うて』と呼ばれる魔道彫金師レディ・レムが理由もなく弟子の少年に切りかかるとは到底思えない。
だが、少年に心当たりがないのも嘘ではなさそうだ。
でなければ、頭を抱えたりしないだろう。
「思い出してみて。師匠を怒らせたきっかけがあるはずよ」
ゆっくりと慎重に言葉を選びながらレイリアは唸っている少年に声を掛けた。
こんな大暴走を起こしてまで弟子を怒るなんて、本当に大事にしているのだとレイリアは思う。
やり方はともかく少年にとって有難い師匠だろう。
「あなたにとっては些細でも、職人として大切で重要なことかも」
ふいにこちらを見上げた少年の表情が曇ったのに気付くが、それに気付かぬふりをしてレイリアは言葉を重ねる。
「あなたに対して真剣に怒ってくれるなんて、良い師匠だと思う。もっとしっかり勉強しないとね?」
その瞬間、少年が完全に凍りつき―遠い目をする。
あまりの豹変振りにレイリアは何か気に障るようなことを言ったかと考えを巡らせるが、分からない。
ただ、話を聞く限りでは良い師匠だと思ったのは確かだ。間違っていない。
間違ってはいないが、少年にとってはそうではないのだろうかと思う。
「師匠が?あのレムが?確かに、いい師匠なんだろうけど……そのせいで何度死ぬような目に合わされたか分からないんだよね〜大体、レムを怒らせるなんて無謀かつ命がけな真似するわけないじゃないか」
搾り出すような声であらぬ方向を見つめる少年の姿にさすがのレイリアも絶句した。
思い出したくもない記憶を思い出したとばかりに焦点を失って語る言葉にそれが事実であることをひしひしと実感させられる。
―本当に心当たりがない?なら、どうして切りかかってこられたんだろう?
当然のようにレイリアも疑問に思う。
それを少年に問うても答えがないのは分かった。ならば、答えを聞ける人物は一人しかいない。
耳を澄ますと、凄まじい殺気と怒気が静まり返っているのを感じる。
放心状態の少年を気遣いながら、レイリアが外を窺う。
陽が上りきった通りの向こうから白銀にきらめく大鎌を手にゆったりと歩いてくる人の姿が見えたが、先ほどまで嵐のよう吹き抜けていたものが消えうせている。
これでレイリアは意を決した。

鋭い眼光に射抜かれ、思わずたじろむ。
が、それは一瞬の後で消え去り、柔らかなものへと転じた。
「何か御用?お嬢さん」
きらりと輝く大鎌と相容れぬ笑みで言の葉を紡ぐレムの姿に違和感を感じないのが不思議なところだ。
放心状態の少年を置いて、そっと外へと出たレイリアは怒りをすっかり納めた彼の師匠たる女性・レディ・レムと思い切り鉢合わせ、その場から動けなかった。
けれども、予想を反して穏やかさを滲ませた声に緊張が一気にほぐれ、レイリアはほうと息を吐き出した。
「レイリアと申します、レディ・レム様」
「聞いた事があるわ、類稀なる魔石練師だと……お話を聞きたいところだけど、今取り込み中で」
「あなたのお弟子さんは私の家におります。随分、お疲れのようですので休んでいただいてます」
その言葉についとレムの目が細められる。
真偽を確かめようとする中にレイリアを少女だと思って侮っているところは全くない。
誤りをなく、正しきものを見極めようとする職人としての誇りを感じさせる。
だからレイリアも回りくどいことはしようとせず、正攻法で口を開いた。
「なぜ追い掛け回していたんですか?心当たりがないとお弟子さんは仰ってますよ」
いきなりど真ん中に直球で来たことにレムは困惑が入り混じった苦笑いを口元に浮かべ、肩を落とす。
罰悪そうに通りを見回すと、恐る恐るこちらを窺っている人々の視線を感じる。
なによりレイリアの真っ直ぐな視線が堪えた。
「弟子のところに案内していただけるかしらね?誤解を解いておかないと師匠の立場がないわ」
「誤解……ですか?」
「そう、多大なる誤解よ」
重ねて問うレイリアにレムは弟子と同じように遠い目をする。
いまいち納得できないが、レムが起こっていないことは少年にとって喜ばしきことだろう。
―ひとまず落ち着いて話ができそうだ。
そう判断してレイリアはレムを少年のいる自宅へと案内した。

「お許しください!師匠。何したか全く思い出せないけど、とりあえず謝るんで訳教えて」
「そんなに怖い?」
「普通はそうじゃないんでしょうか?職人の師弟関係は厳しいと聞いていますから」
レムが家に踏み込むなり、放心していた少年は部屋の隅に逃げ込むとひたすら平身低頭で謝罪を繰り返す。
弟子の尋常ではない怯えぶりにさすがのレムも傷ついたような顔をして、後ろにいたレイリアに問いかけてしまうほど。
少しばかり考えながら応じるレイリアだったが、先ほど少年が言った言葉が思い出され、ごくごく一般的な答えで納める。
「まぁ、いいわ。悪かったわね、何もしてないから謝らないでくれる?むしろ、私が悪いのよ」
意外な言葉に少年が目を向き、レイリアも息を飲む。
二人の視線にレムは困ったように頬をかきながら息を吐き出し、懐から何かを取り出すとテーブルの上に置く。
それ以上は何も言わず、それを見なさいと目で示す。
少しばかり息を詰めて少年はテーブルの上に置かれたそれを手に取り―思い切り眉をしかめ、黙り込む。
「どうかした……あ」
手に取ったまま険しい顔をする少年を不思議に思い、レイリアはその手の中の物を覗き込んで絶句した。
少年の手のひらにあったのは細工の施された腕輪。
だがそれは到底細工物としては上質なものではなく、子供だましの安っぽい品で埋め込まれた貴石には魔力の欠片も感じられない偽物。
魔石練師であるレイリアの目からしても決して質の良いものではない。市の露店で売られる子ども向けのおもちゃとしては充分なもの。
そんなものをなぜレムが、という疑問はすぐに解けた。
「レムの細工を猿真似してんじゃないのか……これ」
「そう、自称ライバルが今朝がた持ち込んできてね。話を聞いたら私の名前でアンタみたいな子が売り回ってるって聞いたから」
頭にきて切り付けたのよ、と開き直ったとばかりにタンカを切ってくれたレディ・レムをレイリアは呆れたと言わんばかりに見返した。
こんな安物を自分の名で売り回られたら、職人としての誇りを傷つけられたと怒るのは無理もない。
だからと言って弁明の余地もなく切りかかるのはどういうことだ、と思う。
これでは少年が逃げ回るのは当たり前だった。
「で、アンタのことを追い掛け回してたら、あいつが血相変えて止めに来てね。弟子に『よく似た』子どもがやってるって話でしばらく聖王都にいなかった弟子が知るわけないって言われたのよ」
立場がないとばかりに耳まで赤くして顔を背けるレムに少年はそのまま壁に身を預けてへたり込んだ。
「それはあんまりなんじゃないでしょうか?」
「分かってるわ。だから謝ろうと思って探してたのよ」
眉間を指で押さえながら、言い訳としかいえない言葉を吐き出すレムにレイリアは大きく肩を落とした。
―なんてはた迷惑な
全くもってその通りなんだが、あえて口にするほどレイリアも子どもではない。
何よりも当人が充分に分かっていることだ。
「迷惑かけた街の皆には私が正式に謝罪する。壊したものも弁済するわ。今回ばかりは全面的に悪かったわ」
「今回って……まぁ、いいですけど……」
何だか釈然としないと言いたげな少年だったが、結局はそれ以上何も言わなかった。
それ以上に気が抜けたのだろうか、ぐぅっと音を立てて少年の腹が元気よく鳴り響く。
頬を紅くして黙り込む少年の姿に噴き出しかけたレムの腹も同じように鳴った。
「仲直りもできたようですし、良かったら三人で朝食をいかがですか?大勢で食べればおいしいですよ」
気まずい沈黙が流れそうになった師弟は楽しげに微笑むレイリアの誘いを即座かつ素直に受け入れる。
とりあえず大人しくなった二人を横目で見ながらレイリアはいつもよりも大目の朝食作りに取り掛かった。


FIN

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■   登場人物
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【3132/レイリア・ハモンド/女性/12歳/魔石錬師】

【NPC:レディ・レム】
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■         ライター通信          ■
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はじめまして。こんにちは、緒方智です。
ご依頼頂きありがとうございます。お待たせして申し訳ありません。
今回のお話、いかがでしたでしょうか?
早朝からご迷惑をおかけしました。
完全に濡れ衣で逃げ回ってた少年を助けて頂き、ありがとうございます。
勘違いする師匠も師匠。冷静な話を聞くくらいの余裕はできたのでひと段落です。

お気にいられましたら幸いです。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。