<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


虹色石の円舞曲 opal-waltz






 まるでシンメトリー…いや、左右対称ではなく、本当にまるで分身でもしたのではないかと思うほどそっくりな少年が二人、白山羊亭の前で足を止めた。
 眼を隠すほど深く被ったフードからは表情を読み取ることはできないが、各々持っている杖の形が違う。
 片や太陽を模したような赤い宝珠が付いた杖。
 片や三日月を模したような青い宝珠が付いた杖。
「…ここから、奴の気配を強く感じる」
「そうだな。用心するにこしたことはない」
 中にあいつが本当に居るかどうかは問題ではない。もし、という言葉が頭に付くのならば、可能性はゼロではないということ。
 二人の少年は杖をかかげて短く告げた。

「「封印」」

 パキン。と、小さく音が響いたのみで、白山羊亭の見た目は何も変わらない。
 二人の少年は背を向けて、次の気配を探って歩き出す。
「「取り戻す」」
「世界樹の夢と」
「俺達のネイを」
「「絶対に!」」























「うわ、何だこれ!」
 思いがけず出来ている人ごみに、湖泉・遼介は驚きの声を上げた。
 軽いステップで辺りを見回しつつ人ごみをすり抜け白山羊亭の入り口へたどり着く。
 まさかサプライズイベントか何か? と、思いつつも、通り過ぎがてら耳に入ってきた情報に遼介は眼を瞬かせる。
「入れない?」
 白山羊亭が休日なんて聞いたことが無い。年中無休だと思い込んでいた。が、たまには休みだって―――
「何だ、開いてるじゃんか」
 休みなら休みでもと思い始めた矢先、開け放たれている白山羊亭の扉に拍子抜けする。
 が、何かが可笑しい。
 中の人も困惑気に何か話しあっているのだ。
「もしかして、入れないって事は、出ることも出来ないって事か?」
 完全に白山羊亭が封鎖されている状況。それも、扉や窓に鍵などというオーソドックスな封鎖ではなく、別の要因だ。
 まさかよもや白山羊亭でこんな事が起こるなんて。
 閉じ込められている人には不謹慎かもしれないが、ワクワクしてしまっている自分がいることも否定できない。
 それにしたって白山羊亭をターゲットにするとは、なかなか見所があるというか、迷惑度抜群の見て楽しむにはうってつけの場所だ。
「白山羊亭なんて冒険者にとっては常識だし、どっかの魔術覚えたばっかとか好きな子供の悪戯とかじゃないか?」
 それならばごめんなさいで済む話になる。
「表がダメなら裏ってね!」
 遼介は意気揚々と白山羊亭の裏に回りこみ、裏口のドアノブに手を伸ばす、が。
「ま、裏から出られればここまで騒ぎにはならない、か」
 用事がある人は裏から出入りしてくださいと連絡すればいいわけだし、店自体を臨時休業にする事だって可能だ。
 遼介は空を仰ぎ見る。―――実際には隣の家の屋根を見たわけだが。
 にっと笑うと軽い足取りで地面を蹴り、屋根の上に飛び乗る。
 キックボードを呼び出すと、遼介は軽快に屋根上の散策と乗り出した。
「「封印」」
 ふと耳に入った声に遼介は視線を向ける。
 同じフード・マント・杖が2つ。いや、杖は違う。片方が太陽を模したような紅玉の杖。もう片方が三日月を模したような蒼玉の杖。
 キックボードをとめて、屋根の上からフード達の行動を見つめる。
 暫く見つめていると、少年達が背を向けた路地の向こう側、程ほどの距離を開けてやってきた通行人が、その場で尻餅をつき何故かお尻ではなく鼻先をさすっていた。
 それはまさに透明な壁。白山羊亭の悪戯はきっとあのフード達。
「なあ!」
 遼介は屋根から飛び降りる。
 面白い悪戯をするもんだと思っている遼介は、ニコニコと楽しそうに笑ってフード達に近付いた。
 が、フード達は突然現れた遼介に警戒するようにそれぞれの杖を構えた。
「お前…!」
「何者だ?」
 声質からして2人とも少年。それも、声さえもそっくりだ。
「わり! 驚かせちまったか?」
 突然屋根の上から飛び降りて登場してしまったから、驚かれたのかと思い、申し訳なさそうに遼介は鼻先をかく。
「違う!」
「何でお前から奴の気配がする!?」
 蒼玉の杖の少年は背後の封印を振り返る。
 反応は、無い。
「何処で遭った!?」
 対し、紅玉の少年は遼介を警戒したまま真正面からその動きを見定めている。
「え、ちょ、奴って?」
 何であんな事をやったのか聞きたいだけだったのに、どうしてこんな事になってしまっているのだろう。
 訳が分からない。
「ムマだ」
「夢っ……!」
 ぼっと一気に遼介の顔が赤くなった。うっかり確認してしまった手の平。そして、記憶に残る柔らかい感触。
「何だ。その反応」
「話せ。何があった」
 余りにも尋常ではない雰囲気に、遼介は早口でムマと出会った時の事を話した。勿論、話の流れ上不可抗力とはいえその胸に触ってしまったことも。
「「…………お前」」
 出会った時とは違うオーラが立ち上がっている。
「え? 何、ちょっと、何その雰囲気、怖いし!!」
「姿見とはいえ、てめぇ…」
「絶対許さねぇ!」
「「ネイの体に触ったこと、後悔させてやる!!」」
「それ俺のせいじゃないだろーがぁあああ!!」
「「問答無用!」」
 振り上げた杖。
 何かしらの魔術が来るかと思いきや……

 ドガゴ!!

「殴るのかよ!」
 地面を粉砕し、めり込む杖。
「おーい。ガキの喧嘩なら他でやってくれよー」
「馬車が通れなくなるじゃないかー」
「「「喧嘩じゃねぇ!」」」
 通行人からは軽口のような野次が飛ぶ。
 逃げる遼介。杖を振り回し追いかけるフード。
 ふと、通り越した10歳ほどの子供が、多分こちらに向けて叫んだ。
「待て! アッシュ!!」
 紅玉の杖を持った少年の足が止まる。つられるようにして沿う玉の杖を持った少年も足を止め、遼介も何事かと走りをやめると2人に肩を並べるようにして戻った。
「何をしてるんだ?」
 小さな少年は半眼ともいえる座った眼つきでこちらを見ている。
「知り合い?」
 どうやら小さな少年の方はフードの1人、紅玉の杖の少年――名をアッシュと言うらしい――を知っているようだ。
「いや、知らない」
 が、当のアッシュは何の臆面も無く首を振る。小さな少年の額に微かに青筋が浮かぶのを見た。
「ステイルだ。先日会っただろう」
「…………」
 あからさまなほどの無言にステイルは大仰に溜め息をつく。だが、直ぐに合点が言ったような感じの雰囲気に、薄らほっとした笑みを浮かべたのだが。
「無理に大人の姿を取る必要はないんじゃねーの?」
「分かってく―――…はぁ??」
 納得してつい頷きそうになりながらステイルは不快感を露にする。
「違う! 魔力を消耗すると子供の姿になってしまうだけだ」
「ふーん」
 何だか今にも地団駄を踏みそうに見えたが、堪えたところを見ると何時もは大人と言うのも本当そうだ。
「白山羊亭を封鎖したのは、お前…たちだな?」
「あ、やっぱりそうだったのか!」
 軽いノリの遼介を一瞥し、ステイルはアッシュに向き直る。
「とりあえず、白山羊亭のあの壁どうにかしてくれないか。依頼の報告が出来なくて困っている」
「え、何で? もう少しあの状態でも面白いんじゃない? 皆が怪我したりする訳じゃないんだしさ」
「俺は依頼の報告が出来なくて困ってるんだ」
「そんなの今日直ぐにじゃなくたって明日だって構わないだろ」
 遼介の尤もな言葉にステイルはぐっと言葉が詰まる。ステイルにとってみれば、何故ここまで封印されたままにしておくことに拘るのかが分からない。
 そんなステイルを見つつ、遼介は振り返り2人に聞く。
「どうせ、しばらく放っておけば自然に解除されるんだろ?」
「自然って訳じゃないが、必要がなくなれば解ける」
「な? 解けるじゃん」
 それまで待てばいいじゃないかと楽しそうに告げる遼介に、ステイルの疲れがどっと増した気がした。
「まあいい。解けるものならば、こっちで勝手に解除させてもらう。ムマだが知らんがどうなっても知らんからな」
 そう言って去っていくステイルが、どうしてそんなにも今日に拘るのか分からずに、その背中に首を傾げる。
 その背がある程度小さくなったところで遼介は、振り返った。
「あ、あれ?」
 そこにはもう、あの少年達の姿は無い。
「何だったんだ」
 訳が分からず遼介はポリポリと頭をかく。
 意味深なことを色々言っていた気がするが、また会ったときにでも聞こうと、遼介はキックボードを走らせた。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【1856】
湖泉・遼介――コイズミ・リョウスケ(15歳・男性)
ヴィジョン使い・武道家

【3654】
ステイル(20歳・無性)
マテリアル・クリエイター


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 虹色石の円舞曲 opal-waltzにご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
 少年達を追いかけた場合シリアスの予定でしたが、あれ? なんかシリアスしてませんね。ちょっと以上にギャグよりに……。似てるから、かな?
 それではまた、遼介様に出会えることを祈って……