<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『【レプリス】森に残された少女』



○オープニング

 かつて、一代にして大金持ちになった宝石商、ブライアン・スフィード。
 仕事熱心で真面目な性格であった彼は、その性格故に悪い心を持った者に財産を奪われ、そして同時期に最愛の妻と娘を失ってしまった。
 その晩年、ブライアンは世間から身を隠す様にして街を離れ、森の中で生涯を過ごした。自分の財産をほとんど使いエルザードのとある学者に作ってもらった、病死した娘にそっくりなレプリスの少女・リリアと共に。
 2人は本当の親子の様に仲良く暮らしていたが、リリアはレプリスなので歳は取らなかった。そして数年後、ブライアンはその生涯を終えたが、リリアだけは1人で残されてしまった。
 ブライアンは唯一連絡を取っていた実の弟に、リリアを引き取ってくれるように手紙を出したが、その弟のアランも間もなく死亡してしまい、レプリスのリリアはいまだ森の中で、父親のブライアンが死亡している事にも気づかずに、1人でいるのだという。
 リリアを連れ帰るか、それとも役目を終えたので、心臓の位置にある魔法エネルギーの核を取り出して停止させるか。小さなレプリスの少女の命運は、冒険者達に託された。



 どしゃぶりだった雨はようやく小雨になった。その森は背の高く、葉がびっしりとついている木が沢山生えているために、雨はほとんど木の葉が受けてくれ、黒山羊亭の依頼を受けた3人の者達が雨に濡れる事はほとんどなかった。エスメラルダから受け取った地図を持ち、3人は森の奥へと進む。雨で地面がぬかるんでおり、上から雨のしずくがたびたび落ちてきたが、一行が先へ進むのに何の支障もなかった。
 その先頭を切って歩いているのは、妖絶な美貌の持ち主、白神・空(しらがみ・くう)である。
 悪魔の様な姿に、露出の激しい服装をしているが、その実態は悪の組織が作り出された怪人であり、底知れぬ力を秘めている。実際は集団行動するのは性分ではないが、今回は1つの目的を達成する為、こうして3人でレプリスの少女がいるという、森の奥の小屋を目指しているのであった。
「花街行く途中一杯引っ掛けに寄ったんだけど、女の子の方が」
 そう言って、空は色気の溢れる笑顔を浮かべた。
「ふふ、美味しそうね」
 木々から落ちてきた露が滴り落ち、彼女の白い肌を濡らしていた。空は美少年や美少女に目がないのである。
「あ、あの、空様、何をなさるおつもりでしょう?」
 空の後ろを歩くシルフェ(しるふぇ)が、舌なめずりをしている空に尋ねる。
「何、心配することなんてないわよ。ちゃんと依頼は受けるわよ」
「そうですか。それにしても」
 水のエレメンタリスであるシルフェには、雨の中でもその活動がまったく鈍ることはない。彼女は静かに森の中を歩き、もう間もなく会えるであろう、人工的に作られた少女へ思いを馳せた。
「ブライアン様は勝手な方ですね。娘、だと仰りながら、弟さんに任せて自分は満足して終わり。自分はそれでよいでしょうけど」
 いつもおっとりとしているシルフェであったが、その表情にはいつもの柔らかい表情はなくなっていた。
「リリア様がアラン様を待つ間の事も、考えてらっしゃらなかったのかしら。それでいいのだと、思っていらしたのでしょうか」
 森の中に響くのは、雨が葉を打つ音だけであった。シルフェの表情は、木々の隙間から時たま見える空の様に曇っていた。
「その女の子が、一番良い様にしてやるのが、俺達の役目だからな。他人がどうこう言う事でもないのかもしれないが」
 ジェイドック・ハーヴェイ(じぇいどっく・はーう゛ぇい)が、シルフェの背中を押すように言葉を投げかける。
「そうですね。けれども、あまりにもリリア様が不憫に思えてしまうのです。いえ、ブライアン様はもう亡くなっておりますものね。亡くなられた方に文句を言ってはいけませんね」
「そうだな」
 ジェイドックはそう言って、森のずっと奥を見つめた。彼の視界へかすかに、石造りの建物が見えたのだ。目的地はもうすぐである。
「とにかく、リリア様を迎えに行くしかありません」
「そうよねぇ、父親と同じく、あくどい者に利用されたら危険ですものねぇ」
 空が、後ろから着いてくるシルフェとジェイドックに、自信に溢れた怪しい笑顔を見せた。
「だって、その家に財産が残っていると勘違いする連中もいるだろうし」
「まあ、そうだろうな。相当な金持ちだったらしいから」
 真面目な顔をして、ジェイドックが答えた。
「でしょう?とりあえず確保っていうか、ある程度の常識や人を見る眼を養った方が良いと思うのよぉ」
「だな。その子はプログラムされたことだけしかできない、完全な『道具』ではないのだろう?」
 ジェイドックの視界の中に、灰色の石の家が見えてきた。もうすぐ、彼らはリリアという名前のレプリスに対面するのだ。
「道具でないのなら、自分の意思を持っているなら、それはもう、俺達と同じ立派な生命だ。その命のあり方について、他人が可哀想だのなんだの言うのは筋違いだと思う」
「そうですわね。リリア様は作られた生物ではないと思います。人形とは違うわけですから」
 ジェイドックに続き、シルフェが答えた。
「他人の命を勝手に判断すべきじゃないし、俺達にそんな権利はないからな」



 3人は、森が開いた空間に出た。そこには、石造りの建物があり、建物の前には木製の小屋や、机や椅子が置いてあり、明らかに人が暮らしているという気配が感じられた。
「どんな子かしら、楽しみね。あたしが手取り足取り、あんなことやこんなことを夜通し教えてあげる!」
 色気の篭った声で、空は口の中でじゅるりと涎をすすった。
「おいおい、何をする気なんだ?」
 ジェイドックが心配そうな顔で空に視線を向けたが、空は含み笑いを返すだけであった。
「リリア様はどこにいらっしゃるのでしょう?やはり、小屋の中でしょうか」
 シルフェは、辺りを見回した。彼女達が森を抜けている間に、雨が上がったようである。
 この小屋の周辺には木がなかったので、雨が降っていればすぐにでも濡れているところだが、空を見上げれば灰色の雲が空に引き詰められているだけであった。しかし、どんよりした雨雲からは、すぐにでも雨のしずくが落ちてきそうであった。
「よそ者がいる!よそ者は出てけっ!」
 あっさりするほど、予想通りにその少女は姿を現した。肩ほどの長さの茶色い髪の毛に、赤いヘアバンドをつけて、白いワンピースの服を着ている。年齢は10歳前後だろうか。
 小屋の中から出てきたその少女は、まだ幼さの残る顔で、3人を睨み付けている。とても、人工に作られた少女とは思えなかった。
「ここはリリアとお父さんのおうちだよっ!よそものは帰らないと、リリアが痛い目に合わすよ!」
「リリアだな。お前を迎えに来た。ブライアン、お前の父親のお父さんの遺言でな」
 リリアはまったくこちらの言う事は聞いてない様であった。ジェイドックが言い終わると同時に、両手を小さく揺り動かした。そのとたん、彼女のまわりに、3つの小さな炎の玉が生み出される。
「できれば、事情を説明して御理解頂きたいのですけど」
 シルフェが、リリアを見つめ小さく息をついた。話してすぐ納得してくれるのであれば、わざわざシルフェ達がここへ来る必要などなかっただろう。
 リリアは、ここへやってきたよそ者は追い払う物であり、そうするのが普通だと思っているに違いない。何故なら、父親のブライアンが、そうする様にリリアに教えたのだから。
「やっぱりぃ、攻撃してくるのねぇ」
 空はどこか楽しそうであった。余裕のある表情で笑みを浮かべながら、リリアの動きを見つめている。
「多少攻撃を受けるのは仕方がない。しかし、こちらが受け入れようとしていれば、リリアも心を開くのではないだろうか」
「はい。攻撃は受けるつもりでいました、最初から」
 シルフェが、きりっとした顔でジェイドックに答えた。彼女の視線は、常に小屋の入り口に立っているリリアへと向けられている。
「わたくしはただ、声を掛けて応じて頂くのを待つしか出来ません」
 シルフェがそう言うと、今度はリリアの声が飛んできた。
「帰らないなら、やっちゃうからっ!」
 リリアの表情は真剣そのものであった。両手をゆらりと動かし、生み出した炎の玉を投げつけて来た。掌サイズの炎の玉は、空、シルフェ、ジェイドックへと直撃する。空はリリアから見ると一番手前の位置になっていた為、一番に炎の直撃を受けた。
 だが、その威力は空が想像していたよりも弱い。彼女は悪の秘密結社で強化された改造人間であるから、その炎は彼女の服は燃やしたが、肉体までダメージを与える事はなかった。少し、熱いと感じたぐらいであったが、元々露出の高い衣服が燃えて、さらに空の肌ははだけた。
 シルフェは、炎をまともに受けた。小さな炎は彼女全身を炎に包む程の力はなく、彼女の腕に辺りその周辺を燃やした。腕が炎の熱で真っ赤を通り越して黒く焦げ付き、鈍い痛みを感じた。それ程重傷な火傷ではないので、後から傷を癒せばすぐにこの痛みも消えてしまうだろう。
 しかし、今は傷を癒さなかった。リリアに、自分が敵ではないことをわからせる為である。
 ジェイドックもまた胸へ炎の攻撃を受けたが、獣人である彼は毛皮がある分、ダメージを軽減する事は出来たものの、毛皮が燃えて炎が当たった部分の毛が少し焼けて無くなってしまった。炎が毛を焼く匂いが鼻を突いてくる。
「何で逃げないの?」
 3人が攻撃を受けてもまったく動じないので、リリアは驚きの色を隠せない様子であった。
「普通の人なら、すぐに逃げるのに!」
 確かに、この様な偏狭にはもともと人は来ないだろう。来たとしても、一般人なら炎を使い威嚇をしてくる少女に驚き、ここから立ち去るに違いないが今リリアの前にいる3人は、これまで様々な依頼を受け、経験を積んできた実力者ばかりだ。魔法を使って威嚇をしてくるという状況にも、慣れている者ばかりだ。
「やっぱり、この手紙を見せた方が良さそうねえ」
 リリアが3人への次の攻撃を迷っている隙に、空は懐から手紙を取り出した。リリアの父親であるブライアンが、実の弟のアランに宛てた遺言の手紙だ。
「その手紙を持ってきたのか」
 ジェイドックの視線が手紙へと注がれた。
「この手紙を、あの子に見せたらわかってくれるんじゃないかしらねえ?」
「そうですわね、あの子も迷っている感じですし」
 シルフェも空の提案に頷いた。
「でも、どうやって手紙を渡しますの?お父さんの手紙があるよ、って言っても、素直に取りに来るかしら?」
「そこは、あたしに任せてねん」
 空はシルフェとジェイドックに色っぽく笑うと手紙を懐にしまい、リリアへと近付いた。
「大切な手紙があるの。見てくれない?」
 空は何の防御もしないまま、相手に自分が無防備である事を態度で示しながらリリアへと近付いていった。
「こっちに、来るなって言ってるのにー!」
 リリアは驚いて慌てながら再び炎を放った。今度は作り出された3つの炎の玉が全て、空へと直撃する。
「空様!」
 シルフェの声が上がった。
「いや、大丈夫だろう。ここは彼女に任せよう」
 ジェイドックが空の後ろでその成り行きを見守っている。
 リリアの炎を受け、空の体から細い煙が上がった。それは彼女の服を焼いた煙であり、空の肉体そのものにはほとんど傷がついていない。
 それに、万一今来ている服が炎で駄目になったとしても、彼女には強襲斧・アサルトアックスがある。ま、可愛い女の子を攻撃する気はまったくないけどね、と、空は思っていた。
 リリアの炎のおかげで、空はかなり肌がはだけてしまっており、形の良い腕や足がさらに露出してしまったが、手紙だけは死守しなければならないと、手紙だけは懐の一番奥にいれ、手で覆い手紙に炎が直撃するのを防いでいた。
「さてと、貴方がリリアね。貴方に渡したいものがあるわ」
 と言って、空は手紙をリリアに渡した。空が手紙を守ったおかげで、手紙はまったく無傷であった。が、手紙自身も書かれて数年が経っている為、すでに茶色く変色していた。
「この手紙はねえ、貴方のお父さんが書いたのよ。わかるでしょう?」
 リリアはの意識は、空を攻撃することから手紙へと注がれていた。空から手紙を受け取ると、その手紙の一文字一文字をじっくりと読み進めた。
「これ何?どうしてお父さんがこんな手紙を書いたの?アランって人が、リリアの事迎えに来るの?お父さんは、家の中にいるのに、何で?」
 彼女は手紙の内容を、まったく理解できてない様子であった。
「何でなの?リリアは、ここにいちゃだめなの?」
「駄目ということはないがな」
 リリアが攻撃をやめるのを見計らい、ジェイドックとシルフェもリリアのそばへと近付いた。リリアはすでに、3人を攻撃する事よりも父親が書いた手紙の事が気になって仕方がない様であった。
「まずは」
 今度はシルフェが言葉を投げかけた。
「貴方のお父様に合わせて頂けないでしょうか。わたくし達は、リリア様とお父様の邪魔など決してしませんわ」
「本当?」
 リリアは首をかしげたが、決して反撃なく、暖かさすら感じる表情を見せるシルフェ、落ち着いた態度で自分を見つめているジェイドック、そして、自分の攻撃を何度も受けても決して怒ったりなどしない空に、少し心を開いている様子であった。子供故に、なおさら素直に受け入れるのかもしれない。
「じゃ、お父さんに合わせてあげる。でもね、お父さん今」
 そう言いながら、リリアは小屋の扉を開けた。
 小屋の中は質素であるが、最低限生活出来る家具は揃っており、入り口の右側に暖炉があるが火は消えていた。中には、大量のすすだけが残っている。
 中央にはテーブルがあるが、置かれている果物はどれも新鮮であることから、リリアが常にどこからか持ってきているのだろう。
 本棚には少しの本と、可愛らしいぬいぐるみがあるが、ブライアンがここへ来る時に持ってきたのかもしれない。だが、そのどれもがほこり被っているのであった。
「お父さん、人が来たよー!リリア達の邪魔しないって人よ。変わった人達なの!」
 突き当りの壁の横に、木製の簡単なベットが2つ置かれている。1つはリリアのものだろう。うさぎのぬいぐるみが枕元に置かれていた。
 そして、もう1つのベットには、ブライアンがいた。
「お父さんね、ずっとお話しないの。それに、凄く細くなって、顔もこんなに変わっちゃった。いつになったら、起きるのかなぁ?」
 ブライアンと思われる白骨の遺体は、静かにベットの上に横たわっていた。服はすでに朽ちてボロとなっており、肉体はとっくに腐食してなくなってしまっていた。ブライアンが死去してかなりの時間が経っているのは、明らかであった。
「話しかけてもね、全然起きてくれないの。リリアはずっと1人で、つまらないのになあ」
「彼は遠くへ行ってしまったのだ、もう戻って来れないのだ。いくら話をしても、もうリリアに返事をする事はない」
 静かな声で、ジェイドックが答えた。
「遠く?でも、お父さんここにいるよ」
 大きな瞳で、リリアがジェイドックをじっと見つめた。
「そう、確かにそこにいる。いることはいるんだがな」
「リリア様、貴方のお父様は、もう言葉を交わすこともない、食事もなさらない、笑って下さらない、ただ『いる』だけになってしまったのです」
 シルフェは、もはや動くこともないブライアンへからリリアへと視線を移した。
「お父様は亡くなられたのですよ。もう、リリア様にお話しすることはないのです、目覚めることも」
「何で?何でこうなちゃったの?リリアと、ずっと一緒にいるって、言ってくれたのに」
 命ある者は、死から逃れることは出来ない。
 人は成長するにつれて、やがて死を理解するようになるものだ。愛する者との別れ、それ程辛い苦しみはないだろう。
 だが、このリリアはそれが理解出来ない。リリアは人工的に作られた生物、体の中にある魔法エネルギーの源である核を取り出さない限り、永遠に生き続ける。
 だから、ブライアンも自分と同じ様に生き続けると思っているのだろう。人は、例え自分の命に限りがあるとわかっていても、愛する者にはずっと一緒にいる、と言ってしまうものだ。
「でもねえ、ずっとお父さんは動かないし話もしないでしょう?不思議だと思わない?」
 空がリリアに問いかけた。
「生まれるのも不思議だけど、死ぬのも不思議なことなのかも、しれないわねぇ」
「お父さんは、ずっとこのままなの?リリアは、どうすればいいのかな」
 死を理解していない少女に、死が何かを教えるにはまだまだ時間がかかるだろう。まして、外部とまったく接触の無かった子供だ。
 それでも、人に似せて作られた立派な命なのだ、きちんと世の中の道理を教えれば、理解するに違いない。リリアはただ人の命令を聞く、人形ではないのだから。
「生死はリリア様ご自身でお決めになるべきです。まずはわたくし、ブライアン様を弔いますわ」
「そうだな。ずっとこのままにするわけにもいかないだろう」
 シルフェの提案に、ジェイドックが頷く。
「ブライアンが行ってしまったところへ、行く事は出来ない。もう、2度と会うことは出来ないが」
 ジェイドックはあたりを見回し、古いシーツを見つけた。そのシーツを窓辺で綺麗にはたき、シルフェと一緒にブライアンの遺体を布でくるんだ。
 その間、リリアは不思議そうにシルフェとジェイドックの動きを見つめていた。空は2人が遺体をくるんでいる間、外に出て穴を掘った。リリアはまだ、皆が何をしているのかもわからないかもしれない。
 3人は森の静かな小屋の横に、ブライアンの簡素な墓を作った。
「いくら何でも、あのまま放置は可哀想だからな」
 ジェイドックは土をかぶせ終わると、再度リリアに視線を向けた。
 リリアが、お父さんを埋めないで!と反抗するかもしれないと予測していたが、意外にも大人しくしていたところを見ると、父親の死について理解をし始めているのかもしれない。
「リリア」
 シルフェが墓に花を手向けている間、ジェイドックは墓の前で黙って立っているリリアに再度語りかけた。
「ブライアンはリリアの事を大切に想っていて、外の世界で幸せに暮らしてほしいと望んでいる。手紙にそう書いてあっただろう?」
 リリアは黙ったまま、ジェイドックを見上げた。
「外の世界ではブライアンと同じ別れを経験することもある。だが、それ以外のものも沢山ある。外の世界には悲しみや喜び、楽しいことや辛いことで溢れている。リリア、これからどうしたい?」
「わたくしは、リリア様を連れて外へ出るつもりでいますが」
 悩んでいる様子のリリアを見つめ、シルフェが呟いた。
「よく、わからない。どうしたらいいかも、よくわからない」
 リリアは首を横に振る。その表情からは、あまりにも色々な事がもたらされ、自分でもどうしたらいいかわからない、苦悩の色が読み取れた。
「あたし、個人的には一人で生きていける以上、一人暮らしのままの方が好いと思うけど。これまでもそうしていたわけだし」
 今度は空が口を開いた。
「森の環境から半端なものは近づけないだろうし、父親との一緒の方がいいでしょ。父親の、思い出ってことだけど」
「決めるのは、リリア自身だ」
 と、ジェイドックが空に続ける。
「ま、ここに残るにしても誰かが時々は見に来ないとね。いつかは、自分で外へ出ていくかもしれないけど」
「外に出て行くなら、俺やエスメラルダの目の届く場所に置いておこうと思っているが、あとは彼女自身の問題だからな」
「リリア様、わたくし達と一緒に来ませんか?外の世界には色々ありますけど、わたくし達が貴方の事を見ておりますから」
 3人に言われて、リリアはかなり悩んでいる様子であった。しばらくの間、森が静寂に包まれていた。
 時間だけが過ぎ、やがて森の木の上に星が瞬き始めた。雨が上がり晴れたのだ。
「リリア、もう少しここにいる」
 数時間が過ぎ、リリアはようやく答えを出した。
「そうか。しかし、それが一番いいのなら、リリアのしたい様にするのがいい」
 リリアの答えに、空も頷く。
「そうねえ。でも、エスメラルダには、たまに誰かがここへ見に来る様にと、頼んだほうがいいかもねえ」
「リリア様。もし、外へ出たくなったらいつでもおっしゃってくださいまし。わたくしたちがいる、場所の地図を置いておきますから」
 シルフェは、黒山羊亭の地図を書いた紙をリリアに渡し、3人は森を後にした。


 その後、リリアの住む小屋には、黒山羊亭から依頼された者が度々、遠くから様子を見ることとなった。
 リリアは物を食べなくても生きていけるので、森の中での生活にはさほど困ってはいないようであった。
 時々、ブライアンの墓の前で独り言をしゃべっているが、それ以外に変わった様子はないという。
 だがいつか、彼女も外に出たいと言うかもしれない。その時こそ、本当にリリアを迎えに行く時だ。その時が来るかどうかは、他の誰でもない、リリア自身が決めることだ。(終)



◆登場人物◇

【3708/白神・空/女性/24/ルーンアームナイト】
【2994/シルフェ/女性/17/水操師】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25/賞金稼ぎ】

◆ライター通信◇

 ジェイドック様
 
 こんにちわ、WRの朝霧です。いつも発注頂き、有難うございました。

 ラストで、リリアはとりあえず森にとどまる事になりましたが、機会があればまたこの次のお話も書いてみたいと思っております。コミカルなラットや火星人の話に比べると、今回はかなりシリアスな内容で、生と死とう、多少哲学的なテーマも含んでいるかな、と書いていて感じました。ジェイドックさんは、何もわからないリリアに道を示す、というスタイルで描いてみました。

 それでは、ご参加有難うございました。