<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
虹色石の円舞曲 opal-waltz
まるでシンメトリー…いや、左右対称ではなく、本当にまるで分身でもしたのではないかと思うほどそっくりな少年が二人、白山羊亭の前で足を止めた。
眼を隠すほど深く被ったフードからは表情を読み取ることはできないが、各々持っている杖の形が違う。
片や太陽を模したような赤い宝珠が付いた杖。
片や三日月を模したような青い宝珠が付いた杖。
「…ここから、奴の気配を強く感じる」
「そうだな。用心するにこしたことはない」
中にあいつが本当に居るかどうかは問題ではない。もし、という言葉が頭に付くのならば、可能性はゼロではないということ。
二人の少年は杖をかかげて短く告げた。
「「封印」」
パキン。と、小さく音が響いたのみで、白山羊亭の見た目は何も変わらない。
二人の少年は背を向けて、次の気配を探って歩き出す。
「「取り戻す」」
「世界樹の夢と」
「俺達のネイを」
「「絶対に!」」
見知った顔も見知らぬ顔も、何人かの冒険者と思わしき人々が白山羊亭の前で右往左往している。
奇しくもそんな冒険者と同じく依頼帰りに白山羊亭にやってきたステイルは、ごった返すほどではないにせよ集まった人ごみに微かに眉根を寄せた。
「何してるんだ?」
どうして白山羊亭に入らないのかと、手ごろな冒険者に声をかけてみる。冒険者は一瞬ステイルの見た目に驚くように眼を大きくしたが、見た目と実年齢が合わない存在は多くいるため直ぐさま何時もの調子に戻ったようだ。
「入れないんだよ。なんか、壁があるみたいで」
「壁?」
白山羊亭の見た目は何も変わらない。壁なんて何処にあるというのだ。
ステイルは白山羊亭に近付く。
「ふむ……」
まだ構成は分からないが、何かしら魔力的なもので白山羊亭が囲われているようだ。
壁に触れるようにそっと手を伸ばす。
「確かに壁か」
このままでは依頼の報告もままならない。報告をさっさと済ませたいと思っているのに。
この状況を引き起こした相手が、どうして白山羊亭を封印するようなことをしたのか分からないが、そんなことはどうでもいい。とりあえず、中に入りたい。
ステイルはその思いで白山羊亭を囲う壁の解析を開始する。
(この魔力は…覚えがあるぞ)
それに、この壁を形作っている方陣も。
けれど、何かが、違う? 厳密に違うとは言えない。説明しろと言われても、心の中の何かが違うと言っているだけで明確な理由は無い。
「……っ」
ステイルは思わず壁から手を離す。
分からない。一言で言えばそうなる。何かが止めた。これは、ある種の本能か。
構成が分からないのではなく、今自分が手を離してしまった理由が分からない。
ステイルはぎゅっと手を握りしめ踵を返す。
(アッシュを探した方が早そうだ)
ここで感じた魔力の残滓はまだ残っている。これを辿ればアッシュに行き着けるだろう。
「また何をやってるんだか……」
人違いで人を閉じ込めたり、白山羊亭を封印したり、ステイルはやれやれと溜め息をつきつつ歩き出した。
残滓を辿るうち、白山羊亭という建物だけではなく、ちょっとした路地裏や、開けた広場に突然不可侵の場所が出来るという不可解な出来事に遭遇する。
「…………」
無作為に事を起こす愉快犯とも言えないほど場所は統一されていない。頭が痛くなってくる。
残滓を辿っている以上、後を追いかけている状況。此方が足を速めなければ、相手に追いつくことなど出来ない。
ステイルは何時もよりも短い足でたったと走る。
よりにもよって依頼帰りで且消耗した日にこんな目にあうなんて。
(居た!)
1人の少年がステイルの横を走りすぎ、目的の人物もその少年を杖を振り回して追いかけながら、ステイルの横を通り過ぎていく。
追いついて捕まえるより、名を呼んだほうが早い。
「待て! アッシュ!!」
フードの1つが足を止める。が、それにしても、
(何故同じフードが1つ増えているんだ?)
足を止めたフードにつられるように足を止めた二つ目のフード。それに加え、追いかけられていたらしい少年も足を止めた。
「何をしてるんだ?」
足を止めた少年3人に歩み寄る。
「知り合い?」
尋ねたのは追いかけられていた少年――湖泉・遼介。
「いや、知らない」
何の臆面も無くアッシュは首を振る。ステイルの額に微かに青筋が浮かぶ。
「ステイルだ。先日会っただろう」
「…………」
あからさまなほどの無言にステイルは大仰に溜め息をつく。だが、直ぐに合点が言ったような感じの雰囲気に、薄らほっとした笑みを浮かべたのだが。
「無理に大人の姿を取る必要はないんじゃねーの?」
「分かってく―――…はぁ??」
納得してつい頷きそうになった。
嗚呼もう!
「違う! 魔力を消耗すると子供の姿になってしまうだけだ」
「ふーん」
こいつ信じてねぇええええ!
地団駄を踏んでは尚更子供に見えてしまうため、大仰なまでの脱力を持って返す。
疲れがどっと増した気がした。
とりあえずまずは本題に入らなければ話が進まない。
「白山羊亭を封鎖したのは、お前…たちだな?」
「あ、やっぱりそうだったのか!」
軽いノリの遼介を一瞥し、ステイルはアッシュに向き直る。
「とりあえず、白山羊亭のあの壁どうにかしてくれないか。依頼の報告が出来なくて困っている」
「え、何で? もう少しあの状態でも面白いんじゃない? 皆が怪我したりする訳じゃないんだしさ」
「俺は依頼の報告が出来なくて困ってるんだ」
「そんなの今日直ぐにじゃなくたって明日だって構わないだろ」
遼介の尤もな言葉にステイルはぐっと言葉が詰まる。ステイルにとってみれば、何故ここまで封印されたままにしておくことに拘るのかが分からない。
そんなステイルを見つつ、遼介は振り返り2人に聞く。
「どうせ、しばらく放っておけば自然に解除されるんだろ?」
「自然って訳じゃないが、必要がなくなれば解ける」
「な? 解けるじゃん」
それまで待てばいいじゃないかと楽しそうに告げる遼介に、ステイルの疲れがどっと増した気がした。
「まあいい。解けるものならば、こっちで勝手に解除させてもらう。ムマだが知らんがどうなっても知らんからな」
ステイルは3人に背を向けて、白山羊亭へと向かう道を戻る。
「なあ」
予想外のアッシュの声にステイルは顔を上げる。
先ほどまで遼介と共にいたのに、いつの間に先回りされていたのだろう。
「止めねぇけど、止めたほうがいい」
曖昧な反応にステイルはむっと眉根を寄せる。
「他人が解ける程度の封印なんてしねぇ。分かってんだろ?」
先日一戦交えた際、確かに方陣を解くのではなく、相殺という形でしか消滅させられなかった。
今回の封印はこの前の方陣よりも強力だとも聞き取れる。
「あれを構成しているのは確かに俺達の魔力だ。だが、それだけだ」
言わんとしていることが見えない。
「あれは俺達の方陣と似ているが違う。呑み込まれるぞ」
そういうことか。あの時、壁の解析をした時思わず手を離してしまった理由。それは、自己防衛本能。
「お前達の魔力ならば、それを絶てば解ける。そうだろう?」
それくらいならばステイルにだって可能だ。
「違う。封印が発動した時点でもう、俺達の力じゃない。この杖の力だ」
つまる所こういうことか。
アッシュと片割れが持つ杖には、白山羊亭を現在被っている封印の力が込められていて、その力を自分たちの魔力を使って発動させているだけ。と。
そして、この前ステイルを囲んだ方陣は自分たちが扱う魔術の一つで、似ているが異なる。
ステイルが感じたアッシュの魔力は、封印の動力として使われた残滓を読み取ったということだろう。
「お前は逐一説明に欠ける。言っても分からないとでも思っているのか? まさか、言う必要はないとでも思っているのか?」
「その通りだ」
間髪いれずに返したのは蒼玉の杖を持つ、アッシュの片割れ。そんな片割れを制し、バツが悪そうにフードの上から頭をかいて、アッシュは一歩ステイルに歩み寄る。
「ほんと悪ぃ。俺が巻き込んじまったようなもんだが、関わるのはお勧めしねぇ」
問題としている部分の大幅なずれを感じる、が。
「ちゃんと解く」
「時期が確定しない言葉は信用できん」
必要がなくなるのはいつだ。余りに先の見えない話に本日何度目かの溜め息を漏らす。
「忠告は、したからな」
封印に触るな。
それだけ告げると、2人の少年は軽く膝を曲げ、一瞬にしてその場から消え去った。
「……やるか」
呑み込まれるというのも興味がある。
未知のものを解析できる微かな興奮。
あの時感じた感覚の理由も知れたのだ、今度は対処のしようもある。
けれど、ステイルが白山羊亭に付いたとき、封印はもう解けていた。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【1856】
湖泉・遼介――コイズミ・リョウスケ(15歳・男性)
ヴィジョン使い・武道家
【3654】
ステイル(20歳・無性)
マテリアル・クリエイター
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
虹色石の円舞曲 opal-waltzにご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
シリアスになるはずだったんですが、ちょっとギャグよりになってしまいました。彼らは別の世界からの来訪者なので、新技術として研究するにはもってこいだと思います。
それではまた、ステイル様に出会えることを祈って……
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