<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『生贄の祭壇・前編』



○オープニング

 聖都の遥か彼方、かつて古代文明が発祥した森に囲まれた場所に、昔ながらの生活をしている平凡なその村に、異変が起こっていた。
 異変の始まりは、村で厚く信仰されている土着の神、ママムーが村の神殿の祭壇に現れた事であった。ママムーはその強大な神通力で未来を予知し、一月に一度新月の夜、村の娘を村の神殿に捧げなければ、この辺り一帯は天変地異により壊滅するのだと告げた。
 生贄を差し出さなければ、村にはママムーの神通力で災いがもたらされる。人々は怯え、娘を差し出す事しか出来なかった。
 そんな中、村から逃げ出してきた少女、サナが白山羊亭に駆け込んできた。サナは友人を生贄にされ、村人達を救う為に1人で聖都へやってきたのだ。
 冒険者達はサナと共に、生贄が差し出されているという偏狭の村へと向かうのであった。



「村まではもう少しかかるよ」
 白山羊亭で空を飛ぶ船に乗り、そこに集まった冒険者達を、すがるような表情で見つめていた。
 魔法の動力源のおかげでこの船は空を滑るように走り、船の下の山々はみるみるうちに後方へと下がっていくのであった。
「何で、こんなことになっちゃったのかな。あたし達、普通に暮らしていただけなのに。それとも、ママムー様を疎かにしたから、罰が当たったのかな。最近、神殿の掃除もちょっと放置気味だったから」
「そんなことはありませんよ」
 白山羊亭で見せていた勝気さが、村に近付くにつれて消えて行き、うつむき加減になっているサナに、自警団の青年、フィリオ・ラフスハウシェ(ふぃりお・らふすはうしぇ)が優しくなだめた。
「私達が必ず、ママムー神が生贄を求めてくる原因を突き止めて、生贄を止めさせるようにして見せます」
「フィリオの言う通りだ」
 フィリオの属する自衛団の隊長である、ミッドグレイ・ハルベルク(みっどぐれい・はるべるく)が、サナに静かに言った。
「俺達みたいな奴らを雇った以上、もうお前さんの村は今まで通りには行かない」
 ミッドグレイの口調はぶっきら棒であったけれど、その言葉からは任務を全うする、という意識が感じ取れた。
 だからサナはミッドグレイの方を見てほっとしたような表情を見せたのであった。
「だから、あまり自分を責めすぎないで下さい、サナさん」
 フィリオはサナに視線をやり、次にミッドグレイへと視線を移した。
「口は悪いですが、この隊長ミッドは頼りになりますから」
 そう言って、フィリオはふふと小さく笑みを浮かべた。
「まったく、やれやれだ」
 そんなフィリオを見て、ミッドグレイは苦笑を返すのであった。
「でも、あたしの村って平凡な村だし、お礼は村で取れた野菜位だよ。お金なんて、あんまり払えないよ」
 心配そうな表情をするサナに、飛猿(ひえん)は首を横に振り、紳士的な態度で接した。
「そんなものは必要ない。気にする事はない」
 飛猿はサナにそう答えると、船から身を乗り出した。
「何の邪魔もない空をこんなに飛んだのに、まだ村へつかないんだな。本当に、良く1人で来たものだ」
 飛猿はサナの行動力と、こんな遠距離まで無事に辿り着いた事を感心していた。
「定期馬車とか、旅人の荷物に潜りこむのなんて簡単な事だよ」
「行動力は立派なもんだ。そのおかげで俺達が狩り出されたわけだ」
 まるで興味のなさそうな様子であったが、ミッドグレイの表情は真剣であった。
「だが、厄介事が消えず、神さんの怒りを買えば村は壊滅するだろう。そこは覚悟しておけよ、お穣ちゃん?」
「わ、わかっているよ。でも、うまくやってくれるんでしょ?」
 サナはミッドグレイの言葉に少したじろいだが、元々強気な性格の娘なのだろう。すぐに、自分よりもずっと大人であるミッドグレイに、対抗するかの様に腕を組んだ。
「隊長、あまり脅すのは止めてください」
 フィリオはミッドグレイの性格をよくわかっていたので、サナを驚かしていじめるつもりで彼がそう言ったのではない事はわかっていた。
 そして、ミッドグレイが一度受けた依頼を、必ず全力をつくして解決させる事も、同じ自警団員であるフィリオには口にせずともわかっている事であった。数年間、色々な任務を一緒に行っていたのだから。
 ミッドグレイは、態度こそぶっきらぼうで、外から見ると面倒そうな態度にも見えるが、そうでなければ自警団の隊長など勤まるはずもない。むしろやるべきことはきっちりやる性格であり、過去には騎士団の見習い試験に挑戦したこともある。結果的には落ちてしまったが、今はこうして部下のフィリオと共にエルザードの平穏を保つ重要な役割を担っているのであった。
 たまたま居合わせた白山羊亭で、飛び込んできた少女サナの話を聞いて、もしこの事件を放っておけば、エルザードも被害が及ぶだろうという考えに至り、こうしてこの依頼を受ける事にしたのである。
「それは、風物詩ですね」
 ミッドグレイが手にしている本を見つめ、フィリオが問いかけた。
「ああ、そうだ。過去の事例や怪物の特徴が役に立つかもしれないからな」
 船で旅立つ前、ミッドグレイはガルガンドの館へ走り、風物詩の本を借りていた。サナの村にいるらしい、ママムーという神がどんなものかはわからない。
 だが、サナの話を聞き、人間の体と鳥の翼と頭を持つ神や、その使者である鳥の翼を生やしたトカゲの様な生き物に似た生物が、この本に書かれているかもしれない。別の場所でも似たような神の伝説がいくつも残っている話は、そう珍しいことではないからだ。
 ミッドグレイは船が村へ到着するその時間、その本を余所見もせずに見続けた。
 一方フィリオは、ノートを手に取り、船に乗る前に集めてきた情報をまとめていた。サナの村の周辺で変わった事がないかを町の人々、特に冒険者から聞きだしていたのであった。
 聖都からずっと離れた小さな村なので、その存在すら知らない物が大多数であったが、少しばかりその村の方角からやってきた冒険者や商人がおり、フィリオは少ない情報を集めることが出来たのである。
 飛猿はサナとじっくりと話をし、村やその神ママムーについての情報を聞き出していた。
 もし本当にママムーが突然に生贄を要求してくるなら、人間側が何か働きかけたんだろう、と考えており、人間側に非がないならママムーを倒す気満々でいた。
 そもそも神に生贄など必要だろうか。それは人間側の勝手な考えであり、生贄にされる側のことなどまったく考えない自分勝手な行為だろう。
 もしかしたら、ママムーを偽った何者かが生贄を要求している可能性もある。問題は、その連中が何をしようとしているのか、ということだが。
 しかし、その考えをサナに言えば神様を攻撃しないでよ!と心配される可能性もあるので、飛猿はサナに自分の考えは話さなかった。
 だから、情報収集の為に神様そのものよりも、神殿や古代文明が起こったらしいその森についてのことを尋ねる事にした。
 聞けば、およそ2000年程も前、サナの村のそばにある川で古代文明が起こったのだという。
 今でも川の上流でその文明の遺跡を見る事が出来たが、人々は数百年その森で暮らしたのち、それぞれ外の世界を目指して森を離れていったのだという。
 わずかに森に残った人々がサナたちの先祖であり、その先祖は森の守護神でもあり、古代文明を生み出したとされるママムーに知恵を貰い、この地で平穏に暮らしてきたのだと言う。
 それが何故、今になって破られるのか。ママムーが守護神であるなら、生贄を出さないからと言って村に危害を加えるだろうか。神だからといって許される事ではないはずだ。
「そろそろ村に着くよ」
 サナが船から、小さな体を乗り出していた。
 緑の深い森が広がっており、一本の川が森を這うように伸びている。船は徐々に高度を下げ、やがて川の岸辺の開けた場所に、ゆっくりと降りていった。



「サナ!どこへ行ってたんだ!」
「お父さん、強い人を連れて来たよ!」
 フィリオ、ミッドグレイ、飛猿の3人は船の運転手を待機させ、サナを連れて村へと入った。
 小さな村で、家は20棟前後だろうか。木造の家があちこちにあり、畑の数が家よりも多そうに見える。機械はどこにもなく、ここがかなりの田舎であり、昔ながらの生活をして暮らしている場所ということが、すぐにわかった。
 人々は皆黒髪に彫りの浅い顔つきをしており、小柄な体型のものがほとんどであった。
 だが、その村には活気はまったくなかった。何がどう活気がないかと言われると説明は難しいが、人が生きている村ということを感じさせない雰囲気が満ちている。
 村人がサナを見て次々に集まってきたが、3人の冒険者達を見てもどこか諦めきった表情を浮かべているだけであった。
「お父さん、エルザードへ行ってきたよ」
「聖都へ?何て無茶をしたんだ!」
 サナの父親と思われる中年の男性は、それでも嬉しそうに娘を抱きしめていた。生贄で活気をなくした村なのだろうが、父親がいなくなった娘の無事が嬉しくないはずがないのだろう。
「というか、親に黙って村を出てきたんだな」
 飛猿は改めて、サナの行動力に少々苦笑した。何事もなかったから良かったが、途中で事件に巻き込まれたらどうするつもりであったのだろう。世の中、邪悪な神よりも危険な存在は山ほどある。サナの様な子供なら、盗賊等に攫われる可能性もあるだろう。
「あの、サナさんのお父さん。生贄の儀式はいつでしょうか?」
 フィリオはサナの父親に一歩近付き、丁寧な態度で尋ねた。
「あなた方は?」
 フィリオの質問に答える前に、サナの父親が聞き返す。
「私はエルザードの自警団です」
「俺達はエルザードでこの娘に会い、この村の生贄の事を聞いた」
 フィリオの隣にミッドグレイが立ち、フィリオの言葉に続けた。
「村を守るはずの神が、女の子を生贄に差し出せと言っているそうですね。私達はママムー神に会い、何故この様なことをするのか、尋ねてみようと思いここへ来ました」
 フィリオの丁寧な態度に、サナの父親もこの人達なら信頼できると思ったのだろう。少し気を許した様子ですぐにフィリオの質問に答えた。
「生贄を出さなければ村やこの地域が滅びると。しかし、村の宝でもある娘を差し出すのは辛い。ママムー様は古代からの守り神でもあります。神がお怒りになるという事は、私たちに何か問題があり、それを改めさせようとしているに違いありません」
「それで、伺いたいことがあるのですが」
 フィリオはサナを見つめ、そして再度その父親へと視線を移した。
「ママムー神は、今まで生贄を求めてくる事は本当に一度も無かったのですか?」
「私が知り限りでは、そんな事は一度もなかったはずです」
 サナの父親が、無表情のまま答えた。
「突然に要求してきたってことか」
 相変わらずのぶっきらぼうな態度で、ミッドグレイが平たい声で呟く。
「その神が何をしたいのかはわからんが」
 今度は飛猿が口を開いた。
「今はまだサナの様な女の子がいるからいいかもしれんが。生贄を続けていれば、いずれ若い娘がいなくなってしまうだろう。その時はどうするつもりなんだ?」
「そ、その時は」
 困ったような表情で、サナの父親が答えた。
「その時は、ママムー様に願い出て、生贄はもう出来ませんと素直に言うしか」
「まったくバカバカしい」
 飛猿は冷たく答えた。
「いきなり無茶な要求をしてきた神だろう。他の村からでも若い娘を連れてきて、何が何でも生贄を出せと言うかもしれない。それにだ」
 村を見渡し、飛猿は続けた。
「こんな事を続けていれば、村は神が裁きを下さなくても村は滅びる。子供を産む若い娘がいなくなるのだぞ。子供がいなければ、村は自然に消滅する」
「わかっています」
 サナの父親は顔を伏せた。
「わかっていますが、生贄を出さねば村は壊滅させられるのです」
 生贄を出さなければいけないことに、諦めている様子がすぐにわかった。もはや自分達ではどうしようもないという事が、直接口にしなくても伝わってくるのであった。
「わかった。とにかくそのママムーとやらにあってみないことにはな。次の生贄はいつ出すんだ?」
「今日です」
 一瞬、緊張の糸が張った。
「新月の夜に生贄を出す事になっています。それが今日なのです」
「今日か。時間はないな」
 ミッドグレイが静かに答えた。
「では、生贄の娘はもう決まっているのだな?」
 飛猿が尋ねると、サナの父親は悲しそうな表情を浮かべて、娘を見つめた。
「次は娘の番と決まっています。いえ、娘が家出したので、その次に生贄になる娘が出る予定でしたが、戻ってきましたから」
「そんな!」
 サナは青ざめ、地面に座り込んだ。
 父親の口から、自分を生贄に差し出すと言われれば、どんな者でもショックを受けるに違いない。サナの心が深い悲しみに包まれた事が手に取るようにわかった。
「待ってください。私が生贄になります」
 落ち着いた口調のフィリオの言葉が、その場の緊迫した空気に入り込んだ。
「貴方が?」
 わけがわからないという顔で、サナの父親が答えた。
「娘の代わりになってくれるというお気持ちは嬉しいですが、生贄は若い娘と、ママムー神が仰せですから」
「そのあたりは任せてください。私は女性の姿になれます」
「え?」
「正しく言うと、女性天使になってしまうのですが。細かいことはおいておく事にして。私が生贄になりますので、サナさんは安全なところへ連れて行ってください」
 フィリオはサナの方へと視線をやり、小さく笑みを浮かべた。
「私が生贄になりますから、安心してください」
「それは嬉しいけど、フィリオさんは平気なの?」
 サナの問いかけに、フィリオはゆっくりと頷いた。
「私達がママムー神と話をしますから。貴方が生贄にならなくても、私が生贄になるから。だから、安全なところで待っていてください。そうですよね、隊長」
「そ、そうだな」
 突然フィリオに振られて、ミッドグレイはぎこちない返事をしたのであった。



 とにかく村人の安全を確保するということで、生贄はフィリオ、生贄を入れる石の棺桶の運び手に、ミッドグレイと飛猿がつくことになった。
 生贄を捧げる時間まで、3人はそれぞれに情報収集にまわった。ミッドグレイは、一足先にママムー神殿へと赴いた。
「明るいうちに、神殿の作りを把握しなきゃな」
 村の外れにあるママムー神殿は、ミッドグレイの足で歩くこと15分位の場所にあった。
 神殿というと、石造りの立派なものを想像するのだが、この村の神殿は石造りには違いないが、想像していたよりも小さく、石の柱が四方に立っており、そのまわりを石の壁で囲ったかなり簡素な作りであった。
 神殿の入り口に、ママムーと思われる石造が村の方向を向いて立っている。人間の男の体に、わしの様な鳥の頭と、とんがった鳥の翼がくっついた石像だ。その瞳は村をじっと見つめており、どこか凛々しい瞳をしている。
 ミッドグレイが船の中で読んでいた書物の中に、これに似た神がいたことを思い出した。東洋の国で聖鳥とされ崇められている神が、このママムーによく似ている。
 次にミッドグレイは生贄を捧げるときに使うという祭壇を見つめた。祭壇は柱の中央にあるが、祭壇というよりは大きな四角い石をそこに置いた、という気がした。
「隠れる場所はあるみたいだな。ま、フィリオは心配いらないだろうが」
 ミッドグレイは再度神殿を見回し、村へと戻っていった。



 フィリオは村人達を万一の時に安全なところへ逃がすことが出来る様に、避難する道の確保と食料を準備させていた。
「おや、ここではお米を作っているのですか?」
 村の少し奥になっているところに、畑の他に水田がある事に気づいた。おそらく、川から水を引いてきているのだろう。この時期の田んぼには、青々とした稲が風にゆられていた。
「はい。我々の食料ですから」
 フィリオと一緒に、村人の避難を呼びかけていたサナの父親が答えた。
「ママムー神は、ずっと東の方からここへ来て、文明を築いたと言われてます」
 ずっと東には、さらに古い文明を持つ国々がある。そう考えれば、この地域で起こった文明と言うのは、どういう理由からかはわからないが、東洋の国からやってきた人々が、このあたりで文明を開花させたという可能性も考えられる。
 ミッドグレイの持っていた本に、ママムー神とよく似た東洋の神が載っていたが、その東からやってきた人々が、東洋の神を信仰しており、やがてこの地でママムー神という神へと変化していったかもしれない。とはいえ、それが生贄と直接的に結びつくわけではないのだが。
 フィリオは村人と食料を準備している間に、ママムー神の言い伝えを聞いた。
 1200年ほど前、この地域に巨大な蛇が現れ、人々を次々に食らった事があるのだという。その時ママムーとその使者が現れ、火を呼び起こし蛇を焼き払い村を助けたのだという。
 また、500年前、この地域の豊富な資源を狙い、このあたりを国の所有物にしようと、近隣の大国がやってきた時も、ママムーが現れその炎の力で侵略者を追い払い、このあたりは守られたのだと言う。
 やはり、ママムーは人々を守る守護神なのだろう。フィリオはそう思い、顔を上げた。すでに太陽が沈もうとしている。生贄を捧げる時刻まで、あとわずかだ。



 飛猿はいち早く村を出て、古代文明の遺跡に向かっていた。遺跡はこの川の上流にあるが、空を飛ぶ船を使っても片道1時間、往復でも2時間かかる場所である。あまり、ゆっくりとしている暇はなかった。
 やがて遺跡が見えてきた。川の上流、山の中にその遺跡はあった。
「これはまた凄い遺跡だ」
 すでに人々はおらず、この遺跡には建物しか残っていないが、その建物は古代の歴史を物語っていた。
 石造りの尖がった塔がいくつも並んでおり、その遺跡の壁面には柔らかな笑みを浮かべた神々のレリーフが埋め込まれている。そのまわりには、何十もの壁がありどれもが細かい装飾がされている。
 おそらくは、ここは古代文明の中心地であった場所なのだろう。古代文明というから、もっと原始的なものだと飛猿は想像していたが、人々はこのような大きなものをはるか昔に作り上げていたのである。
 その遺跡の中心に、鳥の体と翼、そして人間の男性の体を持つ神のレリーフが施されていた。
「ママムーか?」
 飛猿はそのレリーフをじっと見つめた。
 表情こそ、ママムーよりももう少し穏やかな印象があるが、ママムーによく似ている。あまりにも似通った姿であるから、この遺跡にいた人々がサナの村の先祖となり、この神殿の神を伝えた可能性は十分にある。
 問題は、この神殿の神にしろママムーにしろ、生贄を古代から要求してきたか、ということなのだが。
 飛猿は遺跡をまわったが、生贄の儀式をしたと思われる場所はどこにもなかった。このあたりには人は住んでいないので、この神殿の神がどの様な神であったかはわからない。
 大概の場合、神の行いや伝説はレリーフに残されていたりするが、生贄をしたようなレリーフはどこにもなかった。あるのは、人々を天から見守る鳥の翼と頭を持つ神の姿だけだ。
「生贄を要求するような神ではさそうだ。とすれば、やはりママムーを名乗る何者かか」
 飛猿は、遺跡を調査している間に、太陽がかなり傾いている事に気づいた。そろそろ戻らねばならない。急いで空飛ぶ船へ戻ると、サナの村へと急いだ。



 あたりはすっかり暗くなり、聞こえるのはどこかで虫が鳴く声と、風が枝を揺らす音だけであった。
 飛猿とミッドグレイは、フィリオを入れた石の棺を神殿へ運んでいた。
 いくら冒険者2人といえども、石の棺はかなりの重量があり、男2人だけで支えられる重さではない。村人達がいつも台車を使っていると聞いたので、それを借りて神殿へと運び、台座の上へそれを乗せた。
 フィリオは男性の姿のまま棺の中へ入っている。飛猿は大丈夫かと、ふたを閉める前にフィリオに尋ねたが、棺の中で姿を変えるので大丈夫だと、フィリオは答えていた。
 飛猿は、ひとまずサナが生贄にならずに済んだことに安心したが、油断は出来なかった。
 フィリオを入れた石の棺を祭壇に置き、ミッドグレイと飛猿は物陰へと隠れていた。
「新月の晩に活動的になるということは、強い光に弱いかもしれない」
 飛猿はそう考えて、光を放つ癇癪玉をフィリオに渡していた。フィリオなら渡さなくてもいいと思ったが、万一ということもある。対策は多いほうがいいだろう。
「ん、あれか?」
 静まり返った夜が数十分過ぎた時、鳥の翼を生やしたトカゲの様な生き物が2体やってきて、医師の棺のそばに降り立った。
 リザードマンという、二足歩行をするトカゲがいるが、それに鶏の翼を生やしたような生き物だ。
 トカゲの1人が石棺を開けた。すると、中から青く長い髪を持つ、純白の天使の羽を持つ女性が姿を現した。その体の形といい、どう見ても女性であるが、どことなく男性のフィリオの面影もある。
「あれ、フィリオなのか?」
 飛猿がそう言うと、ミッドグレイは黙ったまま頷いた。
 フィリオはトカゲに抱き起こされた。
「貴方たちがママムー神の使者なのですね」
 透き通った細いその声は、昼間の時のフィリオとはまったく別人でああった。
「どうしてこの様なことをするのでしょう。私はママムー神が、このような事をする神だとは思えません」
 しかし、使者はフィリオの言葉にはまったく耳を傾けなかった。話が通じないのか、無視しているのかはわからない。使者はフィリオを抱き上げたまま、棺から持ち上げ、そのまま森の奥へ飛び立った。
「いくぞ、飛猿!」
「わかってる」
 連れ去られていくフィリオのあとを、ミッドグレイと飛猿は見失わないようにあとをつけていった。
 使者はフィリオを連れたまま、森の奥へと飛んでいく。そこに、ママムー神がいるのだろうか。(続)



■現在の状態

ミッドグレイ・ハルベルク・・ママムーの使者を尾行
フィリオ・ラフスハウシェ・・ママムーの使者に拉致され空を移動中
飛猿・・ママムーの使者を尾行



◆登場人物◇


【3681/ミッドグレイ・ハルベルク/男性/25/異界職】
【3510/フィリオ・ラフスハウシェ/両性/22/異界職】
【3689/飛猿/男性/27/異界職】

◆ライター通信◇

 フィリオ様

 初めまして。参加有難うございます、WRの朝霧です。

 フィリオさんは話の流れ上、ラストは攫われたお姫様状態になってしまっております。女性化も出来るという能力をお持ちですので、生贄としてそれを使わせて頂きました。ミッドさんとの絡みを何とかそれらしく書こうと思って、色々演出してみました。

 このシナリオに登場するママムーは東洋の神がモデルになっております。シナリオでは東洋の国となっているのが、インドやタイに相当する国のつもりですが、ソーンの世界の東洋は違うかもしれません。ですが、東洋というとアジアのイメージを連想できると思い、この様な設定にしてみました。
 次回のシナリオは、このシナイオのラストから話が始まります。


 それでは、今回は有難うございました。